この本の中の「むかしむかし」の話と「ミライミライ」の話は、個別には根拠があり論理的に成り立ちながらも、決して両立はできない、という不思議な話です。いきなり難しく言うと、二律背反の関係にある昔話。
「これは音楽の小説である。これは音楽の小説ではない。これは世界史の小説である。これは世界史の小説ではない」(「前書き(ライナーノート)」)と、二拍子のリズミカルなラップ調で、この夢物語のような幻視ゲームはスタートします。
「むかしむかし、詩人たちは銃殺された。1972年の二月上旬のことだった」(5頁)で最初のショー(章)が始まります。
「むかしむかし、三人のインド人が道県境で命を落とした」(22頁)と続きます。1997年の津軽海峡でのことでした。
「むかしむかし、東京で攻防は繰り広げられた。1946年の二月から十一月にかけてのことだった」(71頁)と時間が大きく逆行します。
「むかしむかし、日本最北端の監獄として知られた網走刑務所は猛烈な攻撃を加えられて、いちど陥(お)ちた。1950年十月のことだった」(114頁)と続きます。
「むかしむかし、一頭の羆(ひぐま)がいづる大佐と間違えられてソ連軍に狙撃された。1950年十月中旬のことだった」(149頁)
「むかしむかし、いづる大佐は網走からチパシリに辿りついた」(153頁)のが、1950年十二月のこと。
「むかしむかし、いづる大佐を父親とする子供が生まれて、1964年の春には六歳になった。女の子だった」(232頁)
ということは、子供は1958年生まれ。名前は鱒淵てふ(ますぶち ちょう)。
ちょうのように天空、時空を自由に駆け回る女の子。「感慨を5音や7音のリズムに乗せて口から出す」女の子。
「六歳の鱒淵てふが思ったのは、こうだ。未来は後ろにあるのだから、未来を見るためには後方をふり返る必要があって、反対に、前方を凝視していれば過去は自ずと浮かび上がる」(234頁)
「鱒淵てふは後ろをふり返った。顧みた。 すると、未来があった」(241頁)
イエス、ノー・イエス、ノー、バック・ツー・ザ・フューチャー、イェイ。
「これは音楽の小説である。これは音楽の小説ではない。これは世界史の小説である。これは世界史の小説ではない」
「みらいみらい、コロポックルたちが発見される。おもに1965年のことである」(241頁)
あらら。めぐりめぐって回転しているうちに、「むかしむかし」がいつの間にか「みらいみらい」になっちゃいました、とさ。
そして歴史のミイラのような『ミライミライ』という本になっちゃいました、とさ。
この本を読み終わってみると、あら不思議、ふさいでいた読者の気持ちが解放されたように、チョウのように軽く感じるようになりました。
戦後70年以上を経ても、極東米軍に守ってもらっている日本国。進まない返還交渉。危機迫る朝鮮半島。中国の軍事大国化。息詰まる交渉が行き詰ってしまうのではないか、と未来への閉塞感を感じていたからです。
そんなモヤモヤした鬱屈感が、この本の驚くべきストーリーによって「フー」と一吹きで吹き飛びました。なんという柔軟な、とっぴょーしもない思考実験のような物語なんでしょう。母親に読んでもらった絵本の童話のような奇妙な既視感が感じられました。イソップ童話のような「教訓」がないところもウレシイ。
この物語には「むかしむかし」で始まる昔話と、「みらいみらい」で始まる昔話がいっしょに収録されています。イイショ。「みらいみらい」といっても、過去のある時点での未来であって、2018年の今となっては全部過去の話、昔話となってしまった小説、という趣向です。
「これは世界史の小説である」というより、小日本史の小説のように思えました。
この物語は、1945年の樺太(サハリン)・大泊から始まり、2016年のチェンナイで終わります。その舞台は印日連邦。
印日連邦とは、西端(亜大陸)と東端(日本州)の間が5900キロメートルと広大な連邦国家。人口は合わせると13億四千万人。ほぼ中国に拮抗する巨大な国。
時間と舞台が前後し回転する、めまいを起こしそうな不思議な幻視的映像とニップノップのシャウトする音響ががんがんと渦巻く、映画のような仮想の歴史物語です。場面が変わるたびに、スクリーンは真っ暗に暗転し、アイヌたちが焚き火のまわり輪になって手拍子しながら詠う歌の低い力強い歌声だけが聴こえるような映画。
登場人物は、「野狐」という名の熊人間。幻獣。
野の狐っぽく、直感と本能で行動するから、読者は閉塞感を突破できるのでは、とつい期待を抱いてしまいます。
未来はどのようにでも変わる可能性がありますが、過去を書き換えることは何人にもできることではありません。
過去を書き換えるためには、歴史を見る視点と時間軸を変えてみて、違った考え方で見直してみる柔軟性が必要です。
歴史は、一つではありません、ヨ。歴史は自分の頭でアンダースタンドできなければ、わかりません、ヨ。アンダースタンド? イェイ。
この本は「もし北海道がソ連邦に占領されていたら…」と仮定した物語です。
この本の「帯」の年表にはオドロイタ。
「1945年 ソ連、北海道を占領
1950年 抗ソ武装組織、網走刑務所を強襲
1952年 印日連邦(インディアニッポン)誕生
200X年 ヒップホップグループ「最新″」結成
2016年 日本州への核武装要求——
「2016年 日本州への核武装要求」は、誰が、どこの誰に対して、何の目的で、要求したのでしょうか? 録音テープはありますか?
この答えを知るために、この本をいつの日かまた読み返してみたいと思っています。
<備考>
「日本固有の元号は、昭和22年、を最後に絶えた」(117頁)
元号が絶えたということは、この物語の想定では、ソ連邦軍隊による占領下で日本固有の天皇制が昭和22年を最後に絶えてしまった、ということになります。米軍による、天皇制を残したままでの日本占領政策とは、ずいぶん違った日本のミライが幻視されそうです。
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