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古都 (新潮文庫) 文庫 – 1968/8/27

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商品の説明

内容紹介

捨子ではあったが京の商家の一人娘として美しく成長した千重子は、祇園祭の夜、自分に瓜二つの村娘苗子に出逢い、胸が騒いだ。二人はふたごだった。互いにひかれあい、懐かしみあいながらも永すぎた環境の違いから一緒には暮すことができない……。古都の深い面影、移ろう四季の景物の中に由緒ある史蹟のかずかずを織り込み、流麗な筆致で描く美しい長編小説。

内容(「BOOK」データベースより)

捨子ではあったが京の商家の一人娘として美しく成長した千重子は、祇園祭の夜、自分に瓜二つの村娘苗子に出逢い、胸が騒いだ。二人はふたごだった。互いにひかれあい、懐かしみあいながらも永すぎた環境の違いから一緒には暮すことができない…。古都の深い面影、移ろう四季の景物の中に由緒ある史蹟のかずかずを織り込み、流麗な筆致で描く美しい長編小説。

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登録情報

  • 文庫: 278ページ
  • 出版社: 新潮社; 改版 (1968/8/27)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4101001219
  • ISBN-13: 978-4101001210
  • 発売日: 1968/8/27
  • 商品パッケージの寸法: 15 x 10.6 x 1.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3 35件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

投稿者 ヤキソバ 殿堂入りレビュアー 投稿日 2006/11/7
形式: 文庫
著者自身のあとがきで、この作品は、睡眠薬に酔って、

うつつな有様で書いた「異常な所産」と記している。

しかし、私は全くそうは思わない。

異質性からみると、著者の「眠れる美女」があげられ、

「古都」は、川端文学の神髄に酔える、王道的作品だと思う。

千重子が実は苗子と双子であるが故の、秀男との悲恋、

それから、京都の年中行事が美しく描かれている。

確かに「雪国」などに比べて、文章に微妙な「揺れ」を感じるが、

それが、そのまま登場人物の心の揺れにもつながり、

作品としての完成度を高めているとも言える。

何より、京都情緒に満ちていて、それらの表現が美そのものだ。

そして、物語の結末は美しくも哀しい。

川端文学の中で、私の特に好きな作品だ。
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投稿者 suzumibachi 投稿日 2005/5/20
形式: 文庫
双子の美しい姉妹が、祭で再会したのを機に親交を深めてゆくが、
過ぎ去った日を取り戻すことはできない…という物語。
何かの本で、この作品を「京都ラブストーリー」と言っていましたが、
そんな単純な話ではないと思います。
運命は変えられるが、宿命は変えることができない…これが、
『古都』を読んだ時の率直な感想です。
川端康成の作品を読むと、日本語の美しさに改めて気付かされます。
淡々としているのに、しみじみと染み入るような美しさ。
気が付くと、涙があふれてきます。
そして、登場人物の周りでさまざまな表情を見せる、京都の名所。
千恵子・苗子だけではなく、京都そのものが主人公であるかのように思えるのは、川端氏のなせる業。
日本語でなければ、この美しさは実感できないと思います。
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形式: 文庫
この小説が生まれた国に住んでいることを、私は誇りに思う。

高校生のとき巡り会って以来、何百回となく読み返しました。千重子も苗子も、いまそこで囁いているようで、とても小説の中の登場人物とは思えない。移ろいゆく四季の中で京都の町並みがめくれ、姉妹の心情がいまにも壊れそうな繊細な筆致で綴られる。

あまりに惹かれて、この本を持って京都へ行きました。しかし駅はターミナルビルに変わり、千重子が買い物籠を手に歩いた室町はコンクリートの舗装道路に変わってしまった。あのショックは今も忘れられない。

だからこそ、この小説に、真の京都が残されていてよかったと思うのです。京都が好きな方、ぜひ読んでみてください。
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形式: 文庫
今となっては残っているのかどうかわからないが、かつてはこのような美しい「日本」が実在したのかもしれない。
今は町に原色の看板があふれ、町並みを考えないグロテスクな建築が増え、人々の心もグローバライゼーションの競争の渦の中で消耗し、自分さえ良ければという狭量な考え方をする人たちが徐々に増えてきているように思う。
でも、やはり、物事の美しさは心の中にいつくしみ育てることが出来るのだと信じたい。
「古都」のような文学にたしなむのもその手段の一つだろう。
でも、もしかしたら川端康成がこの小説を書いたときは既に美しい日本が崩れていて、その悲しさからこうした作品を生み出そうとしたのかもしれない。
となると、ますます今の状況に嘆くばかりではなく、自分自身で美しさというものを生み出していくだけの貢献を何かの形で実践したいという気にもなるのである。
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形式: 文庫
京都が好きな私にとっては川端文学の最高峰です。
主人公の恋愛や出生云々といったストーリーの根幹を抜きにしても、色鮮やかで奥行きのある風景描写は素晴らしいの一言です。特に八坂神社~円山公園~青蓮院あたりの描写は、目の前に大きく枝を拡げた楠がうかんでくるようです。このあたりは私の好きな散歩道なんです。この作品を読んでから一層好きになりました。
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形式: 文庫
私は川端康成のよき読者ではありません。従って、読んだ本といえば学生時代の著名な数点に過ぎず、それも饅頭食いながらただぼんやりと感じたものです。
ところが最近京都に行くことがあり「古都」でもと手にとってその鮮烈な言語空間が現出するのに驚嘆しました。
以下はほんの一例です。
「茶室の下の小みちを抜けると、池がある。岸近くに、しょうぶの葉が、若いみどり色で、立ちきそっている。睡蓮の葉も水のおもてに浮き出ていた。この池のまわりは、桜がない。」
文章は際めて平易です。しかし一句一句の意味は驚くべきスピードで展開し、そして最後に歌舞伎でいう幕の振り落としのような情景が言語の中で顕われます。
具体的に追うと以下のとおりです。
まず、「池が」在ります。存在がそのままストレートに提示されます。次いで「しょうぶの葉が、立ちきそ」います。存在そのものから、その態様に変化するわけです。そして「出ていた」となり、すっと後に引くことによって存在からの空間的かつ時間的距離感が現出します。圧巻は「桜がない。」です。勿論存在としては、「桜はない」のでしょう。しかし、「桜はない。」と言語が提供されることによって、桜そのものの残影が一旦顕われ、その非在がフラッシュバックのように存在化します。そして消え去るのですがその瞬時は永遠です。
出来事はあっとい
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