偏見はいけない、と解説する偏見に、著者は気づいていないと思いながら読了した。 本書は、社会学というより、「差別ハンターイ!」の意見集に近い。 毎ページ違和感の連続のため、途中で閉じようと思ったものの、次はどんな思い込みが披露されるのかと思うと、かえってそのスリル感を求め読了してしまった。
天皇の歴史的背景に否定的な考えは、ありがちな意見とは言え、そんなに素直に「社会学」の学術公式にはめて視野狭窄した言い方して大丈夫?!”…、とハラハラした次第だ。
読者は、著者のいう「当たり前」を一旦疑う姿勢で臨まないと冷静に読了できないかもしれない。 著者の勤務大学の学生たちが、大講義室での著者の講義に気もそぞろであると語っているが、妙に納得してしまった。 相当に左寄りな言説は、著者が強調する”他者の受け入れ”とはほど遠く、退屈であろうからだ。
著者は、差別とは”他者を認識し理解しようとする過程で起こる無意識な「カテゴリー化」の現象”、と説明する。 しかし、この定義はあまりに教科書的、というより(専門学者には失礼ながら)誤解だと思う。 むしろ、他者を認識も理解もしようとしない現象の結果が差別なのではないか。 他者を認識し理解しようとしたなら、それは無意識ではなく意識的な考えに基づき判断した区別、といえるからだ(その理解が正しいか否かは別にせよ)。 問題は、その認識や理解の”取り扱い”ではないか。
著者はこう続ける…、私たちは、他者をあるカテゴリーにあてはめることで意味付けて理解している、と。 つまり、カテゴリー化による理解に否定的なわけだ。 そのとおりだとは思う。 ただ、そもそも”「自分とは違う他者は理解できない」という理解”なしに、カテゴリー化を否定することには矛盾がある。 理解しなければ、そもそもカテゴライズできず、理解とカテゴリ化はセット思考だからだ。 著者の、差別への定義には、こういうところに”ハテナ?”が滲み出ている。
天皇は、血筋の特別さを維持したからといって、それを根拠にする貴い存在では決してない、と断言し、貴い畏れ多い存在として距離をおくことは時代錯誤だという。 そして、なんと、天皇は「かわいそう」と、自らの感情まで活字にしてしまった。 時代錯誤、、、かわいそう、、、。 いくら社会学という学問の自由があるとはいえ、相当に勇気のいった発言だろう。 編集者(社)は朱を入れようとしなかったのだろうか、、、。 ちくまプリマーは若者向けの著作シリーズであり、これが若者への間違ったメッセージにならないか気がかりだ。 言論の自由はあっても、それを行使する場は慎重に選ぶべき、と感じる。 それこそ、認識、理解した上での”考えの取り扱い”への配慮であり、それを間違えることで他者に差別や偏見を感じさせることになる。
選択的夫婦別姓法案におけるヤジ「それなら結婚しなければいい」を事例にあげ、旧態依然とした因習による結婚観、男女観を、「あたりまえ」に囚われた差別、と糾弾している。 全体の文脈を俯瞰しない著者の偏った視点はまだいいとして、結婚という法的制度に縛られない、より自由な選択肢に理解を試みることなく、”因習”として不自由さを非難する視野の狭さは、むしろ差別的な態度と感じる。 誤解を恐れずに言うなら、夫婦別姓を語るとき、結婚しない自由も視野に入れることで選択肢が広がる、という一旦冷静な”ヤジへの理解”があれば(その理解が正しいか否かは別に)、短絡的な非難にはならないはずだ。 著者の「一旦冷静になり、当たり前を疑い、理解しよう」との主張がブーメランになってしまっている。 一方的な視角がブーメランにつながることは国会でも見られる現象だ。
ジェンダー論が展開される章では、区別と差別が”学術的に”混交している。 ジェンダー論は、”区別したい感情”と”差別に走る感情”の差異を論理的に整理することが前提となるが、それが曖昧なまま多くの頁を割いている。 LGBT(&more)の人たちは、理解してほしいのではなく、認めてほしいと思っている。 なぜなら自分以外を理解することは、自分以外がどうであれ不可能であることを知っているからだ。 この章は読み飛ばそう。
P210では、「今の世の中は差別好き」と表現しているが、それこそが差別的な偏見といえまいか。 たしかに、差別が絶えないのは今も昔も変わりないが、差別好きってことは、まったくあたらない。 だれも好き好んで差別などしていない。 著者にとっては、世の中が差別好きであったほうが仕事的に出番が多い、との潜在意識が働いているのかな、、、とは偏見だろうか??
思い込みという、恐怖への防衛本能が差別の本質であり、他者への想像力の枯渇で差別は繁殖する、との最終章のまとめは、そのとおりだと思う。 唯一、納得できる言葉に出会い、最後の最後でホッとした思いだ。 冒頭述べたとおり、本書は社会学というより差別問題に対する著者の考えを9章にわたり解説した内容となっている。 思い込みや当たり前を疑おう、と呼びかけているものの、内容じたいが著者の思い込みを前提にしているため、若い読者には注意深い解釈が求められる、と思う。 そういった意味で、あまりお勧めできないと思う次第だ。
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他者を感じる社会学 ──差別から考える (ちくまプリマー新書) Kindle版
他者を理解したい、つながりたいと思ったときに必然的に生じる摩擦熱が、差別の正体だ。「差別はいけない」で断じて終えるのではなくその内実をつぶさに見つめ考えてみよう。
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2020/11/10
- ファイルサイズ2196 KB
商品の説明
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
好井/裕明
1956年大阪市生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。日本大学文理学部社会学科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
1956年大阪市生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。日本大学文理学部社会学科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_shinsho版に関連付けられています。
内容(「BOOK」データベースより)
登録情報
- ASIN : B08N72FKMD
- 出版社 : 筑摩書房 (2020/11/10)
- 発売日 : 2020/11/10
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 2196 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 215ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 222,921位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 371位ちくまプリマー新書
- - 8,016位社会学 (Kindleストア)
- - 16,358位社会学概論
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2021年2月8日に日本でレビュー済み
差別は悪いからやめよう、というメッセージだけではだめだ、とご本人が言っている割には世の中の差別のさまざまな例を列挙する一冊。
差別を個人の異常心理に帰属させることは良くない、誰もが差別をしうるのだ、というメッセージには賛同する。しかし、視野の狭くない大人であればこれくらいは知っているのではないか。それとも、世の中にはこんな大人ばかりなのだろうか。
分かっていてもしてしまう、悪気なくやってしまう…といった心理的観点から差別を解明することはとても重要だと思うのだが、筆者はその心理学的な考えもお気に召さない様子。(心の闇を持った一個人に差別の要因を帰属させるのは良くないとのこと)
まだ世間を知る機会の少ない学生が入門書として読むべきだと思った。浅い本だと言いたくなった。
差別を個人の異常心理に帰属させることは良くない、誰もが差別をしうるのだ、というメッセージには賛同する。しかし、視野の狭くない大人であればこれくらいは知っているのではないか。それとも、世の中にはこんな大人ばかりなのだろうか。
分かっていてもしてしまう、悪気なくやってしまう…といった心理的観点から差別を解明することはとても重要だと思うのだが、筆者はその心理学的な考えもお気に召さない様子。(心の闇を持った一個人に差別の要因を帰属させるのは良くないとのこと)
まだ世間を知る機会の少ない学生が入門書として読むべきだと思った。浅い本だと言いたくなった。
2021年8月15日に日本でレビュー済み
差別や偏見というと、自分だけは免れていると思いがちです。それに対して、「ふつう」にこそ思い込みや決めつけが根づいているがゆえに、当事者がその只中にある苦しみに対し自分も結果的に加担しているということがよくわかりました。逆に言えば、自分がふつうで居られることも確固たる根拠などないものであり、新型コロナでいとも簡単に吹っ飛んでしまったのだと気づきました。
ジェンダーと多様な性に対する当人たちの働きかけと、そのリアルさが近年ますます伝わるようになってきたことは、「ふつう」が変わってきている、この意味で「他者を感じる社会学」というタイトルはぴったりだと思います。
ジェンダーと多様な性に対する当人たちの働きかけと、そのリアルさが近年ますます伝わるようになってきたことは、「ふつう」が変わってきている、この意味で「他者を感じる社会学」というタイトルはぴったりだと思います。





