本書を読んで思ったのは、司馬遼太郎は大衆が読みたい「物語」を書いていた、ということである。
だからこそ、「国民作家」になりえた。
これまでも、断定と誇張の多さは感じていたが、「創作」もかなり多いことを改めて知った。
執筆時に史料がなかったものは仕方ないが、意図的に史実を捻じ曲げた部分もあるようだ。
ちょっとやりすぎだな、と感じるところはたしかにある。
ただ、数十年前までは、それほど史料の厳密性を問われなかったともいえるだろう。
(桶狭間の迂回奇襲説や長篠の三段撃ちも、疑義が呈されたのは近年になってからなので)
もちろん、司馬がいま生きていれば、現在の時代観を反映した作品を書くだろうし。
歴史が好きになるのも、最初は小説の影響が大きいだろうが、小説は小説と割り切って、
自分なりに史実を調べ、史跡を訪ねる面白さを見出していけばいいのかもしれない。
そんなことを教えてくれた本である。
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司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰・龍馬・晋作の実像 (集英社新書) 新書 – 2013/9/13
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龍馬の一喝で、薩長が提携したのは本当か?
人気作品を読み解きつつ、歴史の真実に迫る!
国民的作家として読み継がれている司馬遼太郎。そのあまりの偉大さゆえに、司馬が書いた小説を史実であるかのように受け取る人も少なくない。しかし、ある程度の史実を踏まえているとはいえ、小説には当然ながら大胆な虚構も含まれている。司馬の作品は、どこまでが史実であり、何が創作なのか?
吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作が活躍する司馬遼太郎の名作をひもときながら、幕末・維新史の真相に迫る。
[著者情報]
一坂太郎(いちさか たろう)
一九六六年、兵庫県芦屋市生まれ。大正大学文学部史学科卒業。萩博物館特別学芸員・山口福祉文化大学特任教授・防府天満宮歴史館顧問。主な著書に『高杉晋作』(文春新書)、『高杉晋作史料』(マツノ書店)、『長州奇兵隊』(中公新書)、『山県有朋の「奇兵隊戦記」』(洋泉社)、『わが夫 坂本龍馬』(朝日新書)などがある。
人気作品を読み解きつつ、歴史の真実に迫る!
国民的作家として読み継がれている司馬遼太郎。そのあまりの偉大さゆえに、司馬が書いた小説を史実であるかのように受け取る人も少なくない。しかし、ある程度の史実を踏まえているとはいえ、小説には当然ながら大胆な虚構も含まれている。司馬の作品は、どこまでが史実であり、何が創作なのか?
吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作が活躍する司馬遼太郎の名作をひもときながら、幕末・維新史の真相に迫る。
[著者情報]
一坂太郎(いちさか たろう)
一九六六年、兵庫県芦屋市生まれ。大正大学文学部史学科卒業。萩博物館特別学芸員・山口福祉文化大学特任教授・防府天満宮歴史館顧問。主な著書に『高杉晋作』(文春新書)、『高杉晋作史料』(マツノ書店)、『長州奇兵隊』(中公新書)、『山県有朋の「奇兵隊戦記」』(洋泉社)、『わが夫 坂本龍馬』(朝日新書)などがある。
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日2013/9/13
- ISBN-104087207056
- ISBN-13978-4087207057
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
国民的作家として読み継がれている司馬遼太郎。そのあまりの偉大さゆえに、司馬が書いた小説を史実であるかのように受け取る人も少なくない。しかし、ある程度の史実を踏まえているとはいえ、小説には当然ながら大胆な虚構も含まれている。司馬の作品は、どこまでが史実であり、何が創作なのか?吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作が活躍する司馬遼太郎の名作をひもときながら、幕末・維新史の真相に迫る。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
一坂/太郎
1966年、兵庫県芦屋市生まれ。大正大学文学部史学科卒業。萩博物館特別学芸員・山口福祉文化大学特任教授・防府天満宮歴史館顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1966年、兵庫県芦屋市生まれ。大正大学文学部史学科卒業。萩博物館特別学芸員・山口福祉文化大学特任教授・防府天満宮歴史館顧問(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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2017年7月13日に日本でレビュー済み
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30人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2018年8月27日に日本でレビュー済み
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全体的には興味深く読ませていただいた。司馬遼太郎は好きなので、違う視点からの考察には納得のいく点もある。ただ、何に対しても「司馬遼太郎は○○のことは描いていない」のワンパターンである。司馬遼太郎はすべてのことを描けるわけがないのに、しかも小説というフィクションが多い中での反論はかなり無理がある。小説は自分の都合に合わせて、題材を選択していくわけで、司馬遼太郎も自分の歴史観に合わせて小説を描いている。ひとつひとつの是非よりも、何かと体制側に都合良く引き合いに出される司馬遼太郎の小説全体の中の歴史観(司馬史観)を論じて欲しかった。
2019年9月23日に日本でレビュー済み
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著者は地元の研究家であり地元の古文書等を深く研究されており敬服に値します。明治以降の長州閥がやはり都合よく歴史を捏造した部分もあることを、直視できたことは、大変勉強になりました。
2016年5月4日に日本でレビュー済み
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司馬遼太郎没後を経て「司馬史観」なるのものの評価が問われる時代になりました。
しかし司馬遼太郎はあくまでも”作家”であり歴史家ではありません。
歴史の史実をどう捻じ曲げようとも所詮は「小説を面白くする」ことができれば著者には構わないことです。
そもそも維新の志士は当時のテロリストであり、坂本龍馬に至ってはイギリスの”死の商人”の手先でしかありません。
司馬陽太郎の本を「小説」と割り切って読んでいる方には不要の本かもしれませんが、「史実」として大間違いをしているファンには一読の価値はあります。
それにしてもNHKはいつまで司馬遼太郎でご飯を食べるつもりなのか、その方に興味があります。
しかし司馬遼太郎はあくまでも”作家”であり歴史家ではありません。
歴史の史実をどう捻じ曲げようとも所詮は「小説を面白くする」ことができれば著者には構わないことです。
そもそも維新の志士は当時のテロリストであり、坂本龍馬に至ってはイギリスの”死の商人”の手先でしかありません。
司馬陽太郎の本を「小説」と割り切って読んでいる方には不要の本かもしれませんが、「史実」として大間違いをしているファンには一読の価値はあります。
それにしてもNHKはいつまで司馬遼太郎でご飯を食べるつもりなのか、その方に興味があります。
2016年7月16日に日本でレビュー済み
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明治維新に限らず全ての戦争や政局の結果は単なる権力の移行に過ぎない、正しい争いなどなく、時代に応じた戦後の状態があるだけ、という私の個人的見解に合致した内容。松陰が好きだが評価はしておらず、あまり龍馬が好きではない旧長州地域で育った私の感覚に合っている。
2018年5月1日に日本でレビュー済み
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一坂さんの世界は、それはそれで良いでしょう。
司馬遼太郎は、連載投稿当時の社会情勢と庶民が読み入る小説を書き下ろし、現代も読み継がれているわけです。
読者が、小説を歴史書と思えるほど入り込ませる魅力があるのです。
一坂さんが言うように、小説に心酔するあまり言動思想を斜傾するに至る事は稀に思います。
本誌出版の平成25年に至る間に判明した事まで、比較対象として司馬遼太郎“小説“を論ずる事が必要でしょうか?
他を否定される出版物よりも、貴殿の描く歴史的書物に更なる傾斜を期待します。
司馬遼太郎は、連載投稿当時の社会情勢と庶民が読み入る小説を書き下ろし、現代も読み継がれているわけです。
読者が、小説を歴史書と思えるほど入り込ませる魅力があるのです。
一坂さんが言うように、小説に心酔するあまり言動思想を斜傾するに至る事は稀に思います。
本誌出版の平成25年に至る間に判明した事まで、比較対象として司馬遼太郎“小説“を論ずる事が必要でしょうか?
他を否定される出版物よりも、貴殿の描く歴史的書物に更なる傾斜を期待します。






