文献歴史学からの明智光秀論。したがって信長が上洛してからの彼の活躍について最新の資料研究を踏まえた内容。すでに的確なレビューが四つあるので、一点だけ感想を述べる。
織田信忠が武田勝頼と死闘を演じ、織田軍団の機動部隊として各地を転戦し後継者としての地位を固めている時期と、光秀が信長の側近(近畿管領?)として大活躍している時期は、当たり前だが重なる。
そして「信忠への代替わりの確定」と本能寺の変(武田氏を滅ぼした祝賀行事で家康は上洛していた)は重なる。「代替わり」となれば、信長政権内で世代対立が無いわけがない。そして何よりも武田氏の討滅後であるから、上杉、長宗我部、毛利(その先の北条、九州)との関係をどうするか?(どう"処分"するか?)についてアグレッシブな対立があったはずだ。この点について【織田信忠―天下人の嫡男】 (中公新書) と併読するといろんなイマジネーションが湧いてくるだろう。
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信長家臣明智光秀 (923;923) (平凡社新書) 新書 – 2019/10/17
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天正10年(1582)6月2日、世にいう「本能寺の変」が勃発、
織田信長を討ったのは彼の家臣・明智光秀だった。
いまだ謎めく謀叛の動機――。
その解明のカギは「主君」と「家臣」という2人の関係にある。
光秀の足跡を追いつつ、人物にも触れることで、
信長殺害までのいきさつに迫る。
――日本史史上、もっともミステリアスでドラマティックな事件。
「なぜ光秀は主君信長を討ったのか」。
織田信長を討ったのは彼の家臣・明智光秀だった。
いまだ謎めく謀叛の動機――。
その解明のカギは「主君」と「家臣」という2人の関係にある。
光秀の足跡を追いつつ、人物にも触れることで、
信長殺害までのいきさつに迫る。
――日本史史上、もっともミステリアスでドラマティックな事件。
「なぜ光秀は主君信長を討ったのか」。
- 本の長さ231ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2019/10/17
- ISBN-104582859232
- ISBN-13978-4582859232
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
天正10年(一五八二)六月二日、世にいう「本能寺の変」が勃発、織田信長を討ったのは彼の家臣・明智光秀だった。いまだ謎めく謀叛の動機―。その解明のカギは「主君」と「家臣」という二人の関係にある。光秀の足跡を追いつつ、人物像にも触れることで、信長殺害までのいきさつに迫る。日本史史上、もっともミステリアスでドラマティックな事件。「なぜ光秀は主君信長を討ったのか」。
著者について
1967年山形県生まれ。95年、東北大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)。専門は日本中世史。現在、東京大学史料編纂所准教授。著書に『織田信長という歴史――「信長記」の彼方へ』(勉誠出版)、『織田信長〈天下人〉の実像』(講談社現代新書)、『織田信長権力論』(吉川弘文館)、『織田信長――不器用すぎた天下人』(河出書房新社)、『鳥居強右衛門――語り継がれる武士の魂』(平凡社)、編著に『長篠合戦の史料学――いくさの記憶』(勉誠出版)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
金子/拓
1967年山形県生まれ。95年、東北大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)。専門は日本中世史。現在、東京大学史料編纂所准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1967年山形県生まれ。95年、東北大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)。専門は日本中世史。現在、東京大学史料編纂所准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 平凡社 (2019/10/17)
- 発売日 : 2019/10/17
- 言語 : 日本語
- 新書 : 231ページ
- ISBN-10 : 4582859232
- ISBN-13 : 978-4582859232
- Amazon 売れ筋ランキング: - 324,992位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 306位平凡社新書
- - 7,219位日本史一般の本
- - 33,462位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年11月2日に日本でレビュー済み
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Amazonで購入
22人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2019年10月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
’20年の大河を見据え、百花繚乱・玉石混交の様相を呈してきた出版業界。自身それに乗せられ、ここ暫くで数冊目の読了となる"光秀本”。そしてその中では、抜群に良著に感じました。同ジャンルの中で、読者に手に取ってもらうには、あらゆる意味で際立ちが必要です。そのせいか、今年に入り出版された"光秀本”は、(タイトル、帯のコピー含め)奇をてらったものがあったように感じます。この一冊は、人間光秀を、多くの一次資料からあぶり出し、その上で、武将光秀が本能寺へと向かう道のりを、これも資料(後年のもの含め)から導き出しています。そして読後には、このクーデターが、案外このようなシンプル?な動機から発生した、将と臣のボタンの掛け違いであった気がしてならなくなりました。本能寺マニア、光秀好きには、強くお薦めの一冊です。
2019年10月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「課長 島耕作」みたいなタイトルに思わず笑ってしまった。
その名の通り、織田信長の家臣として身を粉にして働く光秀の姿を、
比較的確かな史料によりつつ描き出している。
足利義昭と信長との両属、丹波攻略など、テーマが絞られており、
時系列ではあるものの、網羅的な内容にはなっていない。
その分、筆者の見解、推論が前面に出ているのが特徴で、
一次史料から光秀の内面に迫る試みは、歴史解釈の広がりを感じられて面白い。
本能寺の変を巡って考察されている光秀の動機については、
これまで見てきた諸々の説の中で、最も腑に落ちる説明だった。
すなわち、天正10年に入って立て続けに信長との軋轢が積み重なったところへ、
絶好の機会が訪れたのでカッとなってやった、というもの。
現代の事件の解釈に通じるところがあるから、腑に落ちたのだろう。
また、光秀が負傷者や病気の相手をいたわる文書が目立って多く残されている、
という点に着目している点も興味深く、印象に残った。
創作での光秀の人物造形にも影響しそうだ。
ただ、筆者の見解・推論が前面に出ている裏返しとして、
根拠が弱そうな解釈、踏み込みの物足りなさも、散見される。
それを差し引いても、歴史学を通じて人物像を復元する面白さは十分に伝わってきた。
その名の通り、織田信長の家臣として身を粉にして働く光秀の姿を、
比較的確かな史料によりつつ描き出している。
足利義昭と信長との両属、丹波攻略など、テーマが絞られており、
時系列ではあるものの、網羅的な内容にはなっていない。
その分、筆者の見解、推論が前面に出ているのが特徴で、
一次史料から光秀の内面に迫る試みは、歴史解釈の広がりを感じられて面白い。
本能寺の変を巡って考察されている光秀の動機については、
これまで見てきた諸々の説の中で、最も腑に落ちる説明だった。
すなわち、天正10年に入って立て続けに信長との軋轢が積み重なったところへ、
絶好の機会が訪れたのでカッとなってやった、というもの。
現代の事件の解釈に通じるところがあるから、腑に落ちたのだろう。
また、光秀が負傷者や病気の相手をいたわる文書が目立って多く残されている、
という点に着目している点も興味深く、印象に残った。
創作での光秀の人物造形にも影響しそうだ。
ただ、筆者の見解・推論が前面に出ている裏返しとして、
根拠が弱そうな解釈、踏み込みの物足りなさも、散見される。
それを差し引いても、歴史学を通じて人物像を復元する面白さは十分に伝わってきた。
2020年1月6日に日本でレビュー済み
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明智光秀については実にたくさんの本が出ているが、この本では光秀が信長の家臣としてどのような活動をしていたのか、そこに焦点をしぼって紹介している。
それによってわかるのは、光秀は実によく働いていたということだ。
信長から丹波の支配を任されるも、現地勢力は信長に反抗し、次々と背かれてしまう。
それらの勢力をひとつひとつ攻略する一方で、畿内各地の行政を取り扱い、同時に他の方面を支援するために出兵もしている。
ひとり三役とも言える仕事量であり、超人的な働きぶりによって信長に尽くしていたことがうかがえる。
にも関わらず、1582年になると稲葉一鉄とのもめごとによって信長から殴打され、長宗我部氏との外交を無碍にされるなど、急に逆境に立たされるようになった。
このせいで「これほどまでに尽くしてきたのに、どうしてこんなひどい目に合わされなければならないのだ」と恨みを抱き、本能寺の変を起こしたのかもしれない。
それまで誠実かつ忠実に仕えていただけに、一度感情がひるがえると、その恨みは深く、怒りは激しいものになったのだろう。
本書を読むうちに、そんな感想がわいてきた。
それによってわかるのは、光秀は実によく働いていたということだ。
信長から丹波の支配を任されるも、現地勢力は信長に反抗し、次々と背かれてしまう。
それらの勢力をひとつひとつ攻略する一方で、畿内各地の行政を取り扱い、同時に他の方面を支援するために出兵もしている。
ひとり三役とも言える仕事量であり、超人的な働きぶりによって信長に尽くしていたことがうかがえる。
にも関わらず、1582年になると稲葉一鉄とのもめごとによって信長から殴打され、長宗我部氏との外交を無碍にされるなど、急に逆境に立たされるようになった。
このせいで「これほどまでに尽くしてきたのに、どうしてこんなひどい目に合わされなければならないのだ」と恨みを抱き、本能寺の変を起こしたのかもしれない。
それまで誠実かつ忠実に仕えていただけに、一度感情がひるがえると、その恨みは深く、怒りは激しいものになったのだろう。
本書を読むうちに、そんな感想がわいてきた。
2019年10月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
来年の大河に合わせ百花繚乱の光秀本。とりあえず金子先生のを読む。書名の通り、確かな史料のない光秀の前半生は省き、信長家臣時代の足跡を追う。吉田兼見との交流や光秀の書状、とくに見舞いや私信などの紹介に章を割いているのが印象的で、残されたものから見える人間・明智光秀の姿を描いている。またそこから導き出された著者なりの「本能寺の変」像も興味深いところ。網羅的な本ではないが、史料に基づいて光秀に迫る面白さに満ちている。
2020年4月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
珍しい資料もあり、光秀の人間味等を感じられる部分もあります。
しかし説自体は失礼ながら、かなり甘く(著者の他の著者に詳しく書いてあるのかもしれませんが…)、納得できる物ではありませんでした。
定説とは一線を画していると言いたいのかもしれません?
しかし歴史好きからすれば、抜けている(抜いている?or気付いていない?)ファクターが多く、納得できません。
また、これから歴史を知ろうと言う方には、部分的すぎる。
ですので面白い資料があるにも関わらず、お勧めしにくい。☆三つ。後悔するかもしれないけど、面白い資料もあるから良かったら読んでみてと言うレベルです。
また、売るためには仕方ないのかもしれないですが、この内容で「信長家臣明智光秀」と言う分かりやすそうな表題は良くないかと?
せっかく歴史に興味を持って買ってくれた人を、歴史って詰まらないと思わせてしまうのでは、等と、一歴史好きは寂しく思います。
さて、ご参考になるかと、ざっと概要を記載します。
①最近増えている「信長は普通の大名・むしろ伝統を重んじる古い部類?」で「革命的と言うのは誤解」がベースです。
②光秀と藤秀、兼見等、そして丹波等との関係を現した手紙。ケガを案じた手紙等あり光秀の人間性を垣間見れます。
③本能寺の変は、現在流行りの黒幕説ではなく、オーソドックスに?広義の怨恨説。今まで検証が雑だった資料にも真摯に接しておられ、そこには好感を持てます。
①はこの本では納得できませんでした。古文書でも信長は遊びもせず勉学・鍛練・軍事シミュレーションに励んだと書かれており、信長が伝統にも精通していたのは事実だと思います。
しかしだから信長は現状を保持しようとしたとは言えないと思うのです。
信長は、伝統を知っているからこそ、現状は歪んでおり変えなければならないと思っていたと考えますし、それは周囲からは革命的変更に見えたであろうとも思うからです。
③もどうでしょうか。もちろん資料からも黒幕説ではなく広義の怨恨説と言うのは正しいと思いますが、ここに書かれた怨恨では薄いと思うのです。
信長は光秀等の謀反を疑っていなかった。1万程度で謀反を起こして信長暗殺に成功しても、残りの織田勢 約20万(石高より推定)によってたかって潰される。そんな事を光秀等がする訳ないと思っていたからでしょう。
光秀はそんな分の悪い戦いに重臣を巻き込まなければなかった訳で、この本に書かれている恨みの内容では軽すぎるのです。
この本には書かれていませんが、もっと深刻な恨み?怒り?があったとおもうのです。
②は、なかなか興味深く、☆の主要因です。
しかし説自体は失礼ながら、かなり甘く(著者の他の著者に詳しく書いてあるのかもしれませんが…)、納得できる物ではありませんでした。
定説とは一線を画していると言いたいのかもしれません?
しかし歴史好きからすれば、抜けている(抜いている?or気付いていない?)ファクターが多く、納得できません。
また、これから歴史を知ろうと言う方には、部分的すぎる。
ですので面白い資料があるにも関わらず、お勧めしにくい。☆三つ。後悔するかもしれないけど、面白い資料もあるから良かったら読んでみてと言うレベルです。
また、売るためには仕方ないのかもしれないですが、この内容で「信長家臣明智光秀」と言う分かりやすそうな表題は良くないかと?
せっかく歴史に興味を持って買ってくれた人を、歴史って詰まらないと思わせてしまうのでは、等と、一歴史好きは寂しく思います。
さて、ご参考になるかと、ざっと概要を記載します。
①最近増えている「信長は普通の大名・むしろ伝統を重んじる古い部類?」で「革命的と言うのは誤解」がベースです。
②光秀と藤秀、兼見等、そして丹波等との関係を現した手紙。ケガを案じた手紙等あり光秀の人間性を垣間見れます。
③本能寺の変は、現在流行りの黒幕説ではなく、オーソドックスに?広義の怨恨説。今まで検証が雑だった資料にも真摯に接しておられ、そこには好感を持てます。
①はこの本では納得できませんでした。古文書でも信長は遊びもせず勉学・鍛練・軍事シミュレーションに励んだと書かれており、信長が伝統にも精通していたのは事実だと思います。
しかしだから信長は現状を保持しようとしたとは言えないと思うのです。
信長は、伝統を知っているからこそ、現状は歪んでおり変えなければならないと思っていたと考えますし、それは周囲からは革命的変更に見えたであろうとも思うからです。
③もどうでしょうか。もちろん資料からも黒幕説ではなく広義の怨恨説と言うのは正しいと思いますが、ここに書かれた怨恨では薄いと思うのです。
信長は光秀等の謀反を疑っていなかった。1万程度で謀反を起こして信長暗殺に成功しても、残りの織田勢 約20万(石高より推定)によってたかって潰される。そんな事を光秀等がする訳ないと思っていたからでしょう。
光秀はそんな分の悪い戦いに重臣を巻き込まなければなかった訳で、この本に書かれている恨みの内容では軽すぎるのです。
この本には書かれていませんが、もっと深刻な恨み?怒り?があったとおもうのです。
②は、なかなか興味深く、☆の主要因です。