ファーストリテイリンググループの柳井社長が、ユニクロの創業から今日に至る足取りを赤裸々に綴った2冊の本。『一勝九敗』は1984~2003年までを、『成功は一日で捨て去れ』は2004~2009年までを対象としたものだが、ここでは両書についてまとめてレビューする。
『一勝九敗』の巻末には「二十三条の経営理念」の全文とその詳しい解説文が、そして『成功は一日で捨て去れ』には「FAST RETAILING WAY (FRグループ企業理念)」の全文とその詳しい解説文が、それぞれ収録されている。
「二十三条の経営理念」。その原型が作られたのは、柳井氏が父親の会社に入って全部を任されるようになってなってしばらくした30歳の頃。「いい会社とは、どんな会社か」「いい会社にするためには何が必要か」を真剣に考えて一つずつ書き出していき、最初は7つぐらいから始まり、毎年次々と追加して二十三条に至ったものだ。一方、「FR WAY」は2008年、「二十三条の経営理念」をベースに、当時本格展開を始めたグループ経営ならびにグローバル経営に対応する形で改訂したもので、現在はこの「FR WAY」がFRグループの企業理念として掲げられている。
「ユニクロの急成長は、あくまで企業理念を実現しようとして、全社一丸となって精一杯努力した結果であり、ブームは会社側でコントロールできるものではない」
「(経営コンサルタントの)安本先生の指導で、譲らなかったのは経営理念だ。…先生は『社員が覚えないと意味がない。十七では覚えにくい。五つくらいにまとめるべきだ』というが、絶対に必要な理念なので、一つが欠けてもダメ、他社が少ないのは当社とは関係ないと反論し、納得してもらった。会社で働く社員全員がこの理念に心底共感し、共通認識として持って欲しい考え方だ。これは譲れなかった」
「会社というのは企業理念に示された価値観に賛同する人々が集まってきて、経営したり仕事をするという機関、あるいは組織である」
といった言葉にも明らかなように、柳井氏の経営のど真ん中には「経営理念」が、決して揺らぐことなくデンと据わっている。そしてそれは、役職員らに向けて発せられたものというよりも、むしろ柳井氏が自らに向けて課したコミットメントとしての性格をより強く持っているように思われる。そのことは「二十三条の経営理念」の各条が、「顧客の要望に応え、顧客を創造する経営」「良いアイデアを実行し、世の中を動かし、社会を変革し、社会に貢献する経営」といった具合に、すべて「〇〇〇〇な経営」という言葉で結ばれていることにも表れている。
「経営理念が経営者を縛る」というのは、喩えていえば、国の「憲法」が国民一人ひとりの自由を保障すると同時に国家権力を制限するための法でもあることと似ている。柳井氏は、「二十三条の経営理念」に即した経営を実現することをこそ自らの課題と考え、経営を推し進めてきたのである。
事実、柳井氏は社内会議の席上などでも、個々の検討課題の是非を逐一、経営理念と照らし合わせながら判断したという。社員の提案に対し「その案は、経営理念〇〇条の考え方に反しているから練り直せ」といった具合にだ。
ただ柳井氏は、経営理念だけをひたすら妄信する原理主義者ではない。経営理念という「原理原則」を頑なに守る一方、同時に、誰よりも「現場、現物、現実」を大切に考えるリアリストでもある。「木と森」の関係に喩えて言えば、「木を見て森を見ず」ではなく「木を見て森も見る」。より正確にいえば「木を見て、すぐ森を見る。そしてまたすぐ木を見て、森を見る…」。こうした視点間移動を猛烈なスピードで、しかも大きな振幅をもって繰り返すというのが柳井氏の思考スタイル、実践スタイルだといえよう。
それはまたマクロとミクロ、理論と実践、理想と現実、理屈と感情、大局と小局、全体と部分、組織と個人といった対立する概念における関係性にも相通ずるもの。木を見る目だけでなく、木を見る目と森を見る目の両方の目を持つ。俗にいう「虫の眼と鳥の眼」の双方を持つことにより、A or Bという二者択一ではなく、A もBも同時に成り立たせる弁証法的な解を見出していく。それを衆知を集めて実践していく――それこそが経営の要諦だ、というのが柳井流経営論の核心といえよう。
「経営とは、人間の創意工夫で矛盾の解決をすることです」。柳井は「2007年 新年の抱負」で、社員に向かってそう語り掛けた。
また「2009年 新年の抱負」では、「虫の眼と鳥の眼」の双方を持ち、かつそれを実践することの大切さを次のように訴えている。
「我々全社員は1枚1枚の服の企画、生産、販売を通じてお客様の満足の最大化を図ります」
「反対に世の中を変えるような大ホームランを狙います。1000万枚単位のホームランを狙います」
「本当に真剣に、真剣に、真剣に1枚、1枚をお届けします。それと同時に1000万枚単位で売ることをいつも、いつも、いつも考えています」
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