一流シェフ、ループレヒト・シュミット。彼には常連客というものがいない。それは彼の料理技術でも性格の問題でもない。むしろ、彼は出来過ぎた人間であるし、料理も名だたる評論家達の舌を唸らせるものである。実際、彼の作り出す料理の数々は文章で読んでいるだけでも涎が出てきそうである。何故ならば、それは彼の料理が『歓待』ではなく、『送る』というものの他ならないからだ。
本書では、ある時期のループレヒトとその数名のお客について、彼らの最後の食事風景が描かれている。しかしながら、そこには悲壮感は薄く、穏やかな時間と香しい料理の臭いが漂うだけだ。料理とは、食事とは悲しみの中で味わうものではなく、楽しいものであるべきだ。
本書を読むと、食事とは人間が人間である最後の尊厳であるかのように思えてならない。願わくば私も夕食に彼のようなシェフのディナーを頂き、安らかに逝きたいものだ。
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人生最後の食事 単行本 – 2011/7/21
「私も人生最後は、
一口食べると楽しいときがよみがえるような一皿がいい。
試行錯誤しながら、誠実に作ってくれるシェフの存在が心強い。
そして食事が理想のものならば、
少なくとも1日3回ささやかな幸せをかんじるものだと思った」
飯島奈美<フードスタイリスト>
ドイツのテレビ・ジャーナリスト、デルテ・シッパーが、とあるホスピスで働く専属シェフとその入居者たちに密着取材して書き上げたドキュメント本、邦訳版でついに登場!
人生でいちばん価値のあることは何だろう。
充実した一日は、無為に過ごした1年にも引けをとらないといえるだろうか。
我々はどんな最期を迎えたいのだろう。
どう生きたいのだろう。
死について、また充実した人生を送る秘訣について書かれた感動の一冊。
- 本の長さ272ページ
- 言語日本語
- 出版社シンコーミュージック・エンタテイメント
- 発売日2011/7/21
- ISBN-104401635922
- ISBN-13978-4401635924
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
ドイツのテレビ・ジャーナリストであるデルテ・シッパーが、ハンブルクにあるホスピスで働く料理長とその入居者たちに密着取材して書き上げたドキュメント本、邦訳版でついに登場!人生でいちばん価値のあることは何か。充実した一日は、無為に過ごした1年にも引けをとらないといえるのか。我々はどんな最期を迎えたいのだろう。どう生きたいのだろう。死について、また充実した人生を送る秘訣について書かれた感動のノンフィクション。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
シッパー,デルテ
1960年生まれ。テレビ・ジャーナリスト。ARDドキュメンタリー・シリーズを制作。ドキュメンタリー番組『ホスピスのお抱えシェフ』を共同制作し、同作品でドイツ・ジャーナリスト連盟(DVJ)ハンブルク支部よりエーリッヒ・クラブンデ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1960年生まれ。テレビ・ジャーナリスト。ARDドキュメンタリー・シリーズを制作。ドキュメンタリー番組『ホスピスのお抱えシェフ』を共同制作し、同作品でドイツ・ジャーナリスト連盟(DVJ)ハンブルク支部よりエーリッヒ・クラブンデ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : シンコーミュージック・エンタテイメント (2011/7/21)
- 発売日 : 2011/7/21
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 272ページ
- ISBN-10 : 4401635922
- ISBN-13 : 978-4401635924
- Amazon 売れ筋ランキング: - 577,526位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 9,451位音楽一般の本
- - 9,970位その他楽譜・スコア・音楽書
- - 59,991位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2011年8月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても丁寧に書かれていて、読みやすかったです。
翻訳物にありがちな淡々と物語を進める形とは違い、ドキュメントなのにオムニバスの小説を読んでいるような感じだった。
死を目前とした人間が、「食」を通して「生」と向き合う。
死が近いからこそ、残された日々の中で「食」を楽しむ。
今までそんなこと、考えもしなかった。
でも人間って、「食べる」という行為を楽しむ事が出来る生き物なんですよね。
その大事さと尊さを思い出させてくれました。
ドイツ料理の素朴さが、死に向かう人の感情と重なっていたように思う。
美しい表現や、胸に響く言葉のフレーズがたくさん出てきて、思わず自分に向けて問いかけていました。
日常の忙しさに埋もれていた大切な何かを思い出させてくれる作品です。
翻訳物にありがちな淡々と物語を進める形とは違い、ドキュメントなのにオムニバスの小説を読んでいるような感じだった。
死を目前とした人間が、「食」を通して「生」と向き合う。
死が近いからこそ、残された日々の中で「食」を楽しむ。
今までそんなこと、考えもしなかった。
でも人間って、「食べる」という行為を楽しむ事が出来る生き物なんですよね。
その大事さと尊さを思い出させてくれました。
ドイツ料理の素朴さが、死に向かう人の感情と重なっていたように思う。
美しい表現や、胸に響く言葉のフレーズがたくさん出てきて、思わず自分に向けて問いかけていました。
日常の忙しさに埋もれていた大切な何かを思い出させてくれる作品です。
2011年7月23日に日本でレビュー済み
その料理人の名前は、ループレヒト・シュミット。現在は、ドイツのハンブルグにあるロイヒトフォイヤーという施設に勤める料理長だ。ハンブルグ界隈ではトップクラスの名店で勤めた経験も持つ、一流のシェフ。そんな彼が料理をふるまう相手は、普通の相手ではない。まもなく人生に別れを告げる重病患者たちなのである。
死を目前に控えた患者が人生最後の時間を尊厳をもって過ごせるホスピス、それが彼の勤務するロイヒトフォイヤーという施設だ。受け入れ可能な患者数は十一人、患者の余命は二週間。本書は、そんなループレヒトと患者たちの、とある日々の日常を描いた一冊である。
彼らに何を食べたいか聞き、心ゆくまで食事を堪能させることが、ループレヒトの務めだ。危篤患者にとっては、日常を取り戻す瞬間でもある。そんな患者たちを満足させるために求められる技術は、通常のシェフのものとは大きく異なる。
死を目前に控えた患者は、個人的な思い出と結び付いた料理を食べたがる傾向にあるという。昔おばあちゃんが作ってくれたアップルケーキ、彼女が初めて家に呼んでくれた時に作ってもらった料理、毎週日曜日に家族団らんで焼いて食べたじゃがいものソテー。たとえ五人の患者に同じ料理を頼まれたとしても、どれも別物だ。しかも、思い出は美化されていることが多いため、その仕事は困難を極める。患者の記憶を正確に引き継ぎ、少しでもふるさとを感じさせるために、その人の思い出を正確に汲み取らなければならないのだ。
こうして出来上がった食事の持つ力は強い。ものを食べれば、患者は自分がまだ生きていると感じられるのだ。そして、一キロでも体重が増えればうれしくなり、食事がもっとおいしくなる。二キロ増えれば、さらに自身が芽生える。食事は生きるうえで一番根っこにあるものでもあり、希望そのものでもあるのだ。
しかし、うまくいくケースばかりではない。化学療法の影響で、味覚が健康なときとは違ってしまっている患者、なかなか自分の食べたい料理を言い出せない患者、食欲がまったくなくなってしまっている患者など、相手はさまざまだ。なかには、体が食事を受けつけず食べることができないという理由だけで、難癖をつけてくる患者も登場する。
また食事の量にも、気を抜けない。料理を残すくらいなら手をつけないという患者もいるのだ。もっと太って体力をつけて体調を戻したいという患者にとっては、山盛りの料理は自分自身の限界を通知されるのと等しい意味を持ってしまうという。
そんな死と隣り合わせな環境での特異な日常は、たんたんと描かれるだけで、その浮き沈みが手に取るように伝わってくる。それはループレヒト自身の、死と向きあう感情にもあらわれる。ある時は感情移入し過ぎないように冷静さを貫き、ある時は死への鈍感さに罪悪感を抱く。その二つの間を、振り子のように行ったり来たり。プロフェッショナルと無関心の差は、まさに紙一重なのだ。それでも、彼はホスピスのモットー「人の寿命を延ばすことはできないが、一日を豊に生きる手伝いはできる」を血肉として、自分の使命を全うしようとしている。
一食一食の料理ともう少しじっくりと向き合い、しっかりと味わいながら食事の時間を過ごさないといけないなと思わせてくれる一冊だ。その味を思い出さなければならない時は、いつの日か誰にだって訪れるかもしれないのだから。
死を目前に控えた患者が人生最後の時間を尊厳をもって過ごせるホスピス、それが彼の勤務するロイヒトフォイヤーという施設だ。受け入れ可能な患者数は十一人、患者の余命は二週間。本書は、そんなループレヒトと患者たちの、とある日々の日常を描いた一冊である。
彼らに何を食べたいか聞き、心ゆくまで食事を堪能させることが、ループレヒトの務めだ。危篤患者にとっては、日常を取り戻す瞬間でもある。そんな患者たちを満足させるために求められる技術は、通常のシェフのものとは大きく異なる。
死を目前に控えた患者は、個人的な思い出と結び付いた料理を食べたがる傾向にあるという。昔おばあちゃんが作ってくれたアップルケーキ、彼女が初めて家に呼んでくれた時に作ってもらった料理、毎週日曜日に家族団らんで焼いて食べたじゃがいものソテー。たとえ五人の患者に同じ料理を頼まれたとしても、どれも別物だ。しかも、思い出は美化されていることが多いため、その仕事は困難を極める。患者の記憶を正確に引き継ぎ、少しでもふるさとを感じさせるために、その人の思い出を正確に汲み取らなければならないのだ。
こうして出来上がった食事の持つ力は強い。ものを食べれば、患者は自分がまだ生きていると感じられるのだ。そして、一キロでも体重が増えればうれしくなり、食事がもっとおいしくなる。二キロ増えれば、さらに自身が芽生える。食事は生きるうえで一番根っこにあるものでもあり、希望そのものでもあるのだ。
しかし、うまくいくケースばかりではない。化学療法の影響で、味覚が健康なときとは違ってしまっている患者、なかなか自分の食べたい料理を言い出せない患者、食欲がまったくなくなってしまっている患者など、相手はさまざまだ。なかには、体が食事を受けつけず食べることができないという理由だけで、難癖をつけてくる患者も登場する。
また食事の量にも、気を抜けない。料理を残すくらいなら手をつけないという患者もいるのだ。もっと太って体力をつけて体調を戻したいという患者にとっては、山盛りの料理は自分自身の限界を通知されるのと等しい意味を持ってしまうという。
そんな死と隣り合わせな環境での特異な日常は、たんたんと描かれるだけで、その浮き沈みが手に取るように伝わってくる。それはループレヒト自身の、死と向きあう感情にもあらわれる。ある時は感情移入し過ぎないように冷静さを貫き、ある時は死への鈍感さに罪悪感を抱く。その二つの間を、振り子のように行ったり来たり。プロフェッショナルと無関心の差は、まさに紙一重なのだ。それでも、彼はホスピスのモットー「人の寿命を延ばすことはできないが、一日を豊に生きる手伝いはできる」を血肉として、自分の使命を全うしようとしている。
一食一食の料理ともう少しじっくりと向き合い、しっかりと味わいながら食事の時間を過ごさないといけないなと思わせてくれる一冊だ。その味を思い出さなければならない時は、いつの日か誰にだって訪れるかもしれないのだから。
