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伊豆の踊子 (集英社文庫) 文庫 – 1977/5/20

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商品の説明

内容紹介

20歳の旧制高校生が伊豆の旅で出会った清純な踊子・薫…。多感な青年の淡く純粋な恋ごころを描いて、みずみずしい青春の抒情を漂わせる名作。初期作品集。(解説・奥野健男/鑑賞・橋本 治)

内容(「BOOK」データベースより)

紅葉の美しい、秋の伊豆を旅する学生が出会った、ひとりの踊子。いっしょに旅をしながら、学生は、まだ少女のあどけなさをのこした、かれんな踊子に、しだいに心ひかれていく。だが、みじかい旅はすぐに終わり、ふたりのわかれは、すぐそこにせまっていた。小学校三・四年生から。 --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

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登録情報

  • 文庫: 216ページ
  • 出版社: 集英社; 改版 (1977/5/20)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4087500012
  • ISBN-13: 978-4087500011
  • 発売日: 1977/5/20
  • 商品パッケージの寸法: 15 x 10.8 x 1.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3 58件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

形式: 文庫 Amazonで購入
あらすじとタイトルだけで、うぶな青年が伊豆のダンサーに恋い焦がれる恋愛小説だと勘違いしていた自身が恥ずかしい。

これは、自我と社会との乖離に戸惑い、自身の存在価値に疑問を抱き煩悩する青年の心の機微と変化を扱った爽やかな青春小説ではないか。

大人に成り切ってしまう前に是非とも読んでおきたい一冊。
そして成熟し切った後に再読し、物語の「私」に、若かりし頃の自分自身を重ね合わせ、当時の自分の未熟さに苦笑いしながら読みたい作品だ。
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投稿者 街道を行く #1殿堂トップ1000レビュアーVINE メンバー 投稿日 2009/6/18
形式: 文庫 Amazonで購入
「伊豆の踊り子」は、数十年ぶりに読み返しました。ようやく、主人公「私」の心の動きを察せられるような思いがいたしました。そして、川端康成の言葉のきらめきに圧倒される思いがいたします。一語一語が氷の結晶にように冷たく、煌き、ヒヤリとさせられます。この作品を、若い頃の稚拙な文章で直したいという思いがありながら、若さの持つ瑞々しさにより書き直しをすることを作品が拒んだ、という逸話があります。若い日の無垢な正義感や不条理に抗する心が言葉の中に埋め込まれているのではないか、そんな思いです。川端文学を称する新感覚派というのは、言葉に置き換えられない、感性や思いを読む人の想像力を刺激しながら伝えてゆく文体でしょうか。日本語の特質、日本人の心情を汲み取った文学と思います。新潮文庫は、三島由紀夫の解説が掲載されている点もお勧めです。
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形式: 文庫 Amazonで購入
「二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に耐え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった」
川原乞食と旅芸者は、まともな人間扱いをされない時代に、旧制高校性というエリートが何の違和感もなく彼らと交わって、人間としての何かを得るのが話の骨子。
人間はみな平等であり、同じ心と目鼻口を備えた人間じゃないかというヒューマニズムも感じさせる。よく言われるようにさわやかさを書かせたら川端康成の右に出るものは少ないのかもしれない。
踊り子と別れ船で伊豆から東京へ帰るときに、せがれ夫婦を失い、孫三人が残されたおばあさんを水戸まで送ることをたのまれて違和感なく引き受けるそこで話は終わるが、ここでなにか人としての繋がりの大切さや共感といったものを得てこの話は終わる。
思わず読者ものこ学生と同じ立場に立って、旅芸者と一緒に少しの時間を味わってみたい、このほろんだ光景にタイムスリップしてみたいと思わせる作品である。
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形式: 文庫
 大人になって読み直して、一座の人間関係も理解できたし、「私」の立場も飲み込めた。
 学生なのに、回りから「旦那様」と呼ばれるが、社会的地位が全く違うのだ。
 主人公の宿に遊びに来た男と一緒に食事をすれば、当然主人公が支払うのである。もちろん、下心があって一座が主人公と一緒に行動するのではない。しかし、そうすることが当然なのだ。
 主人公は二十歳、踊子は十四歳だがいずれも数え年。川端康成が実際に体験したことを元にしているらしい。
 題は「伊豆の踊子」だが、主人公はあくまでも「私」であり、「私」の知り得ないことは書いてない。その点は映画やテレビとは違う。
 映画は、今回読んだ本に収録されていた「温泉宿」を元にして新たな登場人物を作りだしていたことを知った。
 吉永小百合の出演した映画で、たしか十朱幸代が演じたのは原作にない役だったが、「温泉宿」のお清なのである。
「伊豆の踊子」という題がいい。題名がいいために何度も映像化されているのではないだろうか。
 ほかに、「抒情詩」「禽獣」の二編が収録されているが、正直なところ、読んでもよく理解できない。奥深い情念が渦巻いていて、何かをかいま見ることができそうな気はするのだが、そこに何があるのかは分からなかった。
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形式: 文庫
はじめに触れなければならないのは、著者・川端康成が『伊豆の踊子』を執筆した年齢である。年譜によると、『文芸時代』に掲載されたのが一九二六年の一月であるから、おそらく二十六のときの作品だ。もちろん、彼が将来《日本の伝統的な美》を描いたとして我が国初のノーベル文学賞を受賞することは周知の事実であるが、この頃はまだ新進と言っていい、若い時期の作品なのだ。 私は『伊豆の踊子』で感動を覚え、他の川端作品もいくつか読んだが、どれもしっくりこなかった。それはおそらく、私が童貞であるからだろうと思う。『雪国』にしても、『眠れる美女』にしても、自分には遠い、男女の交わる、大人の世界が、叙情だかなんだか知らないが、そんなやつで流麗に描かれているのだ。そんな話に共感はできない。 私が感激するのは薫の処女の無垢さなのだ。そしてそれゆえの美しさ。踊子の夜が汚れるのではと恐れた翌朝、共同湯に立ち、薫は真裸で叫ぶのである。 『若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。子供なんだ。……』 作品の終盤で握り飯と子供をつれた婆さんと共に『私』は東京へ帰るが、薫を求め、おそらくまた戻ってくるのだろう。 どこが始まりか終わりか分からないというのは『雪国』以後を言うのであって、この作品は、晩年の川端には決して書けない、甘酸っぱい早積みの果実のような、若さのそ...続きを読む ›
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