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司馬遼太郎の歴史観―その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う 単行本 – 2009/8

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「栄光」の日清・日露戦争を描いた『坂の上の雲』。だがその戦場となった近代朝鮮を司馬遼太郎はついに描かなかった。朝鮮史研究の第一人者が、司馬の「朝鮮観」を通してその歴史観を洗い出す。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

中塚/明
1929(昭和4)年、大阪に生まれる。日本近代史専攻。近代の日朝関係の歴史を主に研究。1963年より奈良女子大学文学部に勤務、93年、定年退職。この間、朝鮮史研究会幹事、歴史科学協議会代表委員、日本学術会議会員などをつとめる。奈良女子大学名誉教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


登録情報

  • 単行本: 222ページ
  • 出版社: 高文研 (2009/08)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4874984266
  • ISBN-13: 978-4874984260
  • 発売日: 2009/08
  • 商品パッケージの寸法: 19 x 13.8 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.7 10件のカスタマーレビュー
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トップカスタマーレビュー

形式: 単行本
 司馬氏の小説は筆達者なだけに、ついその世界に引き込まれて幸せな気分に浸ってしまいがちだが、彼は歴史小説家なのであって歴史学者ではない。そもそも歴史を自分に気持ち良いように編集しなおしてしまうことは、巷の人間が自分たちの先祖に対して普通にやっていることで、その範囲ではとがめだてするほどの事ではないだろう。だが、近代史を主に扱った大衆小説家である司馬遼太郎が、虚構の日本人像をその作品群で作り上げていったことは批判されなければならない。小説にかぎらずテレビドラマやハリウッド映画の多くも歴史スペクタクルとやら銘打って、デマと他民族への蔑視を垂れ流している。90%の史実を盛り込んでも大嘘はつけるのだということを学ぶ素材として、司馬遼太郎を読むのもいいかも知れない。
 
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形式: 単行本
中塚明『司馬遼太郎の歴史観―その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う』(高文研、2009年)は『坂の上の雲』に見られる司馬遼太郎の歴史観、韓国観を批判した書籍である。本書の前半は司馬遼太郎の歴史観を丁寧に説明している。本書の読者は、元々、司馬史観に批判的な立場が多いと予想されるが、そのような人々にとっては分かりきっている記述も多く、じれったく感じるかもしれない。
著者の主張は明快である。明治は輝いていたが、昭和の戦前は狂っていたという歴史観を批判する。明治から昭和の戦前の狂気は始まっていたと指摘する。日清日露戦争は太平洋戦争と比べて綺麗な戦争ではなく、東学党弾圧や旅順虐殺など日本が韓国や中国の人民にしたことを忘れてはならない。
歴史学者が大衆文学作家の歴史観を必死に否定することに滑稽さもあるが、問題は司馬遼太郎の歴史観が普及していることである。特に問題は左翼進歩派の側にも司馬遼太郎の歴史観に沿っている人が少なくないことである。それは左翼進歩派の底の浅さを示している。左翼進歩派と言っても権威主義という点では体制派と変わらない体制内批判派との反発を抱かせる。司馬遼太郎の歴史観への反発が司馬遼太郎が否定した戦前の肯定という形で出てくる。戦前の肯定的な再評価がカウンターカルチャーになっている現実がある。故に本書のような批判は価値がある。
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形式: 単行本 Amazonで購入
 著者は、真摯な歴史学者である。著者の試みは、常に「歴史から何を学ぶ」か、に集約されよう。
それは、著者の経歴を振り返れば、明らかである、が、それは著者にとっては、「もどかしく苦難の道」ではなかったか。

 その苦難は現在進行形である。歴史学者故に「真実」にどうしても向き合ってしまう著者の苦悩が晴れる日は果たして来るのだろうか。私はいつか必ず来ると信じたい。日本の知性の可能性は閉じられてない筈だからだ。

 著者の立場は、自虐史観でも何でもない。ただ、学者として「史料を発掘し、発表」するだけのだ。
自然科学では、ごく当たり前の「事実」が、歴史学では「通用しない」というのは、どうしてなのか。

 一体いつまで「そんなこと」を続けていくのか。

 そこに未来はあるのか。司馬遼太郎は、自覚か無自覚は知らないが、朝鮮を知らずに、「坂の上の雲」を書いたのだ。その、朝鮮を知らずに朝鮮を描いた(あるいは無視した)、朝鮮にかかわる「坂の上の雲」が、国民的なベストセラーになった。史料の正確な検証なく明治と昭和が不連続であるとした「坂の上の雲」が、圧倒的な支持を受けているのだ。

 それは、何故か。それは、おそらく日本人の願望を「坂の上の雲」が具体化しているからではないか。
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形式: 単行本
 P215に司馬遼太郎と盧泰愚大統領が青瓦台で会見した時のことが書かれている。1989年のことだ。その司馬氏のコメントは重要だと思う。

「私なども、李氏朝鮮が日本の悪しき侵略に遭う(1910年)まで朝鮮といえば朱氏学の一枚岩で、そこには開花思想や実学(産業を重んじ、物事を合理的に考える学派)などはなかったと思っていた。いまは、だれもそう思っていない。この功の多くは、ときに少年のような顔をする姜在彦教授(京都・花園大学)に負っている。・・・・・)」
 
「坂の上の雲」の執筆から20年後、司馬氏の朝鮮観は明らかに変わった。だから司馬氏の評価と「坂の上の雲」の評価は分けるべきであると思う。国民的作家・司馬氏に遠慮して「坂の上の雲」を聖域にしてはならない、その著者の意気込みに共感を覚える。

 閑話休題、わたしは学生時代に正岡子規の資料を集めたことがあった。近代文学の論文を書くためである。子規本人の著書「歌よみに与ふる書」「仰臥漫録」「病状六尺」などは勿論、漱石「文学論」、坪内逍遥「小説神髄」初代三遊亭 圓朝「真景累ヶ淵」や中村不折などが参考になった。「坂の上の雲」であるが、面白い個人的エピソードにあふれれているものの、文学観については表面的な印象しかなく、残念ながら参考にしなかった。今もその印象は変わっていない。
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