ついに弥助がハリウッドで映画化されるようである。
だが、思えばこれまで企画が無かった事自体が寧ろ不思議だ…何故なら、この時代に於いてこれ程までに稀有な人生を送った人物も珍しいし、然も人種の枠を超えて多くの人々の興味を惹き付ける題材である事には間違いないからである。
そして、本書の著者ロックリー・トーマス氏に依る弥助論についてはメディア等でも取り上げられる事がある為に既に御存知の方も多いかもしれないが、これを機に改めて読むと色々と面白い発見があるので、関心のある方には是非ともお勧めしたいと思う。
さて「映画化されなかった方が不思議」と書いてはみたものの、実は、それも致し方ないのかもしれない…何しろ資料が余りにも乏しい為に彼の人生は推論に頼るしかないのだ。
依って、この“裏付けが無い”と言う事実は、歴史に詳しい方達にとっては最大の難点になり得るであろうし、こうした事から本書に物足りなさを感じてしまう方もいるであろう。
だが、私は寧ろその想像力の広がりに面白さを覚えた…何故なら、本書は単なる創作物語ではなく、数少ない資料を丁寧に繙きながら弥助の人生を再構築しているからである。
本書は先ず、弥助が来日してから本能寺の変を逃れて南蛮寺に迎えられる迄を辿り、特に本能寺の変に於ける弥助の役割についてドラマティックに語る所から始まる。
そして次に弥助の経歴、近現代に於ける弥助伝説、更には当時の時代背景を紹介した上で、愈々弥助の真実に迫っていくのだ。
弥助の出身国は一体何処なのか…?一般的に弥助はヴァリニャーノの“奴隷”とされるが、それでは具体的な職務は何だったのか…?そして、弥助の本名は…?
2013年に放送されたTV番組「世界ふしぎ発見!」の検証を取り上げながらしっかり論破しているし、また、その他の諸説や信憑性に疑問がある資料についても一つ一つ問題提議をしては否定したり、肯定したりを繰り返しながら丁寧に読み解いている。
“強引に持論に導く”手法ではなく、常に可能性を見出しながら慎重に考察する姿勢には誠実さがあるし、何よりも弥助という存在に対して真摯に向き合った本書だからこそ見えて来る「真実」が多かったように思う。
尚、最終章では本能寺の変を以て記録が途絶えた後の弥助の人生についても想像を膨らませているが、単なる空想に終わる事無く晩年の弥助に思いを馳せる事が出来、数奇な運命に翻弄された一人の人間ドラマが凝縮されている所も素晴らしかった。
今となっては出身地も解らず、名前も解らず、ただ、ほんの一時期…偶然にも偉大な主君に見初められたお陰で歴史に仮の名を残しただけの小さな存在かもしれない…だが、弥助と称された“誰か”がいたのは確かであり、ここに彼が生きた証があるのだ。
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