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九十九十九 (講談社ノベルス) 新書 – 2003/4/7
舞城 王太郎
(著)
「苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ」
超絶のメタ探偵・九十九十九の魂の旅。
聖書/『創世記(ジェネシス)』/『ヨハネの黙示録(アポカリプス)』の見立て連続殺人を主旋律に、神/「清涼院流水(せいりょういんりゅうすい)」の喇叭(ラッパ)が吹き荒れる舞台(ダンスフロア)で踊りつづける超絶のメタ探偵・九十九十九(つくもじゅうく)の魂の旅が圧倒的文圧で語られる
”世紀の傑作”はついに王太郎の手によって書かれてしまった!「ハァレルゥヤ!」
超絶のメタ探偵・九十九十九の魂の旅。
聖書/『創世記(ジェネシス)』/『ヨハネの黙示録(アポカリプス)』の見立て連続殺人を主旋律に、神/「清涼院流水(せいりょういんりゅうすい)」の喇叭(ラッパ)が吹き荒れる舞台(ダンスフロア)で踊りつづける超絶のメタ探偵・九十九十九(つくもじゅうく)の魂の旅が圧倒的文圧で語られる
”世紀の傑作”はついに王太郎の手によって書かれてしまった!「ハァレルゥヤ!」
- 本の長さ608ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2003/4/7
- ISBN-10406182306X
- ISBN-13978-4061823068
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
「苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ」。聖書/『創世記』/『ヨハネの黙示録』の見立て連続殺人を主旋律に、神/「清涼院流水」の喇叭が吹き荒れる舞台で踊りつづける超絶のメタ探偵・九十九十九の魂の旅が圧倒的文圧で語られる。“世紀の傑作”はついに王太郎の手によって書かれてしまった!「ハァレルゥヤ」。
内容(「MARC」データベースより)
「苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ」 聖書や創世記などの見立て連続殺人を主旋律に踊る、世界をゆるがす超絶のメタ探偵の魂の旅。ダンテの「神曲」をイメージさせる圧倒的なスケール感で迫る。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
舞城/王太郎
1973年福井生まれ。2001年、『煙か土か食い物Smoke,Soil or Sacrifices』にて新世紀初となる第19回メフィスト賞を受賞し、デビューする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1973年福井生まれ。2001年、『煙か土か食い物Smoke,Soil or Sacrifices』にて新世紀初となる第19回メフィスト賞を受賞し、デビューする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2003/4/7)
- 発売日 : 2003/4/7
- 言語 : 日本語
- 新書 : 608ページ
- ISBN-10 : 406182306X
- ISBN-13 : 978-4061823068
- Amazon 売れ筋ランキング: - 754,174位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 426位講談社ノベルス
- - 16,314位ミステリー・サスペンス・ハードボイルド (本)
- - 22,616位日本文学
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
5つ星のうち3.8
星5つ中の3.8
42 件のグローバル評価
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2021年12月31日に日本でレビュー済み
九十九十九(つくもじゅうく)と言えば、知る人ぞ知る清涼院流水『コズミック』から始まるJDCシリーズの、異能の探偵だ。あまりに美しすぎるゆえに、その瞳をみたものは皆、失神してしまうというキャラクター設定である。
本作品は、JDCシリーズのトリビュートでありながら、JDCシリーズの九十九十九とは別人。とは言え、本家本元の清涼院流水が、本作品のあちらこちらでちょっかいを出しているという、実にややこしいメタフィクションとなっている。
本作品そのものは、著者の『ディスコ探偵水曜日』の系譜に連なる位置づけだろう。
本作品は、JDCシリーズのトリビュートでありながら、JDCシリーズの九十九十九とは別人。とは言え、本家本元の清涼院流水が、本作品のあちらこちらでちょっかいを出しているという、実にややこしいメタフィクションとなっている。
本作品そのものは、著者の『ディスコ探偵水曜日』の系譜に連なる位置づけだろう。
2006年2月18日に日本でレビュー済み
清涼院流水のJDCシリーズにトリビュートした怪作。目次を見た瞬間に「え?」と思った。第一話・第二話・第三話・第五話・第四話・第七話・第六話と並んでいたからだ。読むにつれて第一話は第二話に包まれ、第二話は第三話に包まれる入れ子構造になっているのだと気付く。しかしそれから更に空間や時間が凌駕され複雑になって行く。
この章の話が次の章ではどのように解析されているのか、なんて思いながら(あるいは、この章はこんな風に解析されていたな、なんて思いながら)読むのが楽しくて、あっという間に読めた。
最後である第六話、主人公の決断で締めくくるラストも好ましく思えた。
ちょっと変わった話が好きなひとにはイチオシです。
この章の話が次の章ではどのように解析されているのか、なんて思いながら(あるいは、この章はこんな風に解析されていたな、なんて思いながら)読むのが楽しくて、あっという間に読めた。
最後である第六話、主人公の決断で締めくくるラストも好ましく思えた。
ちょっと変わった話が好きなひとにはイチオシです。
ベスト1000レビュアー
この本の中で、登場人物の死は「見立て」によりドラマ化=特権化されると述べられている。聖書の「見立て」に自己言及しながらメタ小説を展開し、主人公の視点が上に上に上昇した結果、最後に主人公が獲得した視点の「高さ」は必然的なもので、かつラストのエピソードもスピード感があって歯切れが良い。
普段ミステリーを読まない僕はこの小説をポストモダン小説のような気構えで読んだが、D.バーセルミや高橋源一郎の小説ではこんな大作を読むのは本当に大変だったろうと思うけれど、ミステリーの「型」を辛うじて維持している本作の場合、多少長くは感じたが十分退屈せずに読めた。「見立て」と推理さえあれば成立するミステリーという分野だから、ここまで「形式」を高速スピンさせて脱構築してみせることが可能になったのだと思うが、その一方で最終章において親子や夫婦の愛情の謎を語る言葉が響き渡っているのが興味深い。(探偵神にも解けない謎があるのだ。)この小説家がやっていることは高橋源一郎の「先」できっちりエンタメと読後の希望を成立させる立派な「ブンガク」だと思う。舞城王太郎がその辺の「純文学作家」よりも遥かに多くの読者を抱えているという事実に、まだまだ小説マーケットと日本の読者って捨てたもんじゃないよな、と僕は希望すら感じてしまうのだ。
普段ミステリーを読まない僕はこの小説をポストモダン小説のような気構えで読んだが、D.バーセルミや高橋源一郎の小説ではこんな大作を読むのは本当に大変だったろうと思うけれど、ミステリーの「型」を辛うじて維持している本作の場合、多少長くは感じたが十分退屈せずに読めた。「見立て」と推理さえあれば成立するミステリーという分野だから、ここまで「形式」を高速スピンさせて脱構築してみせることが可能になったのだと思うが、その一方で最終章において親子や夫婦の愛情の謎を語る言葉が響き渡っているのが興味深い。(探偵神にも解けない謎があるのだ。)この小説家がやっていることは高橋源一郎の「先」できっちりエンタメと読後の希望を成立させる立派な「ブンガク」だと思う。舞城王太郎がその辺の「純文学作家」よりも遥かに多くの読者を抱えているという事実に、まだまだ小説マーケットと日本の読者って捨てたもんじゃないよな、と僕は希望すら感じてしまうのだ。
2005年9月8日に日本でレビュー済み
物凄い傑作です。
計算されつくした完璧な構成。文章のドライヴ感。くだらない常識や倫理や道徳を遥かに超えて行き着いた先は、悪夢のような、小説の極北。
清涼院流水も、JDCも、聖書も関係ない。
悪夢で一番怖いのは、悪夢から醒めたと思ったら、実はまだ悪夢、っていうのを繰り返すやつで、それが永遠に続くと思うとぞっとする。
そういう小説。
読者は最後のページを捲り終え、とりあえず現実世界に戻ってくるが、小説の中での悪夢は終わらない。
この小説の主役は、この小説。なんて言うと、この人、頭がおかしいんじゃないかと思われそうだが、頭がおかしいのは俺じゃなくて舞城王太郎。一見、探偵神九十九十九が主人公のように書かれているが、実はそうじゃない。この小説の本当の主人公は、講談社ノベルス刊・舞城王太郎著『九十九十九』。つまりこの本そのものです。
なんだかわけがわからないけれど、読めば解る。
個人的に、舞城王太郎の最高傑作だと思う。
計算されつくした完璧な構成。文章のドライヴ感。くだらない常識や倫理や道徳を遥かに超えて行き着いた先は、悪夢のような、小説の極北。
清涼院流水も、JDCも、聖書も関係ない。
悪夢で一番怖いのは、悪夢から醒めたと思ったら、実はまだ悪夢、っていうのを繰り返すやつで、それが永遠に続くと思うとぞっとする。
そういう小説。
読者は最後のページを捲り終え、とりあえず現実世界に戻ってくるが、小説の中での悪夢は終わらない。
この小説の主役は、この小説。なんて言うと、この人、頭がおかしいんじゃないかと思われそうだが、頭がおかしいのは俺じゃなくて舞城王太郎。一見、探偵神九十九十九が主人公のように書かれているが、実はそうじゃない。この小説の本当の主人公は、講談社ノベルス刊・舞城王太郎著『九十九十九』。つまりこの本そのものです。
なんだかわけがわからないけれど、読めば解る。
個人的に、舞城王太郎の最高傑作だと思う。










