何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫) (日本語) 文庫 – 2012/2/17
中村 文則
(著)
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本の長さ200ページ
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言語日本語
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出版社集英社
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発売日2012/2/17
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寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
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ISBN-104087467988
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ISBN-13978-4087467987
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
施設で育った刑務官の「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚・山井を担当している。一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定するが、山井はまだ語らない何かを隠している―。どこか自分に似た山井と接する中で、「僕」が抱える、自殺した友人の記憶、大切な恩師とのやりとり、自分の中の混沌が描き出される。芥川賞作家が重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中村/文則
1977年愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞してデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸』で大江健三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1977年愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞してデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸』で大江健三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 集英社 (2012/2/17)
- 発売日 : 2012/2/17
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 200ページ
- ISBN-10 : 4087467988
- ISBN-13 : 978-4087467987
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
-
Amazon 売れ筋ランキング:
- 54,767位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 62位芥川賞受賞(126-150回)作家の本
- - 381位集英社文庫
- - 1,894位日本文学
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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ベスト500レビュアー
Amazonで購入
ぼくは物語に触れるとき、
共感というものは求めていません。
そもそも、あまり共感もしませんし。
この本の最後に又吉直樹さんが、
素晴らしい賛辞をこの作品におくられていて、
それを読み、すごく羨ましく思いました。
ぼくは物語を、物語として読みます。
マンガも、映画もです。
ノンフィクション以外は、
基本全部ファンタジーだと思っています。
もちろん、自分の心に与える影響も考え、
読む(または観る)ジャンルは選びます。
あまり怖い映画やマンガは、
暗所恐怖症のぼくは、
暗いところで怖い絵が浮かぶと、
生活に支障をきたすので。
(残酷なのは平気ですが)
怖いのはなるべく観ないようにしています。
この作品は怖くはないので、
『読まない』系の作品ではありませんでした。
でも、生と死や、幸福と不運、
格差、犯罪、死刑など、
とても重いテーマを扱っているので、
皆が楽しめるかというと、
難しいかもしれません。
難しいって、文章がじゃないですよ?
文章はとても読みやすく、
映像がうかびやすい、やさしい書き方です。
この作品を好きな人たちが、
この作品や著者様に対して、
『自分たちのところに降りてきてくれる』
と感じるのも、
すごくよくわかると思いました。
ただ、平易ですがクセは強いので、
慣れは必要な作品だとは思います。
まずこの重く、辛いストーリーが問題で、
感情移入型の人は、内容が合わないと、
拒絶反応を示す可能性があります。
内容が重くても、暗くても、辛くても平気。
むしろ好みって人でも、
まだ読む前に用心すべき点、
この作品のもつクセは残っています。
セリフに『……』が異常に多いのは、
どうでしょう。気になりますか?
多いですよ。
『……』。
すごく。
セリフだらけのページを見ると、
もうあちこち『……』だらけで、
『ファイナルファンタジーかよ!』
と、突っ込んでしまうこと請け合いです。
突っ込んでいるうちに物語は進み、
あれ、今ぼくは、
文字を追ってただけだったな、
内容が頭に入ってないなと気づき、
数ページ戻ることになります。
ていうか、なりました。
戻るとまた、次のクセが襲ってきます。
地の文が一人称なのですが、
そこでは自分を『僕』と呼んでいるのに、
会話になると急に『俺』になるんです。
もともと『俺』のほうが自然な口調なので、
『最初から〝俺〟に統一してくれや!』
と、また突っ込みたくなります。
ていうか、突っ込みました。
突っ込んでいる間にも物語は進み、
いつの間にか、
また文字を追っていただけだと気づき、
内容が頭に入っていないので、
また数ページ戻りました。
『僕→俺』システムを頭に置き、
『……』も覚悟完了して、
再び、戻ったページから読み返します。
すると、またまた別のクセが、
ぼくを襲撃してくるのです。
登場人物同士、とくに友人同士の会話が、
自分も『俺』。友人も『俺』。
記憶の中の人物も『俺』で、
みんな同じ喋り方。
みんな同じテンポで思考し、
みんな同じ感覚を持ち、
みんな同じ理解力で会話が進むのです。
説明セリフを嫌うのはわかりますが、
全員が同じ分量削られた言葉を喋るので、
自然と似た口調になります。
『今、誰が喋ってんだよ!』と、
混乱してしまいました。
まあ、でも、
ここいじるのはフェアじゃないですね。
ほとんどは、よく読めばわかりますし。
(注:中には、男女の口調も似てるので、『俺』も『私』も言わなくなる後半に、
これ、どっちのセリフだ?
と悩んだまま放置したセリフもありました)
問題は、セリフや思考の同一性ではなく、
それを理解するための集中力を妨害してくる、
クセたちとのコンボです。
なにしろ、会話が始まるたびに、
『……』や『僕→俺』たちが、
バスケット選手がドリブルを邪魔するように、
ぼくの集中力をブロックするものですから、
簡単に眩惑されたぼくは、
すぐにボールを奪われてしまいます。
ボールを奪われたら、
また駆け戻らなくてはなりません。
数ページ前へと。
ただこのクセは、半分くらい読むと慣れます。
後半ぼくは、もう、
無数の『……』が見えない人間になれました。
後半は『僕→俺』システムはなくなるので、
慣れる必要すらありません。
ぼくは見えないものは見えないまま派なので、
隠喩や行間は、基本、放置します。
あるがままで放っておき、
そのままを受け入れます。
又吉さんのように、
主人公の夢への解釈について考えたり、
著者様のように、
『生命の象徴として水が出てくる』
と言われても、
『了解です』
としか思えないので、
我ながら『浅っ』という読書力ですが、
これはもうタイプの問題なので、
カンベンしてください。
言われてみれば、物語のなかで、
すごくあちこちが『濡れて』いるなとは、
思っていたような気がします。
それは、人間のどこかだったり、
床や階段などの場所だったり、
雨などの現象だったりするのですが、
『やけに濡れるのが好きな小説だな』
としか思いませんでした。
すみません、バカなんです💦
もともとがハードボイルド好きなので、
そういう思考になりがち、
というイイワケもしておきます。
残酷も非道も悲しみも、暴力や犯罪も、
不潔表現や性表現も、
全部ドライに受け止めるクセがついている。
ということに、しておかせてください。
(イイワケのしかたまでバカ↑💦)
でも、
感情移入しないのは幸福な生い立ちだから、
なんて決めつけないでくださいね。
幼児期の虐待、少年期のイジメ。
青年期のドロップアウト。
ブラック企業による心身の破壊。暴力。
景色が灰色になり、ものの味がしなくなり、
何も楽しめなくなるほど女性に振り回され、
その相手を忘れようと積極的に恋愛したら、
初対面の女に薬盛られてレイプされる。
友人に嘘の噂を流され孤立する。
危険運転者による度重なる交通事故にあう。
睡眠障害発症。
鬱からの完全緘黙、失声症を併発。
失業、2度の婚約破棄、バンド活動停止、
友人喪失、住居喪失、全財産喪失。
障害者としての再出発、就活と、
これでも、けっこうな人生を送っています。
でも、今はちゃんと元気です。
声はまだ出ませんが。
なにが言いたいかというと、
そんな人でも、
感情移入しない派はいるということです。
はい、ここに一人、実在します。
悩んでいる人を、
自分に重ねたりもしませんし、
辛く苦しい物語で、
辛く苦しくなったりもしません。
つらそうだな。
くるしそうだな。
と、思うだけです。
でも1つだけ、この本から、
素晴らしい考えかただなと、
感銘をうけた部分があります。
えー……、と、
ちょっと具体的な文章は忘れましたが、
『自分の好みでない芸術等を、自分に合わないと決めつけるのはもったいない』
みたいなセリフがあり、
これは素晴らしい考え方だなと思いました。
映画だと一方的に時間が進むので、
集中できないと置いていかれますし、
マンガも、1つの作品の巻数が多いので、
好みでない作品を読むのは金銭的に辛い。
でも、小説は、
小説だけは違います。
中には大河小説みたいな大長編もありますが、
それ以外は長くても1000ページくらいです。
そのくらいなら、
表現が合わなくても好きになれる。
楽しもうとすれば、
楽しめるのではないかと。
本を読む者の精神を教わりました。
と言っても基本バカなので、
限界はあるかもしれませんが。
実は、ぼくは、
この本も途中で挫折しそうになりました。
でも、他の皆さんのレビューを読んで、
多くの人が楽しんでいることを知り、
そして、
ぼくも又吉さんのエッセーでこの本を知り、
面白そうだと思って買ったことを思いだし、
やっぱり頑張って読もうと思えました。
好みかどうかでいうと、好みではないので
高評価しちゃうと嘘になっちゃいますが、
でも、嫌いな作品ではありませんでした。
最後まで、ちゃんと楽しく、
読ませていただけました。
この作品はとくに、
クセが強いだけで、
難解でも複雑でもないので、
気持ちひとつで印象が逆転します。
楽しめるように、
ちゃんと創られているのだなと、
途中で気づかされました。
新品で、ちゃんとお金を払って購入したのも、
『楽しもう精神』につながった気がします。
新品で買えば、
精神力や体力を注ぎ込んで書き上げた、
作家様にもちゃんとお金がいきますしね。
この『何もかも憂鬱な夜に』は、
ナルシスカタルシス愛好家には、
たまらない作風の作品だと思います。
でも、このてのが好みでなくても、
『死刑囚の面倒をみる看守の物語』って、
たしか映画でもあったな、
これは、スティーブン・キングのあれに、
似てるのかな、違うのかな、
なんて風に気楽に、
(そんなに分厚い本ではないですし)
新たな風味の読書に挑戦してみるのも、
人生を楽しくするにはいいかと思います。
あ、これはもちろん、
頭のいい、
読書家の方々に言ってるんじゃないです。
ぼくのような、
難しいこと言われてもわからんという人に、
こんなんいかが?と、オススメしています。
共感というものは求めていません。
そもそも、あまり共感もしませんし。
この本の最後に又吉直樹さんが、
素晴らしい賛辞をこの作品におくられていて、
それを読み、すごく羨ましく思いました。
ぼくは物語を、物語として読みます。
マンガも、映画もです。
ノンフィクション以外は、
基本全部ファンタジーだと思っています。
もちろん、自分の心に与える影響も考え、
読む(または観る)ジャンルは選びます。
あまり怖い映画やマンガは、
暗所恐怖症のぼくは、
暗いところで怖い絵が浮かぶと、
生活に支障をきたすので。
(残酷なのは平気ですが)
怖いのはなるべく観ないようにしています。
この作品は怖くはないので、
『読まない』系の作品ではありませんでした。
でも、生と死や、幸福と不運、
格差、犯罪、死刑など、
とても重いテーマを扱っているので、
皆が楽しめるかというと、
難しいかもしれません。
難しいって、文章がじゃないですよ?
文章はとても読みやすく、
映像がうかびやすい、やさしい書き方です。
この作品を好きな人たちが、
この作品や著者様に対して、
『自分たちのところに降りてきてくれる』
と感じるのも、
すごくよくわかると思いました。
ただ、平易ですがクセは強いので、
慣れは必要な作品だとは思います。
まずこの重く、辛いストーリーが問題で、
感情移入型の人は、内容が合わないと、
拒絶反応を示す可能性があります。
内容が重くても、暗くても、辛くても平気。
むしろ好みって人でも、
まだ読む前に用心すべき点、
この作品のもつクセは残っています。
セリフに『……』が異常に多いのは、
どうでしょう。気になりますか?
多いですよ。
『……』。
すごく。
セリフだらけのページを見ると、
もうあちこち『……』だらけで、
『ファイナルファンタジーかよ!』
と、突っ込んでしまうこと請け合いです。
突っ込んでいるうちに物語は進み、
あれ、今ぼくは、
文字を追ってただけだったな、
内容が頭に入ってないなと気づき、
数ページ戻ることになります。
ていうか、なりました。
戻るとまた、次のクセが襲ってきます。
地の文が一人称なのですが、
そこでは自分を『僕』と呼んでいるのに、
会話になると急に『俺』になるんです。
もともと『俺』のほうが自然な口調なので、
『最初から〝俺〟に統一してくれや!』
と、また突っ込みたくなります。
ていうか、突っ込みました。
突っ込んでいる間にも物語は進み、
いつの間にか、
また文字を追っていただけだと気づき、
内容が頭に入っていないので、
また数ページ戻りました。
『僕→俺』システムを頭に置き、
『……』も覚悟完了して、
再び、戻ったページから読み返します。
すると、またまた別のクセが、
ぼくを襲撃してくるのです。
登場人物同士、とくに友人同士の会話が、
自分も『俺』。友人も『俺』。
記憶の中の人物も『俺』で、
みんな同じ喋り方。
みんな同じテンポで思考し、
みんな同じ感覚を持ち、
みんな同じ理解力で会話が進むのです。
説明セリフを嫌うのはわかりますが、
全員が同じ分量削られた言葉を喋るので、
自然と似た口調になります。
『今、誰が喋ってんだよ!』と、
混乱してしまいました。
まあ、でも、
ここいじるのはフェアじゃないですね。
ほとんどは、よく読めばわかりますし。
(注:中には、男女の口調も似てるので、『俺』も『私』も言わなくなる後半に、
これ、どっちのセリフだ?
と悩んだまま放置したセリフもありました)
問題は、セリフや思考の同一性ではなく、
それを理解するための集中力を妨害してくる、
クセたちとのコンボです。
なにしろ、会話が始まるたびに、
『……』や『僕→俺』たちが、
バスケット選手がドリブルを邪魔するように、
ぼくの集中力をブロックするものですから、
簡単に眩惑されたぼくは、
すぐにボールを奪われてしまいます。
ボールを奪われたら、
また駆け戻らなくてはなりません。
数ページ前へと。
ただこのクセは、半分くらい読むと慣れます。
後半ぼくは、もう、
無数の『……』が見えない人間になれました。
後半は『僕→俺』システムはなくなるので、
慣れる必要すらありません。
ぼくは見えないものは見えないまま派なので、
隠喩や行間は、基本、放置します。
あるがままで放っておき、
そのままを受け入れます。
又吉さんのように、
主人公の夢への解釈について考えたり、
著者様のように、
『生命の象徴として水が出てくる』
と言われても、
『了解です』
としか思えないので、
我ながら『浅っ』という読書力ですが、
これはもうタイプの問題なので、
カンベンしてください。
言われてみれば、物語のなかで、
すごくあちこちが『濡れて』いるなとは、
思っていたような気がします。
それは、人間のどこかだったり、
床や階段などの場所だったり、
雨などの現象だったりするのですが、
『やけに濡れるのが好きな小説だな』
としか思いませんでした。
すみません、バカなんです💦
もともとがハードボイルド好きなので、
そういう思考になりがち、
というイイワケもしておきます。
残酷も非道も悲しみも、暴力や犯罪も、
不潔表現や性表現も、
全部ドライに受け止めるクセがついている。
ということに、しておかせてください。
(イイワケのしかたまでバカ↑💦)
でも、
感情移入しないのは幸福な生い立ちだから、
なんて決めつけないでくださいね。
幼児期の虐待、少年期のイジメ。
青年期のドロップアウト。
ブラック企業による心身の破壊。暴力。
景色が灰色になり、ものの味がしなくなり、
何も楽しめなくなるほど女性に振り回され、
その相手を忘れようと積極的に恋愛したら、
初対面の女に薬盛られてレイプされる。
友人に嘘の噂を流され孤立する。
危険運転者による度重なる交通事故にあう。
睡眠障害発症。
鬱からの完全緘黙、失声症を併発。
失業、2度の婚約破棄、バンド活動停止、
友人喪失、住居喪失、全財産喪失。
障害者としての再出発、就活と、
これでも、けっこうな人生を送っています。
でも、今はちゃんと元気です。
声はまだ出ませんが。
なにが言いたいかというと、
そんな人でも、
感情移入しない派はいるということです。
はい、ここに一人、実在します。
悩んでいる人を、
自分に重ねたりもしませんし、
辛く苦しい物語で、
辛く苦しくなったりもしません。
つらそうだな。
くるしそうだな。
と、思うだけです。
でも1つだけ、この本から、
素晴らしい考えかただなと、
感銘をうけた部分があります。
えー……、と、
ちょっと具体的な文章は忘れましたが、
『自分の好みでない芸術等を、自分に合わないと決めつけるのはもったいない』
みたいなセリフがあり、
これは素晴らしい考え方だなと思いました。
映画だと一方的に時間が進むので、
集中できないと置いていかれますし、
マンガも、1つの作品の巻数が多いので、
好みでない作品を読むのは金銭的に辛い。
でも、小説は、
小説だけは違います。
中には大河小説みたいな大長編もありますが、
それ以外は長くても1000ページくらいです。
そのくらいなら、
表現が合わなくても好きになれる。
楽しもうとすれば、
楽しめるのではないかと。
本を読む者の精神を教わりました。
と言っても基本バカなので、
限界はあるかもしれませんが。
実は、ぼくは、
この本も途中で挫折しそうになりました。
でも、他の皆さんのレビューを読んで、
多くの人が楽しんでいることを知り、
そして、
ぼくも又吉さんのエッセーでこの本を知り、
面白そうだと思って買ったことを思いだし、
やっぱり頑張って読もうと思えました。
好みかどうかでいうと、好みではないので
高評価しちゃうと嘘になっちゃいますが、
でも、嫌いな作品ではありませんでした。
最後まで、ちゃんと楽しく、
読ませていただけました。
この作品はとくに、
クセが強いだけで、
難解でも複雑でもないので、
気持ちひとつで印象が逆転します。
楽しめるように、
ちゃんと創られているのだなと、
途中で気づかされました。
新品で、ちゃんとお金を払って購入したのも、
『楽しもう精神』につながった気がします。
新品で買えば、
精神力や体力を注ぎ込んで書き上げた、
作家様にもちゃんとお金がいきますしね。
この『何もかも憂鬱な夜に』は、
ナルシスカタルシス愛好家には、
たまらない作風の作品だと思います。
でも、このてのが好みでなくても、
『死刑囚の面倒をみる看守の物語』って、
たしか映画でもあったな、
これは、スティーブン・キングのあれに、
似てるのかな、違うのかな、
なんて風に気楽に、
(そんなに分厚い本ではないですし)
新たな風味の読書に挑戦してみるのも、
人生を楽しくするにはいいかと思います。
あ、これはもちろん、
頭のいい、
読書家の方々に言ってるんじゃないです。
ぼくのような、
難しいこと言われてもわからんという人に、
こんなんいかが?と、オススメしています。
2019年9月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
YouTubeで、バッハの「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」を聴いていたら、コメント欄に、この本の紹介があって、作品の中で効果的に使われているというので、購入して拝読しました。重たい内容なのですが、読み始めたら、一気に読んでしまいました。人間にとって、音楽や文学など芸術を鑑賞することが、いかに癒しになり、成長の助けになるかということを教えられました。ありがとうございました。
2021年4月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本のレビューで、肯定的な反応をされている方々と、僕もほぼ同じ感想をもちました。
作中で、バッハの『目覚めよと叫ぶ声が聞こえ』という曲が取り上げられ、最後の山井の手紙で、「いろいろな人間の人生の後ろで、この曲が流れているような」的な表現がありました。
早速YouTubeで聴いてみましたが、RPGのBGMのような、軽快で爽やかで、しかし荘厳さもあって、スッと耳に入ってくる曲だと思いました。
あくまで僕の想像でしかなく、かつ、ありきたりですが、人間がそれぞれ自分の人生における主人公であるということを示しているのではないかと思いました。
また、そうであるなら、山井は自分が殺してしまった2人にも、クリアして進み続けてきた跡、積み上げて来た人生があることを感じたのではないかと思いました。
巻末の又吉直樹先生の解説のように読めてはいないですし、他の読書家の方ほど、この本から受け取れたものは多くないと思いますが、読んで良かったと思います。
この本に否定的な意見のレビューも、そう考える理由が少しは理解できる気がしますし、少し重く難しいテーマで、すんなりとは読めませんでした。
ただ読み終わって、この本を読んだ証を残したいと思い、このレビューに駄文を並べてしまいました。
作中で、バッハの『目覚めよと叫ぶ声が聞こえ』という曲が取り上げられ、最後の山井の手紙で、「いろいろな人間の人生の後ろで、この曲が流れているような」的な表現がありました。
早速YouTubeで聴いてみましたが、RPGのBGMのような、軽快で爽やかで、しかし荘厳さもあって、スッと耳に入ってくる曲だと思いました。
あくまで僕の想像でしかなく、かつ、ありきたりですが、人間がそれぞれ自分の人生における主人公であるということを示しているのではないかと思いました。
また、そうであるなら、山井は自分が殺してしまった2人にも、クリアして進み続けてきた跡、積み上げて来た人生があることを感じたのではないかと思いました。
巻末の又吉直樹先生の解説のように読めてはいないですし、他の読書家の方ほど、この本から受け取れたものは多くないと思いますが、読んで良かったと思います。
この本に否定的な意見のレビューも、そう考える理由が少しは理解できる気がしますし、少し重く難しいテーマで、すんなりとは読めませんでした。
ただ読み終わって、この本を読んだ証を残したいと思い、このレビューに駄文を並べてしまいました。