“日本のディストピア"川崎をユートピアへと変える人々の戦い
2015年に起きた、凄惨な川崎中一殺害事件の生々しいレポートから始まるこの本は、人口150万人に達する川崎市という街のにおいまで伝わってくる。ニュータウンの北部と、工場地帯の南部。その二つのエリアの生き方が共存する都市。確かにこの本で語られる「川崎」は、多様性が押し詰められた今の日本の縮図なのかもしれない。
高度経済成長で発展した工場地帯から立ち上る白煙の描写と「飲む、打つ、買う」で成長した飲み屋街や風俗産業、ヤクザやハードな裏稼業、人種のるつぼで生きてきた人々の克明なルポは、まさに日本産ディストピアだ。正直、北関東でサラリーマン生活をしながらラップをしていた自分にとって川崎は「ヒップホップイベントがよく行われるクラブチッタがある場所」程度の認識だった。だが、未来を描くことも難しい、困窮した人々の生活の克明なエピソードには衝撃を受けた。
第一回高校生RAP選手権準優勝者・LIL MAN。SCARSの発起人・A-THUG。FLY BOY RECORDSなど、ヒップホップでは馴染みある、そうそうたるアーティストが「川崎」を証言して行く。そんな音楽家達と並んで、フォーク・シンガーの友川カズキ氏が鍋を突つきながら語る40年前の「川崎」は、自分もどこか懐かしく感じた。
日本産ディストピアと書いたが、自分が一番心に残ったのは、むしろそのディストピアをユートピアに変えようとしている人々だった。桜本フェスを主催する川崎区の「ふれあい館」。ヘイト・デモに抗う人々。そのエネルギーの根幹にはいつも「音楽」があるという事実には非常に納得し、共感した。そして今、日本を席巻するラップグループに成長したBAD HOPの2人のリーダー、T-PablowとYZERRの証言がこの本の締め括りになっているのが、暗澹たる将来ばかりが見えるこの国で、ユートピアに向かおうと必死に戦う、「川崎」の明るい将来を示唆しているように感じた。
評者:DOTAMA
(週刊文春 2018年3月22日号掲載)
内容(「BOOK」データベースより)
ここは、地獄か?工業都市・川崎で中1殺害事件をはじめ凄惨な出来事が続いたのは、偶然ではない―。その街のラップからヤクザ、ドラッグ、売春、貧困、人種差別までドキュメントし、ニッポンの病巣をえぐる!
著者について
磯部涼(いそべ・りょう)
1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽やそれらと社会との関わりについて執筆。
著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、
共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に』(Pヴァイン)、大田和俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版)、
編著に『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
磯部/涼
1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽やそれらと社会との関わりについて執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)