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反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー 単行本 – 2019/12/21
ジェームズ・C・スコット
(著),
立木 勝
(翻訳)
購入を強化する
世界観を真に変革する、稀な書だ。
――A. サリヴァン(『ニューヨーク・マガジン』)
われわれの農業に偏った歴史観は、見直しを迫られるだろう。
――S. シャブロフスキー(『サイエンス』)
人類が文明と政治的秩序のために支払った大きな代償を、ずばり明らかにしている。
――W. シャイデル(『暴力と不平等の人類史』)
「ある感覚が要求してくる――
わたしたちが定住し、穀物を栽培し、家畜を育てながら、現在国家とよんでいる
新奇な制度によって支配される「臣民」となった経緯を知るために、
深層史(ディープ・ヒストリー)を探れ、と…」
ティグリス=ユーフラテス川の流域に国家が生まれたのが、作物栽培と定住が始
まってから4000年以上もあとだったのはなぜだろうか? 著者は「ホモ・サピ
エンスは待ちかねたように腰を落ち着けて永住し、数十万年におよぶ移動と周期
的転居の生活を喜んで終わらせた」のではないと論じる。
キーワードは動植物、人間の〈飼い馴らし〉だ。それは「動植物の遺伝子構造と
形態を変えてしまった。非常に人工的な環境が生まれ、そこにダーウィン的な選
択圧が働いて、新しい適応が進んだ…人類もまた狭い空間への閉じこめによって、
過密状態によって、身体活動や社会組織のパターンの変化によって、飼い馴らさ
れてきた」。
最初期の国家で非エリート層にのしかかった負担とは? 国家形成における穀物の
役割とは? 農業国家による強制の手法と、その脆弱さとは? 考古学、人類学な
どの最新成果をもとに、壮大な仮説を提示する。
[目次抄]
序章ほころびだらけの物語――わたしの知らなかったこと
1火と植物と動物と……そしてわたしたちの飼い馴らし
2世界の景観修正――ドムス複合体
3動物原性感染症――病理学のパーフェクトストーム
4初期国家の農業生態系
5人口の管理――束縛と戦争
6初期国家の脆弱さ――分解としての崩壊
7野蛮人の黄金時代
索引
原注
参考文献
――A. サリヴァン(『ニューヨーク・マガジン』)
われわれの農業に偏った歴史観は、見直しを迫られるだろう。
――S. シャブロフスキー(『サイエンス』)
人類が文明と政治的秩序のために支払った大きな代償を、ずばり明らかにしている。
――W. シャイデル(『暴力と不平等の人類史』)
「ある感覚が要求してくる――
わたしたちが定住し、穀物を栽培し、家畜を育てながら、現在国家とよんでいる
新奇な制度によって支配される「臣民」となった経緯を知るために、
深層史(ディープ・ヒストリー)を探れ、と…」
ティグリス=ユーフラテス川の流域に国家が生まれたのが、作物栽培と定住が始
まってから4000年以上もあとだったのはなぜだろうか? 著者は「ホモ・サピ
エンスは待ちかねたように腰を落ち着けて永住し、数十万年におよぶ移動と周期
的転居の生活を喜んで終わらせた」のではないと論じる。
キーワードは動植物、人間の〈飼い馴らし〉だ。それは「動植物の遺伝子構造と
形態を変えてしまった。非常に人工的な環境が生まれ、そこにダーウィン的な選
択圧が働いて、新しい適応が進んだ…人類もまた狭い空間への閉じこめによって、
過密状態によって、身体活動や社会組織のパターンの変化によって、飼い馴らさ
れてきた」。
最初期の国家で非エリート層にのしかかった負担とは? 国家形成における穀物の
役割とは? 農業国家による強制の手法と、その脆弱さとは? 考古学、人類学な
どの最新成果をもとに、壮大な仮説を提示する。
[目次抄]
序章ほころびだらけの物語――わたしの知らなかったこと
1火と植物と動物と……そしてわたしたちの飼い馴らし
2世界の景観修正――ドムス複合体
3動物原性感染症――病理学のパーフェクトストーム
4初期国家の農業生態系
5人口の管理――束縛と戦争
6初期国家の脆弱さ――分解としての崩壊
7野蛮人の黄金時代
索引
原注
参考文献
- 本の長さ312ページ
- 言語日本語
- 出版社みすず書房
- 発売日2019/12/21
- 寸法13.7 x 2.1 x 19.6 cm
- ISBN-104622088657
- ISBN-13978-4622088653
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出版社より
考古学、人類学などの最新成果をもとに、壮大な仮説を提示!
商品の説明
出版社からのコメント
内容(「BOOK」データベースより)
豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」は、いかにして古代国家に家畜化されたのか。農業革命についての常識を覆す、『Economist』誌ベスト歴史書2019。
著者について
ジェームズ・C・スコット(James C. Scott)
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。全米芸術科学アカデミー
のフェローであり、自宅で農業・養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主
や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大
学を卒業後、1967年にイエール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン
大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。2010年には、第21
回福岡アジア文化賞を受賞。著書『ゾミア――脱国家の世界史』(佐藤仁監訳、み
すず書房)ほか。
立木勝(たちき・まさる)
翻訳家。
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。全米芸術科学アカデミー
のフェローであり、自宅で農業・養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主
や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大
学を卒業後、1967年にイエール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン
大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。2010年には、第21
回福岡アジア文化賞を受賞。著書『ゾミア――脱国家の世界史』(佐藤仁監訳、み
すず書房)ほか。
立木勝(たちき・まさる)
翻訳家。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
スコット,ジェームズ・C.
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。農村研究プログラム主宰。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業、養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイェール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。第21回(2010年)福岡アジア文化賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。農村研究プログラム主宰。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業、養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイェール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。第21回(2010年)福岡アジア文化賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : みすず書房 (2019/12/21)
- 発売日 : 2019/12/21
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 312ページ
- ISBN-10 : 4622088657
- ISBN-13 : 978-4622088653
- 寸法 : 13.7 x 2.1 x 19.6 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 101,562位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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カスタマーレビュー
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農業→国家形成と進歩によって、人類は豊かになってきたという通説は本当か?栄養の偏りや伝染病、奴隷制や徴税などに苦しむ定住民の外の世界には、狩猟採集・遊牧や交易、時には戦闘で豊かに暮らす「野蛮人」の黄金時代が17世紀まで続いていた。歴史の見方が変わる、エキサイティングな本でした!
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上位レビュー、対象国: 日本
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2022年6月20日に日本でレビュー済み
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Amazonで購入
読んで欲しい。
役に立った
2021年12月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者によると世界の景観修正があり、ホモ・サピエンスは動植物だけではなく、環境全体も飼い慣らしてきた。
そして、世界の大半は人間の活動により形作られた。
動物も狩猟民の獲物から、農民の囲いものになっていった。
それは、主人に世話をされることにより野生の選択圧を免れた事になる、
しかし新たに所有者の選択圧に晒されるようになった。
狩猟採集民は、自然界のリズムに常に気を配っているゼネラリストである必要がある。
しかし農民は、日々の作業は特定のテンポだけが対象である。
定住農民は安定があり、繁殖率が高く、また農作業の労働として子供の価値が高くなった。
狩猟採集民は移動が伴うので、意図的に繁殖を制限していた。
また、人と物が集まると不平等が増す。
大雑把に古代国家は全て農耕国家であり、耕作可能地を集め、人間をそこで働かせ、小さな範囲内に集中させる。国家のモジュールはマンパワーであり、土地に働きかけ、農作物が育ちやすい環境を作ること。
また、水の有無は死活問題であり、十分な水が確保できる沖積層だけが、国家作りの可能な場所だった。
著者の考えによると、穀物と国家のつながりは、穀物だけが課税の基礎となりうることである。
穀物は目視、分割、査定、貯蔵、運搬、そして分配ができ、収奪の容易さと効率にある。
穀物が地上で同時に熟することは、国家の徴税官に利点があり、成熟期が決まっている作物が最適である。
文字自体が距離を破壊するテクノロジーとなり、小さな領土の全域を支配した。
略奪者であることをやめたものは、文字、統計、人口調査、測量を通して、合理的に労働力と食料を抽出しようとした。
労働者は『家畜化された』人間として概念化され、それは家畜動物と全く同じ位置付けであった。
どんな農業経済でもそうだが、階級関係の鍵は、凶作年の衝撃をどの階級が吸収するのかが鍵になる。
また、人口が多くなれば、感染症の保菌者や保菌動物も大幅に増える。
細菌や寄生虫は、人や動物と共に移動する。
商業圏の大幅拡大も、病原菌の拡大に効果があった。
国家は確立されてから、民を取り込むだけではなく、吐き出すこともしていた。
逃亡の原因は、伝染病、凶作、洪水、課税、戦争など。
野蛮人とは、敵対的な遊牧民で軍事脅威をもたらすもの、穀物国家を脅かす存在である。
穀物と人口と家畜が一箇所に集中していることは、国家にとって権力の源と同時に、移動性の略奪民に対する致命的な虚弱性の源でもある。
そして、世界の大半は人間の活動により形作られた。
動物も狩猟民の獲物から、農民の囲いものになっていった。
それは、主人に世話をされることにより野生の選択圧を免れた事になる、
しかし新たに所有者の選択圧に晒されるようになった。
狩猟採集民は、自然界のリズムに常に気を配っているゼネラリストである必要がある。
しかし農民は、日々の作業は特定のテンポだけが対象である。
定住農民は安定があり、繁殖率が高く、また農作業の労働として子供の価値が高くなった。
狩猟採集民は移動が伴うので、意図的に繁殖を制限していた。
また、人と物が集まると不平等が増す。
大雑把に古代国家は全て農耕国家であり、耕作可能地を集め、人間をそこで働かせ、小さな範囲内に集中させる。国家のモジュールはマンパワーであり、土地に働きかけ、農作物が育ちやすい環境を作ること。
また、水の有無は死活問題であり、十分な水が確保できる沖積層だけが、国家作りの可能な場所だった。
著者の考えによると、穀物と国家のつながりは、穀物だけが課税の基礎となりうることである。
穀物は目視、分割、査定、貯蔵、運搬、そして分配ができ、収奪の容易さと効率にある。
穀物が地上で同時に熟することは、国家の徴税官に利点があり、成熟期が決まっている作物が最適である。
文字自体が距離を破壊するテクノロジーとなり、小さな領土の全域を支配した。
略奪者であることをやめたものは、文字、統計、人口調査、測量を通して、合理的に労働力と食料を抽出しようとした。
労働者は『家畜化された』人間として概念化され、それは家畜動物と全く同じ位置付けであった。
どんな農業経済でもそうだが、階級関係の鍵は、凶作年の衝撃をどの階級が吸収するのかが鍵になる。
また、人口が多くなれば、感染症の保菌者や保菌動物も大幅に増える。
細菌や寄生虫は、人や動物と共に移動する。
商業圏の大幅拡大も、病原菌の拡大に効果があった。
国家は確立されてから、民を取り込むだけではなく、吐き出すこともしていた。
逃亡の原因は、伝染病、凶作、洪水、課税、戦争など。
野蛮人とは、敵対的な遊牧民で軍事脅威をもたらすもの、穀物国家を脅かす存在である。
穀物と人口と家畜が一箇所に集中していることは、国家にとって権力の源と同時に、移動性の略奪民に対する致命的な虚弱性の源でもある。
2022年7月7日に日本でレビュー済み
穀物と国家、狩猟民、徴税、奴隷などこれまでの定説の裏をかいて、新たな歴史観、国家観を提供してくれる。例えば、文字の発明にしても、人類の進歩とか文化の発展に寄与した、という程度の知識しかなかったが、当時は穀物の量を記録し、徴収するためのものだった。そして文字を読めない大半の人にとって、徴収の道具であるために疎まれるものだったという。
また国家が城壁を築いたのは、狩猟採集民による略奪から防ぐのと、穀物農業という過酷な労働から小農が逃げ出さないためだったという。
合理的な考え方で、古代の国家の見方を根本から見直す。国家の役人が記した王の記録からは見えにくいことがある。古代の王国として具体的に紀元前3000年以降のメソポタミアや中国の秦王朝、古代ギリシア、東南アジアの古代国家などの遺跡を取りあげながら解説される。
狩猟採集民の文化では文字記録や遺跡が少ないため、著者の推測により解説される部分が多い。文献については多数の引用があり、また論理明解なので納得感は大きい。2022年4月で10刷りなのでけっこう読まれていることがわかる。
中央集権ではなぜ小麦や米などの穀物栽培が求められたかの論理が納得である。つまり実りの季節が一定で、徴税官が出向いて徴収できることが重要で、外から実りの状況が明確にわかることも肝だった。芋など土中にあったり、実りが一定でなければ、収穫の時期に合わせて徴収に行くことが難しくなる。耕作面積や穀物量が計量しやすいというのも、国家にとって利点となった。
流通の面でも大きな川沿いに国家ができたのは、船での大量輸送が可能であったため。馬車での輸送の場合、時間がかかる上、量は少なく、そしてそれだけ運賃が莫大にかかってしまい、税収以上に運賃が高くなる。そのため国家は穀物栽培をできるだけ中央の近くで行わせた。
灌漑前の湿地帯に生まれた定住では、(例えばイェリコ、ナイル川下流域、タイのハリプンチャイ、ホアビン文化など)生態系が豊かで変化が多様である。単一作物ではないため一定の税収を得て、なおかつ会計するのは容易ではなかったのではないかと推測する。
動物の家畜化についても興味深い。旧ソ連で130匹のギンギツネを人間に馴らしていく実験がされた。攻撃性の少ないものを選んで交配を繰り返すと、10世代で子孫の18%が人になつくようになった。20世代で35%になったという。著者は8000年も家畜として身近にいた羊であれば、従順な個体を選び続けられた結果、臆病で集団行動に適応したのも致し方ないとする。家畜動物と野生動物の身体的な特徴の違いは様々な部位で現れる。雌雄の別がなくなる、家畜は繁殖率が高まる、幼形成熟する、脳が小さくなる。羊は野生原種より24%脳が小さい。豚は3分の1になったというから驚きである。また脳の中でも影響の大きかったのが、海馬、視床下部、下垂体、扁桃体だった。恐怖を感じなくなる、感情が平板になるなどの変化が生じたという。
古代国家はより多くの人間を必要としていた。戦争でも最も貴重な略奪対象は人間であり、奴隷として貴重な労働資源となった。現代の奴隷など到底認められない、人権が尊重される恵まれた時代(表向き。ブラック企業はあるが)の感覚ではなかなか飲み込めない世界だが、当時はアリストテレスでさえ奴隷の存在を認めていた。アテナイではその文化を支えるために、耕作、採石、鉱山、伐採、ガレー船こぎ手、道路建設、運河掘削など、記録に残りにくい労働を担う人々が必要だった。
新アッシリア時代にはバビロニア人二十万人が農業活動のために捕虜として移送された。役人は彼らの所有物、スキル、家畜を網羅したリストを作成していた。これは国家による過酷な労働により脱走者が多数出たり、伝染病による労働人口の減少を穴埋めしたりするためであった。
現代の感覚では奴隷の存在は許されない。個人の人権や生存権の尊重は、人類の進歩だと改めて思う。歴史においては、本書のいうように人間が家畜扱いされ、それが疑われもしない時代があったことを学ばないといけない。
国家側からの記録では、国家の外の集団は野蛮人だと括られるが、穀物税収には頼らない多彩な生態系を利用する自由な集団と見なすこともできると主張する。国外の遊牧騎馬民族の社会が、隣接する国家とともに成長するという実態も面白い。国家はその多様な生態系からしか得られない産品を交易したり、彼らからの略奪を避けるために貢納品を与えていた。ローマ人は周辺のケルト人、フン族、ゴート族などに多額の黄金を支払っていた。
「野蛮人」という括りが、一面的な認識であることがよくわかったのは大きな収穫。環境を変えすぎずに共生する生活観はある意味、資源が有限である以上、有益な考え方を教えてくれるかもしれない(もちろん略奪はダメだが)。社会が国家によってのみ成り立つという常識も、いろいろ再考の余地があると気づかせてくれる。ビザンツ帝国やオスマン帝国は成立当初は、中央集権が進み、官僚機構が整い、地方分権が進んだ。一元的な統一はいつの世も難しいのだろう。秦王朝の徹底した中央集権化が15年という短命で終わったことからも見えてくる。
また国家が城壁を築いたのは、狩猟採集民による略奪から防ぐのと、穀物農業という過酷な労働から小農が逃げ出さないためだったという。
合理的な考え方で、古代の国家の見方を根本から見直す。国家の役人が記した王の記録からは見えにくいことがある。古代の王国として具体的に紀元前3000年以降のメソポタミアや中国の秦王朝、古代ギリシア、東南アジアの古代国家などの遺跡を取りあげながら解説される。
狩猟採集民の文化では文字記録や遺跡が少ないため、著者の推測により解説される部分が多い。文献については多数の引用があり、また論理明解なので納得感は大きい。2022年4月で10刷りなのでけっこう読まれていることがわかる。
中央集権ではなぜ小麦や米などの穀物栽培が求められたかの論理が納得である。つまり実りの季節が一定で、徴税官が出向いて徴収できることが重要で、外から実りの状況が明確にわかることも肝だった。芋など土中にあったり、実りが一定でなければ、収穫の時期に合わせて徴収に行くことが難しくなる。耕作面積や穀物量が計量しやすいというのも、国家にとって利点となった。
流通の面でも大きな川沿いに国家ができたのは、船での大量輸送が可能であったため。馬車での輸送の場合、時間がかかる上、量は少なく、そしてそれだけ運賃が莫大にかかってしまい、税収以上に運賃が高くなる。そのため国家は穀物栽培をできるだけ中央の近くで行わせた。
灌漑前の湿地帯に生まれた定住では、(例えばイェリコ、ナイル川下流域、タイのハリプンチャイ、ホアビン文化など)生態系が豊かで変化が多様である。単一作物ではないため一定の税収を得て、なおかつ会計するのは容易ではなかったのではないかと推測する。
動物の家畜化についても興味深い。旧ソ連で130匹のギンギツネを人間に馴らしていく実験がされた。攻撃性の少ないものを選んで交配を繰り返すと、10世代で子孫の18%が人になつくようになった。20世代で35%になったという。著者は8000年も家畜として身近にいた羊であれば、従順な個体を選び続けられた結果、臆病で集団行動に適応したのも致し方ないとする。家畜動物と野生動物の身体的な特徴の違いは様々な部位で現れる。雌雄の別がなくなる、家畜は繁殖率が高まる、幼形成熟する、脳が小さくなる。羊は野生原種より24%脳が小さい。豚は3分の1になったというから驚きである。また脳の中でも影響の大きかったのが、海馬、視床下部、下垂体、扁桃体だった。恐怖を感じなくなる、感情が平板になるなどの変化が生じたという。
古代国家はより多くの人間を必要としていた。戦争でも最も貴重な略奪対象は人間であり、奴隷として貴重な労働資源となった。現代の奴隷など到底認められない、人権が尊重される恵まれた時代(表向き。ブラック企業はあるが)の感覚ではなかなか飲み込めない世界だが、当時はアリストテレスでさえ奴隷の存在を認めていた。アテナイではその文化を支えるために、耕作、採石、鉱山、伐採、ガレー船こぎ手、道路建設、運河掘削など、記録に残りにくい労働を担う人々が必要だった。
新アッシリア時代にはバビロニア人二十万人が農業活動のために捕虜として移送された。役人は彼らの所有物、スキル、家畜を網羅したリストを作成していた。これは国家による過酷な労働により脱走者が多数出たり、伝染病による労働人口の減少を穴埋めしたりするためであった。
現代の感覚では奴隷の存在は許されない。個人の人権や生存権の尊重は、人類の進歩だと改めて思う。歴史においては、本書のいうように人間が家畜扱いされ、それが疑われもしない時代があったことを学ばないといけない。
国家側からの記録では、国家の外の集団は野蛮人だと括られるが、穀物税収には頼らない多彩な生態系を利用する自由な集団と見なすこともできると主張する。国外の遊牧騎馬民族の社会が、隣接する国家とともに成長するという実態も面白い。国家はその多様な生態系からしか得られない産品を交易したり、彼らからの略奪を避けるために貢納品を与えていた。ローマ人は周辺のケルト人、フン族、ゴート族などに多額の黄金を支払っていた。
「野蛮人」という括りが、一面的な認識であることがよくわかったのは大きな収穫。環境を変えすぎずに共生する生活観はある意味、資源が有限である以上、有益な考え方を教えてくれるかもしれない(もちろん略奪はダメだが)。社会が国家によってのみ成り立つという常識も、いろいろ再考の余地があると気づかせてくれる。ビザンツ帝国やオスマン帝国は成立当初は、中央集権が進み、官僚機構が整い、地方分権が進んだ。一元的な統一はいつの世も難しいのだろう。秦王朝の徹底した中央集権化が15年という短命で終わったことからも見えてくる。
ベスト500レビュアー
Amazonで購入
歴史を調べていくと教科書的な機能論や目的論が如何に脆弱で、愚かでかつ純粋なまでに「快楽」を追求し続けた「国家」なる集合体(いや生命体)とは、如何にいびつなものかが分かってくる。
「反穀物」とタイトルで謳っているが、全体的には農業がいかに人類の手に余り、天候、災害、環境破壊や感染症などの被害によってもへこたれず、穀物を備蓄しようとした古代「国家」というものは何なのだろうと思ってしまう。深く考えれば疑問こそ生まれるが「答え」なるものを、明確に提示しろと言われてもこれは大変難しい。
著者も断っているが、歴史書の裏の部分まで考察するためには、歴史の「大きな物語」を疑う必要がいる。つまり、歴史の機能論や目的論を「相対化」して考察する必要があって、古文書を読むだけでは恐ろしい間違いに至ってしまうことを述べている。ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの「 サピエンス全史 」でも農業をせずとも狩猟や遊牧、採集などの方が圧倒的に生活に困らなかったはずだと述べている。農業そのものが「過剰」だったということだ。
ではなぜ、農業を営むことを考えたのか、実は著者もこの辺を具体的に答えていないのだが、医師の夏井睦氏の「 炭水化物が人類を滅ぼす【最終解答編】 植物vs.ヒトの全人類史 」によれば甘さ、つまり糖質中毒者になったことで、その快楽を得たいが故に穀物を栽培することを思いついたと結論している。麦を脱穀してビールを作ったり、パンを作ったりした。食事を作るだけを考えれば、相当な手間ではないだろうか?つまり、「文明」とは、糖質という「麻薬」が生んだ「過剰」であったということだ。既に引退した栗本慎一郎氏も似た考えで、シュメール文明は「病」にかかったと述べていた。
著者は80歳を超える高齢で、出版した2017年には文明論の中には「環境破壊」、「感染症」、「狩猟民族」、「遊牧民族」といった今まで歴史でクローズアップされていなかったことを追求して、歴史の「機能主義」を打倒したい考えの様だ。ただ、この著者には申し訳ないが、私如きでもこの論旨とほぼ同じ考えに至っていて、インパクトから言えば正直遅かったと思う。ただ、こういう内容に関して初読の人は、是非読んでみるといい。
最後に、翻訳をされた方がどうも歴史関係の専門家というわけではなさそうで、参考文献の中には、日本語訳で読める著書があるのだが、この辺の一覧の調査に不満が少しある。例えばヨアヒム・ラートカウ「 自然と権力―― 環境の世界史 」(原著Joachim Radkau ”Nature and Power")とかは2012年にすでに日本語訳が出版されている。多分Google検索で見つからなかっただけとしか思えないが、みすず書房の編集者がいいかげんなのか、翻訳者が調査不足なのかは知らない。それにこの判型と頁数で3800円とは高い!もっと厳しく仕事をして欲しい。私の様な素人が気づく位だ。
私は、参考文献一覧を調べることで、どの程度の論旨なのかが割とはっきりすると思っているが、この著者もかなり多くの著書を読んでいることがわかるが、どこか地に足が付いていないところは否めない。私ならデイビッド・モントゴメリーの様な、自らの足で調べた研究者に軍配を上げる。
実はデイビッド・モントゴメリーの三部作「 土の文明史 」、「 土と内臓 (微生物がつくる世界) 」、「 土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話 」でこの著者の論旨のほとんどを補填出来る。それにダーウィンは「 ミミズと土 (平凡社ライブラリー) 」で100年以上も前に土壌にいるミミズの効用を強く訴えていた。ミミズの繁栄無しに文明の繁栄もあり得ず、環境に背を向けた文明は、衰退しか道が残されていなかったことは明白な程わかる。モントゴメリーは「 土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話 」で鍬こそ人類最悪の発明と喝破している。チグリス・ユーフラテス川流域の良質な土壌を削り取り、やがて岩肌が見える土地にしてしまったのは間違いなく人類なのだ。正直、著者の論旨は遅い位だった。真面目な論述であるだけに正直残念ではある。
「反穀物」とタイトルで謳っているが、全体的には農業がいかに人類の手に余り、天候、災害、環境破壊や感染症などの被害によってもへこたれず、穀物を備蓄しようとした古代「国家」というものは何なのだろうと思ってしまう。深く考えれば疑問こそ生まれるが「答え」なるものを、明確に提示しろと言われてもこれは大変難しい。
著者も断っているが、歴史書の裏の部分まで考察するためには、歴史の「大きな物語」を疑う必要がいる。つまり、歴史の機能論や目的論を「相対化」して考察する必要があって、古文書を読むだけでは恐ろしい間違いに至ってしまうことを述べている。ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの「 サピエンス全史 」でも農業をせずとも狩猟や遊牧、採集などの方が圧倒的に生活に困らなかったはずだと述べている。農業そのものが「過剰」だったということだ。
ではなぜ、農業を営むことを考えたのか、実は著者もこの辺を具体的に答えていないのだが、医師の夏井睦氏の「 炭水化物が人類を滅ぼす【最終解答編】 植物vs.ヒトの全人類史 」によれば甘さ、つまり糖質中毒者になったことで、その快楽を得たいが故に穀物を栽培することを思いついたと結論している。麦を脱穀してビールを作ったり、パンを作ったりした。食事を作るだけを考えれば、相当な手間ではないだろうか?つまり、「文明」とは、糖質という「麻薬」が生んだ「過剰」であったということだ。既に引退した栗本慎一郎氏も似た考えで、シュメール文明は「病」にかかったと述べていた。
著者は80歳を超える高齢で、出版した2017年には文明論の中には「環境破壊」、「感染症」、「狩猟民族」、「遊牧民族」といった今まで歴史でクローズアップされていなかったことを追求して、歴史の「機能主義」を打倒したい考えの様だ。ただ、この著者には申し訳ないが、私如きでもこの論旨とほぼ同じ考えに至っていて、インパクトから言えば正直遅かったと思う。ただ、こういう内容に関して初読の人は、是非読んでみるといい。
最後に、翻訳をされた方がどうも歴史関係の専門家というわけではなさそうで、参考文献の中には、日本語訳で読める著書があるのだが、この辺の一覧の調査に不満が少しある。例えばヨアヒム・ラートカウ「 自然と権力―― 環境の世界史 」(原著Joachim Radkau ”Nature and Power")とかは2012年にすでに日本語訳が出版されている。多分Google検索で見つからなかっただけとしか思えないが、みすず書房の編集者がいいかげんなのか、翻訳者が調査不足なのかは知らない。それにこの判型と頁数で3800円とは高い!もっと厳しく仕事をして欲しい。私の様な素人が気づく位だ。
私は、参考文献一覧を調べることで、どの程度の論旨なのかが割とはっきりすると思っているが、この著者もかなり多くの著書を読んでいることがわかるが、どこか地に足が付いていないところは否めない。私ならデイビッド・モントゴメリーの様な、自らの足で調べた研究者に軍配を上げる。
実はデイビッド・モントゴメリーの三部作「 土の文明史 」、「 土と内臓 (微生物がつくる世界) 」、「 土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話 」でこの著者の論旨のほとんどを補填出来る。それにダーウィンは「 ミミズと土 (平凡社ライブラリー) 」で100年以上も前に土壌にいるミミズの効用を強く訴えていた。ミミズの繁栄無しに文明の繁栄もあり得ず、環境に背を向けた文明は、衰退しか道が残されていなかったことは明白な程わかる。モントゴメリーは「 土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話 」で鍬こそ人類最悪の発明と喝破している。チグリス・ユーフラテス川流域の良質な土壌を削り取り、やがて岩肌が見える土地にしてしまったのは間違いなく人類なのだ。正直、著者の論旨は遅い位だった。真面目な論述であるだけに正直残念ではある。
2022年7月1日に日本でレビュー済み
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読者が馬鹿にされる!議論できるところの多い時代だとわかっているスコットがそれを便宜的に使うけど、実際にまるで嘘の疑似情報を提起する。こんなお金をこんな本に使ったって、後悔というより、腹立ちました。










