【本書推薦文より】
私にとっては、武の世界では先輩に当たり、三十年以上のお付き合いをさせていただいている伊藤峯夫氏は、かつて「甲野さんは、まわりをおかしくする変な才能があるから、気をつけないとダメですよ」と、笑いながら忠告をして下さったことがある。
その時は、それほど気にもならなかったが、今回岡田慎一郎氏が本書を刊行されるにあたって、あらためて考えてみると、岡田氏の人生を激変させたのは確かに私だということは認めざるを得なかった。といって、別に私が何をしたという訳でもないのだが…。
私が初めて岡田慎一郎氏と出会ったのは、今から二年半ほど前の、2004年の確か三月。当時、私が田町の駅近くで講習会を開いていた時だったと思う。小柄で人当たりがソフトで、話の通りがいい、一見穏やかで誰とでも話を合わせられる素直な性格に見える一方、「これ」と思ったら譲らない、頑固で集中力のある人だな、というのが最初の印象だった。
「この人は面白い」と、すぐ話し込むようになり、まだ何度も会っていない四月の中旬、テレビ東京の社会派バラエティ番組「世の中ガブッと」への出演依頼があった時、介護を取り上げたいということだったので、岡田氏をアシスタント(というかアドバイザー)として同行をお願いしたのである。
出番を待っていると、ある介護指導者の方が、車椅子から被介護者を抱え上げていた。そのやり方を見ているうち、フト私のなかに閃くものがあり、横に座っていた岡田氏を、座った形のまま椅子から楽々と抱え上げたのである。これが以後、私が行なう介護技のなかで最も理論的解明が難しい「浮き取り」が生まれた瞬間であった。
そして、一年後の2005年、『武術との共振』というDVDを作った時、岡田氏にも出演していただき、介護法の紹介をしたのだが、こと介護法に関しては、もうこの頃は岡田氏が主役で、この撮影時も、岡田氏は「浮き取り」が、もっと広く一般的に使えるように、両腿の上に被介護者を乗せる方法などを、その場で開発するほどの才能を発揮し始められたのである。その後、「添え立ち」の改良、椅子からの立たせ方、座らせ方等に、すぐれた技法を案出され、私のほうが逆にいろいろと教えられる立場となった。
教えた者に教えられるというのは、いささかバツの悪いものだが、すでに前年の夏、茨城県にある岡田氏の御自宅に伺った時、ハッキリとこの岡田氏が「日本の介護界を変えた人物として後世、語り継がれるような存在になるだろう」という、どうしようもない予感がしていた私にとっては、その予感的中の快感の方が大きく、岡田氏に学ぶことにいささかの抵抗もなかった。
本書を読むと、私が岡田氏を育てたというイメージがあるが、実際にはいま述べたように、岡田氏は私からは最初にちょっとしたヒントを得ただけで、その才能が開花したのである。したがって、本書で岡田氏が技法を解説しているところで、私が伝えたものも、岡田氏が自ら創り出したものも混じって解説されているところが何箇所もあるが、これはもはや岡田氏の感覚のなかで分離不可能なほど一体化しているからだと思う。
それだけに、岡田氏と私の間では、その技や技の解説法の譬えなどで、お互いにどちらが創ったり思いついたりしたかを一々確認し合ったりせず自由に使っている。ただ、お互い自由に展開しているから、ちょっとした混乱もある。たとえば腕の力を使わないために、拡げて張った五本の指のうち、中指と薬指を内側に折り曲げた手の形を思いついた当初、私は別に名称をつけないまま使っていたのだが、話術に巧みな岡田氏は、講習会などで、早速に「キツネさんの手」という名前をつけて実演するようになっていた。
私は別に名前を付けず、そのまま使っていたのだが、DVDを作る時に、説明に必要なので名前を付けて欲しいという要望があり、いざそうなると、やはり自分で納得の行く名前を付けたくなるため、かなりの日数を使って「折れ紅葉」という名称を考え出した。しかし、その時は先行していた岡田氏の「キツネさんの手」の方が、広く(といっても、ごく限られた範囲だが)普及しており、この手は名称が二つあるということになったのである。
とにかく、ズバリ、岡田慎一郎という人物はユニークで面白い。実技は上手、話は巧み、そして親切。ただ一つ忠告させて頂けるなら、そのボケとツッコミを一人二役でこなしながら、自虐ネタを絡ませる話し上手は女性から「ワァー、面白い人」で終わってしまう恐れがあるのではないか、ということである。もっとも、岡田氏のそういう外面の包装紙に捉われず、他の何人も真似の出来ない才能を深く理解する女性の出現を密かに待っているのだとすれば、もはや私から何も申し上げることもない。今後の縦横無尽の御活躍を心から祈る次第である。
推薦者:甲野善紀
1949年、東京生まれ。78年、武術稽古研究会松聲館(しょうせいかん)を設立(2003年10月同会解散)以来、他流儀や異分野との交流を行いつつ、武術研究を行う。プロ野球巨人軍の桑田真澄投手をはじめ、多くのスポーツ関係者に影響を与える一方、近年では岡田慎一郎氏を中心に、介護・看護関係者からもその身体技法や術理に注目が集まっている。
1972年生まれ。介護福祉士,介護支援専門員。私立常総学院高校卒業後,身体障害者,高齢者施設の介護職員,東洋パラメディカル学院等で講師を務める。従来の身体介助法に疑問を抱く中,武術家・甲野善紀氏と出会い,古武術の身体操法に基づいた身体介助法に感銘を受け,以後師事する。朝日カルチャーセンターでの講座を開講した2005年以降、新聞、雑誌、テレビ等多くのメディアに登場。独自の身体介助法と発想法を展開し、話題を集めている。岡田慎一郎氏への問い合せ・講演依頼は(株)医学書院PR部まで。