個人を対象にした方法から、組織を対象にした方法に著者の関心が移ったという告白(p.7)に大賛成である。関西生産性本部が派遣した訪米調査団の経験が報告されているが、そこで訪問したEAP(Employee Assistance Program:従業員援助プログラム)の話が興味深い。EAPは職場のメンタルヘルス問題を解決するために導入された、個人を対象にするカウンセリングであるが、思うように効果が上がらないために組織開発部門が設置されたということである(p.66-8)。こんなこともあって著者は個人対応から組織開発に転向したようだ。
ただし、困っている従業員がいて、その相談に乗るという行為が無意味とは思えない。問題はEAPの活用の仕方にある。EAPのスタッフが、本書で紹介される内部組織開発コンサルタントのような役割を果たせばよいのだ。もっとも米国では専門家の活動領域の線引きは厳しいので、EAPのスタッフが組織開発コンサルタントの働きをすることは無理かもしれない。また、日本ではEAPのスタッフの意識が組織に向いていないので、日本でも無理であろう。
・自分の組織と仕事にコミットさせよ
「第1章 今なぜ組織開発なのか」は必要ないだろう。つまり、日本の現状はこんなに問題があるのだから、組織開発に取り組まなければならないという論法になっている。だったら、うちの会社の問題ではなく、国が問題なのだからやらなくていい。「お上がやれというならやりますけど」となるだろう。正に組織開発が必要な状況を強化するようなものだ。
せっかく著者は、「組織の六つのマネジメント課題」を挙げているのだから、ここから説得すべきではなかったろうか。「目的・戦略」「構造」「業務の手順・技術」「制度(施策)」「人(タレント)」「関係性」の六つである(p.23)。自分の組織に、自分の仕事に、しっかりコミットさせることが組織開発実施者の役割であろう。既に日本企業はグローバル化しており、日本がどうだなどと考えている場合ではない。
・従業員をダブルバインドに追い込むな
エドワード・デシの内発的動機づけの話が出てくる(p.31)。デシはパズルを使った実験から、パズルが解けるごとに報酬が与えられた者より、報酬がなかった者の方が休憩時間にもパズルを解き続けることを発見した。これら一連の実験からデシは、外的な報酬ではなく、自ら意思決定することで意欲は高まるとし、この内発的動機づけを推奨した。しかし、実際の職場で意欲を高めるために無給にすることはできないし、自分の有能さを示すために勝手に仕事をはじめることも許されない。それに金のために働くのも立派な動機というべきだろう。
また、組織は従業員に命令に従うよう要求する。それが労働契約の内容だからだ。内発的動機づけを強調することは、命令に従えといいながら内発的に創造性を発揮しろというに等しいことになる。これは明らかにダブルバインド状況だ。この状況に耐えられ、ダブルバインドをベイトソンのイルカのように解決できる従業員は何人いるのだろう。彼らは相当に優秀な人材だ。残された多数派は、心身を病むか、活力を失うか、辞めてしまうだろう。
・Tグループの問題点
Tグループの話が組織開発の黎明期の歴史に登場する(p.96)。Tグループといえば、訓練後に自殺者を発生させたという不幸な出来事を思い出さずにはいられない。ある意味、集団の影響力の強さの証明であったが、やはり問題があったと言わざるを得ない。
組織開発の手法が、個人レベル、グループ/チームレベル、グループ間レベル、組織全体レベル、対話の手法 に分けてリストされているが、Tグループはこのリストに見当たらない(p.113-6)。問題を認識したからこそ消えてしまったのだろう。
Tグループの不幸な歴史を忘れないために、あえて書かせていただきました。
・組織開発にとどまらない有益な理念
本書なかで、次の二つの引用が最も感銘をうけた。二つとは、「マーシャクの四つの価値」と「シャインの三つのモデル」のことである。
(マーシャクの四つの価値)
簡単な紹介にとどまっているが、マーシャクは組織開発の根底にある価値観として、①人間尊重の価値 ②民主的な価値 ③クライアント中心の価値 ④社会的・エコロジカルなシステム志向 である(p.90)。これらは何も組織開発に限った価値ではない。広く組織運営や政治における価値といってもよい普遍性を持っている。
(シャインの三つのモード)
こちらも組織開発に限らず、人の相談に乗るときの態度の三つのパターンである(p.153-8)。シャインのプロセス・コンサルテーション理論に登場するもので、プロセス・コンサルテーション・モードはロジャースの来談者中心療法のカウンセラーの態度と同じといっていいのではないか。専門家モードでは、専門的な技術や情報を提供する。医師―患者モードは、組織を診断し解決策を提示する。一人の人が、三つの態度を切り替えるので、モードという言葉が使われるのだろう。
これらの組織開発にとどまらない有益な理念こそ、各企業、各職場の状況に左右されない。その他にもあるであろう理念とともに、今までの経営の経験を活かし、討論しつつ実行し、実行しつつ討論して、従業員すべての自主的な意志と努力のうえに企業運営を進めよう。議論するのも良いが、まずは働こう。従業員がその企業や職場を見捨てないかぎり、繁栄はもたらされるはずだ。
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