本書は、田中英道先生が長年の研究を通して著された数多くの書物から三十の話題(トピック)を選り傑って編集された田中史學のハイライト集であり、美術史を通した日本文化論です。田中先生の著書はある程度の基礎知識が求められる「通向け」のものが少なくありませんが、本書は夫々の要点が非常に平易な謂葉と表現で纏められていますので非常に読み易いです。何の話題も従来の見方とは異なる新しい切り口からのアプローチですので、仮説として更なる検証が必要な項目もあれば、ほぼ確信が持てるものもありますが、兎にも角にも、本書で田中史學の世界を一周してみる、という感じですね。
本書の表題が「ユダヤ人埴輪があった!」で始まりますが、近刊の「発見! ユダヤ人埴輪の謎を解く」との違いが気になります。本書でこの話題は全二百七頁中の三十二頁を割いており、他の話題よりも比重が大きな扱いになっていますが、恐らく田中先生の最近の關心事なのでしょう。本書全体を通して渡来ユダヤ人の話と關聯付けた書き方をしている釋ではありませんし、あくまでも一項目の扱いです。然し、明治期のお雇い外人を始め、安土桃山時代の宣教師、出島に来て居た貿易商人など、来日して何らかの強い影響を与えた「南蛮人」の中にはユダヤ人が少なくなかった事には留意す可きですし、その様なユダヤ系渡来人が上代にも存在して強い影響を残して居たとすれば、歴史的に注目すべきなのは当然です。要所で見え隠れするユダヤ人の存在が、話題二十六以降で扱っている事項、つまり明治以降に我國が対処を迫られた対外的な問題に向けて見事に繋がって行きます。この観點からは、本書は我國の今後を考える上で非常に重要な視點を与えて呉れる一冊です。
「ユダヤ人埴輪」として描かれた人々が実際にユダヤ人であれば、何故技術だけが残って文字が残って居ないのか、旧約を始めとするユダヤ教其の物の痕跡は無いのか、という疑問が残ります。その意味では「ユダヤ人」という謂葉を其の渡来人達に直接当て嵌めて良いかどうかは、更に検討が必要でしょう。一方で、突如出現した巨大な墳墓や倭国の大乱などの流れが見えて来る重要な視点で、記紀の畫く「神話」が決して後から都合よく創作されたのでは無く、上代に於ける國家形成過程の本質を伝えて居る事が良く分かります。評者は必ずしも田中説の全てに賛同する釋でも、疑問が残る部分が無い釋でもありません。然し、「そうかなぁ、、、」と思いながらも、問ひもまた楽し、と感じられるのが田中史學の懐の深い所で、その底流にある田中先生の強い祖国への想いが感じられました。
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