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[森下 幸信]の京都歴史文化観光 いづみ路読本 岩船寺 京の秘境: 木津川市加茂: 岩船寺三重塔 阿弥陀如来坐像 十一面観音菩薩像 厨子入木造普賢菩薩騎象像 厄除け地蔵菩薩 五輪石塔 十三重石塔 石室不動明王立像 十二神将像

京都歴史文化観光 いづみ路読本 岩船寺 京の秘境: 木津川市加茂: 岩船寺三重塔 阿弥陀如来坐像 十一面観音菩薩像 厨子入木造普賢菩薩騎象像 厄除け地蔵菩薩 五輪石塔 十三重石塔 石室不動明王立像 十二神将像 Kindle版


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価格
新品 中古品
Kindle版 (電子書籍), 2019/10/20
¥110

販売: Amazon Services International, Inc.
紙の本の長さ: 30ページ タイプセッティングの改善: 有効 Page Flip: 有効
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商品の説明

内容紹介

岩船寺 京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院である。
正式には高雄山報恩院と寺号する。
岩船寺は、京都府と奈良県の境にあるかつては南山城当尾
(とうの)村と呼ばれ、さらにそれ以前には小田原と称される地域に位置する。
山号は「高雄山(こうゆうざん)」院号は「報恩院」である。 ここは平安遷都までは「山背国(やましろのくに)」と書かれ、奈良・平城京が文化の中心であった時代には、まさに山々の背後にあたる場所であった。
それ故に南都仏教の影響を強く受けており、平城京の外郭浄土として興福寺や東大寺にいた高僧や修行僧の隠棲の地となり、真の仏教信仰にそそがれた地域であった。
また「当尾(とうの)」の地名は、この地に多くの寺院が建立され三重塔・十三重石塔・五輪石塔などの舎利塔が尾根をなしていたことから「塔尾」と呼ばれたことによる。
寺伝のよると聖武天皇が出雲国不老山大社に行幸せんとされて丹波の国四位まで進められた時、ご夢想があったので直ちに還幸。鳴川の善根寺に籠居せる行基に仰せて、一宇の阿弥陀堂を建立せしめ給うた。
その後、弘法大師の姉の子になる智泉大徳が、新たに報恩院を開基。嵯峨天皇の勅命を奉じて皇子降誕を祈請した法験空しからず、皇子御降誕、後の仁明天皇である。
弘仁4年(813)堂塔をご建立、船寺と号し、水田10町山地360町を寺領として下賜された。
境内の4~16町、堂宇39宇、南山随一の精舎でその宏壮は周辺を圧倒した。
岩船寺は京都府の南端、奈良県境に近い当尾(とうの)の里に位置する。
岩船寺、浄瑠璃寺付近には当尾石仏群と称される鎌倉時代を中心とした石仏や石塔が多数残り、その中には鎌倉時代の銘記を有するものも多い。
当地は中世には、南都(奈良)の寺院の世俗化を厭う僧たちの修行の場となっていた。
岩船寺の創建事情は明らかでないが、行基による創立を伝え、前身寺院は現在地の南方の鳴川(現・奈良市東鳴川町)にあったという。
近世の縁起によれば、岩船寺は奈良時代、聖武天皇の発願により行基が鳴川の地に建立した阿弥陀堂がその前身であるという。
創建年次については天平元年(729年)とも天平勝宝元年(749年)ともいう。
鳴川にはその後空海(弘法大師)が善根寺(鳴河寺)を建立。
空海の甥であり弟子でもあった智泉が、嵯峨天皇の皇子誕生を祈願して、善根寺の東禅院灌頂堂に報恩院を建立したという。
その報恩院を弘安2年(1279年)に現在地に移し、同8年(1285年)に落慶供養を行ったのが岩船寺であるという。
以上の伝承はそのまま史実とは考えがたいが、『弘法大師弟子伝』(貞享元年・1684年成立)には、大同年間(806 - 810年)、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が皇子の誕生を祈願して報恩院を建立し、智泉が呪願(願文を読む僧)を務めたとある。
岩船寺本尊阿弥陀如来坐像の像内には天慶9年(946年)の銘があるが、この像が当初から岩船寺の本尊であったという確証はない。
「岩船寺」の寺号の存在を示す最も古い記録は、寺の西方にある岩船不動明王磨崖仏(通称一願不動)の銘記で、そこには弘安10年(1287年)の年記とともに「於岩船寺僧」の文字がみえる。
この年号は、上記寺伝にいう岩船寺落慶供養の年(弘安8年・1285年)に近く、鳴川にあった「報恩院」がこの頃現在地に移った可能性を示唆している。
現存する三重塔は室町時代の嘉吉2年(1442年)の建立である。江戸時代には浄瑠璃寺と同様、興福寺の末寺であった
本堂 - 昭和63年(1988年)に再建された建物で、平安時代の阿弥陀如来坐像が安置されている。
木造阿弥陀如来坐像
岩船寺の本尊で、定印を結ぶ阿弥陀如来像である。
62代村上天皇の天慶9年(946)9月2日造立の銘がみられる。両掌で定印を結び結跏趺坐、像高2.8メートルを超す坐像の頭・体の根幹部を一材から彫出する。
太造りの体躯や一木造の構造は貞観時代彫刻に通じる要素だが、衣文は彫りが浅く図式的な藤原時代後期の作風に近づいており、藤原時代後期への過渡期に位置する像である。
貞観時代から次の藤原時代がもうすぐに来るであろうことを思わせる。
仏像彫刻史の上では尊ぶべき尊形である。
三重塔(重要文化財) - 室町時代の嘉吉2年(1442年)に建立された三重塔で、初重の内部には来迎柱を立て、須弥壇と来迎壁を設ける。
岩船寺本尊・木造阿弥陀如来坐像
十一面観音菩薩像
あらゆる方向を常に見て、人々を悩みや苦しみから救い、願いをかなえる菩薩。
鎌倉時代作の尊像は左手に花瓶を持ち、女性的な美しい像である。
厨子入木造普賢菩薩騎象像 - もと三重塔に安置。
像高39.5cm、象高25cm 樟の一木造で平安時代後期の作である。
 本堂には、普賢菩薩騎象像が厨子に入って安置されています。普賢菩薩像は平安時代に造立されたもので、菩薩像が乗っている白象は後世に補われたものです。
厨子は後壁に法花曼陀羅を描いた南北朝時代のもので、永正16(1519)12月遍照院覚忍房を本願とし、大工国定長盛・藤原弥次郎が修理した銘があります。
厄除け地蔵菩薩
厄除け地蔵菩薩は、ほぼ正方形の台石上に乗り総高約1.5m程度、大きな二重光背を背負う定型の地蔵菩薩座像です。
五輪石塔(重要文化財)
厄除け地蔵堂の少し左に建つ、鎌倉時代作の2m余りの五輪石塔。寺伝では東大寺別当平智僧都の墓と伝えている。
以前は岩船村落の北谷墓地にあったが、昭和十二年(1937年)頃に当地へ移された。 地輪(じりん)下には返花座(かえりばなざ)があるが、これは大和式と呼ばれる五輪塔の様式で、ここ南山城から大和地方にかけての特徴であり、この五輪石塔はその代表的なものである。十三重石塔は鎌倉中期の代表的な石造物です。
先年、水晶の五輪舎梨塔が収められてあることが発見され、見落としてはならない逸品です。
その隣にあるのが、石室不動明王立像(鎌倉時代)です。

石室不動明王立像(鎌倉時代)重要文化財
花崗岩製で前面2本の角石柱を立て、その上に寄棟造り一枚石の屋根をかけた珍しい建築、奥壁の一枚石に薄肉彫りの不動明王立像を祀る。
 たいへん珍しいもので、花崗岩でできた石室の奥壁に不動明王の立像が薄肉彫されています。
 右手に剣、左手に索を持ち、左目を細め、右目を見開いた
『一目諦視』の形相、索と衣の裾とが左右に颯と靡いている。
動く表現です。
「応長第二初夏六日 願主盛現」の銘ですが、初夏六日というのは四月六日のことですが、、この年は三月二十日に改元されて正和元年となっていたので、実際には応長二年は三月二十日で消えてしまっています。
 それに四月六日とあることは、四月六日を開眼日と予定してあらかじめ刻んでおいたので、三月二十日の改元日にはすでに刻んであったのですね。
 仕方なく旧年号の応長二年のままになっているのです。
閑話休題 十二神将像
十二神将は薬師如来と薬師経を信仰する者を守護するとされる十二体の武神である。
室町時代作の各像は小さいながらもそれぞれの神将の頭の上に干支(えと)の動物をつけ、豊かな表情・ポーズを示す。
岩船寺への道
今は、鉄道が開通した(明治以降)ので、JR加茂駅から、あるいは車で、岩船寺まで到達する方が多いと思います。
今から、かれこれ60年も前に、私が妻と岩船寺を訪れた時には、近鉄・奈良駅からバスで般若寺へ、般若寺に参詣して、京都に通じる国道24号線から右に進み、細い山道で、尾根道からは遥かに東大寺大佛殿や屹立する興福寺五重塔五重塔を望み野趣に満ちた道行に喜びを感じていました。
上梅谷という群居は四面を山に囲まれた盆地で、今は左手に梅美台という住宅地になっていますが、その当時は山並みが広がっていました。
上梅谷から、道を東にとり加茂町西小に向かいます。
この辺りは、石造物が多いところです。
たかの坊地蔵もその一つです。
ここから、府道752号線を進むと浄瑠璃寺、さらに進むと
岩船寺に到着するのです。今回、日本の歴史文化探索の企画で、京都府東南部加茂町の岩船寺について執筆をさせていただくことができました。
ご指導ご支援賜りました皆様に、改めて深く御礼を申し上げます。
 皆様方はすでにご存知の通り日本は世界中でも比類のない歴史を持ち大切に伝えている国です。さらに豊かな自然に恵まれ、四季それぞれの美しい環境、豊かな海山の幸、恵まれた農産物など、一木一草に神宿ると伝えられた思いやりの心で歴史を歩んできたのです。 
日本の歴史文化は、伝承という方法で在りし日のことを伝えてゆくというロマンがあるのです。
岩船寺は日本の歴史文化の中でも、天平元年(729年)、聖武天皇の御夢想により阿弥陀堂が建立された1290年に及ぶ歴史を伝える素晴らしい遺産です。

 私は、中学生時代に社会科の先生の戸部先生、竹島先生から、飛鳥の石舞台での学びから始まり、22歳頃に付き合っていた妻と二人で奈良から般若寺を通り、この岩船寺を訪れたのが初めです。
 それから、60年の歳月が過ぎ去りましたが、未だにその当時と変わらぬ当尾の里に限りない愛着を感じています。

素晴らしい岩船寺の存在をお伝えすることが大切なことと考え、伝承も含めて記述させていただきました。
令和元年10月 筆 者  森 下 幸 信
京都歴史文化観光研究会
生涯青春研究会

登録情報

  • フォーマット: Kindle版
  • ファイルサイズ: 1453 KB
  • 推定ページ数: 30 ページ
  • 同時に利用できる端末数: 無制限
  • 販売: Amazon Services International, Inc.
  • 言語: 日本語
  • ASIN: B07ZDLTGGK
  • Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能): 有効
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  • Word Wise: 有効にされていません
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