白洲次郎は、日本国憲法の制定過程においてGHQとの交渉にかかわった人物である。
1952年(昭和27年)当時、白洲は現憲法の戦争放棄について次のように述べている。現在の戦争放棄の条項も、米国側の発明である。この憲法発布の時にマッカーサーは如何に自我自賛の陶酔の頂点にあったか。当時には米ソの軋轢は無かったどころか、大部分の米国人は永遠の米ソ親善を信じ、世界平和を夢見ていたに違いない。
日本の永久の非武装を強調したが、今は米ソの冷戦が始まって、事情が変わったから軍備をしろ、無防備でいることは自殺行為だと決め付けても、大部分の日本国民は納得しない。新憲法制定当時の米国のソ連の見通しは日本に関する限り間違っている。共産陣営の内外よりする侵略の可能性が、日々増大している。日本が自衛能力を持つまでは、米軍が駐屯せざるを得ない。自分の国の軍隊の方が外国の軍隊よりもいくらかましである。
また、憲法調査会は、1969年(昭和44年)に憲法制定までの事実を調査して報告書を纏めた。参考人として呼び出されたが、本当の事実を知っていそうもない参考人が多くいることに驚いている。報告書の第一章には、この憲法は占領軍によって強制されたものであると明示すべきであった。
歴史上の事実を都合よくごまかしたところで何になる。後年そのごまかしが事実と信じられるような時がくれば、それは本当に一大事であると同時に重大な罪悪である。新憲法の草案は米軍がオーストラリアあたりに司令部があった時分にすでにその草案があったような気がしてならない。日本側から恐る恐る提出した憲法改正案には目もくれず、彼等の手になった新憲法を日本政府に強圧したことは間違いない事実である。と白洲は述べている。
Kindle 端末は必要ありません。無料 Kindle アプリのいずれかをダウンロードすると、スマートフォン、タブレットPCで Kindle 本をお読みいただけます。
無料アプリを入手するには、Eメールアドレスを入力してください。
