本書にいう「中国化」とは、著者が宋朝時代(960-1127)の中国に世界で初めて発生したとみる、
1)(科挙の導入で世襲的貴族制を打破したことにより)世襲的身分制度がないこと、
2)権力を(文化的に権威ある皇帝に)集中させること、
3)(貨幣経済を発展させた)市場主義をとること、
などを要件とした政治経済体制に移っていくことと説明されており、著者は、それを世界の歴史の必然だとしています。そして、「中国化」に反する考え方を、扇情的、挑発的に批判しています。
一方で、「中国社会の怖さとは…法の支配や基本的人権や議会制民主主義の欠如で」あり(第9章)、中国の「欠陥は…その自由を統御する『正しい思想の原理』を一種類しか認めないこと」である(第10章)といって、中国化を批判もしています。
このように、著者は、西洋化と中国化は異なるものでありとしており、しかしながら、なお、中国化することの方が世界の歴史の必然だ、としています。そして、西洋が中国より遅れて発展したことを指摘し、西洋が中国を追い抜いたことは一時的なことであり、歴史上例外的なことであると主張しています。さらに、西洋の個人主義、議会制民主主義に中国化の要素ほどの重要性を見出していません。
「中国化」という言葉遣い、それに対する「再江戸時代化」という表現、著者が自覚して明記するとおりの扇情的な表現のため、誤解と反発を招きやすい本作りをしていることは、本書の大きな欠点です。西洋化の軽視に反発する向きも多いでしょう。また、映画に必要以上に頻繁に触れることで、焦点を逸らし勝ちでもあります。
以上のように、欠点の多い書物でありますが、本書を中立的ないし著者に好意的に読むと、著者は本書で、
1)新しい視座を持つこと、
2)日本史や経済史を考える際に視野を広くもつこと、
3)現在の諸問題を根本起源から考えること
などの歴史学の根源的な原則に沿って研究を進めているのみならず、膨大な勉強と研究を重ねたうえで、日本における格差や現在の各政党の主張の分析などの今日の課題を解くための研究と一般向け図書を大量に紹介していますから、本書の価値は非常に高いと考えます。
評者は必ずしも与那覇先生の「中国化」論のすべてを受け入れるわけではありませんが、本書の新鮮味を読書人に伝えるため、あえて星5つをつけます。
上述の読みにくい点があるので、第10章の結論から読み始めるといいのではないか、と思います。著者の問題意識がより率直な表現で語られており、読者は本書の指摘の意味を理解しやすいと思います。
是非、著者の扇情に踊らず、冷静に日本の歴史の問題点と将来へのバランスの取れた指針を考える機会として、本書のご一読を勧めます。
ところで、Harariは、Homo Deusで、中国より欧州が先に発展した理由として、神でも皇帝でも教皇でも、絶対的に正しいものが存在することを否定し、あらゆる既成知識を疑い、虚心から探求する研究姿勢を上げていました。科学の発展は古くから社会の競争の決定力になっていますが、中国化の要件のひとつである権威の集中(=複数の思想原理を許さないこと)は、科学的な発展を損ねるでしょう。著者も既にこの点を中国化の欠点として指摘しています。科学技術競争が進むので、中国も権威の集中を維持し続けることはできません。これには著者はどうこたえるでしょうか?
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