マハン著『海上権力史』は、海洋戦略(シーパワー Sea power)に関する古典中の古典と評価されている。戦前の日本海軍にも大きな影響を与え、「坂の上の雲」で有名な秋山真之が米国留学時に師事している。戦後も海上自衛隊の基本教本という。
シーパワー。それは平時においては活発な通商活動に伴う海運能力であり、戦時にあっては海の管制、支配力を示す。広大な海洋に向かって支配的な戦略を行使し、そこから自国の利益を引き出すことは容易なことではない。船舶の操船や運行能力、優れた船員の確保、船の建造能力はもとより、安全な船の運行を支援する海外拠点が必要になる。また、国に産業力がなく、貿易産品がなければ、シーパワーは育たない。シーパワーとは、平時における、活発な通商海運活動が前提なのだ。通商が成り立つ産業力が伴わないと、有事の軍事力だけでは、シーパワーは持続できない。さらに、国家の地勢的条件も重要な要素になる。良港があるか、海洋にどう面しているか。この本は「地政学」に関わる戦略書とも評されている。
シーパワーの対義語が「ランドパワー」だ。地政学では、国家は、ランドパワーに頼る大陸国家と、シーパワーを有する海洋国家に二分される。
日本や英国、豪州、米国は、シーパワーに国の成り立ちを依存する海洋国家だ。これらの国家は内陸部に対抗する国家をもたず、海洋軍事力に資源を集中できる。一方、ロシアや中国、フランス、ドイツは微妙だ。マハンによると、17~19世紀のフランスは、大西洋と地中海、イギリス海峡に面し、海洋国家としての地勢的な優位性を持つが、内陸部への拡張志向から、海外拠点を英国に奪われたと説く。ナチスドイツも、所詮、大陸国家で終わった。では、現代中国はどうだろう。
この本の翻訳者による解説では、訳本出版当時の旧ソ連軍の海洋戦略が、このマハンの戦略と同じだという。海外拠点を確保しながら海洋軍事力を強化していた旧ソビエト。いまその瓜二つの動きを見せているのが現代中国だ。東シナ海での埋め立て、アフリカへの進出、豪州での港湾租借。海上拠点となる空母の増強。いずれもマハンが、シーパワーの要素として、百年前に提示し、大英帝国や、旧日本海軍、合衆国海軍、旧ソ連海軍が推し進めた戦略と同じだ。内陸部に脅威を持たない中国が、海洋国家としてのシーパワーを確立させようとしている。マハンの洞察は、現代においても有効だ。
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