この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
人を、殺してみたかった 名古屋大学女子学生・殺人事件の真相 単行本 – 2015/9/15
大学に入学後、長年の宿願の殺人を実行し、その興奮をツイッターに記した名古屋大学の女子学生。これは計画殺人なのかそれとも心の病なのか? 関係者への取材からその謎を明らかにする。
- 本の長さ250ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA/角川書店
- 発売日2015/9/15
- ISBN-104041033918
- ISBN-13978-4041033913
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
二〇一四年十二月、名古屋大学理学部一年の女子学生が、同市内に住む主婦を手斧で殴り、マフラーで首を絞めて殺害した。子どもの頃からの奇行、動物虐待、同級生への人体実験、殺人犯たちへの激しい共感…なぜ彼女は殺人願望を抑えられなかったのか?徹底した取材から事件の真実を炙り出す!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
一橋/文哉
東京都生まれ。早稲田大学卒業後、全国紙・雑誌記者を経てフリージャーナリスト。本名など身元に関する個人情報はすべて非公開。1995年、月刊誌「新潮45」連載「ドキュメント『かいじん21面相』の正体」(雑誌ジャーナリズム賞受賞)でデビュー。グリコ・森永事件、三億円強奪事件、宮崎勤事件、オウム真理教事件など殺人・未解決事件や、闇社会がからんだ経済犯罪をテーマにしたノンフィクション作品を次々と発表している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
東京都生まれ。早稲田大学卒業後、全国紙・雑誌記者を経てフリージャーナリスト。本名など身元に関する個人情報はすべて非公開。1995年、月刊誌「新潮45」連載「ドキュメント『かいじん21面相』の正体」(雑誌ジャーナリズム賞受賞)でデビュー。グリコ・森永事件、三億円強奪事件、宮崎勤事件、オウム真理教事件など殺人・未解決事件や、闇社会がからんだ経済犯罪をテーマにしたノンフィクション作品を次々と発表している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1分以内にKindleで 人を、殺してみたかった 名古屋大学女子学生・殺人事件の真相 (角川ebook nf) (角川ebook nf) をお読みいただけます。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
登録情報
- 出版社 : KADOKAWA/角川書店 (2015/9/15)
- 発売日 : 2015/9/15
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 250ページ
- ISBN-10 : 4041033918
- ISBN-13 : 978-4041033913
- Amazon 売れ筋ランキング: - 269,482位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
5つ星のうち3.9
星5つ中の3.9
22 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年11月19日に日本でレビュー済み
違反を報告する
Amazonで購入
面白い書き方ですが、他の事件との照合の仕方などは少し著者の思い入れが強い感じがします。もっとルポに徹している方が説得力があるように思います。
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2018年9月9日に日本でレビュー済み
本事件のなかの一部で出てくる話に過ぎないのだが、自分を『僕』とか『俺』とか言う女の子の心理についての精神分析的な一般考察の部分が印象に残った。一人称をそのようにする女子がいることは僕も知っていたが、どういう理由によるのかは今まで全く知っておらず、『注目されたいのかな、正直ちょっと面倒かな』ぐらいに思っていたのだが、心理学的な見解によるとトラウマやら何か耐え難い事柄によって自らの女性性を否定したくてそのような言動に出ているのだ、と。
で、この犯人の場合、本人がそれを認めるかは知らないが、恋愛が実らなかった上に、親友から何気なく「○○も男子を好きになるんだ~」等と言われたことがきっかけになって『もう二度と女っぽくなんかするもんか!』と、一人称が俺化したのでは云々。
そのようなトラウマ等の状況で自らの女性性を否定したくなった場合、一般的には女性的な柔らかな体型(本文中表現では『プニプニ』)から逃れようとして拒食症になったりするそうだが、その点、当事者がアスペルガーだったりすると一人称を変えてきたりすることもある、みたいなことが書いてあった。まぁここではアスペルガーが取り上げられていたが、それは文面の流れでそう書いただけで、著者や語り手がアスペルガーを特段に特別視したかったわけではないと思うし、もちろんアスペルガーの人が必ず『ぼくっ娘』(つうの?)になるという言論でもない。
僕はそれを読みながら、もっと広く言えば自閉症スペクトラムの人間や、更に広く一般化して、人より繊細だったり感性が変わってたりする人間なんかも、そういう傾向が出やすいのかな、なんて思った。僕は学者じゃないし統計を取ってるわけでもないからあくまでもそんなふうに思ったってだけだが。
まぁ確かに生きにくそうな人間や、頭が良い半面に浮いてる人の方が、性別を無視して『ぼく』とか『おれ』とか言ってるような印象はある、ーーーこれもあくまで印象だけど。
なので、(それが全てではないだろうけど、)そういう一人称の理由の一端を垣間見たのは、なるほどと興味深かった。
その点、こと彼女に至っては変人の極が立っていたのか、事件報道時の男勝りぶりと言うか、男そのものみたいな学ラン姿の応援団員ぶりはインパクトがあり、なんなんだこの人は、と当時も思ったのだった。何かのきっかけでそこまでブレるだけの、メンタル面の問題を抱えていたのかな、なんて。いや、LGBT的な意味では自由なんだけど。
犯人の殺人行為については、薬物にそれほど魅入られていた彼女が、なぜ唐突に殴ったり絞めたりして殺人行為に走ったのか、本を読んだら返って分からなくなった。ともあれ、当該殺人事件のみならず、高校時代の毒物混入傷害事件等も含め、許せない感情のわく不快な話であった。ペラペラ自供するところも含め、それで唯々諾々と無期懲役に至って、自殺するわけでもなく(自殺しろと言っているのではない)、何を考えてるのか、どうしたいのかわからない。人に共感したりできないタイプの、情緒性に欠けた人間のようだが、ーーー納得できようができまいが無期懲役となり、このさき刑務所の厳しい規律のなか何を考えて生きていくのだろうか。
もちろん実験まがいに人に毒を盛ったり殺してみたい奴が近くにいることにおける一般人の実害の方が著しく、また生活するうえで恐ろしいことであり、彼女に対して特段の同情をしたいものではない。
この本は終盤になるに従い色々な事件の話が併記されるようになり、その点、当該事件への(僕の)焦点が取りづらくなった。著者は平気なのだろうけど、僕はトロいから。。
この犯人にしろ、静岡のタリウム事件の少女にしろ、どういう人間なのかもう少し知ってみたい気はした。
で、この犯人の場合、本人がそれを認めるかは知らないが、恋愛が実らなかった上に、親友から何気なく「○○も男子を好きになるんだ~」等と言われたことがきっかけになって『もう二度と女っぽくなんかするもんか!』と、一人称が俺化したのでは云々。
そのようなトラウマ等の状況で自らの女性性を否定したくなった場合、一般的には女性的な柔らかな体型(本文中表現では『プニプニ』)から逃れようとして拒食症になったりするそうだが、その点、当事者がアスペルガーだったりすると一人称を変えてきたりすることもある、みたいなことが書いてあった。まぁここではアスペルガーが取り上げられていたが、それは文面の流れでそう書いただけで、著者や語り手がアスペルガーを特段に特別視したかったわけではないと思うし、もちろんアスペルガーの人が必ず『ぼくっ娘』(つうの?)になるという言論でもない。
僕はそれを読みながら、もっと広く言えば自閉症スペクトラムの人間や、更に広く一般化して、人より繊細だったり感性が変わってたりする人間なんかも、そういう傾向が出やすいのかな、なんて思った。僕は学者じゃないし統計を取ってるわけでもないからあくまでもそんなふうに思ったってだけだが。
まぁ確かに生きにくそうな人間や、頭が良い半面に浮いてる人の方が、性別を無視して『ぼく』とか『おれ』とか言ってるような印象はある、ーーーこれもあくまで印象だけど。
なので、(それが全てではないだろうけど、)そういう一人称の理由の一端を垣間見たのは、なるほどと興味深かった。
その点、こと彼女に至っては変人の極が立っていたのか、事件報道時の男勝りぶりと言うか、男そのものみたいな学ラン姿の応援団員ぶりはインパクトがあり、なんなんだこの人は、と当時も思ったのだった。何かのきっかけでそこまでブレるだけの、メンタル面の問題を抱えていたのかな、なんて。いや、LGBT的な意味では自由なんだけど。
犯人の殺人行為については、薬物にそれほど魅入られていた彼女が、なぜ唐突に殴ったり絞めたりして殺人行為に走ったのか、本を読んだら返って分からなくなった。ともあれ、当該殺人事件のみならず、高校時代の毒物混入傷害事件等も含め、許せない感情のわく不快な話であった。ペラペラ自供するところも含め、それで唯々諾々と無期懲役に至って、自殺するわけでもなく(自殺しろと言っているのではない)、何を考えてるのか、どうしたいのかわからない。人に共感したりできないタイプの、情緒性に欠けた人間のようだが、ーーー納得できようができまいが無期懲役となり、このさき刑務所の厳しい規律のなか何を考えて生きていくのだろうか。
もちろん実験まがいに人に毒を盛ったり殺してみたい奴が近くにいることにおける一般人の実害の方が著しく、また生活するうえで恐ろしいことであり、彼女に対して特段の同情をしたいものではない。
この本は終盤になるに従い色々な事件の話が併記されるようになり、その点、当該事件への(僕の)焦点が取りづらくなった。著者は平気なのだろうけど、僕はトロいから。。
この犯人にしろ、静岡のタリウム事件の少女にしろ、どういう人間なのかもう少し知ってみたい気はした。
2018年9月13日に日本でレビュー済み
犯罪とアスペルガーとADHDは1%も関係ありません。
犯罪は基本的に境界例が行うものです。
境界例(人格障害)の中でも重い、反社会的人格障害、いわゆるサイコパスですね。
(基本的に境界例と書いたのは、普通の人が、
境界例に操られて、マインドコントロールされ、犯罪を起こすケースがあるからです。
尼崎連続殺人事件参照)
境界例は感情が処理できないから、
投影性同一視という行為を行います。
自分の感情を相手の顔に投影し、
攻撃するのです。
また、対象恒常性機能が育ってないので、
善悪の区別が緩い。良心が無い。
犯罪に必要なのは行動力ですが、
サイコパスはそれがあり、
衝動的なところも原因だと思います。
アスペルガーは内向的で慎重派だから
犯罪をやらないのです。
ADHDは善良だからやらない。
ただ、ここで注意していただきたいのが、
境界例や
サイコパスイコール犯罪予備軍というのは
誤った考えだということです。
境界例も長所があり、少数は社会に必要なのです。
もしアスペルガーやADHDが犯罪を犯したとしたら、
その人は境界例とアスペルガー•ADHDの掛け持ち型です。
境界例は幼少期の育て方が原因なので
アスペルガーもADHDも境界例になります。
いわゆる積極奇異タイプがこれです。
その場合でも、アスペルガー•ADHDとしての素養ではなく、境界例の素養が犯罪を引き起こしたのだから、アスペルガー•ADHDは犯罪に無関係なのです。
政府は境界例を増やす政策をとり、
それを隠すために、
境界例がやったことをアスペルガー•ADHDになすりつける内容の本をたくさん出版してます。
これもその一冊です。
このような本でアスペルガーとADHDの評価を落としておき、企業に就職の時の性格適正テストを導入させ、内向的な人間を落とす。
本人に自覚させる必要無いんです。
筆記テストと同日で実施すれば、
どちらで落とされたかわからない。
軽度な層、グレーゾーンまで対象になってる。
裁判所まで嘘をついてる。
犯罪は境界例のやることだから、
自閉裁判なんてありえないのです。
これから境界例が激増し、
犯罪が増えるから、
アスペルガー•ADHDになすりつけたいのです。
犯罪は基本的に境界例が行うものです。
境界例(人格障害)の中でも重い、反社会的人格障害、いわゆるサイコパスですね。
(基本的に境界例と書いたのは、普通の人が、
境界例に操られて、マインドコントロールされ、犯罪を起こすケースがあるからです。
尼崎連続殺人事件参照)
境界例は感情が処理できないから、
投影性同一視という行為を行います。
自分の感情を相手の顔に投影し、
攻撃するのです。
また、対象恒常性機能が育ってないので、
善悪の区別が緩い。良心が無い。
犯罪に必要なのは行動力ですが、
サイコパスはそれがあり、
衝動的なところも原因だと思います。
アスペルガーは内向的で慎重派だから
犯罪をやらないのです。
ADHDは善良だからやらない。
ただ、ここで注意していただきたいのが、
境界例や
サイコパスイコール犯罪予備軍というのは
誤った考えだということです。
境界例も長所があり、少数は社会に必要なのです。
もしアスペルガーやADHDが犯罪を犯したとしたら、
その人は境界例とアスペルガー•ADHDの掛け持ち型です。
境界例は幼少期の育て方が原因なので
アスペルガーもADHDも境界例になります。
いわゆる積極奇異タイプがこれです。
その場合でも、アスペルガー•ADHDとしての素養ではなく、境界例の素養が犯罪を引き起こしたのだから、アスペルガー•ADHDは犯罪に無関係なのです。
政府は境界例を増やす政策をとり、
それを隠すために、
境界例がやったことをアスペルガー•ADHDになすりつける内容の本をたくさん出版してます。
これもその一冊です。
このような本でアスペルガーとADHDの評価を落としておき、企業に就職の時の性格適正テストを導入させ、内向的な人間を落とす。
本人に自覚させる必要無いんです。
筆記テストと同日で実施すれば、
どちらで落とされたかわからない。
軽度な層、グレーゾーンまで対象になってる。
裁判所まで嘘をついてる。
犯罪は境界例のやることだから、
自閉裁判なんてありえないのです。
これから境界例が激増し、
犯罪が増えるから、
アスペルガー•ADHDになすりつけたいのです。
2017年2月13日に日本でレビュー済み
名古屋大学と言えば地元では名大と言われる超名門大学である。近年はノーベル賞受賞者も複数出て地元ではさらに誇らしい大学となっていたのだろう。そこで起ってしまったのが名古屋大学始まって以来の殺人者が出てしまったのである。男性のような風貌の飾り気のない女子大学生、少し変わったところはあっても普通に部活のつき合いはしていた。それが実はキリスト教系エホバの証人という宗教に熱心で人望もあった熟年女性を殺した犯人であったとはとても想像できないことだった。警察が捜査をしてみたら、下宿していたアパートは毒物図書館と言っていいほどの本が揃っていて毒物オタクの部屋になっているのだった。仙台にいた高校時代にタリウムという強力毒物を微量ずつ同級生に秘かに盛ることによって、その健康がどう害されていくのか観察するのが生きがいと言っていいほどの楽しみであったのである。貧乏ではないが豊かでもないと言った幼少期の生活は父親が研究肌であり大学院を出て米国留学をし、その後大学の講師までしたものの、それ以上の地位は得られず定職がなく、家庭の収入は母親が遅くまで働くことで支えられていたのである。父も母も多忙な中で、祖母は収入も借家も持っていたので、生活はでき、ピアノも習い自他共に認める実力もあった。思春期を迎えそこで挫折を知った。ピアノの関係で好きな男の子は出来たのだが告白もできぬうち別の女友達が出来たと知った。それ以後は中学入学ころからの動物いじめなどの秘密の楽しみに没頭し、やがて毒物の実験にも進んで行ってしまったようだ。自分の部屋は実験室であり、自宅を出れば大きな実験場である。夢は本には乗ってないような実験の体験と発見である。実行手前のことまでは平気で周りに話をしたので、ときどき気持ちの悪い作り話をする生徒とおもわれた。どうやって理解したらよいかわからない事件。漫画で日野日出志の動物を殺して喜ぶ狂った博士みたいなのはあるが、そこに国立大学の優秀な女子学生が出てくるというのは漫画では描けない禁断の話だろう。妹もあり、問題は書かれていないので何もかも家庭が悪かったとも言えない気がする。その解答はこの本を読んでも分からなかった。








