「文革」はまだ終わっていない これは「事典」で、「事典」というものは冷静、客観的であるのがつねである。しかし一ページ、二ページと拾い読みするうち、おもわずひきこまれてしまうのは、「事典」の奥にある、ものすごい渦巻きの発する熱気のせいであろう。
混沌であり葛藤であり自己矛盾であり、ひいては狂気ともいうべきものである。その論理(じつは論理的ではないのだが)はいまだに生きて生活のあちこちで顔を出している。 「文革」はまだ終わっていないのである。日中関係のなかで、この「事典」は貴重な役割をになっているとおもう。
竹内 実(京都大学名誉教授 日本日中関係学会全国副会長) 2000年10月30日 ご推薦文
世界各国の研究機関が共同研究課題に文化大革命をすえはじめたのをうけて、中国国内の学者が編纂した詳細な事典。編纂メンバーは青春を文化大革命のさなか過ごした学者たちが選ばれた。中国に先んじて日本で刊行される。
レビュー
「文革の全体像」問う事典 今回出版される「事典」は、事件・人物・組織機構など六分野、千八百六項目、約1200ページに及ぶ。文化、経済、思想、外交さらには国家構造など、文革を様々な側面から網羅的にとらえている。周恩来の失脚を狙う江青らの執拗な攻撃、党会議での激しい権力抗争など、輪郭はわかっても不明だった詳細が明らかにされ、軍幹部らの死が実は暗殺だったなど、新事実も多いという。 監修にあたった加々美光行・愛知大学教授は「質量ともに、今後の文革研究の橋頭堡になる」と語る。 執筆は83年ごろ始まったが、88年暮れ、中国当局の指示で、本国での刊行が不可能になった。その前年には胡耀邦総書記が失脚している。加々美教授は「政治状況の変化が背景にある。文革は「過去の歴史」になってはいない」とみる。 翻訳は20人を越す人々が担当した。送られてきた膨大な原稿はすべて手書きで、判読できない文字も多かった。補足、確認作業も難渋、棟書の93年刊行予定が延びた。「文革開始から30年の今年のうちに」との思いで、やっと刊行される。 執筆者は中国各地の大学や研究機関に在籍しているが、いずれも自ら紅衛兵として辛酸をなめた。監訳者の徳澄雅彦さんは「つらい経験からか「、問題に深く立ち入れない原稿がある一方で、個人的意見をぶつけた論文調のものもあった。言外の意が読み取れました」と振り返る。 『現在われわれには冷静な反省あるのみですが、もしかすれば、真剣にそれを研究することにより、われわれの後半の人生をして遺憾ならしめることができたかもしれない』主編者の陳東林氏は序文にそう記している。 --「朝日新聞 文化欄」1996/10/22
中国で発禁の「文化大革命事典」で占う「とう小平」以後 つい先日、『中国文化大革命事典』がようやく刊行された。千ページを超える労作で、中国では発刊が許されず、日本版が世界に先駆けての出版になる。文革世代の編著の陳東林が、事典を編纂し始めたのは1985年で、「われわれは艱難辛苦の取材」を行い、記憶を呼び戻したくない人多く、記録の保存も悪かったが、三年間のたゆまぬ努力を経て88年に初稿が完成したと記している。 ・・・・・・ 事典は、人物、事件、文献、組織機構、語彙(スローガン・用語)などの項目別にまとめてある。劉少奇や林彪などの大物だけでなく、日本ではそれほど知られていない無数の幹部の役割やその後の運命も、人物の項をひけばわかる。 ・・・ こうしてそれぞれの登場人物たちの運命や動機が明らかにされてみると、ほとんど20世紀に起きた出来事とは思われず、中世の権力抗争がそのまま展開されているような不思議な気分に陥るのである。 文革は、その内実と無関係に国境を越えて影響を与えた。「日本の東京大学事件から、フランスの学生による5月騒乱まで、またカンボジアのポル・ポトの号令から、ペルーのセンデロ・ルミノソのゲリラ組織まで」文革の刺激に因る。この不条理に対し、「地球に異常気候をもたらすエルニーニョ現象のせい」と、陳東林は嘆息しながらも自嘲気味に結論を下すのである。 評者 猪瀬直樹 --「週刊文春 ニュースの考古学」1997/03/06
十余年の歳月を費やして編纂された本書は、1800にのぼる項目を立て文革期の大量の事象を記録しており、他の文革資料ではほとんど見当たらない極左の「省無連」や、紅衛兵の退場を命じた毛沢東の発言など貴重な資料が多数収録されている。今後の文革研究にとって貴重な資料になるであろう。本書はいわば荒涼たる文革の廃墟から丹念にレンガを拾い集めた労作である。 評者 辻康吾 --「週刊ポスト ブックレビュー」(1997/03/20)
著者について
陳東林 1949年生まれ。中国社会科学院唐代中国研究所第一研究室主任。中国現代史。『毛沢東詩詩』ほか。 加々美光行 1944年大阪府生まれ。67年東京大学文学部社会学科卒業。アジア経済研究所研究員を経て現在愛知大学現代中国学部教授。著者に『歴史のなかの中国文化大革命』(岩波現代文庫)、『現代中国の挫折』、『現代中国のゆくえ』(アジア経済研究所)、『鏡の中の日本と中国』(日本評論社)、『中国の民族問題-危機の本質』(岩波現代文庫)など