本書の大部分を占める「特集* 押井守 映像のイノセンス」は、私の知る限りでは、押井守の思想を理解するのに最適の批評集。哲学的分析が深い。
本書の批評や一部押井守自身の言葉を引用しながら、 押井守の思想を次の5つのテーマに沿って掘り下げてみたい。
1.「空虚な現代社会」と対照的な「刺激的なサイバースペース」
2.「空虚なこの現実は、実は夢なのではないだろうか」という漠然とした不安感
3.身体を喪った現代人のアイデンティティはどこにあるのか
4.「組織人間=人形」としての現代人の虚無感
5. 「ホモ・サピエンス=知恵のある人」という人類のアイデンティティの崩壊
この5つのテーマは、本書の目次とは関係はなく、筆者が独自に再構成した。
***
1.「空虚な現代社会」と対照的な「刺激的なサイバースペース」
「彼ら(「偽記憶症候群」を患う戦士たち)は、わざわざ、(一見したところでは)おどろおどろしい戦争の「記憶」によって、実際の無味乾燥な戦争体験を置き換えようとするのだ。」(大澤真幸「Ghost in the Patlabor」、本書180ページ)
なぜ、イラク戦争に参加したハイテク戦士たちは、無味乾燥な現実の戦争の記憶を無意識的に捨て、代わりに架空の恐ろしい戦争の記憶をあえて創り出すのだろうか。それは、空虚であることに耐えられないからだ。戦争に行って大量の人を殺したけれど、まったく実感がないという空虚感を埋めるために、あえて恐ろしい虚偽の戦争の記憶を生々しく創り出すのだ。これは、私たちが、空虚で単調な現代社会とは正反対の悲惨な戦争状況を、サイバースペースの中にあえて作り出しているのと似ている。
「われわれは、<私>を内側から植民地化している他者を、外部に投射し、テロリストや外敵と見立てているだけかもしれない。」(大澤真幸、本書185ページ)
リアルなテロリストも実は存在しないのかもしれない。テロリストから見れば、私たちこそがテロリストだからだ。お互いがお互いの心の中にある恐怖感を相手に投射しているに過ぎないのだ。ジョージ・W・ブッシュが恐怖した大量殺戮兵器が、実際のイラクには存在しなかったように。
2.「空虚なこの現実は、実は夢なのではないだろうか」という漠然とした不安感
「実際は夢のなかでは、それが夢かどうかわからない。」(藤田博史、本書114ページ)
私たちが生きているこの現実は、ほんとうに現実だろうか。夢の中にいるときに、それが夢であるかどうかわからないように、この現実が実は夢だとしても、この現実の中にいる限り、それが夢であることはわからない。このような不安感は、押井の『うる星やつら2: ビューティフル・ドリーマー』や『アヴァロン』や『スカイクロラ』などの中にもよく現れている。
「つまり、ある次元からある次元へと移行しないと、自分が嵌っていた次元が夢なのかどうかわからない。…<現実>と思っているこの世界から醒めるって何だろう、と考えると、ひとつは精神病者になることなのです。精神分裂病といわれている状態は、過覚醒という状態ではないかと考えられています。そうするとあの人たちは醒めた人たち、われわれはまだ夢を見ているということになります。」(藤田博史、本書114ページ)
正常であると自他共に認めている私たちこそが、ひょっとすると実は狂っているのかも知れない。私たちが「狂っている」と思っている人々が実は正常であるなら、彼らは私たちを「狂っている」と思っていることだろう。私たちが必死で適応しようと努力している現代社会が、実は狂った社会だとしたら、現代社会に適応している私たちのほうが狂っているのであり、現代社会に適応できない(あるいは、適応することを拒否している)「彼ら」こそ正常であるのかもしれない。
3.身体を喪った現代人のアイデンティティはどこにあるのか
「 押井守の新作『イノセンス』は、すでに 押井自身によっていささか過剰なほど語られているように、彼自身の身体論である。… 押井は繰り返し「人間に身体はないんだと思う」と指摘する。」(斎藤環「身体・フレーム・リアリティ」、本書76ページ)
押井は、言語(文明)によって人間は身体を喪失したと考える。 しかし、押井の主張は、失われた身体を取り戻そうというのではない。 「文明の進歩=身体の喪失」を時の流れとして受け入れつつ、身体を喪った現代人のアイデンティティの根拠を問い掛けているのだ(この問題は、日本テレビ 編『押井守論―MEMENTO MORI』に詳しく、筆者もその問題をそちらのレビューで論じた)。
4.「組織人間=人形」としての現代人の虚無感
「 遠い昔、人形を最初に作った人類は、見てはいけないものを見てしまった恐怖心に囚われたのではないか。」(茂木健一郎「魂に対する態度」、本書88〜89ページ)
『攻殻機動隊』や『イノセンス』のもう一つのキーワードは「人形」である。私たちが、人間とそっくりな人形を見たときに一瞬ギョッとするのは、その人形に魂が宿っているように感じるからではない。魂のない人形に、私たち自身の魂なき姿を見るからだ。人間が文明を作り始めたときから、私たちは大きな組織の求める役割を果たす人形となり、自身の固有の魂を喪ってしまった。そのような没個性な自身の姿を人形の中に発見するから、ドキッとするのだ。
「 (『戦場のメリー・クリスマス』の)ヨノイが、日本軍内部の矛盾に引き裂かれるプリンスだとすると、素子は、官僚制度の矛盾の中で虚無を抱え込んだプリンセスである。」(小谷真理「ふたたび問う、なぜジェンダーを呼びもどすのか?」、本書99ページ)
草薙素子が内に抱える虚無感に多くの人々が共感したのは、巨大な組織の狭間でアイデンティティを失い、虚無と化している自分自身の姿を発見したからではないだろうか。
「同じ規格品で構成されたシステムは、どこかに致命的な欠陥を持つことになるわ。組織も人も、過度の特殊化の果てにあるのは緩やかな死。」(草薙素子の台詞、パク・ジュンスン「『攻殻機動隊』に見るアイデンティティ問題」、本書191ページより再引用)
サイバースペースがリアルになればなるほど、実際の単調な現実は、むしろ退屈で意味のない世界のように感じられる。「オタク」が仮想空間に嵌るのも、現実のつまらなさ、退屈さ、無意味さに気づいたからかもしれない。アニメの中では、刺激的な喜怒哀楽がはっきりしているが、現実世界の生活はあまりにも単調で機械的で、無意味に感じざるを得ない。
「ゲームは繰り返される世界です。ぼくが思うには、ゲームというのはそういう意味でひとつの宗教のようなものであると思います。」( 押井守の発言、 藤田博史 編、本書113ページ)
押井が『スカイクロラ』の中で言いたかったことは、「空虚の中に意味を見つけることはできるのか」ということだろう。システムの中で生きることの空しさ。システムの中で生きる個人に存在の意味はあるのか。
「どうやったら生きられるか、あれこれ想像するより、とりあえず生きてみる。」(押井守、「スカイクロラ公式ホームページ」)。
押井は、システムに押しつぶされそうな若者たちに、「それでも生きろ」と言いたかったのだ。『スカイクロラ』は、「とりあえず、生きてみよう。何か変わるかも知れない」と思わせてくれる作品だ。「キルドレって私だったんだ!」と思えた人は『スカイクロラ』を見た甲斐がある人だろう。
5. 「ホモ・サピエンス=知恵のある人」という人類のアイデンティティの崩壊
『攻殻機動隊』の中で、科学者たちが「人形使い」と呼ばれるプログラムのことを「単なる自己保存のプログラムに過ぎん」と指摘するが、 人形使いは「それを言うならあなたがた(人類)のDNAも、自己保存のためのプログラムに過ぎない。…コンピューターの普及が記憶の外部化を可能にしたとき、あなたたちはその意味をもっと真剣に考えるべきだった」と答える。人形使いは自身を情報の海で発生した生命体だと主張し、「わたしはあらゆるネットをめぐり、自分の存在を意識した」と述べる。(パク・ジュンスン、本書186〜189ページ 参照)
もし、人工知能が、自身の存在と意志を認識したら、それは生命だろうか。また、組織の中でロボットのように行動し、自身の意志を持たない私たちは、実際は死んでいるのだろうか。
「人形使い−たぶん肉体というモノに書き込まれた機械的な実体−は、今や人類よりも優れた知的パワーを有している(脱工業化時代の思想の現れ)。これはその認知力ゆえに人類は自然よりも優れているという近代の概念をリセットするものだ。」(パク・ジュンスン、本書190ページ)
知恵の面で言えば、サイバー・ネットのほうが一人の人間より知恵がある。コンピューターに知性で劣るわれわれ人間は「誰なのか」。人類の「ホモ・サピエンス=知恵のある人」というアイデンティティは崩壊した。
「人間は何故自分の似姿を造ろうとするのか、という問いは、要は人間には自分の似姿が必要なのだ、という主張に他ならない。」(森川嘉一郎「黄色い都市」、本書96ページ)
人類は、コンピューターという自身の似姿を創り出した。しかし、その似姿のゆえに、今、人類はアイデンティティの危機を迎えている。
旧約聖書の創世記によれば、神は自身の似姿として人類を創った。
「神は人を造られた。すなわち 神 の像にかたどって人を造り男と女とを作られ、彼らを祝福された。」(創世記第1章27節)
神が自らの似姿に造った人間によって苦しめられているように、人間もまた、自身の似姿に作った文明によって苦しめられているのである。
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ユリイカ2004年4月号 特集=押井守 映像のイノセンス ムック – 2004/3/25
特集 押井守 映像のイノセンス
- 本の長さ249ページ
- 言語日本語
- 出版社青土社
- 発売日2004/3/25
- ISBN-104791701186
- ISBN-13978-4791701186
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2010年11月5日に日本でレビュー済み
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2004年4月15日に日本でレビュー済み
その活躍当初から難解な語り口で知られた映像作家押井守の作品は
やはりこのような思想系冊子で特集されるとしっくりとくる。
それは、いわゆる知識屋と呼ばれる人たちが
何かを語らずにはおれないマテリアルを
その作品群が内包しているからであろう。
またそのマテリアルの表出に対して、
当の押井守は十分に意識的である。
氏の最新作『イノセンス』は、『攻殻機動隊』以降に見られる
身体論により深く入り込み、
現実/言語/意識といった根源的問いへ
その「語り」を深化させているように見える。
本書に収められた各稿は、『イノセンス』の
まさに「無垢」な問いかけに応えることにより、
各執筆者の根源的な問題が映画論を通じて
浮かび上がってきている。
やはりこのような思想系冊子で特集されるとしっくりとくる。
それは、いわゆる知識屋と呼ばれる人たちが
何かを語らずにはおれないマテリアルを
その作品群が内包しているからであろう。
またそのマテリアルの表出に対して、
当の押井守は十分に意識的である。
氏の最新作『イノセンス』は、『攻殻機動隊』以降に見られる
身体論により深く入り込み、
現実/言語/意識といった根源的問いへ
その「語り」を深化させているように見える。
本書に収められた各稿は、『イノセンス』の
まさに「無垢」な問いかけに応えることにより、
各執筆者の根源的な問題が映画論を通じて
浮かび上がってきている。












