● 本書は坂本一亀(1921-2002)の編集者としての軌跡を年代順に記す。目次には、1 坂本の戦地からの生還、河出書房入社、のあと、2~8と10~15に作家名を含むタイトルが並び、その間に9 「文藝」復刊と「文藝」新人の会 を挟む。野間宏(1915-1991)と高橋和巳(1931-1971)とは、タイトルに二度名前が出る。びっしりと内容の詰まった歯応えのある二人の文面を思い出す。筆者が坂本の名を知ったのは、1963年か、河出書房新社第1回文藝賞受賞作の高橋和巳『悲の器』が出た時だと思う(目次の10の頃)。
● 坂本は、単なる編集者を越えて、無名作家を見出して世に送り出す役割を果す。例えば野間宏の場合:
2 野間宏『青年の環』と『真空地帯』、より。
1947年初め河出書房に入社した坂本は、その夏に野間宏を初訪問。「近代文学」掲載中の『華やかな色どり』を単行本で出版したいとの用件だった。野間は(家族を大阪に置いて)東大赤門前の寺の隅の二階家に間借り、井戸端にしゃがんで野菜を刻んでいた。用件を伝えると、承諾はしたが、二千枚位になりそうなので続編をぜひ書下ろしでやりたいと言う。その後『青年の環』第一、二部が出版されたが、書下ろしは中断してしまう。
代りに?雑誌「人間」1951年1月号に野間が書き始めた『真空ゾーン』を見て、坂本はすぐ書下ろし長編小説とするよう申込む。野間は雑誌を打切り実家に帰って950枚を書上げ大晦日に坂本に渡す。読後直ちに傑作担当の嬉しさが身内からこみあげてきた、との坂本の回想がある。割付け・校正に没頭し、2月中旬販売会議で初版一万部を主張するが販売部の三千部に押切られる。売出し後、たちまち売切れ、増刷即日完売を繰返し、十五万部を超えたという。
● 野間宏『青年の環』は本書中で最重要な作品である。野間にも坂本にも長年の懸案だったこの完結は、本書の著者の努力無くしては不可能だったとも言え、野間・坂本・田邊の三人に関わる重大な作品となる。20年の中断後、1966年になって年末の第四巻全五部の完結を予告して動き出す。このとき、著者は坂本の命で担当編集者となる。既発表分二千枚を含む全四千枚が一年で完成という予定だった。ゲラ刷を判読困難なほど縦横に加筆訂正し新原稿を何枚も追加するという非常識な野間のやり方に、坂本は満足気な表情(二人とも合理的思考からほど遠い人物とある)。田邊は発表分を何度も読んで百人を超す登場人物の関係や出来事の全てを頭に入れ「青年の環辞典」となって、執筆中の野間から来る問合せに即答し原稿内容の誤りをチェックしたという。担当編集者の交代など不可能だった。結局は、再度の中断を挟んで1971年、予想を超える全六部八千枚の大長編となって完結する。
⚫︎ 蛇足:筆者と『青年の環』
1966年、大学生協書店の棚に並ぶ3巻の『青年の環』を発見。桑原武夫の帯文:四台の戦車が動き始めたとか。最終第4巻は近刊とある。第3巻第4部読了時、問題は発散しあと一巻では終れない予感。予約して読んだ第4巻の巻末に、さらに一巻が必要となった、これは作品そのものがその内部から引き起こしたことである、全七千枚になるだろう、というような野間の言葉が載っていた。最終巻を待ち兼ねてレジの学生に尋ねると、「センセイは腱鞘炎で書けなくなったんです」と言った。そのあと全共闘大学闘争。生協は抗争する学生の一方の拠点だった。待ちに待った最終巻は就職後の1971年、他の巻よりさらに分厚くふくれた。これを10日で読んだ。最終巻に挟まれている小冊子は批評集と題し、前巻迄の二十を超える批評を載せている。最後に、登場人物の紹介と人物相関図。今ではこれらが本書の著者の手によるものと推測できる。
⚫︎ 蛇足続き:全体小説と全体音楽
『青年の環』は全体小説と言われた。人間の多面、いや全体を描いた小説、ということか。筆者はこれを読み終った頃、マーラーにハマり、当時少なかった演奏会があれば全て聞くという狂った状況だった。あるとき、会員であったN 饗が交響曲三番を取上げたので、会員の音楽通の友人もこれを聞いた。マーラー好きを知っていた彼は、甘いバイオリン独奏のある楽章を、何ですかアレは、浪花節じゃないですか、終楽章は涙が出る程だったのに、と評した。そこで、人間にはいろんな面があるでしょ、それを一曲で描くのがマーラーの音楽で、これを全体音楽と名付けているんだ、と答えた。ところで、全体小説と言えるものは他に無いのか、かつて日本に無かったのかと考えると、源氏物語があった!と思う。
● 高橋和巳のこと
1967年、高橋和巳は吉川幸次郎に請われて京大文学部中国文学助教授となっていた。文学部の建物は学生に占拠され、毎朝、連帯の挨拶として「ルスランとリュドミラ序曲」が大音響で流された。高橋は1969年に全共闘学生支持を表明して辞職、1971年に亡くなってしまう。高橋の執筆した最後の原稿は野間の『真空地帯』の解説文だったという。京都に移る前に訪問を受けた坂本は内心は反対だったが、本人の決心を尊重したという。高橋の死の時、坂本は号泣したという。『悲の器』以来、高橋を見守って来た坂本の痛恨の思いは「文藝」高橋和巳追悼号の記事から伝わる。
● 野間宏日記のショック(本書2の末尾の付記)
野間宏没後十年を記念して『作家の戦中日記』(藤原書店)が出版された。この中に三高から京大の数年間の千八百枚に及ぶ日記が含まれている。そこには、若い女の尾行や盗視、露出症などわいせつ罪で捕まってもおかしくない行為が記され、自ら変態性欲者と自嘲し劣等感に苦しむ姿が描かれている、と言う。長らく野間の助手を務めた著者はこれに衝撃を受けるが、病床にいた坂本一亀には伝えられなかった。伝えたかったのは、恥ずべき過去を抱えた一人の男を、坂本一亀が、『真空地帯』の出版と成功によって劣等感から解放し、作家としての自信を与えた功労者であった、ということだった、とある。
⚫︎ 蛇足:やむを得ず、本書の読後、上記の日記を入手した。上下二巻の上巻に三高京大時代の日記600頁余。冒頭は1932年初め。ここから一年以上毎日のように「春江さん」への熱愛が語られる。手紙のやり取り、毎日手紙が来ないとイライラする。ところがどうも春江という人はまだ会ったことのない九州の女性らしい。ここから既に異常な感じ。日記には、春江さんへの思いのほか、学校への往復で通る吉田山の階段を上る女性の尾行やわいせつな感情が描かれるが、授業の内容、外国文学や日本文学の多読、自作品の断片、「三人」という文芸誌の同人の富士正晴らとの議論、三高文芸部合評会出席など、多種多様な内容が混在する。事実かと思えば妄想であったり自作の小説や詩の断片であったり、理解が困難な記述に満ちている。田邊さんが、日記を読んで性犯罪者と感じたというが、上記のような知的な思考活動に多忙を極めつつ、そんな破廉恥な行為に没頭できるのだろうか。妄想の部分もかなり含まれるのではとの素朴な疑問がある。
なお、この日記は、春江さんの後、度々出てくる光子さん、すなわち富士正晴の妹で野間夫人となった人が、大量のノートを発見して公開の判断をしたものという。
この注文でお急ぎ便、お届け日時指定便を無料体験
Amazonプライム無料体験について
Amazonプライム無料体験について
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
| 非会員 | プライム会員 | |
|---|---|---|
| 通常配送 | ¥460 - ¥500* | 無料 |
| お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
| お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
新品:
¥913¥913 税込
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
新品:
¥913¥913 税込
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
中古品 - 良い
¥527¥527 税込
配送料 ¥350 12月14日-15日にお届け
発送元: PitBox 販売者: PitBox
中古品 - 良い
¥527¥527 税込
配送料 ¥350 12月14日-15日にお届け
発送元: PitBox
販売者: PitBox
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
伝説の編集者 坂本一亀とその時代 (河出文庫 た 45-1) 文庫 – 2018/4/23
田邊園子
(著)
このページの読み込み中に問題が発生しました。もう一度試してください。
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥913","priceAmount":913.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"913","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"EWHY3CSTgqzZxDLjAWspGSkByz9Mwg6Wkls6hcdShxvDKCmIZ6wFI1QtA15HbTyDYyN8f5CqwgRdA2TCwHjqpYESQ%2BmrCUnEE54vPm2ZOnSUZGiAKZaDRpnOzPVb8quHwwiHI3447ZM%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥527","priceAmount":527.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"527","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"EWHY3CSTgqzZxDLjAWspGSkByz9Mwg6WB4caoqjq9ScamDCtLAdCWgZVe6mOYLn13N4KHBX%2FpqkL8e0Nd2V1ANb60qwYqnAFkhTjXswj49km7JRZInl9EdGnvRsFzWLTNl1D7YgX8dDj7ouUK48vCeTq7%2FnEZcS5YYvjso94xxeQPbEH177rs4t0jL0GXB%2B6","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
終戦後、気鋭の戦後派作家を次々と世に送り出し、〈戦後〉という時代を作った編集者坂本一亀の類まれなる軌跡に迫る、評伝の決定版。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2018/4/23
- 寸法10.9 x 1 x 15 cm
- ISBN-104309416004
- ISBN-13978-4309416007
よく一緒に購入されている商品

対象商品: 伝説の編集者 坂本一亀とその時代 (河出文庫 た 45-1)
¥913¥913
最短で12月17日 火曜日のお届け予定です
在庫あり。
総額: $00$00
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
著者について
1937年東京都生まれ。61年から78年まで河出書房新社に勤務し、寺田透『藝術の理路』、野見山暁治『四百字のデッサン』などを担当。著書に『女の夢 男の夢』がある。
登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2018/4/23)
- 発売日 : 2018/4/23
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 224ページ
- ISBN-10 : 4309416004
- ISBN-13 : 978-4309416007
- 寸法 : 10.9 x 1 x 15 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 194,550位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 765位河出文庫
- - 6,434位エッセー・随筆 (本)
- - 43,302位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと見つけたり、似たような著者を調べたり、おすすめの本を読んだりできます。
カスタマーレビュー
星5つ中4.5つ
5つのうち4.5つ
38グローバルレーティング
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2023年12月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2024年3月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
坂本一亀の伝記としても面白いですが、龍一の父として読むともっと面白いです。
2023年9月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
坂本龍一によく似ているという印象(ほんとうは順序が逆だが)。名前も、一がついて亀と龍。どちらも爬虫類で、伝説にもよく登場する。
著者、田邊園子さんは、河出書房編集部で坂本一亀の部下として17年。その有無を言わせぬ指導を受けただけでなく、彼の一挙手一投足を見てきた。坂本一亀の人となり、その評伝を書くなら、彼女以上の適任者はいない。その歯に衣着せぬ物言いも、たぶん師匠譲りだ。
野間宏、三島由紀夫、中村真一郎、小田実、高橋和巳、真継伸彦、山崎正和、黒井千次、丸谷才一、辻邦生……(なぜか女性作家がひとりもいない)……をどのように世に送り出したのか。草稿を手直しする際にどんな応酬があったのか。坂本一亀がいなかったら、これらの作家の作品は少なくともいまの形では読めなかった(場合によっては存在しなかった)かもしれない。
坂本一亀が亡くなったのは2002年、本書の出版は没後の2003年。苦笑を押し殺しながらラフ原稿を読み、誤りは正したようだが、生きているうちの出版は許さなかった。
著者、田邊園子さんは、河出書房編集部で坂本一亀の部下として17年。その有無を言わせぬ指導を受けただけでなく、彼の一挙手一投足を見てきた。坂本一亀の人となり、その評伝を書くなら、彼女以上の適任者はいない。その歯に衣着せぬ物言いも、たぶん師匠譲りだ。
野間宏、三島由紀夫、中村真一郎、小田実、高橋和巳、真継伸彦、山崎正和、黒井千次、丸谷才一、辻邦生……(なぜか女性作家がひとりもいない)……をどのように世に送り出したのか。草稿を手直しする際にどんな応酬があったのか。坂本一亀がいなかったら、これらの作家の作品は少なくともいまの形では読めなかった(場合によっては存在しなかった)かもしれない。
坂本一亀が亡くなったのは2002年、本書の出版は没後の2003年。苦笑を押し殺しながらラフ原稿を読み、誤りは正したようだが、生きているうちの出版は許さなかった。
2023年5月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本の編集者って音楽のプロデューサーと同じぐらい何をやっている人なんだろうと思い手に取りました。
読んで驚いたのは河出書房の編集者であった坂本一亀(かずき)は野間宏「真空地帯」、椎名林蔵、三島由紀夫「仮面の告白」、中村真一郎、埴谷雄高、水上勉、高橋和巳「非の器」、小田実「何でも見てやろう」などを無名時代から書き下ろしなどで引っ張り上げ文壇に登場させた人だったことです。
全国の同人誌、雑誌を読み漁りこれはと思う作家に直接会い「書きなさい。」と叱咤する。
無名に近い作者に書き下ろしで書かせるということは、本になるまでその作者の生活の面倒を見るということで、出版社にとっては博打ですね。
だからこそ、持ち込まれた原稿に赤を入れるというか、変更を加え、作者が元に戻すとまた変更を加えるというところまでやり取りをしたようです。
著者である田辺園子氏は元部下で金曜日の夜に大量の原稿を渡され「月曜日の朝までに校正しろ。」と命令されたそうです。
結果的に河出書房は経済的に行き詰まり河出書房新社になり、編集者はサラリーマンであってはならないという考えの坂本一亀は労働組合から会社を追い出されるのですが。
本書は坂本龍一が父が生きているうちに父ことを本にしてほしいというのが発端だそうです。
なので多少は割り引いて読まなくてはならないでしょう。
ただし、坂本一亀本人の意向で死後に出版されました。
読んで驚いたのは河出書房の編集者であった坂本一亀(かずき)は野間宏「真空地帯」、椎名林蔵、三島由紀夫「仮面の告白」、中村真一郎、埴谷雄高、水上勉、高橋和巳「非の器」、小田実「何でも見てやろう」などを無名時代から書き下ろしなどで引っ張り上げ文壇に登場させた人だったことです。
全国の同人誌、雑誌を読み漁りこれはと思う作家に直接会い「書きなさい。」と叱咤する。
無名に近い作者に書き下ろしで書かせるということは、本になるまでその作者の生活の面倒を見るということで、出版社にとっては博打ですね。
だからこそ、持ち込まれた原稿に赤を入れるというか、変更を加え、作者が元に戻すとまた変更を加えるというところまでやり取りをしたようです。
著者である田辺園子氏は元部下で金曜日の夜に大量の原稿を渡され「月曜日の朝までに校正しろ。」と命令されたそうです。
結果的に河出書房は経済的に行き詰まり河出書房新社になり、編集者はサラリーマンであってはならないという考えの坂本一亀は労働組合から会社を追い出されるのですが。
本書は坂本龍一が父が生きているうちに父ことを本にしてほしいというのが発端だそうです。
なので多少は割り引いて読まなくてはならないでしょう。
ただし、坂本一亀本人の意向で死後に出版されました。
2022年7月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
編集者の仕事を知らない人たちに是非とも読んでもらいたい。また、著名な作家が誕生する影に編集者の努力がいかに大きかったかを知ってもらいたい。特に、編集者を介さずに自由に(好き勝手に)文章?意見?を発表できるネット社会のデメリット、つまり「校閲」がないことが「誹謗中傷・罵詈雑言」の温床となっていることに気づくためにも一読を勧める。
2018年7月18日に日本でレビュー済み
河出書房新社というと、社名に「新社」がつく前の「河出書房」時代にいちど倒産したことがあるものの、かつてのグリーン版世界文学全集や俵万智の『サラダ記念日』、デュラスの『愛人(ラマン)』や綿矢りさの『インストール』など、ときどきベストセラーを出す出版社という印象があります。
60年代から70年代にかけて坂本一亀が編集者として活躍していた頃のこの出版社は勢いがあったように思いますし、こちらも、小説や文学評論など、ここが出した本をけっこう買った記憶があります。それに本の装丁の趣味もよく、とりわけ中島かほるさんが装丁した本が好きでした。
現在は池澤夏樹個人編集の全集ものでなんとかがんばっている感じですが、評者はまあ判官びいき(?)というべきか、絶対(たぶん)つぶれそうにない講談社や新潮社なんかより、気持ちの上で昔から応援してきた出版社ではありました。
ところで、坂本一亀は、この河出書房新社で長く編集者として働き、産婆役となっていろんな本を出したあと、社を辞め、みずからあらたに構想社という出版社を興したわけですが、そこから出た本を、評者は何冊か所有しています。
そのときは、辣腕の編集者が自分の勤めていた大手出版社を早期に辞めて出版社を興すというのは、自分の出したい本を作りたいという気持ちがあってのことかなと考えたりしたのですが、じっさいは本書を読むとそうではなかったということがわかります(大人の事情があったようです)。
それはともかく、この「伝説の編集者」が、三島由紀夫に『仮面の告白』を、また野間宏に『真空地帯』を書かせたひとだったということも本書ではじめて知りました(野間宏についての衝撃的な事実も本書には書かれています)。
いっぽう、やはり坂本一亀が世に送り出したともいえる椎名麟三はいまではほぼ忘れ去られた作家となっています。高橋和巳も真継伸彦もいまはもう読まれなくなってしまいましたね。
とにかく、本書を読むと、坂本一亀は編集者として、戦後世に出ようとしていた数多くの作家たちを叱咤激励し、日本文学の数多くのすぐれた作品を本として世に出した人だったということがわかります。同時に、本書著者のような部下にとっては、そして作家たちにとっても、名編集者だったという以上に鬼編集者だったことも。
ただ、雑誌『文藝』の編集長をしていた時期が2年に足りない短かい期間だったというのは意外でした。
いっぽう、いつだったか、あるとき、すでに著名な音楽家になっていた坂本龍一がなにかのインタビューに答えて、自分の父親は本の編集者をしていて、ほかならぬ坂本一亀であることを語っているのを読んだことがあり、坂本龍一よりさきに坂本一亀を知っていた評者には、その意外性というか小さな出版社で本一筋の地味な編集者と時代の最先端をゆく世界的にもよく知られた華やかな音楽家というとりあわせにちょっとびっくりしたことがありました。
もとより本書の成立は、「坂本一亀の存命中に、子息龍一から、父が生きているうちに父のことを書いて本にしてほしい、という依頼があったことが発端」だったこと、そしてまた生前の一亀が本書の原稿を読んで間違いの訂正などを指示していたことが後書きに記されていて、河出書房新社で直接の上司であった坂本一亀の肖像を回想録ふうに書きとめるという著者の個人的な動機以上に、本書の出版には息子坂本龍一の思いや一亀の理解があったと知って、これはまたこれでちょっと驚いたしだいでした。
なお、最近NHKで坂本龍一の「ファミリー・ヒストリー」が放送されました。本書が編集者坂本一亀に光を当てているとしたら、テレビ番組のほうは父親坂本一亀を浮かびあがらせていて、これもまた興味深いものでした。父親が忙しかったのかあるいは怖かったのか、小さい頃より父親と話しをするということはほとんどなかったと番組のなかで語っていたのが印象に残りました。
60年代から70年代にかけて坂本一亀が編集者として活躍していた頃のこの出版社は勢いがあったように思いますし、こちらも、小説や文学評論など、ここが出した本をけっこう買った記憶があります。それに本の装丁の趣味もよく、とりわけ中島かほるさんが装丁した本が好きでした。
現在は池澤夏樹個人編集の全集ものでなんとかがんばっている感じですが、評者はまあ判官びいき(?)というべきか、絶対(たぶん)つぶれそうにない講談社や新潮社なんかより、気持ちの上で昔から応援してきた出版社ではありました。
ところで、坂本一亀は、この河出書房新社で長く編集者として働き、産婆役となっていろんな本を出したあと、社を辞め、みずからあらたに構想社という出版社を興したわけですが、そこから出た本を、評者は何冊か所有しています。
そのときは、辣腕の編集者が自分の勤めていた大手出版社を早期に辞めて出版社を興すというのは、自分の出したい本を作りたいという気持ちがあってのことかなと考えたりしたのですが、じっさいは本書を読むとそうではなかったということがわかります(大人の事情があったようです)。
それはともかく、この「伝説の編集者」が、三島由紀夫に『仮面の告白』を、また野間宏に『真空地帯』を書かせたひとだったということも本書ではじめて知りました(野間宏についての衝撃的な事実も本書には書かれています)。
いっぽう、やはり坂本一亀が世に送り出したともいえる椎名麟三はいまではほぼ忘れ去られた作家となっています。高橋和巳も真継伸彦もいまはもう読まれなくなってしまいましたね。
とにかく、本書を読むと、坂本一亀は編集者として、戦後世に出ようとしていた数多くの作家たちを叱咤激励し、日本文学の数多くのすぐれた作品を本として世に出した人だったということがわかります。同時に、本書著者のような部下にとっては、そして作家たちにとっても、名編集者だったという以上に鬼編集者だったことも。
ただ、雑誌『文藝』の編集長をしていた時期が2年に足りない短かい期間だったというのは意外でした。
いっぽう、いつだったか、あるとき、すでに著名な音楽家になっていた坂本龍一がなにかのインタビューに答えて、自分の父親は本の編集者をしていて、ほかならぬ坂本一亀であることを語っているのを読んだことがあり、坂本龍一よりさきに坂本一亀を知っていた評者には、その意外性というか小さな出版社で本一筋の地味な編集者と時代の最先端をゆく世界的にもよく知られた華やかな音楽家というとりあわせにちょっとびっくりしたことがありました。
もとより本書の成立は、「坂本一亀の存命中に、子息龍一から、父が生きているうちに父のことを書いて本にしてほしい、という依頼があったことが発端」だったこと、そしてまた生前の一亀が本書の原稿を読んで間違いの訂正などを指示していたことが後書きに記されていて、河出書房新社で直接の上司であった坂本一亀の肖像を回想録ふうに書きとめるという著者の個人的な動機以上に、本書の出版には息子坂本龍一の思いや一亀の理解があったと知って、これはまたこれでちょっと驚いたしだいでした。
なお、最近NHKで坂本龍一の「ファミリー・ヒストリー」が放送されました。本書が編集者坂本一亀に光を当てているとしたら、テレビ番組のほうは父親坂本一亀を浮かびあがらせていて、これもまた興味深いものでした。父親が忙しかったのかあるいは怖かったのか、小さい頃より父親と話しをするということはほとんどなかったと番組のなかで語っていたのが印象に残りました。







