歌垣に着目して東南アジアを訪ね歩く。その方法は前から気づかれていたが、ここまで徹底して立派な成果を得た。名著です。
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万葉集の起源-東アジアに息づく抒情の系譜 (中公新書 (2592)) 新書 – 2020/6/22
遠藤 耕太郎
(著)
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恋をしたり、愛する人を失ったりすると、私たちはその心を俳句や短歌に詠もうとする。それは千二百年前に編まれた最古の歌集『万葉集』以来、受け継がれてきた心性だ。『万葉集』では、人を恋しいと思う気持ちはどう歌われているのか。さらに時代を遡ると、それらの歌のルーツはどのようなものなのか。著者は、今も恋歌の歌垣や挽歌の伝統が残る中国少数民族にその原型を求め、日本人の抒情表現の本質を明らかにする。
- 本の長さ320ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2020/6/22
- 寸法11 x 1.4 x 17.4 cm
- ISBN-10412102592X
- ISBN-13978-4121025920
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商品の説明
著者について
遠藤耕太郎
1966年長野県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。共立女子短期大学非常勤講師等を経て、現在、共立女子大学文芸学部教授。専攻・日本古代文学、中国少数民族文化。 著書『モソ人母系社会の歌世界調査記録』(大修館書店、2003)、『古代の歌 アジアの歌文化と日本古代文学』(瑞木書房、2009)など
1966年長野県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。共立女子短期大学非常勤講師等を経て、現在、共立女子大学文芸学部教授。専攻・日本古代文学、中国少数民族文化。 著書『モソ人母系社会の歌世界調査記録』(大修館書店、2003)、『古代の歌 アジアの歌文化と日本古代文学』(瑞木書房、2009)など
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2020/6/22)
- 発売日 : 2020/6/22
- 言語 : 日本語
- 新書 : 320ページ
- ISBN-10 : 412102592X
- ISBN-13 : 978-4121025920
- 寸法 : 11 x 1.4 x 17.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 544,043位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2020年7月11日に日本でレビュー済み
著者の出身校が、中国少数民族を扱う。
8世紀の万葉集が、16世紀の少数民族と交流があったか疑わしい。
その学校なら、『三国史記』から探索した方が、より説得力が増す。
加えてブリヤート人を調査すると新説が発表できそうだ。
賛否両論ありそうだが、本書は一味違う思考で読者をいざなう。
8世紀の万葉集が、16世紀の少数民族と交流があったか疑わしい。
その学校なら、『三国史記』から探索した方が、より説得力が増す。
加えてブリヤート人を調査すると新説が発表できそうだ。
賛否両論ありそうだが、本書は一味違う思考で読者をいざなう。
2020年6月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「なか見!検索」が出来ないので参考のため目次を記します。 「はじめに」に続いて
序章 万葉集の成立と東アジアの文化
第一章 歌垣とは何か
第二章 対詠唱的恋歌と歌垣
第三章 独詠的恋歌と歌垣
第四章 物語的恋歌と歌垣
第五章 喪葬とは何か
第六章 歌垣と喪葬歌舞
第七章 哭き歌から女の挽歌へ
第八章 専門歌人の挽歌
終章 声の歌から万葉和歌へ
何とも不思議なユニークな本です。
HPに「著者は、今も歌垣で恋歌を、葬儀で挽歌を歌う中国少数民族の歌文化にその原型を求め、日本人の抒情表現の本質を明らかにする。」とあります。
何か強引に結び付けたような気がします。
第五章で古代日本の喪葬儀礼は古代中国、現在の雲南省少数民族と共に「招魂と送魂」を併せ持つと書かれてますが、それで正式には招魂儀式である「通夜は礼服を着てはいけない」ですね。
易しい本でも一日で読める本でもありませんが、読んで損をしない本です。
序章 万葉集の成立と東アジアの文化
第一章 歌垣とは何か
第二章 対詠唱的恋歌と歌垣
第三章 独詠的恋歌と歌垣
第四章 物語的恋歌と歌垣
第五章 喪葬とは何か
第六章 歌垣と喪葬歌舞
第七章 哭き歌から女の挽歌へ
第八章 専門歌人の挽歌
終章 声の歌から万葉和歌へ
何とも不思議なユニークな本です。
HPに「著者は、今も歌垣で恋歌を、葬儀で挽歌を歌う中国少数民族の歌文化にその原型を求め、日本人の抒情表現の本質を明らかにする。」とあります。
何か強引に結び付けたような気がします。
第五章で古代日本の喪葬儀礼は古代中国、現在の雲南省少数民族と共に「招魂と送魂」を併せ持つと書かれてますが、それで正式には招魂儀式である「通夜は礼服を着てはいけない」ですね。
易しい本でも一日で読める本でもありませんが、読んで損をしない本です。
2021年6月2日に日本でレビュー済み
万葉集を東アジア共通の恋歌と挽歌であるとして、万葉集の歌と中国の少数民族の歌垣を比較し、その共通点から歌としての側面が分析されていました。
万葉集以前にも歌はあり、それがどういったものかの考察と、文字として残される自民族の歌という自身の言語と漢字を使った文書ということも中国少数民族の研究から結論を導いていました。
歌垣を現代の中国少数民族も当時の日本人もレクリエーションとして、既婚者同士でも恋歌を歌い合ったりする共通点があるそうです。
ただ、中国少数民族の文化と万葉集を無理に結びつけているような印象もありました。前者が専門の著者だからか、タイトルと異なり、万葉集より中国少数民族の文化がメインと思える本になっていました。
万葉集以前にも歌はあり、それがどういったものかの考察と、文字として残される自民族の歌という自身の言語と漢字を使った文書ということも中国少数民族の研究から結論を導いていました。
歌垣を現代の中国少数民族も当時の日本人もレクリエーションとして、既婚者同士でも恋歌を歌い合ったりする共通点があるそうです。
ただ、中国少数民族の文化と万葉集を無理に結びつけているような印象もありました。前者が専門の著者だからか、タイトルと異なり、万葉集より中国少数民族の文化がメインと思える本になっていました。
2020年9月25日に日本でレビュー済み
『万葉集の起源――東アジアに息づく抒情の系譜』(遠藤耕太郎著、中公新書)から、新たな視点を与えられました。
「私は1997年より中国雲南の少数民族の村に入り、彼らの歌文化の調査を続けている。彼らは声の歌を豊富に持っている、老若男女が集まり、恋歌を掛け合う歌垣的習俗では数時間に及ぶ恋歌があちらでもこちらでも掛け合わされる。なかには歌垣で知り合い、結婚に至った人もいる。また、数日間にわたる喪葬儀礼では、夜を徹して、死者を送る歌と死者を呼び戻す哭き歌が交錯し合った。私は、こうした生の掛け合いの歌や喪葬歌をビデオで撮影し、資料化することを長年行なってきた」。
「彼らの歌には、文字を持たない人々が、自らの心の機微や揺れのようなものを表現する工夫や技術がある。心の機微や揺れとは、たとえば愛し合う男女がふと感じる喜びやいとおしさや不安、死者を哀悼するなかで感じるさみしさや怒りや死への恐れといった感情である。彼らの歌を資料化していくなかで、雲南少数民族の人々が心の機微や揺れを表現する工夫や技術は、万葉和歌の抒情表現の工夫や技術と連続していると思うようになった。本書ではそういう心の機微や揺れを『抒情の原型』と捉え、そこから『万葉集』の『抒情』のあり方を捉えてみたいと考えている」。万葉和歌の基層には、東アジアに広がる声の歌があるというのです。
「『万葉集』や『風土記』は、8世紀の日本で『歌垣』という行事が行なわれていたことを記している。筑波山では足柄峠より東の諸国の男女が春秋2回集まって歌垣をした。肥前国の杵島岳にもたくさんの男女が集まって歌垣をした。歌垣とは男女が恋の歌を掛け合う行事だが、そこに集まったのはたくさんの庶民であり、掛け合わされた歌の多くは、文字によらない声の歌だったろう」。
「1970年代、中尾佐助らが提唱した照葉樹林文化論は、東南アジア山岳地域や中国雲南を中心として、西はベトナム北部、ブータン、ネパール、チベット、インド・アッサム地方へ、東は長江南側の山地を経て日本へ至る照葉樹林地帯には多くの文化的共通性があり、その一つに歌垣的習俗があることを教えてくれた」。
「『万葉集』は、生者であれ死者であれ、人を恋しいと歌う歌を集めた歌集である。その歌は文字で書かれた歌として、人の心を動かす。だが、こういう抒情のあり方は、書かれた歌が発明したものではなく、それ以前の声の歌のなかで徐々に形成されてきた、まだ抒情とは呼べないような期待や不安や恐れや喜びといった抒情の原型のようなものを表現する技術を継承しつつ、そこから飛躍したところにある」。
「恋歌も喪葬歌も人を恋しいと歌う。そういう声の歌の技術のなかに、私たちの抒情の原型は胚胎した。それは国家成立以後の書かれる歌、つまり『万葉集』やそれ以降の勅撰和歌集に継承されて深化し、現代に連なっている」。
私たちが人を恋しいと歌い続けるのはなぜかを考えさせる、知的好奇心を掻き立てる一冊です。
「私は1997年より中国雲南の少数民族の村に入り、彼らの歌文化の調査を続けている。彼らは声の歌を豊富に持っている、老若男女が集まり、恋歌を掛け合う歌垣的習俗では数時間に及ぶ恋歌があちらでもこちらでも掛け合わされる。なかには歌垣で知り合い、結婚に至った人もいる。また、数日間にわたる喪葬儀礼では、夜を徹して、死者を送る歌と死者を呼び戻す哭き歌が交錯し合った。私は、こうした生の掛け合いの歌や喪葬歌をビデオで撮影し、資料化することを長年行なってきた」。
「彼らの歌には、文字を持たない人々が、自らの心の機微や揺れのようなものを表現する工夫や技術がある。心の機微や揺れとは、たとえば愛し合う男女がふと感じる喜びやいとおしさや不安、死者を哀悼するなかで感じるさみしさや怒りや死への恐れといった感情である。彼らの歌を資料化していくなかで、雲南少数民族の人々が心の機微や揺れを表現する工夫や技術は、万葉和歌の抒情表現の工夫や技術と連続していると思うようになった。本書ではそういう心の機微や揺れを『抒情の原型』と捉え、そこから『万葉集』の『抒情』のあり方を捉えてみたいと考えている」。万葉和歌の基層には、東アジアに広がる声の歌があるというのです。
「『万葉集』や『風土記』は、8世紀の日本で『歌垣』という行事が行なわれていたことを記している。筑波山では足柄峠より東の諸国の男女が春秋2回集まって歌垣をした。肥前国の杵島岳にもたくさんの男女が集まって歌垣をした。歌垣とは男女が恋の歌を掛け合う行事だが、そこに集まったのはたくさんの庶民であり、掛け合わされた歌の多くは、文字によらない声の歌だったろう」。
「1970年代、中尾佐助らが提唱した照葉樹林文化論は、東南アジア山岳地域や中国雲南を中心として、西はベトナム北部、ブータン、ネパール、チベット、インド・アッサム地方へ、東は長江南側の山地を経て日本へ至る照葉樹林地帯には多くの文化的共通性があり、その一つに歌垣的習俗があることを教えてくれた」。
「『万葉集』は、生者であれ死者であれ、人を恋しいと歌う歌を集めた歌集である。その歌は文字で書かれた歌として、人の心を動かす。だが、こういう抒情のあり方は、書かれた歌が発明したものではなく、それ以前の声の歌のなかで徐々に形成されてきた、まだ抒情とは呼べないような期待や不安や恐れや喜びといった抒情の原型のようなものを表現する技術を継承しつつ、そこから飛躍したところにある」。
「恋歌も喪葬歌も人を恋しいと歌う。そういう声の歌の技術のなかに、私たちの抒情の原型は胚胎した。それは国家成立以後の書かれる歌、つまり『万葉集』やそれ以降の勅撰和歌集に継承されて深化し、現代に連なっている」。
私たちが人を恋しいと歌い続けるのはなぜかを考えさせる、知的好奇心を掻き立てる一冊です。


