本書を読んだ感想としては、ビジネスマンとしての人間力を高めるためにはどうすればよいかというエッセンスが詰まっているといった印象。論語を解釈して今の現代に置き換えても、ビジネスマンとしてどう心がけるべきかというのが書かれている。一つ一つのエッセンスは今まで聞いたことがあるようなことだが、正しいけどできてないよなと思うことが多かった。人間力を高めるために今一度基本に立ち返りたい方におすすめです。
【学びのポイント】
1)天の存在を信じることの何が良いか?
・天を信じることができない人は、己ではどうすることもできないことについてまで、「自分のここが悪かったから、こんなことになったんじゃないか」「いや、あいつのせいだ」というふうに、悩んでも仕方がないことにぐだぐだととらわれる。
・一方、天の存在を信じられる人は、苦難に遭遇したときにも、「これは大きな仕事ができるようになるために、今は天が自分を鍛えてくださっているのだ」と考える。
・また物事が自分の希望通りに進まなかったとしても、「それは天がそちらのほうがいいと判断したことだから」と、受け止める。
・ストレスを溜めずに済むし、すぐに気持ちを切り替えてまた新しいことに全力で取り組むことができるのだ。
2)周りの人を変えるためにはどうするか?
・自己研鑽を惜しまず、また人を公正に見る目、態度を養ってきた人物に対しては、誰もが尊敬の念を持つ。
・「自分もあの人のようになりたい」という思いを抱き、みんながその人物の真似をするようになる。
・まず己が変わることによって、周りの人間のものの考え方、行動を変えることができるのである。
3)孔子に学ぶ上司としてやってはいけない四つの悪とは?
・「ちゃんと教えてもいないのに、それができなかったからといって殺す。これを『虐』という。忠告を与えることもなく、いきなり成績を調べて評価する。これを『暴』という。ちゃんとした指示を出していないのに、期日通りにできていないからといって罰する。これを『賊』という。出すべきお金なのに、けちけちして出し惜しみする。これを『小役人根性』という」
・この章句は、「政治を行うにあたってやってはいけない四つの悪」を孔子が述べたものだが、これはそのまま「上司としてやってはいけない四つの悪」としても通用する。
・あなたは部下に対して、ちゃんと教えていないのに、できていないからといって罰してはいないだろうか。
・また期日をはっきり指定しなかったのに、「いったいいつまでかかっているんだ」と叱るようなことはしていないだろうか。
・こうしたことをしていれば、部下の気持ちは間違いなく上司から離れてしまう。
4)野心を上回る志を持つ
・己の幸福や自己満足で終わるのが野心。広く社会とつながりを持ち、自分が死んだ後も、次の世代に引き継がれていくのが志であるといってもいいだろう。
・もちろん一人の人間の中には、志と野心が同居しているものだ。しかし野心のほうが突出してしまうと、自分の利益のために社会や他者を欺いても平気になってしまう。
・企業に関しても、志を忘れて野心ばかりが目立った企業が不祥事を起こす。オリンパス然り、大王製紙然りである。
・両者とも、リーダーが己の利益や欲望を優先し、志を忘れているがゆえに起きた不祥事であるだけに、その責任は重い。
・野心を上回る志を持っていないと、狂者や狷者になることはできないのである。
5)本物の自信を得るためには何をするべきか?
・自信は、困難を克服することができたときに初めて本物になる。
・これといった困難を克服した経験もないのに「自分はできるんだ」と思い込むことは、自信ではなく単なるうぬぼれに過ぎない。
・「艱難、汝を玉にす」という言葉があるが、本物の自信を得たいと思ったら、あえて困難な仕事を自ら買って出るのが一番いい。
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仕事の迷いにはすべて「論語」が答えてくれる (朝日新書) 新書 – 2012/8/10
仕事、人、組織に関する悩みとその対処法は、すべて『論語』に書かれている。『論語』を座右の書としてきたSBIの北尾CEOが、ビジネスの要諦に通じる論語の言葉、解釈を、自身の経験を交えて紹介する。2500年前の知恵が悩めるビジネスマンを救う。
- 本の長さ208ページ
- 言語日本語
- 出版社朝日新聞出版
- 発売日2012/8/10
- ISBN-104022734639
- ISBN-13978-4022734631
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
論語には二五〇〇年間、人々の指針となり続けた珠玉の言葉があふれている。幼稚園の頃から論語に親しんできた著者が伝える、ビジネスマンのための入門書。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
北尾/吉孝
1951年兵庫県生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年英国ケンブリッジ大学経済学部卒。92年野村證券事業法人三部長。95年ソフトバンク入社、常務取締役管理本部長。99年ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、SBIホールディングス代表取締役執行役員社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1951年兵庫県生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。78年英国ケンブリッジ大学経済学部卒。92年野村證券事業法人三部長。95年ソフトバンク入社、常務取締役管理本部長。99年ソフトバンク・ファイナンス社長。現在、SBIホールディングス代表取締役執行役員社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 朝日新聞出版 (2012/8/10)
- 発売日 : 2012/8/10
- 言語 : 日本語
- 新書 : 208ページ
- ISBN-10 : 4022734639
- ISBN-13 : 978-4022734631
- Amazon 売れ筋ランキング: - 216,030位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
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2015年11月8日に日本でレビュー済み
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1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2014年11月23日に日本でレビュー済み
【内容(ネタバレ禁止!)】
SBIホールディングス代表という現役の経営者がいかにその判断に論語を参考にしているか、ということが、ライブ感とともにわかりやすく入ってくる
【ささった言葉】
・「君子は義に喩り、小人は利に喩る」
・「君子は諸(これ)を己に求む。小人は諸を人に求む」
・「人の己を知らざることを患えず、人を知らざることを思う」
・「其の身を正しくすること能はずんば、人を正すことを如何せん」
・「其の身正しければ、令せずとも行わる。其の身正しからざれば、令すと雖も従わず」
・「賢を見ては斉(ひと)しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる」
・「徳ある者は必ず言あり。言ある者は必ずしも徳あらず」
【教訓】
素晴らしい本。古典と言えばほこりをかぶったような役立たずの道徳、というイメージもあるが、ビジネスに向き合う中でのアグレッシブな考え方のヒントを得られることがよく分かる。「学べば即ち固ならず」-学問をすれば、一つのことに執着する頑固者ではなくなるということだ。学びたい。
SBIホールディングス代表という現役の経営者がいかにその判断に論語を参考にしているか、ということが、ライブ感とともにわかりやすく入ってくる
【ささった言葉】
・「君子は義に喩り、小人は利に喩る」
・「君子は諸(これ)を己に求む。小人は諸を人に求む」
・「人の己を知らざることを患えず、人を知らざることを思う」
・「其の身を正しくすること能はずんば、人を正すことを如何せん」
・「其の身正しければ、令せずとも行わる。其の身正しからざれば、令すと雖も従わず」
・「賢を見ては斉(ひと)しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる」
・「徳ある者は必ず言あり。言ある者は必ずしも徳あらず」
【教訓】
素晴らしい本。古典と言えばほこりをかぶったような役立たずの道徳、というイメージもあるが、ビジネスに向き合う中でのアグレッシブな考え方のヒントを得られることがよく分かる。「学べば即ち固ならず」-学問をすれば、一つのことに執着する頑固者ではなくなるということだ。学びたい。
2012年10月22日に日本でレビュー済み
読みやすく、一気に読めました。
20代、30代のビジネスマンを読者に想定して書いていらっしゃるとは思いますが、その年代より上であっても、今まで実は東洋思想は苦手だったんだよな・・・という人(私のことです)には、とても参考になる部分が多いと思います。学生さんでも、入門書として最適ではないかと思います。
これから論語について、もっと詳しく読み込んでいきたいなという気になりました。
北尾氏のお人柄もよくわかるし、読んで損はない1冊と思います。
20代、30代のビジネスマンを読者に想定して書いていらっしゃるとは思いますが、その年代より上であっても、今まで実は東洋思想は苦手だったんだよな・・・という人(私のことです)には、とても参考になる部分が多いと思います。学生さんでも、入門書として最適ではないかと思います。
これから論語について、もっと詳しく読み込んでいきたいなという気になりました。
北尾氏のお人柄もよくわかるし、読んで損はない1冊と思います。
ベスト1000レビュアーVINEメンバー
北尾という方は野村証券からソフトバンクに転職されたという、いささかカラフルな経歴のみを知っていた程度であり、
論語関係の本を書く方だとは知らなかった。他にも中国古典や論語を扱った本も出されており、中国古典好き
には相当腰の据わったものがあるご様子だ。
僕が高校生の頃に父から論語と聖書に共通する点として「非常に実践的である」という説明を受けたことがある。彼自身
が最も好む古典は「荘子」であるが、荘子は余りにも破天荒であり、実践的とは言えないとも言っていた。僕も
そんな父の影響で中国の古典を読むようになったわけだが、論語が「非常に実践的である」という指摘は鋭かったと思う。
実践的であるからこそ、経営者が論語を語る機会が多いということがここ百年の日本である。渋沢栄一を代表格として、
本作の著者である北尾まで、幾人の経営者が論語を取り上げたのだろうか。かなりの数ではないかと想像している。因みに聖書を
挙げる経営者は余り見かけない。聖書となると宗教色が強すぎることと、キリスト教徒でないと、まず読まない点に原因があると
僕は思っている。
論語を読んでいてつくづく思うのは、今なお新しいという点である。孔子の言葉は現代に普通に通用する様には驚く。
2500年前の本を現代人が痛切に読んでいるという事実は実はすごいことなのだと僕は思う。それだけ人間は進歩
していないとも言えるし、それだけ人間には変わらない価値観があるという言い方も出来るかもしれない。
僕は時折、一万年後の世界を想像している。例えば「一万年後の日本史の教科書には何が載っているだろうか」等と
考えることは楽しい。一万年後に論語が残っているかと考えると、残っている可能性は高いと思う。2500年生きてきた
という実績は中々重いだろう。そうして一万年後に第二の北尾のような方がいらして、やはり同様に論語を読み解くという
作業を行っているに違いない。その意味では「論語読み」という脈々とした歴史の一員として北尾という方がいらっしゃる
と考えることが一番正しいのだと僕は思う。
論語関係の本を書く方だとは知らなかった。他にも中国古典や論語を扱った本も出されており、中国古典好き
には相当腰の据わったものがあるご様子だ。
僕が高校生の頃に父から論語と聖書に共通する点として「非常に実践的である」という説明を受けたことがある。彼自身
が最も好む古典は「荘子」であるが、荘子は余りにも破天荒であり、実践的とは言えないとも言っていた。僕も
そんな父の影響で中国の古典を読むようになったわけだが、論語が「非常に実践的である」という指摘は鋭かったと思う。
実践的であるからこそ、経営者が論語を語る機会が多いということがここ百年の日本である。渋沢栄一を代表格として、
本作の著者である北尾まで、幾人の経営者が論語を取り上げたのだろうか。かなりの数ではないかと想像している。因みに聖書を
挙げる経営者は余り見かけない。聖書となると宗教色が強すぎることと、キリスト教徒でないと、まず読まない点に原因があると
僕は思っている。
論語を読んでいてつくづく思うのは、今なお新しいという点である。孔子の言葉は現代に普通に通用する様には驚く。
2500年前の本を現代人が痛切に読んでいるという事実は実はすごいことなのだと僕は思う。それだけ人間は進歩
していないとも言えるし、それだけ人間には変わらない価値観があるという言い方も出来るかもしれない。
僕は時折、一万年後の世界を想像している。例えば「一万年後の日本史の教科書には何が載っているだろうか」等と
考えることは楽しい。一万年後に論語が残っているかと考えると、残っている可能性は高いと思う。2500年生きてきた
という実績は中々重いだろう。そうして一万年後に第二の北尾のような方がいらして、やはり同様に論語を読み解くという
作業を行っているに違いない。その意味では「論語読み」という脈々とした歴史の一員として北尾という方がいらっしゃる
と考えることが一番正しいのだと僕は思う。







