本書の価値は、二つある。
[1]第一の価値は、倶舎論の全偈頌を丁寧な現代語訳で読めることである。価格は高すぎるが、それ以上に読む価値はある。全偈頌の「読下文」だけであれば、『倶舎論』(桜部建著、大蔵出版、1981年刊)で読める。しかし、「読下文」と「訳者注」だけで内容を十分に理解するのは難しい。それでは、自分なりの考察には進めない。
[2]第二の価値は、本書の分かりやすい現代語訳を読むことで、『倶舎論』自身の問題点(論理矛盾)を明確に出来ることである。私にとって、ツォンカパの三大弟子の一人であるダライ・ラマ1世が書かれた本書を読むことは、ツォンカパの生の講義を聴くことに等しく、ツォンカパの解釈に私の意見を申し上げることができる。
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説一切有部は、紀元前1世紀の半ば頃に上座部から分派したとされ、紀元前2世紀の迦多衍尼子が著した『発智論』とその註釈書『婆沙論』(2世紀頃に完成)が基本的教義である。『倶舎論』の中心は『発智論』と『婆沙論』なので、『発智論』に対する当時最新の解説書と位置づけられる。
『倶舎論』を読み解くためには、《釈尊の教法の真義》を基準にする必要がある。
私が選んだ基準の一つは、五下分結と五上分結である。大正大蔵テキストDBで漢訳四阿含経を調べれば、五下分結は現れても五上分結は一つも現れない。五上分結が現れるのは大乗論書からである。
しかし、『倶舎論』には五下分結と五上分結が登場し、その差異を説明出来ていない。
私はかつて説一切有部の教法を調べようと『発智論』を読んで驚いた。そこには、五上分結が登場する。さらに、ブッダゴーサがパーリ仏典を改竄し原典を焼却したという伝説があったので、パーリ仏典相応部の日本語訳を読むと、信じられないほどあちこちに五上分結や唯識教義(経量部由来の教義)が登場する。いずれも漢訳阿含経が登場する以後の出来事(付加増広)であろう。
経典から誤りを削除すれば、《釈尊の教法の真義》が復元できる。
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釈尊入滅後の仏教に対する私の予想は、こうである。「釈尊入滅後に生まれたとされる小乗仏教は萌芽期の大乗仏教(経量部などで唯識が登場)であり、その後に登場した初期大乗(釈尊を無視して菩薩が登場)が萌芽期大乗を小乗と揶揄したのだ」と考えている。しかも、それを実行したのはバラモン教を捨てずにバラモン教徒から仏教徒に転向した秀才やマーニー教教会による偽経典の創作である。特に、インド北西部でイラン高原東部にあったマーニー教会は、東に向けて仏教の偽経典、西に向けてキリスト教の偽経典を創作して、マーニー教の布教拡大を図った。キリスト教の偽経典布教は失敗したが、仏教の偽経典布教は成功したのである。本書もその地で創作された偽経典の一つと考える。
本書を読みながら、『倶舎論』を書いた世親は阿羅漢になっていないばかりか、第一段階の聖者である預流にもなっていないと感じた。もし、本当の預流が誕生し、本当の阿羅漢が登場していれば、釈尊の菩提分法の実践方法を明確に論じるはずだし、『倶舎論』だけでなく代表的な経典の誤りを指摘するはずだからである。
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以下には、本書が明らかにする『倶舎論』の内容そのものの問題点に対する具体的な所感を述べる。
【第2章 根品】
【偈:II-17ab】十一〔根〕によって阿羅漢性が〔得られる〕。ある者には〔そのことが〕ありえるから〔そのように〕説かれるのである。
【本文説明】ある鈍根の阿羅漢が何度も退転して〔その度にもとの阿羅漢果に〕復帰する時には、十一の根によって得られることがあり得ることを意図して説明されているからである。
【所感】ここでは、阿羅漢果には鈍根の者がいて、何度も退転するとある。なぜ、このような発想が生まれたのか?とずーっと考えて来たが、「三結」を断じて預流になれば「欲界の無明」が消滅する事実を忘れて、五上分結の最後に誰かが勝手に「無明」を置いたからに違いない。こうした矛盾に誰も気づいていないということは、「三結」を断じた聖者が誰も居ないことになる。
【第3章 世間品】
【3章全体】
【所感】北伝仏教の中心バクトリアを拠点とした器用なマーニー教教会は、仏教用語を大量に導入し、布教の便法として意図的に仏教への同化を図り、マーニー教教義の解説・布教を展開した事実が知られている。北伝仏教の拠点となっていたティルミズは仏教僧院を抱え、サンスクリット文献の著述がなされていた。以上から、マーニー教義の宇宙論が小乗仏教の宇宙論として構築された可能性がある。『倶舎論』もその一環として構築された可能性が大きいと考える。
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