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[森下 幸信 ]の京都歴史文化観光 いづみ路読本 海住山寺 京の秘境 木津川市加茂: 海住山寺五重塔  十一面観音菩薩像 四天王像 広目天像 持国天像 増長天像 多聞天像 文殊堂 本坊 鐘楼 奥の院 薬師堂 納骨堂 春日大明神

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新品 中古品
Kindle版 (電子書籍), 2019/10/22
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販売: Amazon Services International, Inc.
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商品の説明

内容紹介

海住山寺
京都府木津川市加茂町例幣は海住山寺の在所です。
例幣とは伊勢神宮の神供用品を整えて献上することを意味するので、この土地は神宮の神領地であったと思われます。
木津川の上流で笠置山に近く、遡れば伊賀・名張に出られる、伊勢の宇治山田は案外に近いところです。
ここが、神宮領であっても別に不思議なことではありません。
笠置の山峡が急にひらけて、木津川の流れもゆるやかになったあたり、甕に似た地形によって、瓶原と呼ばれたというこの地は、「みかの原わきて流るる泉川、いつみきとてか恋しかるらむ」との小倉百人一首に収められた藤原兼輔の歌で、ひろく人々に知られております。
この地は、奈良時代のはじめ、元明天皇が離宮を設けた所といわれ、ついで聖武天皇が橘諸兄に命じて大養徳宮恭仁大宮を営まれた地でありました。
この年(一説によれば天平十年という)、天皇は諸国に国分寺を設けよとの詔を下し給い、ほどなくこの地に山城の国分寺が、川をへだてた北に僧寺、南に尼寺と、甍をつらねることになりました。
こうした由緒ある瓶原を一望におさめる海住山の中腹、幽邃の地に、当海住山寺が創建されたのは、恭仁京造宮に先立つ六年前、天平七年(735)のことと伝えられております。
大盧舎那仏造立を発願あそばれた聖武天皇が、その工事の平安を祈るため、良弁僧正に勅して一宇を建てさせ、十一面観音菩薩を安置して、藤尾山観音寺と名づけたのに始まるということです。
しかし、この寺は、不幸にして保延三年(1137)に灰燼の厄に遭い、寺観のことごとくを失ったのであります。 
その後、七十余年を経た承元二年(1208)十一月、笠置山寺におられた解脱上人貞慶が思うところあってこの観音寺の廃址に移り住み、草庵を営んで補陀洛山・海住山寺と名づけ、旧寺を中興されて、ここに現在の寺基が定められたのでありました。
 補陀洛山とは、南海にあるといわれる観音の浄土の名であります。
浄土とは、生ある限りいかなる人も対決しなければならない人間苦・人生苦を解決した真実の楽しみの世界を意味し、この世界に至る道が、いわゆる菩薩道(自他ともに真実の智慧にめざめ、生きとし生けるものを慈しむ慈悲を行ずる道)にほかなりません。
解脱上人は、この山をこうした菩薩道実践の場所と定めて、観音の浄土にちなんで補陀洛山・海住山寺と名づけられたのでありました。
瓶原の平野と、その彼方に連なる山並みを海に見たてたとき、まさしくこの海住山は、南海の洋上に浮かぶ補陀洛山のごとくであり、とりわけ、うす曇りの日に山上から眺める光景はその感を深くして、いみじくも海住山寺と名づけたものか、とさえ思われます。
 解脱上人貞慶(1155-1213)は、左少弁藤原貞憲の子で、幼くして興福寺に入り、覚憲に師事してひたすら研学につとめ、維摩会・最勝会の講師までも歴任した南都仏教界随一の学僧であり、身を謹むこときびしく、壮年に至り感ずる所あって笠置山にかくれ、名利をのがれてもっぱら徳をつまれた方でありましたが、晩年その心境がいっそう開かれるにつれて、人々を教化して仏道に向かはしめるために、この海住山寺に移り住まれたのでありました。
上人は、弟子たちに「富勢名誉を望むは自己継承の人にあらず」と常に教えて戒律を厳かにし、当山の草庵に移られてからも、戒律復興のため、南都興福寺の山内に常喜院を設けて律学の道場とされております。
この常喜院からは、後に西大寺の興正菩薩叡尊や唐招提寺の大悲菩薩覚盛など、優れた高僧が輩出し、めざましい活躍をしていることから考えても、鎌倉時代の南都仏教復興は、その源を海住山寺に発すると申しても過言ではないでしょう。
上人には、「唯識論尋思鈔」・「法相宗初心略要」・「法華開示抄」など当時の仏教学の最高水準をゆく幾多の著述がありますが、その深い内省と厳しい求道を物語る書に「愚迷発心集」があって、読む人の衿を正させます。
かの法然上人が浄土宗を開かれたとき、その徒の中には教えを誤り、風儀をみだすものがありましたので、これを憂えて「興福寺奏状」を起草したのも、上人であったと伝えられております。
 かかる世にたぐい稀な学徳兼備の高僧解脱上人の衣鉢をついだのは、慈心上人覚真(藤原長房、1170-1243)でありました。
覚真は、先師の遺志をうけていよいよ戒律を厳しくし、また寺観の整備に力を尽くしました。
現存の五重塔は、建保二年(1214)、先師一周忌の供養に際して解脱上人が後鳥羽院から拝領した東寺、唐招提寺の仏舎利を納めるために覚真が建てたものであり、小さいながらも良く整い、特に心柱が初層で止められている点は建築史上有名であります。
五重塔  国宝(鎌倉時代)
鎌倉時代の五重塔の貴重な遺構であり、総高17.7mと、室生寺に次いで小さい。貞慶が舎利を安置するために建立を始め、その没後建保2年(1214)に完成した。 全体的に細身だが、初重に設けられた吹放ちの裳階が安定感を与える。
また内陣を厨子風に造り、8枚の扉に一体ずつ、華麗な彩色で梵天・帝釈天などの天部や比丘像が描かれる。
その後、寺門は大いに栄えて塔頭五十八ヶ坊を数え、中でも、東大寺の宗性上人が住持した十輪院などは、文献的にも著名なものでありましたが、天正年間、秀吉の検地によって経済的な痛手をうけ、ついに現本堂を中心に整備統一されることになりました。
山門をくぐって開ける平地は、住時の盛んな坊跡を思わせ、歴史の興亡を回顧させます。
現在の当山は、真言宗智山派に属し、一万坪の境内には、国宝の五重塔や重要文化財に指定された文殊堂をはじめ、山門、本堂、本坊、鐘楼、奥の院、薬師堂、納骨堂、春日大明神、その他の伽藍が、八葉の峰に包まれて、真言の秘法を象徴し、山には古の信仰を偲ばせる数々の石仏や、千年に垂れんとする大木が天を摩して、己ずから人の心を清めて静寂の境に導いてくれます。又、特に厄除寺として知られ、現世利益の根本道場でもあります。
これは、熊野那智の観音霊場を描いたものと言われています。宝殿を出られた観世音菩薩を中心にして23体の歌舞菩薩の来迎図であります。これは補陀落浄土を表している一種の熊野曼荼羅であり大きさの点でも稀有のものです。
文殊堂 重文 (鎌倉時代)
解脱房貞慶十三回忌に向けて建てられた経蔵にあたると考えられている。
ふつう経蔵には文殊菩薩を本尊として祀ることが多いので、この経蔵ものちに経典収蔵の機能を失った後も本尊はそのままにして、文殊堂とよばれるようになったものと思われる。
この文殊堂は、心を惹かれる剣突です。
正面3間、側面2間、小堂ながら4注造、銅板葺き、鎌倉時代初期の整った遺構です。
外廻りでは中備の蟇股が秀でた意匠を示しています。
本堂の本尊は十一面観音立像で厨子内に奉安した秘佛です。
一木彫、6尺2寸、巨像ではありませんが、翻波式の衣文の強さから推測すると、貞観末期のものかと中村直勝先生は述べておられます。
ゆったりと構えたおおらかさは、さすが奈良佛師の霊腕ならではと痛く心を打たれたと。
本尊は十一面観音立像 広目天像 持国天像 増長天像 多聞天像
あとがき
 今回、日本の歴史文化探索の企画で、京都府木津川市加茂町の海住山寺について執筆をさせていただくことができました。
ご指導ご支援賜りました皆様に、改めて深く御礼を申し上げます。
 皆様方はすでにご存知の通り日本は世界中でも比類のない歴史を持ち大切に伝えている国です。さらに豊かな自然に恵まれ、四季それぞれの美しい環境、豊かな海山の幸、恵まれた農産物など、一木一草に神宿ると伝えられた思いやりの心で歴史を歩んできたのです。 
日本の歴史文化は、伝承という方法で在りし日のことを伝えてゆくというロマンがあるのです。
海住山寺は日本の歴史文化の中でも、天平七年(735年)、聖武天皇の勅願により藤尾山観音寺が建立されて以来1284年に及ぶ歴史を伝える素晴らしい歴史文化遺産です。

 私は、中学生時代に社会科の先生の戸部先生、竹島先生から、飛鳥の石舞台での学びから始まり、22歳頃に付き合っていた妻と二人で奈良から般若寺を通り、浄瑠璃寺、岩船寺を経て、この海住山寺を訪れたのが初めです。
 それから、60年の歳月が過ぎ去りましたが、未だにその当時と変わらぬ海住山寺に限りない愛着を感じています。

素晴らしい海住山寺の存在をお伝えすることが大切なことと考え、伝承も含めて記述させていただきました。

令和元年10月 筆 者  森 下 幸 信
京都歴史文化観光研究会
生涯青春研究会

参考文献
『京都ゆうゆういづみ路読本』
    研人合同出版会社 発行
『カラー京都の魅力・洛南』
    淡交社 発行 文 中村直勝先生
「いづみ路ガイドマップ」
    木津川市観光商工課・木津川観光協会
    笠置町企画観光課・南山城村役場産業生活課

発行済みの『京都歴史文化観光 いづみ路読本』
 『京都歴史文化観光 いづみ路読本 椿井大塚山古墳』
 『京都歴史文化観光 いづみ路読本 笠置山寺』
 『京都歴史文化観光 いづみ路読本 岩船寺』
 『京都歴史文化観光 いづみ路読本 蟹満寺』

準備中の『京都歴史文化観光 いづみ路読本』
『京都歴史文化観光 いづみ路読本 恭仁京跡・現光寺』
『京都歴史文化観光 いづみ路読本 神童寺』
『京都歴史文化観光 いづみ路読本 浄瑠璃寺』
『京都歴史文化観光 いづみ

登録情報

  • フォーマット: Kindle版
  • ファイルサイズ: 1119 KB
  • 同時に利用できる端末数: 無制限
  • 販売: Amazon Services International, Inc.
  • 言語: 日本語
  • ASIN: B07ZGF7KZ5
  • Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能): 有効
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