「悪いことは言わない。出世したいと思うなら、女は眺めるだけにしろ。なぜか?誤解を招くからだ。
異性愛者であると公言することは、今のオ-セル社会ではほとんどセクシストを自称するようなものなんだ。
…自分が差別主義者じゃないと社会に対して意思表示するためには、だから、これまで差別を受けてきた側に回る必要がある」
完全なる男女同権と同性婚が実現し、精子バンクが完備した社会で、
異性愛は男女差別の過去の遺物となり、男は「産ませる性」から「種を抜かれる性」に転落した。
SFにありがちな人工子宮による生殖の脱人間化は未だ完遂していない近未来。
この段階固有の男女の力関係の変動は、現有技術でも実現可能な社会なだけに真に迫ってくるものがある。
とはいえ、この理想世界を(帯にあるように)ディストピアと捉えるならば、
(特にひと昔前までは)ヘテロノーマティヴな現実のこの社会のことはそう感じないのに、
なぜ小説の世界をそうだと思うのか、という立ち位置こそが問われねばならないだろう。
じっさいこの作品には全体主義的な体制も、人の生を完全にコントロールするテクノロジーも登場しない。
あるのは自由と平等と控えめな技術、ポピュリズムとそれを支える姑息な犯罪くらい。
ほとんどの人々はそれに適応し、同性のパートナーと子供を育て、快適な生活を送っているのである。
戦慄するものがあるとするならば、それは多数派のふてぶてしいまでの順応力、そして
彼らの選好が知らず知らずのうちに偏見と抑圧を生むメカニズムではないかと思わせられる。
いかなる制度上の担保も、人々の同権への日々の心がけも、性の根源にある暴力性を消去できず、
それをもとに人類発祥以来育まれてきた様々なイメージやファンタジーを無効化することもできない。
男と女の関係の縺れと痼りに関しては、そうした理解から出発するしかないという作者の考えなのだろうか、
性のはらむ問題に対しては解答を与えるというよりは、物語の推進力として用いている印象がある。
抑圧が生み出したテロリスト、そして彼らの友情と愛と蹉跌の物語。
そして彼らを追うジャーナリスト志望の主人公がひたむきに「言葉」で「真実」をすくい上げ、世に問おうとする姿。
テロリズムにいかに対するかという現代の問題に答えることこそが裏のテーマであるようにも読めた。
「リリース」 …ニュアンスとしては、何かを産みだす(子供にせよ、作品にせよ、言葉にせよ)、
そのときの期待と希望、あるいは執着への断念、そして解放…?
色々な主題が錯綜していてなかなか読み応えがありますが、文体は軽快、男女にまつわる語り口はとても腑に落ちます。
多くの人に読んで欲しいところです。
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