「ストーナー」で世界中を静かな熱狂で満たしたジョン・ウイリアムズのもうひとつの傑作が訳出された。「ストーナー」が田舎の大学教師の冴えない生涯を描いたのに対して、本作はボストンから西部にやって来た若者がバファロー狩りをする話である。大自然の猛威に翻弄されながら、男同士のぶつかり合いを経て、バッファローの大群に遭遇した若者が見たものは…。タイトルの「ブッチャーズ・クロッシング」とはカンザス州の架空の町の名で、バッファローの毛皮の交易で栄えたとの設定である。
アンドリューズは、自然の中で生活したいとの欲求から、ボストンから大学を中退して西部の町ブッチャーズ・クロッシングにやってくる。父親のつてで毛皮交易を営む男を訪ね、彼の紹介でミラーという猟師と共にバッファロー狩りに出ることになる。皮はぎ職人と料理人が加わり、四人はコロラドの山岳地域の奥にあるというバッファローの集まる谷をめざす。1か月ほどの狩猟旅行のはずが、荒野の自然の猛威に翻弄されて半年がかりの過酷な旅となってゆく。前半は干ばつと渇きに苦しめられ、後半は厳寒の雪中に閉じ込められる。しかし、バッハローの大群に出くわしたミラーは猛然と銃弾を浴びせ、最後の一頭まで殺そうとする。それを目にしたアンドリューズは自分が何をしているか見失いかける。
「ストーナー」とは打って変わって、次の展開がまったく読めない波乱に満ちたストーリーである。美しい西部の自然がふいに凶暴になって人間に襲いかかる。一行4人の思惑が異なるがゆえに彼らの間に衝突は絶えない。そして、過酷な状況に置かれた人間は次第に狂気を帯びて、暴力性をむきだしにする。果たして彼らは生きて帰れるのだろうか。すさまじいシーンの連続するが、作者の筆致はつねに精緻で冷静である。目に見えるあらゆるものを細密画のように微細なところまでおろそかにせずに描く。しかも、形容詞を排して、名詞と動詞を主体にした簡潔な文体によって、読者は現場に居合わせたような臨場感を味わうことになる。このきめ細かで正確無比な文章が本書の特筆すべき長所であることは疑いない。同時にこの文体は過酷な状況にさらされて自分の弱さを痛感し続けるアンドリューズを冷ややかに映し出す。その結果、この冒険サバイバル劇にも読める作品が、実は人間の心理と本能を冷徹に見つめて、人間はどのように生きればいいのか、との文学の普遍的なテーマを想起させるのである。これはやはり「ストーナー」の作者しか書けない小説である。
彼の日本語版2冊が備えている、文章の素晴らしさと人間についての深い洞察から、私はジョン・ウイリアムズはヘミングウエイに比肩する実力をもった作家であると高く評価したい。ジョン・ウイリアムズは寡作な作家で4つの小説しか残さなかった。残りの2作の早期の訳出を待ちたい。最後に、布施由紀子さんの美しい日本語訳に惹かれて時間を忘れて読みふけったことを記して、感謝とする。
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ブッチャーズ・クロッシング 単行本 – 2018/2/26
ジョン・ウィリアムズ
(著),
布施 由紀子
(翻訳)
購入を強化する
『ストーナー』で世界中に静かな熱狂を巻き起こした著者が描く、十九世紀後半アメリカ西部の大自然。バッファロー狩りに挑んだ四人の男は、峻厳な冬山に帰路を閉ざされる。彼らを待つのは生か、死か。
人間への透徹した眼差しと精妙な描写が肺腑を衝く、巻措く能わざる傑作長篇小説。
アンドリューズはつねに自分の気持ちがつかめず、言葉で言い表せない。唯一の女性の登場人物に対する感情についても、それは同じだ。幾度となく、自分は何者なのかと自問もするが、答えを出すことができない。(…)人間とは弱いものだ。むろん、強く生き抜く人もいるだろうが、たいていの人は、自分の弱さをくり返し痛感しながら生きていかざるをえない。だが、それでいいのではないか。成果が出せなくても、意義が見出せなくてもかまわない。ただ生きていくことこそが尊いのだ。この小説はそう語りかけている。アンドリューズは前へ前へと進んでいく。そこに希望がある。(「訳者あとがき」より)
人間への透徹した眼差しと精妙な描写が肺腑を衝く、巻措く能わざる傑作長篇小説。
アンドリューズはつねに自分の気持ちがつかめず、言葉で言い表せない。唯一の女性の登場人物に対する感情についても、それは同じだ。幾度となく、自分は何者なのかと自問もするが、答えを出すことができない。(…)人間とは弱いものだ。むろん、強く生き抜く人もいるだろうが、たいていの人は、自分の弱さをくり返し痛感しながら生きていかざるをえない。だが、それでいいのではないか。成果が出せなくても、意義が見出せなくてもかまわない。ただ生きていくことこそが尊いのだ。この小説はそう語りかけている。アンドリューズは前へ前へと進んでいく。そこに希望がある。(「訳者あとがき」より)
- 本の長さ352ページ
- 言語日本語
- 出版社作品社
- 発売日2018/2/26
- ISBN-104861826853
- ISBN-13978-4861826856
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
『ストーナー』で世界中に静かな熱狂を巻き起こした著者が描く、十九世紀アメリカ西部の大自然。バッファロー狩りに挑んだ四人の男は、峻厳な冬山に帰路を閉ざされる。彼らを待つのは生か、死か。人間への透徹した眼差しと精妙な描写が肺腑を衝く、巻措く能わざる傑作長篇小説。
著者について
ジョン・ウィリアムズ(John Edward Williams)
1922年8月29日、テキサス州クラークスヴィル生まれ。第二次世界大戦中の1942年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、1945年まで中国、ビルマ、インドで任務につく。1948年に初の小説、Nothing But the Night が、1949年には初の詩集、The Broken Landscape が、いずれもスワロープレス社から刊行された。1960年には第2作目の小説、Butcher's Crossing (本作)をマクミラン社から出版。また、デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得した。1954年にデンヴァー大学へ戻り、以降同大学で30年にわたって文学と文章技法の指導にあたる。1963年には特別研究奨学金を受けてオックスフォード大学に留学し、さらにそこでロックフェラー財団の奨学金を得て、イタリアへ研究調査旅行に出かけた。1965年、第3作目となる小説Stonerを上梓。本書は21世紀に入り“再発見"されて、世界的な大ヒット作となる。1972年に出版された最後の小説、Augustusは、イタリア旅行のときの取材をもとに書かれた作品で、翌年に全米図書賞を受賞した。1994年3月4日、アーカンソー州フェイエットヴィルで逝去。
布施由紀子(ふせ・ゆきこ)
翻訳家。大阪外国語大学英語学科卒業。訳書に、ケイティ・バトラー『天国の扉をたたくとき』(亜紀書房)、チャールズ・C・マン『1493──世界を変えた大陸間の「交換」』(紀伊國屋書店)、ティモシー・スナイダー『ブラッドランド──ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』(上・下、筑摩書房)、ニック・タース『動くものはすべて殺せ──アメリカ兵はベトナムで何をしたか』(みすず書房)などがある。
1922年8月29日、テキサス州クラークスヴィル生まれ。第二次世界大戦中の1942年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、1945年まで中国、ビルマ、インドで任務につく。1948年に初の小説、Nothing But the Night が、1949年には初の詩集、The Broken Landscape が、いずれもスワロープレス社から刊行された。1960年には第2作目の小説、Butcher's Crossing (本作)をマクミラン社から出版。また、デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得した。1954年にデンヴァー大学へ戻り、以降同大学で30年にわたって文学と文章技法の指導にあたる。1963年には特別研究奨学金を受けてオックスフォード大学に留学し、さらにそこでロックフェラー財団の奨学金を得て、イタリアへ研究調査旅行に出かけた。1965年、第3作目となる小説Stonerを上梓。本書は21世紀に入り“再発見"されて、世界的な大ヒット作となる。1972年に出版された最後の小説、Augustusは、イタリア旅行のときの取材をもとに書かれた作品で、翌年に全米図書賞を受賞した。1994年3月4日、アーカンソー州フェイエットヴィルで逝去。
布施由紀子(ふせ・ゆきこ)
翻訳家。大阪外国語大学英語学科卒業。訳書に、ケイティ・バトラー『天国の扉をたたくとき』(亜紀書房)、チャールズ・C・マン『1493──世界を変えた大陸間の「交換」』(紀伊國屋書店)、ティモシー・スナイダー『ブラッドランド──ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』(上・下、筑摩書房)、ニック・タース『動くものはすべて殺せ──アメリカ兵はベトナムで何をしたか』(みすず書房)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ウィリアムズ,ジョン
1922年8月29日、テキサス州クラークスヴィル生まれ。第二次世界大戦中の1942年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、1945年まで中国、ビルマ、インドで任務につく。1948年に初の小説、Nothing But the Nightが、1949年には初の詩集、The Broken Landscapeが、いずれもスワロープレス社から刊行された。デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得した。1954年デンヴァー大学へ戻り、以降同大学で30年にわたって文学と文章技法の指導にあたる。1994年3月4日、アーカンソー州フェイエットヴィルで逝去
布施/由紀子
翻訳家。大阪外国語大学英語学科卒業。訳書に、ケイティ・バトラー『天国の扉をたたくとき』など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1922年8月29日、テキサス州クラークスヴィル生まれ。第二次世界大戦中の1942年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、1945年まで中国、ビルマ、インドで任務につく。1948年に初の小説、Nothing But the Nightが、1949年には初の詩集、The Broken Landscapeが、いずれもスワロープレス社から刊行された。デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得した。1954年デンヴァー大学へ戻り、以降同大学で30年にわたって文学と文章技法の指導にあたる。1994年3月4日、アーカンソー州フェイエットヴィルで逝去
布施/由紀子
翻訳家。大阪外国語大学英語学科卒業。訳書に、ケイティ・バトラー『天国の扉をたたくとき』など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 作品社 (2018/2/26)
- 発売日 : 2018/2/26
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 352ページ
- ISBN-10 : 4861826853
- ISBN-13 : 978-4861826856
- Amazon 売れ筋ランキング: - 242,867位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
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1873年のアメリカ。ボストン生まれで23歳のウィル・アンドリューズはハーバード大学に通う学生だったが、西部の広大な自然の中に生きることを夢見てカンザス州の小さな町ブッチャーズ・クロッシングへやって来る。アンドリューズはそこでバッファロー皮の売買業を営むマクドナルドを介して、バッファロー猟師のミラー、ロジ担当チャーリー、そして皮剥ぎ職人シュナイダーと共にコロラド準州へと猟に出ることになる。バッファローの大群を発見して大量の皮を手に入れることに成功したと思ったのも束の間、思わぬ事態がアンドリューズたちに襲いかかる…。
--------------------------
1960年にアメリカで出版された小説です。東部の都会のエリート層の出である青年が、アメリカの未開拓の大自然に憧憬を募らせ、荒くれた男たちと行動を共にする物語です。
19世紀後半の一青年は、社会に倦み疲れた末に自分探しの旅へと出立する現代の若者たちの姿に重なるところがあります。
「何か目的があって、自分の探し求めるところ、行きたいところへ向かうのではない。彼はただ、そこへ行くのだ。わけもなく、西の地平線に沈む夕陽に向かって旅に出る。何ものにも妨げられずに広がる平原へと……」(56頁)
そして苛烈な大自然へと乗り出す前、ブッチャーズ・クロッシングでアンドリューズがほんのいっとき時間を共にする娼婦フランシーンはアンドリューズにこう語りかけます。
「ええ、戻ってくるでしょう。でもあなたは別人になってるわ。もうこんなに若くはない。ほかの男たちと同じようになってしまう。【……】風や陽射しのせいで、あなたの顔は硬くなる。この手もやわらかくなくなるわ」(73頁)
このくだりは、柔弱な青年が大平原への旅を経て頑健な男へと成長することを予兆するように読めます。
しかし、この物語はそんな私の無邪気な予感に沿った成長譚ではありませんでした。
確かにバッファロー狩りの顛末は、世間知らずの青年を鍛えるにはうってつけなほど、過酷きわまりないものです。5,000頭のバッファローに向けて猟師ミラーが放つ弾の数は尋常ではなく、大量殺りくの描写は言葉を失うほどです。さらに日照りや豪雪、洪水など、アンドリューズを組み伏す自然の圧倒的な力の描出も――布施由紀子氏の見事な訳業にも支えられて――読み手をこの上なく息苦しくさせるものです。それらと相対し、はねのけ、組み伏せ、あるいは押さえつけられもする道程の中で、アンドリューズが人としてやがて成長していくのであろう――と読者が期待するのは自然なことでしょう。
ところが、ブッチャーズ・クロッシングへと戻ってきて彼が手にするものは、実に虚ろな思いです。
今から3年前に同じ作者ジョン・ウィリアムズの『 ストーナー 』をたまさか手にして、その物語に心震える思いをしたことを今も強く憶えています。『ストーナー』読了後に私は人生の<空(くう)>について思いを馳せ、Amazonのレビューにもそのように書き込みました。
そして私はこの『ブッチャーズ・クロッシング』でもまた、おなじく<空(くう)>について物思いにふけったのです。
『ストーナー』で感じた<空(くう)>は私の中では、人生とは何も決まっていないからこそ深めていく可能性があることを考えさせてくれるものでした。ですが『ブッチャーズ・クロッシング』の果てに私が見出した<空(くう)>は、それとは異なります。そこには「虚ろ」と形容したくなるほど、むなしく感じさせる何物かが広く横たわっているように感じられてなりません。
「若者ってやつはな【……】いつも、何か発見があると思ってる」「だが、何もないんだよ。【……】それで死期が近づいて、はじめて悟るんだ。何もないってな。自分と、自分にできたかもしれないことのほかには何もない」(300頁)
こう諭すように語るマクドナルドの言葉に、一定の真理を見出してしまっている私がそこにいました。その言葉を跳ね返すだけの人生を歩めているか、そして歩んでいけるのか。
物語の終幕で立ち去る主人公の姿に自分を重ねる読書でした。
.
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1960年にアメリカで出版された小説です。東部の都会のエリート層の出である青年が、アメリカの未開拓の大自然に憧憬を募らせ、荒くれた男たちと行動を共にする物語です。
19世紀後半の一青年は、社会に倦み疲れた末に自分探しの旅へと出立する現代の若者たちの姿に重なるところがあります。
「何か目的があって、自分の探し求めるところ、行きたいところへ向かうのではない。彼はただ、そこへ行くのだ。わけもなく、西の地平線に沈む夕陽に向かって旅に出る。何ものにも妨げられずに広がる平原へと……」(56頁)
そして苛烈な大自然へと乗り出す前、ブッチャーズ・クロッシングでアンドリューズがほんのいっとき時間を共にする娼婦フランシーンはアンドリューズにこう語りかけます。
「ええ、戻ってくるでしょう。でもあなたは別人になってるわ。もうこんなに若くはない。ほかの男たちと同じようになってしまう。【……】風や陽射しのせいで、あなたの顔は硬くなる。この手もやわらかくなくなるわ」(73頁)
このくだりは、柔弱な青年が大平原への旅を経て頑健な男へと成長することを予兆するように読めます。
しかし、この物語はそんな私の無邪気な予感に沿った成長譚ではありませんでした。
確かにバッファロー狩りの顛末は、世間知らずの青年を鍛えるにはうってつけなほど、過酷きわまりないものです。5,000頭のバッファローに向けて猟師ミラーが放つ弾の数は尋常ではなく、大量殺りくの描写は言葉を失うほどです。さらに日照りや豪雪、洪水など、アンドリューズを組み伏す自然の圧倒的な力の描出も――布施由紀子氏の見事な訳業にも支えられて――読み手をこの上なく息苦しくさせるものです。それらと相対し、はねのけ、組み伏せ、あるいは押さえつけられもする道程の中で、アンドリューズが人としてやがて成長していくのであろう――と読者が期待するのは自然なことでしょう。
ところが、ブッチャーズ・クロッシングへと戻ってきて彼が手にするものは、実に虚ろな思いです。
今から3年前に同じ作者ジョン・ウィリアムズの『 ストーナー 』をたまさか手にして、その物語に心震える思いをしたことを今も強く憶えています。『ストーナー』読了後に私は人生の<空(くう)>について思いを馳せ、Amazonのレビューにもそのように書き込みました。
そして私はこの『ブッチャーズ・クロッシング』でもまた、おなじく<空(くう)>について物思いにふけったのです。
『ストーナー』で感じた<空(くう)>は私の中では、人生とは何も決まっていないからこそ深めていく可能性があることを考えさせてくれるものでした。ですが『ブッチャーズ・クロッシング』の果てに私が見出した<空(くう)>は、それとは異なります。そこには「虚ろ」と形容したくなるほど、むなしく感じさせる何物かが広く横たわっているように感じられてなりません。
「若者ってやつはな【……】いつも、何か発見があると思ってる」「だが、何もないんだよ。【……】それで死期が近づいて、はじめて悟るんだ。何もないってな。自分と、自分にできたかもしれないことのほかには何もない」(300頁)
こう諭すように語るマクドナルドの言葉に、一定の真理を見出してしまっている私がそこにいました。その言葉を跳ね返すだけの人生を歩めているか、そして歩んでいけるのか。
物語の終幕で立ち去る主人公の姿に自分を重ねる読書でした。
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2020年1月15日に日本でレビュー済み
読後これほど感動を覚えたのは、ストーナー以来かもしれません。
ストーナーもそうでしたが、本作の主人公ウィル・アンドリューズの誠実さには、作者の人柄が滲んでいるように思えます。表面的に見れば「アメリカ西部の冒険譚」である本作には、ストーナーからは想像もつかない、自然の脅威がもたらす大波乱が待っていますが、読者が落ち着いて読み進められるのは、アンドリューズ(≒作者)の誠実さが文章から滲み出ているからだと感じます。人間として、信頼できるのです。
ストーリーとしてはアンドリューズの成長譚かと思ったら、まったく違いました。読後に私が感じた本作の主題は「無常」と「アメリカ」です。訳者のあとがきでも触れられていますが、本作が書かれた1960年当時はもちろん、むしろ現代のアメリカにこそ痛切に響く主題であり、作者は「アメリカ」の本質(病を含む)を完璧に理解していたものと思われます。「アメリカ」はそう簡単に変わるものではなさそうです。でも、世は無常。今後50年で世界の勢力図はどう変わるでしょうか。
それにしても、バッファロー狩りの場面を筆頭に、筆致はもの凄い迫力で、丁寧にゆっくりと読み進めたいのに、グイグイ前に引っ張られてしまうことが多々ありました。動物の血や肉の強烈な臭気がここまで伝わってくる小説もありません。お風呂のありがたさが身に沁みました(笑)。
一方で、描写は繊細、精巧の限り。コロラドの谷あいの風景など、自然の描写はハドソン・リバー派のどんな画家より表現力が多彩であるとさえ言えるでしょう。娼婦フランシーンが出てくる場面でも、アンドリューズが彼女に「好意を持っている」とは一言も書かずに、客観的な事象の描写によってのみ、それをじわじわと読者に伝えてきます。品格ある文学作品を読んでいるのだなぁと実感できます。
布施由紀子さんの的確かつ美しい日本語訳にも感謝します。
ストーナーもそうでしたが、本作の主人公ウィル・アンドリューズの誠実さには、作者の人柄が滲んでいるように思えます。表面的に見れば「アメリカ西部の冒険譚」である本作には、ストーナーからは想像もつかない、自然の脅威がもたらす大波乱が待っていますが、読者が落ち着いて読み進められるのは、アンドリューズ(≒作者)の誠実さが文章から滲み出ているからだと感じます。人間として、信頼できるのです。
ストーリーとしてはアンドリューズの成長譚かと思ったら、まったく違いました。読後に私が感じた本作の主題は「無常」と「アメリカ」です。訳者のあとがきでも触れられていますが、本作が書かれた1960年当時はもちろん、むしろ現代のアメリカにこそ痛切に響く主題であり、作者は「アメリカ」の本質(病を含む)を完璧に理解していたものと思われます。「アメリカ」はそう簡単に変わるものではなさそうです。でも、世は無常。今後50年で世界の勢力図はどう変わるでしょうか。
それにしても、バッファロー狩りの場面を筆頭に、筆致はもの凄い迫力で、丁寧にゆっくりと読み進めたいのに、グイグイ前に引っ張られてしまうことが多々ありました。動物の血や肉の強烈な臭気がここまで伝わってくる小説もありません。お風呂のありがたさが身に沁みました(笑)。
一方で、描写は繊細、精巧の限り。コロラドの谷あいの風景など、自然の描写はハドソン・リバー派のどんな画家より表現力が多彩であるとさえ言えるでしょう。娼婦フランシーンが出てくる場面でも、アンドリューズが彼女に「好意を持っている」とは一言も書かずに、客観的な事象の描写によってのみ、それをじわじわと読者に伝えてきます。品格ある文学作品を読んでいるのだなぁと実感できます。
布施由紀子さんの的確かつ美しい日本語訳にも感謝します。
2018年4月13日に日本でレビュー済み
一学究の静かな生活を描いた『ストーナー』の著者、ジョン・ウィリアムズの作品だが、
前作とは全く違い、19世紀アメリカの荒々しい開拓時代を描いた物語。
思想家エマソンに影響された都会育ちの青年アンドリュースは
仲間を募り、自らの出費で毛皮を求めるバッファロー狩りの旅に乗り出す。
だが厳しい旅の途上で彼ら一行を待っていたのは、想像をはるかに超えた過酷な事態だった。
クライマックスのバッファロー狩りにおける狂気のような荒々しさは
アメリカの恥ずべき歴史――たとえばベトナム戦争のような――に
どこか重なるものを感じさせる。そしてそれに続く虚無と徒労と頽廃。
アンドリュースは生き延びたが、彼の前途にあるものは何だろう。
優れた翻訳によって、読む側はさながらその場に居合わせたような感覚を味わうことができる。
訳者によるあとがきも秀逸。アメリカの知られざる歴史の一端を伝えてくれる重厚な名作だと思った。
前作とは全く違い、19世紀アメリカの荒々しい開拓時代を描いた物語。
思想家エマソンに影響された都会育ちの青年アンドリュースは
仲間を募り、自らの出費で毛皮を求めるバッファロー狩りの旅に乗り出す。
だが厳しい旅の途上で彼ら一行を待っていたのは、想像をはるかに超えた過酷な事態だった。
クライマックスのバッファロー狩りにおける狂気のような荒々しさは
アメリカの恥ずべき歴史――たとえばベトナム戦争のような――に
どこか重なるものを感じさせる。そしてそれに続く虚無と徒労と頽廃。
アンドリュースは生き延びたが、彼の前途にあるものは何だろう。
優れた翻訳によって、読む側はさながらその場に居合わせたような感覚を味わうことができる。
訳者によるあとがきも秀逸。アメリカの知られざる歴史の一端を伝えてくれる重厚な名作だと思った。
2019年1月9日に日本でレビュー済み
個性や、癖がまったくない語り口。
古典的で、即視感がある物語だけど、何も欠点が見つからない。
小説として完璧の域に達していて、読んでいる途中「優れた小説の条件をすべて入力したAIに書かせたら、こんな話になるのかな」なんて、ふと考えたりした。
「何かを見つけたい」と田舎にやってきた迷える若者ウィル・アンドリューズ。
彼が地元の猟師3人とバッファロー狩りに出る。旅は予定外の行程を経る。
やがて町に戻ってきたアンドリューズが感じた人生観は、柔らかい若い肌に一生消えない傷痕のように残る。
作者は大学で文学や文章技法を教えていたそうで、文章は建築家のように精密。
『ストーナー』で衝撃を受けた人は、彼の精巧な「家」にまた入ってみてください。
古典的で、即視感がある物語だけど、何も欠点が見つからない。
小説として完璧の域に達していて、読んでいる途中「優れた小説の条件をすべて入力したAIに書かせたら、こんな話になるのかな」なんて、ふと考えたりした。
「何かを見つけたい」と田舎にやってきた迷える若者ウィル・アンドリューズ。
彼が地元の猟師3人とバッファロー狩りに出る。旅は予定外の行程を経る。
やがて町に戻ってきたアンドリューズが感じた人生観は、柔らかい若い肌に一生消えない傷痕のように残る。
作者は大学で文学や文章技法を教えていたそうで、文章は建築家のように精密。
『ストーナー』で衝撃を受けた人は、彼の精巧な「家」にまた入ってみてください。






