自分はそれほど推理小説にリアリティーは求めない方で、知的遊戯として楽しめれば良い
のだけど、この作品の終盤(謎の解き明かし)は現実感がなさ過ぎてちょっと疲れた。
主役のフェル博士の言うとおり全体的にねじれてしまっていて、終盤にそのねじれを一気
に解明するものだから、こっちまで何かおかしくなる。凝り性のカーならではのコクかな?
作中で、フェル博士に「我々は小説の中に居る・・・」と言わせたり、脇役の曲芸師に奇術の
タネ明かしをさせたりしており、作者は「これは推理小説という舞台でのマジックなのだ」と
宣言しているのだろう。
マジックというより、凝り過ぎて変になったパズルのような気がする。作り込み感が強すぎ
るのだ。しかし、そこはさすがにカーで、登場人物の性格や背景に意を用いて、不気味な
ドラマを構成している。1935年が初出だから、トランシルヴァニアの吸血鬼伝説みたいな
味付けは当時としてはけっこう「来て」いたのではないか。
敵役が突然現れて「三つの棺。オレが来ようか、弟を行かせようか?」と謎かけみたいな
脅しから幕が開くこのお芝居は、疲れるけど妙味のある作品だと思う。
厳密に言うと、不可能犯罪物としては少々破綻しているのだが、カー独自の奇術なので
嵌められてそれを楽しめばいい。
この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 2014/7/10
ジョン・ディクスン・カー
(著),
加賀山 卓朗
(翻訳)
購入を強化する
【オールタイム不可能犯罪ミステリ・ランキング第1位! 】 ロンドンの町に静かに雪が降り積もる夜、グリモー教授のもとを、コートと帽子で身を包み、仮面をつけた長身の謎の男が訪れる。やがて二人が入った書斎から、銃声が響く。居合わせたフェル博士たちがドアを破ると、絨毯の上には胸を撃たれて瀕死の教授が倒れていた! しかも密室状態の部屋から謎の男の姿は完全に消え失せていたのだ! 名高い〈密室講義〉を含み、数ある密室ミステリの中でも最高峰と評される不朽の名作が最新訳で登場!
- 本の長さ415ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日2014/7/10
- ISBN-10415070371X
- ISBN-13978-4150703714
この商品を見た後に買っているのは?
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
出版社からのコメント
1981年に17人のミステリ作家、評論家が選出した【オールタイム不可能犯罪ミステリ・ランキング】で、ヘイク・タルボット『魔の淵』、ガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』などをおさえて第1位に輝いたのが本書。選出にあたったのが、フレデリック・ダネイ、ハワード・ヘイクラフト、エドワード・D・ホック、リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク、フランシス・M・ネヴィンズJr.、ビル・プロンジーニ、ジュリアン・シモンズ、オットー・ペンズラーといった錚々たるメンバーなので、その品質保証には全幅の信頼がおけると言えよう(本書「訳者あとがき」参照)。
内容(「BOOK」データベースより)
ロンドンの町に静かに雪が降り積もる夜、グリモー教授のもとを、コートと冒子に身を包み、仮面をつけた長身の謎の男が訪れた。やがて二人が入った書斎から、銃声が響く。居合わせたフェル博士たちがドアを破ると、絨毯の上には胸を撃たれて瀕死の教授が倒れていた!しかも密室状態の部屋から謎の男の姿は完全に消え失せていたのだ!名高い“密室講義”を含み、数ある密室ミステリの中でも最高峰と評される不朽の名作。
著者について
1906年、アメリカ、ペンシルヴェニア州生まれ。1930年に『夜歩く』を発表し、専業作家となる。1932年に結婚してイギリスに移住。以後、カーター・ディクスンなどのペンネームと本名のジョン・ディクスン・カー名義を併用して多くの長短篇作品を発表し、「ミステリ黄金期」の巨匠の一人に数えられる。本書をはじめとするカー名義の作品に登場するギデオン・フェル博士や、ディクスン名義での名探偵ヘンリー・メリヴェール(H・M)卿は、今日でも人気を誇っている。密室殺人や不可能犯罪ものを得意とし、また怪奇的な雰囲気を活かした作品や歴史ミステリも数多い。また、評論などでも活躍した。第二次世界大戦を機にアメリカに帰国。その後も渡英したが、1977年にアメリカ、サウスカロライナ州で死去。本書は著者の数多い密室・不可能犯罪もののなかでも最高峰に数えられる作品である。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
カー,ジョン・ディクスン
1906年、アメリカ、ペンシルヴェニア州生まれ。1930年に『夜歩く』を発表し、専業作家となる。1932年に結婚してイギリスに移住。以後、カーター・ディクスなどのペンネームと本名のジョン・ディクスン・カー名義を併用して多くの長短篇作品を発表し、「ミステリ黄金期」の巨匠の一人に数えられる。密室殺人や不可能犯罪ものを得意とし、また怪奇的な雰囲気を活かした作品や歴史ミステリも数多い。評論などでも活躍した。第二次世界大戦を機にアメリカに帰国。その後も渡英したが、1977年にアメリカ、サウスカロライナ州で死去
加賀山/卓朗
1962年生、東京大学法学部卒、英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1906年、アメリカ、ペンシルヴェニア州生まれ。1930年に『夜歩く』を発表し、専業作家となる。1932年に結婚してイギリスに移住。以後、カーター・ディクスなどのペンネームと本名のジョン・ディクスン・カー名義を併用して多くの長短篇作品を発表し、「ミステリ黄金期」の巨匠の一人に数えられる。密室殺人や不可能犯罪ものを得意とし、また怪奇的な雰囲気を活かした作品や歴史ミステリも数多い。評論などでも活躍した。第二次世界大戦を機にアメリカに帰国。その後も渡英したが、1977年にアメリカ、サウスカロライナ州で死去
加賀山/卓朗
1962年生、東京大学法学部卒、英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.0
星5つ中の4
38 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
殿堂入りベスト500レビュアーVINEメンバー
ぼくは、カーター・ディクソンが好きで、ジョン・ディクソン・カーがあまり好きではない。同じ人物でありながら、書き方がまるで違うのだ。
カーター・ディクソンでは、構成・キャラクタ・文章どれをとっても超一流だ。『赤後家の殺人』など、スゴイ傑作なのになんで廃盤扱いなのか不思議で、仕方がなかったくらいだ。カーター・ディクスンの『黒死荘の殺人』も素晴らしい。正に王道だ。
ところが、ジョン・ディクソン・カーになると、カーター・ディクソンとは違うことをやりたいという気持ちが異常に強くなっている。『皇帝のかぎ煙草入れ』がなかなか進まないのも、『火刑法廷』で挫折したのも、なんでそんなところに力を込めて語っているのか解らないからだ。
唯一の例外が、ジョン・ディクスン・カー名義のこの『三つの棺』だ。これは実際の歴史を取り込もうとしているのが成功している。なんと言っても、ルイ16世が処刑された時代のフランスとイギリスを歴史そのままに下敷きにして、これを構築するのだから驚く。
でもやはり、ぼくは、カーター・ディクソン流の『犯人とトリックを当てられるものなら当ててみろ』という王道が好きなのだ。そして、トリックを解いていく主人公H・M卿こと、ヘンリ・メリヴェール卿が好きなのだ。
『皇帝のかぎ煙草入れ』は、1942年の作品だが、この頃になると、カーター・ディクソン的な書き方に飽きてしまっている気がする。だから、変な恋愛小説を読んでいるようなくだりがグダグダと続くのだ。
器用だからこういう事ができるのだろうが・・・よく分からないのである。
カーター・ディクソンでは、構成・キャラクタ・文章どれをとっても超一流だ。『赤後家の殺人』など、スゴイ傑作なのになんで廃盤扱いなのか不思議で、仕方がなかったくらいだ。カーター・ディクスンの『黒死荘の殺人』も素晴らしい。正に王道だ。
ところが、ジョン・ディクソン・カーになると、カーター・ディクソンとは違うことをやりたいという気持ちが異常に強くなっている。『皇帝のかぎ煙草入れ』がなかなか進まないのも、『火刑法廷』で挫折したのも、なんでそんなところに力を込めて語っているのか解らないからだ。
唯一の例外が、ジョン・ディクスン・カー名義のこの『三つの棺』だ。これは実際の歴史を取り込もうとしているのが成功している。なんと言っても、ルイ16世が処刑された時代のフランスとイギリスを歴史そのままに下敷きにして、これを構築するのだから驚く。
でもやはり、ぼくは、カーター・ディクソン流の『犯人とトリックを当てられるものなら当ててみろ』という王道が好きなのだ。そして、トリックを解いていく主人公H・M卿こと、ヘンリ・メリヴェール卿が好きなのだ。
『皇帝のかぎ煙草入れ』は、1942年の作品だが、この頃になると、カーター・ディクソン的な書き方に飽きてしまっている気がする。だから、変な恋愛小説を読んでいるようなくだりがグダグダと続くのだ。
器用だからこういう事ができるのだろうが・・・よく分からないのである。
2014年7月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
誤訳・悪文と非難轟々の旧訳版であったから、もはや遅きに失した感もあるが、待望の新訳版リリース。カー・ファンにとっては今年一番の僥倖であろう。
加賀山氏の翻訳は、カーの『火刑法廷』を含め幾つか読んだが、非常にスタンダードな現代文で、読みやすい訳文といっていい。もちろん、旧訳で問題だった誤訳部分も適切に修正されている。
とはいえ、それでこの小説のすこぶる錯綜したプロットが整理整頓されるわけもなく、本質的な読みにくさは変わらない。カーを読むのは体力勝負、との覚悟が必要だ。
本書のトリック等の内容については旧訳版の方に(ネタばれを含み)多数のレビューがあるので、あえて触れない。
ここでは第17章の「密室講義」について蛇足を少々・・・。
この「密室講義」の冒頭で、カーは「われわれは探偵小説の中にいる・・・」云々と、フェル博士に大上段からメタ的発言をさせているが、これに飛びついてこれをメタ・ミステリの走りだなどと評するのはもちろん失当である。
ここでの密室トリック分類自体は、分類基準がやや錯綜していて論理的な分析とは言いがたいが、メタ発言により小説の枠組をぶち壊してまで言いたかったことは何なのか、そこは注意しておく必要がある。ミステリ作家としてのカーの本音が垣間見えるはずだからである。
カーは1922年(15歳の時)、地方紙に「リアリズム作家を語る」というコラムを載せているが、その中で、世にはびこる「愚にもつかないリアリズム小説」をこきおろし、「トラック一台分のフィッツジェラルドの本よりも、ほんとうに上質の探偵小説を書き上げるほうが作家としての才能をはるかに要する」と、大胆に探偵小説を擁護している。
フィッツジェラルドの小説をリアリズムと呼べるかはともかく、カーが15歳の若さですでに危惧していたとおり、『三つの棺』が書かれた時代(1935)は、フィッツジェラルドやヘミングウェイの文学が探偵小説に伝染し、ハメットを経由してチャンドラーに至る過程にあった。
カーはのちにチャンドラーのハード・ボイルド小説を、低俗なリアリズムとしてケチョンケチョンに罵倒しているが、カーの「反リアリズム」はこれほど年季が入っており、相当根が深い。
「密室講義」の導入部で、フェル博士に「われわれは、ありそうにないことが好きだからこそ、探偵小説に愛着を抱く」のだと明言させたのは、もちろん、自己の密室モノをはじめとする不可能犯罪への嗜好を擁護するのが主な目的だが、その根本には、自分の書く小説が近代リアリズムの対極にある物語、すなわちファンタジー(あるいはロマンス)の一種であるという強い確信がある。
で、あとはグダグダ言わず「それでいいのだ!」と開き直って揺るがない。このドン・キホーテばりのカーの雄姿が、案外、時代を超えて「探偵小説を愛するわれわれ」の拠り所になっていたりするのだ。
加賀山氏の翻訳は、カーの『火刑法廷』を含め幾つか読んだが、非常にスタンダードな現代文で、読みやすい訳文といっていい。もちろん、旧訳で問題だった誤訳部分も適切に修正されている。
とはいえ、それでこの小説のすこぶる錯綜したプロットが整理整頓されるわけもなく、本質的な読みにくさは変わらない。カーを読むのは体力勝負、との覚悟が必要だ。
本書のトリック等の内容については旧訳版の方に(ネタばれを含み)多数のレビューがあるので、あえて触れない。
ここでは第17章の「密室講義」について蛇足を少々・・・。
この「密室講義」の冒頭で、カーは「われわれは探偵小説の中にいる・・・」云々と、フェル博士に大上段からメタ的発言をさせているが、これに飛びついてこれをメタ・ミステリの走りだなどと評するのはもちろん失当である。
ここでの密室トリック分類自体は、分類基準がやや錯綜していて論理的な分析とは言いがたいが、メタ発言により小説の枠組をぶち壊してまで言いたかったことは何なのか、そこは注意しておく必要がある。ミステリ作家としてのカーの本音が垣間見えるはずだからである。
カーは1922年(15歳の時)、地方紙に「リアリズム作家を語る」というコラムを載せているが、その中で、世にはびこる「愚にもつかないリアリズム小説」をこきおろし、「トラック一台分のフィッツジェラルドの本よりも、ほんとうに上質の探偵小説を書き上げるほうが作家としての才能をはるかに要する」と、大胆に探偵小説を擁護している。
フィッツジェラルドの小説をリアリズムと呼べるかはともかく、カーが15歳の若さですでに危惧していたとおり、『三つの棺』が書かれた時代(1935)は、フィッツジェラルドやヘミングウェイの文学が探偵小説に伝染し、ハメットを経由してチャンドラーに至る過程にあった。
カーはのちにチャンドラーのハード・ボイルド小説を、低俗なリアリズムとしてケチョンケチョンに罵倒しているが、カーの「反リアリズム」はこれほど年季が入っており、相当根が深い。
「密室講義」の導入部で、フェル博士に「われわれは、ありそうにないことが好きだからこそ、探偵小説に愛着を抱く」のだと明言させたのは、もちろん、自己の密室モノをはじめとする不可能犯罪への嗜好を擁護するのが主な目的だが、その根本には、自分の書く小説が近代リアリズムの対極にある物語、すなわちファンタジー(あるいはロマンス)の一種であるという強い確信がある。
で、あとはグダグダ言わず「それでいいのだ!」と開き直って揺るがない。このドン・キホーテばりのカーの雄姿が、案外、時代を超えて「探偵小説を愛するわれわれ」の拠り所になっていたりするのだ。
2014年8月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
旧訳に比べて非常に読みやすく、旧訳では最も大切なトリックの部分に誤訳がありましたが、それもう巻き修正されています。入手困難だった時期が長いのはカー作品の欠点ですが、この作品も早く入手しないと本屋さんから消える日も直ぐに来るでしょう。推理小説の原点であるこの作品は必見の書です。是非、入手し、お読みください。
なお、翻訳者は最後に入手困難なカー作品の一つである「ユダの窓」の翻訳も手がけられるとのこと。この作品も必見の書です。新訳の出るのが待ち遠しいです。
なお、翻訳者は最後に入手困難なカー作品の一つである「ユダの窓」の翻訳も手がけられるとのこと。この作品も必見の書です。新訳の出るのが待ち遠しいです。


![火刑法廷[新訳版] (ハヤカワ・ミステリ文庫)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/71+tUG3+NQL._AC_UL116_SR116,116_.jpg)

![火刑法廷[新訳版] (ハヤカワ・ミステリ文庫)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/71+tUG3+NQL._AC_UL160_SR160,160_.jpg)




