(1)<第一世代としての探険的博物学>:
アレクサンダー・フォン・フンボルト(1769-1859)は探険的博物学者だ。近代の地理学、生態学および地球科学の基礎を創った。本書「フンボルトの冒険」からは行動する地球自然哲学者として総観される。フンボルトの自然哲学の知的探険の原点フィールドは、エクアドル・アンデスの当時世界最高峰とされていたチンボラソ山だ。著者は、フンボルトのチンボラソ登攀をこう要約する。
「キトからの旅とチンボラソ登攀は、フンボルトにとって赤道から極地へ植物をたどる 旅のようだった。チンボラソの頂上に向かって植生帯が整然と層状に連なっているのだ。 植物は谷間の熱帯種から、雪線近くに生えていた地衣類まで多種多様だった。晩年のフンボルトは、こうしたつながりを確かめられる『高所』から自然を見るということをよく述べた。 彼がこのことに気づいたのが、ここチンボラソだった。『この眺めを一瞥するだけで』、自然 全体が彼の眼前に繰り広げられていたのだ。」(Kindle No.2144-2150)
このチンボラソ山の垂直環境生態系の経験的探査から、「一枚の自然絵画に収められた小宇宙」を描いた。「自然は一個の生き物であって、死んだ集合体ではない」と語った。ただ一つの生命が、石や植物、動物、人類の中で息づいている。「生命の普遍的豊穣さ」に感動した。「フンボルトは個々の新たな事実を発見するというより、それらの事実をつなぎ合わせることに興味を抱いていた。個々の現象は『全体との関係において』のみ意味をもつのだ。」(Kindle No.2163-2166)
(2)<第二世代を経て第三世代の知的自然哲学へ甦る>
第一世代の博物学的アプローチのパイオニアともいうべき視座だ。現代は、個々の事象を詳細に深く探究・解析する要素還元主義的アプローチのいわば第二世代の科学技術時代といえよう。デジタル・コンピュータ技術の進展に支えられ第二世代の学問は飛躍的に進歩している。ところが、そこで垣間見えてきたのは、地球地理空間の環境生態系の弱体化つまり地球環境異変だ。地球規模の環境異変は人類史にとって最大級の危機かも知れない。この危機回避には、第一世代の博物学的視座を、第二世代の要素還元知見群を活かして、第三世代の視座ともいうべき、ちきゅう自然を全体との関係において「生命の綱」への視座で哲学することだろう。これは第一世代のフンボルトの自然哲学への温故知新による、第二世代の詳細な解析知見群が調ってこそ、第三世代としての高次レベルの創造的生態系へのアプローチだろう。自然生態系は進行過程において遷移する。知的自然哲学も遷移するはずだ。
(3)<ブリコラージュ思考から探険的創態へ>:
フンボルトの思考方法を本書から垣間見られる。
「フンボルトの講義メモを見ると、ある考えから次の考えに移る彼の思考の動きがわかる。 彼はごく普通に一枚の紙に考えを書きとめる。だが、書き進めるうちに、新しい考えが浮かぶので、それをその紙に書き加える。メモの横か余白に書き、元のメモと区別するために線 で囲む。講義について考えるにつれて、どんどん情報を付け足していく。」(Kindle No.4823-4827)
これは、野外フィールドで身体が探険していると等価の意味をもつ。机上の思考フィールドにおける探検といえる。その探検は留まらない。関連ありそうな予感がした知的素材を次々と採集し、一枚のイメージ地図へ凝縮、昇華されていく。
「余白がなくなると、小さな紙片に小さな文字で書いたメモをたくさん紙に糊でくっつける。 フンボルトは本をばらばらにすることを厭わないので、厚い本から何ページか破り取って、 紙に小さな赤や青の接着剤(粘着ラバー「ブル・タック」の十九世紀バージョン)で貼った。 こうして、彼は紙片を何枚も重ねるので、中には新しい紙片に完全に隠れたメモや、上の紙片の下に折ってあって広げられるメモもある。自分自身に対するたくさんの疑問が、小さな スケッチや統計、出典、備忘録とともに書きとめられた。最後には、たった一枚だった紙は、 思考や数字、引用、メモが幾重にも重ねられたブリコラージュ〔あり合わせのものを寄せ集めてつくったもの〕になり、フンボルト以外には何のことやらさっぱりわからなくなる。」(Kindle の位置No.4827-4834)
著者はこうした知的探検の思考を「ブリコラージュ」になぞらえる。ブリコラージュは、仏文化人類学者・クロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)の著書 「野生の思考」(1962年)で、人類が古くから持っていた普遍的な知のあり方とした。近代技術の「栽培思考」に対比し、「野生の思考」をブリコラージュと呼んだ。フンボルトの思考方法は、要するに「探険の思考」への回帰ともいえる。
いま希求されているのは、ヒトが原初的にもつ「探険の思考」によって、「科学技術の精密知見群」を活用し、「美的感性でイメージ絵画」を描き、ちきゅう生命の「創造的生態系(創態)」へ遷移させていくことだろう。こうした創態アプローチにとって、本書「フンボルトの冒険」は示唆に富む。フンボルトの自然哲学をあらためて蘇らせた。著者へ深く敬意を表する。
<添付写真:2018年4月レビュアー撮影 エクアドル・アンデス山脈チンボラソ山 標高5,100mから山頂(6,268m)を望む。
<了>
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