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賛成、反対を言う以前に、9条の本質を知ることが重要だと気付かされました。押し付け憲法だからダメとか、書いてあること(字面?)は素晴らしいから良いとか、だいたいそんな程度で賛成、反対を言うことは恥ずかしいと、気付きます。
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九条を読もう! (幻冬舎新書) 新書 – 2015/9/10
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憲法改正論議の最大の争点である第九条一項・二項。虚心坦懐に条文を読むと、一項と二項の内容は正反対。一項を守れば二項が守れず、二項を守れば一項が守れない関係にあることがわかる。一項と二項の内容は、どこが、どのように、どれほど矛盾しているのか? なぜこんな条文が紛れこみ、70年の長きにわたって手つかずだったのか? 護憲派はもとより、改憲派も実は知らない「九条の真実」を、このうえなく明快かつ簡潔に解説。改正の是非を問う前に、まず正しく理解するための必読書。
- 本の長さ93ページ
- 言語日本語
- 出版社幻冬舎
- 発売日2015/9/10
- ISBN-104344983890
- ISBN-13978-4344983892
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
憲法改正論議の最大の争点である第九条一項・二項。虚心坦懐に条文を読むと、一項と二項の内容は正反対。一項を守れば二項が守れず、二項を守れば一項が守れない関係にあることがわかる。一項と二項の内容は、どこが、どのように、どれほど矛盾しているのか?なぜこんな条文が紛れこみ、70年の長きにわたって手つかずだったのか?護憲派はもとより、改憲派も実は知らない「九条の真実」を、このうえなく明快かつ簡潔に解説。改正の是非を問う前に、まず正しく理解するための必読書。
著者について
昭和二十一年、東京都生まれ。東京大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程中退。東京大学文学部助手などを経て、埼玉大学教授。平成二十三年退職、同大学名誉教授。『からごころ――日本精神の逆説』(中公文庫)、『バベルの謎――ヤハウィストの冒険』(中公文庫、和辻哲郎文化賞)、『民主主義とは何なのか』(文春新書)、『神やぶれたまはず――昭和二十年八月十五日正午』(中央公論新社)など著書多数。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
長谷川/三千子
昭和21年、東京都生まれ。東京大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程中退。東京大学文学部助手などを経て、埼玉大学教授。平成23年退職、同大学名誉教授。『バベルの謎―ヤハウィストの冒険』(中公文庫、和辻哲郎文化賞)など著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
昭和21年、東京都生まれ。東京大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程中退。東京大学文学部助手などを経て、埼玉大学教授。平成23年退職、同大学名誉教授。『バベルの謎―ヤハウィストの冒険』(中公文庫、和辻哲郎文化賞)など著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年3月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本国憲法の前文と第九条に的を絞り、冷静に条文間の矛盾を
指摘して行きます。
小冊子のように薄い本ですが、中身は濃厚です。
約すると、不戦条約や国連憲章と同じ流れにある一項と、取っ
て付けたように矛盾している二項ということになります。
その二項の正体は、マッカーサーによる、朝鮮戦争前迄の状
況における、日本の弱体化戦略と言うことになります。
この平和条項に胡座をかいていられるのは、恒久基地化という
沖縄の犠牲の上であることも、鋭く指摘されています。
この前文と二項の矛盾をどう考えるかという点こそが、今後
の憲法改正論議における最重要項目となるでしょう。
惜しむらくは、この本では薄すぎることかと。
指摘して行きます。
小冊子のように薄い本ですが、中身は濃厚です。
約すると、不戦条約や国連憲章と同じ流れにある一項と、取っ
て付けたように矛盾している二項ということになります。
その二項の正体は、マッカーサーによる、朝鮮戦争前迄の状
況における、日本の弱体化戦略と言うことになります。
この平和条項に胡座をかいていられるのは、恒久基地化という
沖縄の犠牲の上であることも、鋭く指摘されています。
この前文と二項の矛盾をどう考えるかという点こそが、今後
の憲法改正論議における最重要項目となるでしょう。
惜しむらくは、この本では薄すぎることかと。
2015年10月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
長谷川三千子教授は憲法の専門家、法学者ではなく哲学者です。しかしこの僅か91頁の新書と言うよりはリーフレットに近い書籍で長谷川先生は貴重な指摘をしてくれています。憲法9条2項にある「交戦権」と言う用語。これは有斐閣の「国際法辞典」(平成10年)には項目がありません。交戦区域とか交戦国、高専資格、交戦団体、交戦法規と言った用語が並んでいても「交戦権」の説明はありません。「自衛権」との違いが不明確であることを指摘されています。辻村みよ子教授の「比較の中の改憲論」でもコスタリカ、パナマの憲法が常設軍隊禁止を定めていると記述されている旨、紹介。だが、両国とも憲法で国の防衛のための軍隊のみ組織されると規定しています。これらの国の軍隊保有禁止と日本国憲法9条2項の戦力不保持がいかに性格が違うかを示し、9条2項は平和を破壊する条項だとし、9条2項削除論を展開されておられます。拝読して、井上達夫教授の9条排除論に近く、また伊藤正巳元最高裁判事の「9条マニュフェスト論」と同じ方向性を感じました。哲学者ゆえの当然と言えば当然の帰結でしょう。不戦条約を定めてからも戦争は絶えません。理想や理念を語ることは尊いですが、現実の国際政治は違います。「自衛権」とは本来、憲法以前の人が生まれながらにして持っている自然権のひとつであり、そのことを気がつかせてくれる一冊です。改憲・護憲のお立場にかかわりなく、ご一読をお勧めしておきます。なお国際連合がいかに信用できないか、集団的自衛権が国連常任理事国に対する疑問から生まれたものであることの指摘は色磨力夫氏他「今、国連、そして日本」(自由国民社)のリーフレットがありますから併読されることをお勧めします。
2015年10月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本文75ページ(目次と参考文献を入れると93ページ)という薄い本だが、
内容は充実している。
一読すれば、
日本国憲法の成り立ちや、
九条が抱える矛盾点を理解でき、
一般の人が憲法について考える際の
基本的な知識が得られるようになっている。
日本国憲法には大きな矛盾がある。
「同じ日本国憲法の内側で、
互いに矛盾し合うような条項があれば、
それはただちに改めなければならない。」(9)
日本国憲法は
「ハッキリとした欠陥」(10)を抱えている
と著者は指摘する。
だからこそ憲法学者たちは、
「一項と二項の規定に差があることは、
どの学者も認めつつ、
一項の方に引きつけたり、二項の方に引きつけたりして、
なんとか全体を一つながりのものとして解釈すべく、
四苦八苦してい」(12)るのだという。
九条一項の
「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という文面は、
1928年に署名された「不戦条約」を踏襲しており、
「第二次大戦後の旧枢軸国の憲法における『平和条項』の決まり文句となっている」(19)そうだ。
しかし、「不戦条約」は
自衛戦争を否定するものではないことは、
この「不戦条約」につけられた
「アメリカ合衆国政府公文」に明記されている。
この考えは国連憲章に受け継がれ、
国連憲章51条には
「この憲章のいかなる規定も・・・・・・個別的又は集団的自衛権の固有の権利を害するものではない」と、
各国の自衛権を保障している。
そして、この「不戦条約」や「国連憲章」について、日本国憲法は
その「最高法規(九十八条)」のなかで
「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めている。
ということは、日本国憲法は集団的自衛権を認めないと解釈すれば、
国際法規を遵守すると定める同憲法の記述と矛盾することになる。
個人的には戦争を放棄した平和憲法はすばらしいと思うが、
「このような徹底した戦争放棄、戦力不保持は、
ある一国の憲法規定にしてしまってはダメだ」(49)
という著者の考えに賛成である。
なぜなら「もし仮に、一国だけがそのようなことをしたとすれば、
それは単に、この国際社会のなかに軍事の空白地域が一つ出現する、ということに他ならず、
それは世界平和への第一歩どころか、
世界平和にとってもっとも危険な事態をひき起こしてしまう」(49-51)からである。
「戦勝国が敗戦国を断罪し、
その『犯罪国家』をしばるための『誓約書』を強要する
──これこそはまさに「軍事によるむ平和」そのものだ」(81)と著者は、
「軍事によらない平和」を訴える論者たちを批判する。
憲法に関して感情的な論議は、もちろん不要であろうが、
同時に無知や誤解にもとづく論議も不要である。
日本国憲法の瑕疵は正さなくてはなるまい。
問題は、どこをどう正すかである。
建設的な憲法論議をするうえでも、
本書は帯にあるとおり「護憲派も改憲派も必読の1冊」である。
内容は充実している。
一読すれば、
日本国憲法の成り立ちや、
九条が抱える矛盾点を理解でき、
一般の人が憲法について考える際の
基本的な知識が得られるようになっている。
日本国憲法には大きな矛盾がある。
「同じ日本国憲法の内側で、
互いに矛盾し合うような条項があれば、
それはただちに改めなければならない。」(9)
日本国憲法は
「ハッキリとした欠陥」(10)を抱えている
と著者は指摘する。
だからこそ憲法学者たちは、
「一項と二項の規定に差があることは、
どの学者も認めつつ、
一項の方に引きつけたり、二項の方に引きつけたりして、
なんとか全体を一つながりのものとして解釈すべく、
四苦八苦してい」(12)るのだという。
九条一項の
「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という文面は、
1928年に署名された「不戦条約」を踏襲しており、
「第二次大戦後の旧枢軸国の憲法における『平和条項』の決まり文句となっている」(19)そうだ。
しかし、「不戦条約」は
自衛戦争を否定するものではないことは、
この「不戦条約」につけられた
「アメリカ合衆国政府公文」に明記されている。
この考えは国連憲章に受け継がれ、
国連憲章51条には
「この憲章のいかなる規定も・・・・・・個別的又は集団的自衛権の固有の権利を害するものではない」と、
各国の自衛権を保障している。
そして、この「不戦条約」や「国連憲章」について、日本国憲法は
その「最高法規(九十八条)」のなかで
「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めている。
ということは、日本国憲法は集団的自衛権を認めないと解釈すれば、
国際法規を遵守すると定める同憲法の記述と矛盾することになる。
個人的には戦争を放棄した平和憲法はすばらしいと思うが、
「このような徹底した戦争放棄、戦力不保持は、
ある一国の憲法規定にしてしまってはダメだ」(49)
という著者の考えに賛成である。
なぜなら「もし仮に、一国だけがそのようなことをしたとすれば、
それは単に、この国際社会のなかに軍事の空白地域が一つ出現する、ということに他ならず、
それは世界平和への第一歩どころか、
世界平和にとってもっとも危険な事態をひき起こしてしまう」(49-51)からである。
「戦勝国が敗戦国を断罪し、
その『犯罪国家』をしばるための『誓約書』を強要する
──これこそはまさに「軍事によるむ平和」そのものだ」(81)と著者は、
「軍事によらない平和」を訴える論者たちを批判する。
憲法に関して感情的な論議は、もちろん不要であろうが、
同時に無知や誤解にもとづく論議も不要である。
日本国憲法の瑕疵は正さなくてはなるまい。
問題は、どこをどう正すかである。
建設的な憲法論議をするうえでも、
本書は帯にあるとおり「護憲派も改憲派も必読の1冊」である。





