本書サン=テグジュペリ著『人間の土地』(Terre des Hommes、1939年3月)は、評者が先に読んだ『戦う操縦士』より3年前に刊行された本である。
訳者の堀口大学氏が巻末の解説で下の・・・・・内のように述べておられる。
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見らるるとおり『人間の土地』は、サン=テグジュペリが、職業飛行家としての十五年間の豊富な体験の思い出を伝えており、またその思い出の一つ一つは、いずれも劇的で、きわめて興味深いには相違ないが、さればといって読者は、この書の真価がこれらのエピソードの興味にあると想ったりしてはいけない。この書の真価はじつに、著者サン=テグジュペリが、これらの体験から引き出したそのモラルのすばらしさにあるのであるのだから、一見ばらばらに見えるこれら八編のエピソードは、《人間本質の探究》という深いつながりで緊密に結びつけられている。
生命の犠牲に意義あらしめようとする、人道的なヒロイズムの探究、これがこの書の根本想念をなしている。サン=テグジュペリは、この書において、詩人として、哲人として、飛行家の職業を語っている。彼はこの職業を、自我を掘下げ、自我を知る手段とする。彼はこの職業によって、大自然と接触し、人間の真実、その本然の発見に努める。彼はヒロイズムとは、いたずらに生命を軽んじることではなく、人道的大義のために、自己を滅却することだと説き、<ぼくは死を軽んずることをたいしたことだとは思わない。自ら引き受けた責任の観念に深く根ざしていないかぎり>とまで言っている。
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堀口大学氏がここで「モラル」という言葉をつかつているが、「モラル」という言葉には道徳とか倫理を思い浮かべることが多い。
だが、「モラル」には、自己の生き方と密着させて具象化したところに生まれる思想や態度という意味も含まれている。
評者には、サン=テグジュペリが、自己の生き方と密着させて具象化したところに生まれる思想や態度を、この八編のなかで表現しようと試みたのではないかと思いながら読み終えたのです。
評者にとってこの八編のなかで特に印象深かったのは、モール人に騙されて誘拐され、奴隷として働かされていたバーク爺さん(モハメッド・ベン・ラウサン)のエピソードであった。
サン=テグジュペリが、バーク爺さんを買い取り故郷へ送り返す物語は、これだけで一編の優れたドキュメントとして読ませてくれました。
このエピソードの最後で「彼は、自分の家族の貧困の中へ戻ってゆくはずだ。ともすれば、彼の年老いた腕にはささえきれないほど多数の、生命保持の責任を引き受けて」とも語っている。
バーク爺さんにとって理不尽な奴隷の日々(サン=テグジュペリは、耐えられないほど労苦はないとも語っていたが・・・)と、責任が重くのしかかる自由の身のバーク爺さんとを対比しながら淡々と語るサン=テグジュペリの「モラル」を、評者は、そっと覗き見したような気がしたのです。
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