デンマークを代表する女性作家・ディネセンの短編集である。彼女はアンデルセンと並ぶ国民的作家として尊敬を集めていて、50クローネ紙幣に肖像画が描かれているという。代表作である自身のアフリカ体験を綴った「アフリカの日々」は「愛と哀しみの果て」(ロバート・レッドフォード、メリル・ストリープ主演)のタイトルで映画化され、1986年のアカデミー賞作品賞を得た。
「冬の物語」は1942年、デンマークがナチス・ドイツに占領されていた時代にデンマークとアメリカで出版された。「冬の物語Winter’s Tales」とは北欧の長く厳しい冬の夜に女たちが炉辺に集まって話すおとぎ話の意味らしい。ここに収められている11の短編は「小説」と呼ぶには古風な文章、構成であって、やはり「物語」が似つかわしい。書かれた時代からさらに100年ほど遡った19世紀のデンマークの都市と農村を舞台とする作品が多い。したがって身分制度が残り、キリスト教の戒律が人々の生活を支配し、自由や人権が抑圧されていた時代の物語である。
「アフリカの日々」でも感じたが、この作者の風景描写が素晴らしい。短い夏の後に長く続く厳しい冬。北欧の自然がいかに人々の心に大きな影響を与えたかがよくわかる筆致であった。清冽で凍てつく冬の海は多くの漁民の命を飲み込んだ。空気さえも凍り付く寒さのなかで人々はささやかな希望を胸に春を待つ。願い通りにならない運命、引き裂かれる恋、理不尽な身分制度。そして、自責の念が妄想を生む。憧れと祈りと悲しみを抱きしめて運命に抗わずにすべてを受け入れる人々を見つめる作家の眼差しが優しい。
なかでも印象に残ったのが「女の英雄」である。ドイツ国境でプロシア軍に帰国を阻まれるフランス人の群れの中で貴婦人がプロシア将校から難題を持ち出される。この話はモーパッサンの「脂肪の塊」の翻案であろうが、ドイツ占領下に書かれた意味は大きい。また、春の訪れに海へ誘われた少年少女が割れた氷上で流される「ペーターとローサ」は悲しみを湛えた美しい物語であった。救いのない結末に悄然としつつ、これを書いたディネセンの孤独を思った。彼女はアフリカでの18年間の農園経営に失敗し、恋人を飛行機事故で失い、帰国して外国軍の占領下に「冬の物語」を書いたのだった。
野田あいさんの描く表紙の冬景色のイラストに目を奪われた。第9話の「ペーターとローサ」をイメージしたものであろう。雪景色の中で物語が動きだしているように思えた。この表紙に出会わなかったら私は本書を手に取らなかったはずだ。もちろんこれも最近注目浴びる新潮社装幀室の手がけたブックデザインである。また、横山貞子さんによる訳文の端正な美しい日本語にも感心した。
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