この文庫本は、明石書店から単行本として書籍に、時間の経過による変化を踏まえた加筆をしたものである。
多くの「原発事故避難」に関する書籍は、避難当事者が「手記」の様な形で書いたために普遍性に乏しいものか、
あるいは記者や研究者が書いたために避難当事者の気持ちや考えから微妙にずれたものになっている。
が、この書籍は、避難当事者である市村高志氏が、社会学者である山下裕介氏、佐藤彰彦氏とともに、
当事者の感覚と、社会学者による普遍化とを巧みに織り交ぜた「原発事故避難」の実態、特徴的な問題点を
鋭く突いた書籍になっている。
内容の中心は、これまであまり語られてこなかった避難指示自治体の一つである富岡町に関する記述になっているが、
突然避難指示を受けた地域にはある程度共通するものに仕上がっている。それは、富岡町から避難した市村氏が与えるリアリティと、
山下氏と佐藤氏が与える学術的な普遍性とが共存する形になっているからだと思われる。
なお、評者はいわゆる「自主避難者」(避難指示地域以外からの避難者)であるが、
このような形でまとめられた書籍になったものが「自主避難者」に関してできていないことを残念に思う。
この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
人間なき復興――原発避難と国民の「不理解」をめぐって 単行本(ソフトカバー) – 2013/11/19
購入を強化する
あの日からまもなく3年。今も10万人以上が避難生活を続けている。「新しい安全神話」を前提とした帰還政策、人を「数」に還元した復興が進む一方、避難者は国民の「不理解」がもたらす分断に直面し続けている。経済ゲームを超え、真の復興を見出すために。
- 本の長さ336ページ
- 出版社明石書店
- 発売日2013/11/19
- ISBN-104750339180
- ISBN-13978-4750339184
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
あの日からまもなく3年。今も10万人以上が避難生活を続けている。「新しい安全神話」を前提とした帰還政策、人を「数」に還元した復興が進む一方、避難者は国民の「不理解」がもたらす様々な分断に直面し続けている。経済ゲームを超え、「人間のための復興」を見出すために―。社会学者と被災当事者が問いかける、避難者/国民の過去と未来。
著者について
山下祐介
1969年生まれ。九州大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。弘前大学准教授などを経て、首都大学東京准教授。専攻は都市社会学、地域社会学、環境社会学。著書に『限界集落の真実』『東北発の震災論』(ともにちくま新書)。共著に『「辺境」からはじまる』『「原発避難」論』(ともに明石書店)ほか。
市村高志
1970年生まれ。福島県双葉郡富岡町住民、「NPO法人 とみおか子ども未来ネットワーク」 理事長。論考に「私たちに何があったのか―「とみおか子ども未来ネットワーク」の二年間」(『現代思想』2013年3月号)。
佐藤彰彦
1964年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター、地域復興支援部門特任准教授。専攻は総合社会科学(地域社会学)。共著に『「辺境」からはじまる』『「原発避難」論』(ともに明石書店)ほか。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山下/祐介
1969年生まれ。九州大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。弘前大学准教授などを経て、首都大学東京准教授。専攻は都市社会学、地域社会学、環境社会学
市村/高志
1970年生まれ。福島県双葉郡富岡町住民、「NPO法人とみおか子ども未来ネットワーク」理事長
佐藤/彰彦
1964年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター、地域復興支援部門特任准教授。専攻は総合社会科学(地域社会学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1969年生まれ。九州大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。弘前大学准教授などを経て、首都大学東京准教授。専攻は都市社会学、地域社会学、環境社会学
市村/高志
1970年生まれ。福島県双葉郡富岡町住民、「NPO法人とみおか子ども未来ネットワーク」理事長
佐藤/彰彦
1964年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター、地域復興支援部門特任准教授。専攻は総合社会科学(地域社会学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1分以内にKindleで 人間なき復興 ──原発避難と国民の「不理解」をめぐって (ちくま文庫) をお読みいただけます。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
登録情報
- 出版社 : 明石書店 (2013/11/19)
- 発売日 : 2013/11/19
- 単行本(ソフトカバー) : 336ページ
- ISBN-10 : 4750339180
- ISBN-13 : 978-4750339184
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,111,236位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 705位核・原発問題
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.8
星5つ中の4.8
9 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年3月14日に日本でレビュー済み
違反を報告する
Amazonで購入
20人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2014年1月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
私は、あれほど過酷な、不条理な原発事故に見舞われたのに、なぜ事故に関して当事者である福島から発信が少ないのか疑問に感じていた。そういった私の疑問を払拭(ふっしょく)してくれたのが本書だ。被災者目線から問題に対峙(たいじ)し、見えてきたのはあまりにも重い現実と、原発の虚妄性、それにこの国のしくみの危うさだ。その一部をまとめてみたい。
この本の著者は3名。この原発事故問題は1人で伝えるにはあまりにも苛烈で深刻で多方面にも及ぶため、3人の言葉によって伝えようとの意図だ。著者の一人は、富岡町に住んでいた被災者で、失ったのはよく言われる「ふるさと」 だけでなく、生活の場であり、暮らしそのものだったと述べる(P.221)。そしてその土地の先祖、歴史、文化の全てを失ったと。
さらに、自分が被曝をした時のことを振り返る。岩手や宮城の被災地に生活必要物資が次々に運び込まれていた時期、道路の寸断もないのに、外からのアプローチがなぜか一切途絶えているという不気味な状態(P.98)。結果、「見えない放射性物質で汚染された場所にいながら、その情報がまったく入ってこない(P.99)」 中に自分がいたことを後から思い知らされる。
著者らは、「絶対的に信頼すべきものがどのように構築されていたのかが問われねばならない(P.116)」 と述べ、自分たちがマインドコントロールにかかっていたことを明かす(P.80,183他)。そして、マインドコントロールから目覚めた今、著者らの前に立ちはだかる現実の大きな壁に切り込んでいく。「国も、科学者も、一部のジャーナリストたちも、政治家もみんなそのマインドコントロールには絡(から)んでいた(P.200)」 との言葉は重い。
著者たちは、日本社会が直面する本当の問題は、この原発事故の程度ではすまないもっと大きなものになる可能性がある(P.63他)と危惧する。「我々の混迷は相当に深い(P.74)」 と述べ、その混迷の正体が何かを探っていく。
自分たちの置かれた状況を、ダブルバインドと呼ばれる精神医学の言葉で説明(P.26)、精神障害につながるものだ。矛盾した命令によりどちらにも行動できない状態で、例えば、放射線リスクは「高い」 に従えば被曝の影響を認めざるをえず、「低い」 を認めれば、国の政策に従い帰還を承知したことになる。被災者としてはどちらも認めたくない心境で、原発災害の罪深さを伝えている。
今回の事故は、一企業の経営という枠のなかで地域社会の存亡が賭けられていたことになり、しかもその賭けに国は失敗し、地域社会は見事に崩壊した(P.187,205,272)と振り返る。「さらにそれは、場合によっては国の存亡にまでつながりかねないものであった(P.272)」 と捉(とら)える。
経済や効率を優先するこの国の中に、何ものかが知らず知らず巣くってきた(P.304)と述べる一方、「日本の国は、これほどの大震災と原発事故を経て、今もまだ正常だ。これはある意味、すごいとしか言いようがない (P.305)」 と未来に希望を託す。
そして、「わたしたちには、何かが足りないようだ(P.301)」 との問いを立て、この原発事故によって起きている現実の問題をきちんと理解し、この国を正しく変えようという人々の闘いに、一人ひとりがどういうふうに関われるかを考えていくこと、そういった観点からこの本は編まれた(P.306)と結ぶ。
この本の著者は3名。この原発事故問題は1人で伝えるにはあまりにも苛烈で深刻で多方面にも及ぶため、3人の言葉によって伝えようとの意図だ。著者の一人は、富岡町に住んでいた被災者で、失ったのはよく言われる「ふるさと」 だけでなく、生活の場であり、暮らしそのものだったと述べる(P.221)。そしてその土地の先祖、歴史、文化の全てを失ったと。
さらに、自分が被曝をした時のことを振り返る。岩手や宮城の被災地に生活必要物資が次々に運び込まれていた時期、道路の寸断もないのに、外からのアプローチがなぜか一切途絶えているという不気味な状態(P.98)。結果、「見えない放射性物質で汚染された場所にいながら、その情報がまったく入ってこない(P.99)」 中に自分がいたことを後から思い知らされる。
著者らは、「絶対的に信頼すべきものがどのように構築されていたのかが問われねばならない(P.116)」 と述べ、自分たちがマインドコントロールにかかっていたことを明かす(P.80,183他)。そして、マインドコントロールから目覚めた今、著者らの前に立ちはだかる現実の大きな壁に切り込んでいく。「国も、科学者も、一部のジャーナリストたちも、政治家もみんなそのマインドコントロールには絡(から)んでいた(P.200)」 との言葉は重い。
著者たちは、日本社会が直面する本当の問題は、この原発事故の程度ではすまないもっと大きなものになる可能性がある(P.63他)と危惧する。「我々の混迷は相当に深い(P.74)」 と述べ、その混迷の正体が何かを探っていく。
自分たちの置かれた状況を、ダブルバインドと呼ばれる精神医学の言葉で説明(P.26)、精神障害につながるものだ。矛盾した命令によりどちらにも行動できない状態で、例えば、放射線リスクは「高い」 に従えば被曝の影響を認めざるをえず、「低い」 を認めれば、国の政策に従い帰還を承知したことになる。被災者としてはどちらも認めたくない心境で、原発災害の罪深さを伝えている。
今回の事故は、一企業の経営という枠のなかで地域社会の存亡が賭けられていたことになり、しかもその賭けに国は失敗し、地域社会は見事に崩壊した(P.187,205,272)と振り返る。「さらにそれは、場合によっては国の存亡にまでつながりかねないものであった(P.272)」 と捉(とら)える。
経済や効率を優先するこの国の中に、何ものかが知らず知らず巣くってきた(P.304)と述べる一方、「日本の国は、これほどの大震災と原発事故を経て、今もまだ正常だ。これはある意味、すごいとしか言いようがない (P.305)」 と未来に希望を託す。
そして、「わたしたちには、何かが足りないようだ(P.301)」 との問いを立て、この原発事故によって起きている現実の問題をきちんと理解し、この国を正しく変えようという人々の闘いに、一人ひとりがどういうふうに関われるかを考えていくこと、そういった観点からこの本は編まれた(P.306)と結ぶ。
2017年5月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一人一人が違う生活を送っていた。それが突然住む家も追われ、仕事やコミュニティーも失い、自分でも説明のつかない困難に陥っている。
「復興政策」は、お仕着せを一律に与えて、それをありがたがらない被災者は「わがまま」であり、自己責任で生活を再建せよ、という。
与えられた帰還環境は、元のコミュニティもないし、農地は汚染しており、放射能も非常事態の20mSv/年であって、健康被害のリスクを心配せざるを得ない。
原発事故災害は、巨大な人為的災害であって、津波のような自然災害ではない。
自動車事故の場合であればそれぞれが加害者になりうるし、被害者にもなりうる。損害賠償のルールはあらかじめ契約書に記載されて、納得している。
原発事故は完全に非対称であって互酬性はみじんもない。それでいて、加害者である政府と東京電力が補償内容を決定する審判者の立場に立ち、賠償を恩恵として与える。
そこには加害者対被害者という対等の立場すらない。
あらかじめの立地の社会契約(立地審査指針)では、敷地外の住民の放射線被害は、仮想事故の場合でさえも限定されていた。むしろ、安全神話が喧伝され、過酷事故は起こりえないと刷り込まれていた。
被害を元通りに復興することは不可能である。とりわけ原発被害の場合には、何十年先になるであろう。
実質的に償いはできなくても、加害者が「謝罪して」対等の立場に立ってから妥協点を探り次善の策を講ずるというのが手順なのに、お仕着せをあてがって「いやならかってにしろ」と言っているのがこの国の政府であり、世論である。
その構造を丁寧な議論を重ねて、3人の著者が紡ぎだした記述に教えられるところが多かった。
「復興政策」は、お仕着せを一律に与えて、それをありがたがらない被災者は「わがまま」であり、自己責任で生活を再建せよ、という。
与えられた帰還環境は、元のコミュニティもないし、農地は汚染しており、放射能も非常事態の20mSv/年であって、健康被害のリスクを心配せざるを得ない。
原発事故災害は、巨大な人為的災害であって、津波のような自然災害ではない。
自動車事故の場合であればそれぞれが加害者になりうるし、被害者にもなりうる。損害賠償のルールはあらかじめ契約書に記載されて、納得している。
原発事故は完全に非対称であって互酬性はみじんもない。それでいて、加害者である政府と東京電力が補償内容を決定する審判者の立場に立ち、賠償を恩恵として与える。
そこには加害者対被害者という対等の立場すらない。
あらかじめの立地の社会契約(立地審査指針)では、敷地外の住民の放射線被害は、仮想事故の場合でさえも限定されていた。むしろ、安全神話が喧伝され、過酷事故は起こりえないと刷り込まれていた。
被害を元通りに復興することは不可能である。とりわけ原発被害の場合には、何十年先になるであろう。
実質的に償いはできなくても、加害者が「謝罪して」対等の立場に立ってから妥協点を探り次善の策を講ずるというのが手順なのに、お仕着せをあてがって「いやならかってにしろ」と言っているのがこの国の政府であり、世論である。
その構造を丁寧な議論を重ねて、3人の著者が紡ぎだした記述に教えられるところが多かった。
2013年11月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
原発事故をめぐる問題が、被災地や被災者だけの問題ではなく、国民すべてにとって重大な、かつ、深刻な問題であることがよくわかります。そして、私たち一人ひとりのなかに、彼らを追い込んでいる「不理解」がどれだけ潜んでいるか。その不理解を超えていかない限り、この国の未来、そして、子どもたちの未来に不安を覚えずにいられません。子を持つ世代としてとても考えさせられました。少し難しい内容もありましたが、「飛ばして読んでもいい」という著者の指示に従いました(笑)。沢山の震災本がありますが、これだけ内容の濃い本には初めて出会いました。紹介にもあるように、今の社会に少しでも疑問を感じている人には必読の一冊です。
