本書は、聖護院門跡門主の宮城泰年氏、林南院住職である田中利典氏、そして哲学者であり本書の編者でもある内山節氏が修験道について思い思いに語った対談集である。
修験道とは何かという原点に始まり、様々に話題が広がって行く所に醍醐味があり、修験道を通して日本人の信仰心のあり方を考えさせてくれるであろう。
さて、一般的には修験道の開祖は役小角(役行者)と言われているが、実は、修験道の中に流れている日本の自然信仰の起源はそれより遥かに古く、その起源を縄文時代…否、それ以前に遡る事が出来ると言う考え方もあると言う。
即ち、自然崇拝、民間信仰、仏教等など、全てひっくるめた形での日本独自の信仰の在り方の一つとして修験道が成立したのであり、非常に奥は深いのだ。
因みに、修験道の明確な定義がない理由の一つとして「文献が無い」事も挙げられる。
修験道の開祖とされる役行者についての記録すら殆ど無いと言うのは意外でもあったが、思えばそれこそが“民間信仰”の証拠なのであろう…これらについては序章で詳しい解説があるので、本章を読めば修験道の概要が理解出来るに違いない。
そして本題の対談では、冒頭に紹介した三者がそれぞれの考え方を披露しているが、各自が如何にして修験道に係わる事になったのかというエピソードも踏まえ、修験者としての“生き方”や“あり方”を壮大に語り尽くしてくれる。
更には、具体的な修行の厳しさの紹介は然る事ながら、近年盛んな一般市民の参加にも触れているので、軽い気持ちで行くべきではないと戒められた次第である。
また、後半では東日本大震災の話題にも触れながら原発問題にまで発展している。
勿論、こうした問題については読者の方も様々な見解をお持ちであろうが、本書は政治論争を吹っかけている訳ではなく、あくまでも「修験者として如何に取り組むべきか」という立場を取っているので、賛否両論は別としても多くを考えさせられるであろう。
そして“悟り”…特に、宮城氏の「修験は果報を期待して修行するのではない」という言葉に対し、田中氏が「悟りは“諦める”事から生じる」と述べているのは興味深い。
それぞれの姿勢は違うかもしれないが、山に入り、心を鍛錬する事に依って何かを得られるからこそ、山伏修行は現代にまで受け継がれているのだ。
仏教伝来以来、日本人は“一応は”仏教徒とされているが、実は祖先崇拝も自然信仰も仏教には無いと言う…即ち、仏教では補えない日本人独自の信仰の在り方が修験道の中に息衝いているのであり、それを教えてくれるのが本書なのだ。
勿論、対談集として編纂された本書には明確な回答が示されている訳ではないが、答えは各自で見つけて行けば良いのではなかろうか。
非常に多くを考えさせてくれる有り難い一冊であった。
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修験道という生き方 (新潮選書) 単行本(ソフトカバー) – 2019/3/29
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静かなブームの理由とは? 日本人の深層に生きる自然信仰を解き放つ。修験道に目を向ける人が増えている。彼らはなぜ山に惹きつけられるのか。修験者として山中を歩くと何が見えてくるのか。そもそも日本の信仰は自然とどう関わってきたのか。日本仏教の源流とは――。修験を代表する実践者であり理論家でもある二人の高僧と「里の思想家」内山節が、日本古来の山岳信仰の歴史と現在を語り尽くす。
- 本の長さ220ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2019/3/29
- 寸法12.8 x 1.6 x 19.1 cm
- ISBN-104106038374
- ISBN-13978-4106038372
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出版社より
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| 森にかよう道―知床から屋久島まで― | 「里」という思想 | 怯えの時代 | 新・幸福論―「近現代」の次に来るもの― | 修験道という生き方 | |
| 【新潮選書】内山節 作品 | 暮らしの森から経済の森へ――知床の原生林や白神山地のブナ林、木曾や熊野など、日本全国の森を歩きながら、日本人にとって「森とは何か」を問う。 | 近代化社会の申し子といえるグローバリズムは、継承される技や慣習、説話など、私たちの足元にあった「もの・こと」を次々に解体していった。その結果、私たちは手ごたえのある暮らしや幸福を喪失してしまった。確かな幸福を取り戻すヒントは「里=ローカル」にある。「現代人の不幸」を解析し、新しい生き方を提示する思索の書。 | 吸い込まれるように「先の見えない時代」へと移行している。かつて、これほどまでに人間が無力なことはなかった。問題の所在はわかっていても、「現代」を支えるシステムが複雑かつ巨大過ぎて、解決手段をもてなくなってしまったのだ。いつから私たちは「明るい未来」をなくしてしまったのか。気鋭の哲学者が「崩れゆく社会」を看破する。 | 政治、経済、思想――近現代の先進諸国は、常に「目標」に向かって突き進んできた。到達すれば、幸福な社会が待っている、と。が、たどり着いたのは、手ごたえのない、充足感の薄い成熟社会だった。18世紀のヨーロッパ、明治維新後の日本まで遡り、近現代の構造と宿命を解き明かし、歴史の転換を見据える大胆な論考。 | 修験道に目を向ける人が増えている。彼らはなぜ山に惹きつけられるのか。修験者として山中を歩くと何が見えてくるのか。そもそも日本の信仰は自然とどう関わってきたのか。日本仏教の源流とは――。修験を代表する実践者であり理論家でもある二人の高僧と「里の思想家」内山節が、日本古来の山岳信仰の歴史と現在を語り尽くす。 |
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
修験道に目を向ける人が増えている。なぜ彼らは山に惹きつけられるのか?修験として山中を歩くと何が見えてくるのか?そもそも日本の信仰は自然とどうかかわってきたのか?日本仏教の源流とは?修験界を代表する実践者であり理論家でもある二人の高僧と「里の思想家」内山節が、日本古来の山岳信仰の歴史と現在を語り尽くす鼎談。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
宮城/泰年
聖護院門跡門主。京都仏教会常務理事、神仏霊場会会長。1931年、京都府生まれ。龍谷大学卒業後、新聞社に勤務、後に聖護院に奉職。2007年、門主に就任
田中/利典
京都府綾部市の林南院住職。金峯山寺長臈、種智院大学客員教授。1955年、京都府生まれ。龍谷大学、叡山学院卒
内山/節
哲学者。1950年、東京生まれ。群馬県上野村と東京を往復しながら暮らしている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
聖護院門跡門主。京都仏教会常務理事、神仏霊場会会長。1931年、京都府生まれ。龍谷大学卒業後、新聞社に勤務、後に聖護院に奉職。2007年、門主に就任
田中/利典
京都府綾部市の林南院住職。金峯山寺長臈、種智院大学客員教授。1955年、京都府生まれ。龍谷大学、叡山学院卒
内山/節
哲学者。1950年、東京生まれ。群馬県上野村と東京を往復しながら暮らしている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2019/3/29)
- 発売日 : 2019/3/29
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 220ページ
- ISBN-10 : 4106038374
- ISBN-13 : 978-4106038372
- 寸法 : 12.8 x 1.6 x 19.1 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 230,213位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
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宗教は、それを信仰する民衆自身によってつくられる。けっして宗派の教義や教団や寺院、神社の立場から宗教を理解してはならない。この世界に生きている民衆の側に宗教があればそれでいいのである。そのような民衆自身の信仰の一つの方法として修験道は位置づけられる。古代、大和朝廷が統一国家建設のために留学生を中国に派遣した。派遣された留学生は、その当時の「エリート」であったに違いない。命がけで中国にわたり、仏教を学び日本に帰ってきた。その「エリート」たちは日本に帰って来ても、その地位を捨てて民衆の宗教者として各地に散ったという。古代日本ではなく、最近の韓国のことだが、ロウソク革命があれほど大規模であったことは記憶に新しい。それが実現したのは、1987年ごろの韓国に民主革命のとき、万の単位で学生が大学を去って労働現場に「潜入」し、それが今日につながってロウソク革命の基礎をつくったと聞いたことがある。その「潜入」のことを「現場投身」と言ったらしい。政権の変革をもたらした韓国のロウソク革命の大規模な運動を実に羨ましいと思った。なにしろ、日本の反原発でもや反安保デモとは人数からして桁が違ったからだ。しかし、古代の日本でも、仏教が伝来したときは「現場投身」のようなことがあったのではないか。「現場投身」とは、まるで修験道に出てくる言葉のようではないか。問題はこの先だ。古代日本の仏教伝来でも、「現場投身」の韓国でも、「エリート」たる地位を捨てて民衆の生活(=信仰)のもとに向って行った者たちは、どんな思いでそれをしたのだろうか? この本を読みながらそれを考えたい。
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2019年9月6日に日本でレビュー済み
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金峯山寺の田中利典さん、聖護院の宮城泰年さん、哲学者の内山節さんが、修験道の本質について語る鼎談。本書は「通説の仏教史を疑っていこう」という姿勢に貫かれている。それは、文献のない歴史をも含み込んだ、民衆仏教史の試みでもある。そしてその中心に修験道があった。
西洋近代に由来する合理主義、知性万能主義が行き詰まった現在、身体性に依拠する修験道が再び力を取り戻つつあるのは必然的な流れなのかもしれない。だからといって大上段に構えるのではなく、あくまで民衆の信仰としてあり続けるのが修験道の修験道たる所以である。
僕たちの生活は本来、もっとシンプルでいいはずなのだろう。それを複雑にしていったのが知性の働きなのだとしたら、修験道はそのような知性の垢を洗い流してくれるものなのかもしれない。そしてそれは、これまでの自分の死であり、新しい自分の再生にほかならない。本書は、いまの生き方や社会に行き詰まりを感じている人にとって、これまでの発想を転換する大きなヒントを与えてくれると思う。
西洋近代に由来する合理主義、知性万能主義が行き詰まった現在、身体性に依拠する修験道が再び力を取り戻つつあるのは必然的な流れなのかもしれない。だからといって大上段に構えるのではなく、あくまで民衆の信仰としてあり続けるのが修験道の修験道たる所以である。
僕たちの生活は本来、もっとシンプルでいいはずなのだろう。それを複雑にしていったのが知性の働きなのだとしたら、修験道はそのような知性の垢を洗い流してくれるものなのかもしれない。そしてそれは、これまでの自分の死であり、新しい自分の再生にほかならない。本書は、いまの生き方や社会に行き詰まりを感じている人にとって、これまでの発想を転換する大きなヒントを与えてくれると思う。
2019年5月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
修験道の実践者のお二人と哲学者の3人で、2011年11月に鼎談をした。その後なんと7年も掛かって出版された。
内山節さんは日本仏教史に不満があるらしく、その始まりに諸説あることが書かれてないと貶している。そして二人の僧侶の対談に割り込んでいくような、話をする。
混乱のもとに話は拡散し、福島の原発事故やトランプ大統領まで登場する。
熊野は何故聖地になり、平安時代末期に法王たちが何度も熊野詣に行ったのか?
焦点がずれているこのような本は、タイトルに惹かれて買った読者をがっかりさせる。
内山節さんは日本仏教史に不満があるらしく、その始まりに諸説あることが書かれてないと貶している。そして二人の僧侶の対談に割り込んでいくような、話をする。
混乱のもとに話は拡散し、福島の原発事故やトランプ大統領まで登場する。
熊野は何故聖地になり、平安時代末期に法王たちが何度も熊野詣に行ったのか?
焦点がずれているこのような本は、タイトルに惹かれて買った読者をがっかりさせる。
2019年4月12日に日本でレビュー済み
宗教は、それを信仰する民衆自身によってつくられる。
けっして宗派の教義や教団や寺院、神社の立場から宗教を理解してはならない。
この世界に生きている民衆の側に宗教があればそれでいいのである。
そのような民衆自身の信仰の一つの方法として修験道は位置づけられる。
古代、大和朝廷が統一国家建設のために留学生を中国に派遣した。派遣された留学生は、その当時の「エリート」であったに違いない。命がけで中国にわたり、仏教を学び日本に帰ってきた。
その「エリート」たちは日本に帰って来ても、その地位を捨てて民衆の宗教者として各地に散ったという。
古代日本ではなく、最近の韓国のことだが、ロウソク革命があれほど大規模であったことは記憶に新しい。
それが実現したのは、1987年ごろの韓国に民主革命のとき、万の単位で学生が大学を去って労働現場に
「潜入」し、それが今日につながってロウソク革命の基礎をつくったと聞いたことがある。
その「潜入」のことを「現場投身」と言ったらしい。
政権の変革をもたらした韓国のロウソク革命の大規模な運動を実に羨ましいと思った。
なにしろ、日本の反原発でもや反安保デモとは人数からして桁が違ったからだ。
しかし、古代の日本でも、仏教が伝来したときは「現場投身」のようなことがあったのではないか。
「現場投身」とは、まるで修験道に出てくる言葉のようではないか。
問題はこの先だ。
古代日本の仏教伝来でも、「現場投身」の韓国でも、
「エリート」たる地位を捨てて民衆の生活(=信仰)のもとに向って行った者たちは、
どんな思いでそれをしたのだろうか? この本を読みながらそれを考えたい。
けっして宗派の教義や教団や寺院、神社の立場から宗教を理解してはならない。
この世界に生きている民衆の側に宗教があればそれでいいのである。
そのような民衆自身の信仰の一つの方法として修験道は位置づけられる。
古代、大和朝廷が統一国家建設のために留学生を中国に派遣した。派遣された留学生は、その当時の「エリート」であったに違いない。命がけで中国にわたり、仏教を学び日本に帰ってきた。
その「エリート」たちは日本に帰って来ても、その地位を捨てて民衆の宗教者として各地に散ったという。
古代日本ではなく、最近の韓国のことだが、ロウソク革命があれほど大規模であったことは記憶に新しい。
それが実現したのは、1987年ごろの韓国に民主革命のとき、万の単位で学生が大学を去って労働現場に
「潜入」し、それが今日につながってロウソク革命の基礎をつくったと聞いたことがある。
その「潜入」のことを「現場投身」と言ったらしい。
政権の変革をもたらした韓国のロウソク革命の大規模な運動を実に羨ましいと思った。
なにしろ、日本の反原発でもや反安保デモとは人数からして桁が違ったからだ。
しかし、古代の日本でも、仏教が伝来したときは「現場投身」のようなことがあったのではないか。
「現場投身」とは、まるで修験道に出てくる言葉のようではないか。
問題はこの先だ。
古代日本の仏教伝来でも、「現場投身」の韓国でも、
「エリート」たる地位を捨てて民衆の生活(=信仰)のもとに向って行った者たちは、
どんな思いでそれをしたのだろうか? この本を読みながらそれを考えたい。
宗教は、それを信仰する民衆自身によってつくられる。
けっして宗派の教義や教団や寺院、神社の立場から宗教を理解してはならない。
この世界に生きている民衆の側に宗教があればそれでいいのである。
そのような民衆自身の信仰の一つの方法として修験道は位置づけられる。
古代、大和朝廷が統一国家建設のために留学生を中国に派遣した。派遣された留学生は、その当時の「エリート」であったに違いない。命がけで中国にわたり、仏教を学び日本に帰ってきた。
その「エリート」たちは日本に帰って来ても、その地位を捨てて民衆の宗教者として各地に散ったという。
古代日本ではなく、最近の韓国のことだが、ロウソク革命があれほど大規模であったことは記憶に新しい。
それが実現したのは、1987年ごろの韓国に民主革命のとき、万の単位で学生が大学を去って労働現場に
「潜入」し、それが今日につながってロウソク革命の基礎をつくったと聞いたことがある。
その「潜入」のことを「現場投身」と言ったらしい。
政権の変革をもたらした韓国のロウソク革命の大規模な運動を実に羨ましいと思った。
なにしろ、日本の反原発でもや反安保デモとは人数からして桁が違ったからだ。
しかし、古代の日本でも、仏教が伝来したときは「現場投身」のようなことがあったのではないか。
「現場投身」とは、まるで修験道に出てくる言葉のようではないか。
問題はこの先だ。
古代日本の仏教伝来でも、「現場投身」の韓国でも、
「エリート」たる地位を捨てて民衆の生活(=信仰)のもとに向って行った者たちは、
どんな思いでそれをしたのだろうか? この本を読みながらそれを考えたい。
けっして宗派の教義や教団や寺院、神社の立場から宗教を理解してはならない。
この世界に生きている民衆の側に宗教があればそれでいいのである。
そのような民衆自身の信仰の一つの方法として修験道は位置づけられる。
古代、大和朝廷が統一国家建設のために留学生を中国に派遣した。派遣された留学生は、その当時の「エリート」であったに違いない。命がけで中国にわたり、仏教を学び日本に帰ってきた。
その「エリート」たちは日本に帰って来ても、その地位を捨てて民衆の宗教者として各地に散ったという。
古代日本ではなく、最近の韓国のことだが、ロウソク革命があれほど大規模であったことは記憶に新しい。
それが実現したのは、1987年ごろの韓国に民主革命のとき、万の単位で学生が大学を去って労働現場に
「潜入」し、それが今日につながってロウソク革命の基礎をつくったと聞いたことがある。
その「潜入」のことを「現場投身」と言ったらしい。
政権の変革をもたらした韓国のロウソク革命の大規模な運動を実に羨ましいと思った。
なにしろ、日本の反原発でもや反安保デモとは人数からして桁が違ったからだ。
しかし、古代の日本でも、仏教が伝来したときは「現場投身」のようなことがあったのではないか。
「現場投身」とは、まるで修験道に出てくる言葉のようではないか。
問題はこの先だ。
古代日本の仏教伝来でも、「現場投身」の韓国でも、
「エリート」たる地位を捨てて民衆の生活(=信仰)のもとに向って行った者たちは、
どんな思いでそれをしたのだろうか? この本を読みながらそれを考えたい。
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2021年3月2日に日本でレビュー済み
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修験道は教団組織を持たず、明文化された教義もない。仏教以前の自然信仰を土台に、仏教や道教と混ざり合って成立した。
「教義への信仰」になるのは明治以降であり、日本の信仰は共同体のなかにあった。古来の日本の仏教の姿をもっともよく残しているのが修験道だという。
修験者はもとは廻国修行をしていたが、江戸時代に禁じられて定住した。同時に庶民が豊かになり、伊勢参りや富士山参拝などの講が形成された。
江戸時代までは修験道はほとんどの村に根づいており、人口3000万だった明治初期にプロの修験者が17万人もいた。
民衆のなかに伝えられてきた修験道は、「国」をひとつにしたい国家権力から律令時代から弾圧されてきた。明治には「禁止令」まで出された。修験道が伝えていた漢方薬は、薬事法によって次々に禁じられた。今残っているのは陀羅尼助と百草丸だけという。
高度成長以降の拝金主義によってさらに弱体化した。だが今、多くの人が共同体を失い、会社という帰属先の危うくなり、新たな帰属先を求めるようになってきた。「風土」とのつながりを求める動きが高まるなかで修験道も見直されてきているという。
修験道は真言宗などの密教と融合し、大乗仏教とは親和性が高い。
明文化された教義(=顕教)だけでは真理はつかめない。明文化されていない「密教」部分を修行で体感することが不可欠になる。人間の意識の底には、風土とともに培われた集合意識が眠っている。山での修行によってそれが覚醒され、自分の命があらゆる生物や風土、先祖、未来の子孫ともつながっていることに気づく。そうすれば、自然な気持ちで他者のために生きることができるようになる。
修行によって死者とのつながりを実感できたら、どれだけ救われることだろうと思う。
「教義への信仰」になるのは明治以降であり、日本の信仰は共同体のなかにあった。古来の日本の仏教の姿をもっともよく残しているのが修験道だという。
修験者はもとは廻国修行をしていたが、江戸時代に禁じられて定住した。同時に庶民が豊かになり、伊勢参りや富士山参拝などの講が形成された。
江戸時代までは修験道はほとんどの村に根づいており、人口3000万だった明治初期にプロの修験者が17万人もいた。
民衆のなかに伝えられてきた修験道は、「国」をひとつにしたい国家権力から律令時代から弾圧されてきた。明治には「禁止令」まで出された。修験道が伝えていた漢方薬は、薬事法によって次々に禁じられた。今残っているのは陀羅尼助と百草丸だけという。
高度成長以降の拝金主義によってさらに弱体化した。だが今、多くの人が共同体を失い、会社という帰属先の危うくなり、新たな帰属先を求めるようになってきた。「風土」とのつながりを求める動きが高まるなかで修験道も見直されてきているという。
修験道は真言宗などの密教と融合し、大乗仏教とは親和性が高い。
明文化された教義(=顕教)だけでは真理はつかめない。明文化されていない「密教」部分を修行で体感することが不可欠になる。人間の意識の底には、風土とともに培われた集合意識が眠っている。山での修行によってそれが覚醒され、自分の命があらゆる生物や風土、先祖、未来の子孫ともつながっていることに気づく。そうすれば、自然な気持ちで他者のために生きることができるようになる。
修行によって死者とのつながりを実感できたら、どれだけ救われることだろうと思う。







