著者のチクセントミハイは、ハンガリー出身のアメリカの心理学者。人間がそのときしていることに完全に浸り、精力的に集中して完全にのめり込んでいるような状態を指す「フロー」概念の提唱者。「フロー」状態は、スポーツや遊び、芸術・創作活動などさまざまな状況の下に体験されるものだが、そうした状態を「仕事」の中で創り出すにはどうすればいいか、つまり、仕事に生きがいを見出して毎日をいきいきと楽しく過ごすためにはどうすればいいか、を解き明かしてくれるのが本書だ。
本書は決して、表層的なノウハウを説いた本ではない。その真逆で、「そもそも仕事とは何か?」という原点にまで遡って命題が解き明かされていく。主旨をかいつまんで紹介すると――。
生あるすべてのものは、生き残るために、成長し繁殖するためのエネルギーをもっと取り込みたいと願う。ゆえに人間は数十万年にわたり、狩猟採集を通じて必要なエネルギーを確保してきた――そしてこれこそが「仕事」の原点。つまり「仕事」とは本来、有機体がエントロピーによって壊されないようにするために行うもの、ということができる。
その後、人間は必要なカロリーを得るために、狩猟採集以外のさまざまな方法を開発することになるわけだが、その最初の大変革をもたらしたのが、約1万年前の「農業」。農業によって「余剰」が生み出されたことにより、それまでなかった権力構造や流通が形づくられ、そこに「仕事」の新しいカタチがどんどん生まれていった。そしてそれらは、現代に近づけば近づくほど、本来の「カロリー確保」という原点からは遠ざかったものになっていった――という次第。
こうして「生」のリアリティをどんどんと失っていった「仕事」は今日、多くの人々にとって、意味を見出しづらい退屈なもの、つまりは「フロー」が起こりにくいものとなってしまったわけだが、こうした状況に対して著者は、「それは、もうどうしようもない」と諦めるのではなく、「フローが起こらない理由」を一つひとつ取り除いてさえいけば、今日でもなお十分に得られるものだと力説する。
その具体論については本書に譲るとして、注目すべきは、ここでも表層的なノウハウにはいっさい触れることなく、そのための方法論を生命史における「進化」という文脈の下に、見事な説得力をもって解き明かしていく点。結論だけを端折っていえば、私たちが「仕事」にあって「フロー」を体験できる状況を生み出すということは、即ち自分を「進化」させることに他ならない。自分を「進化」させられることが出来るからこそ仕事が楽しくなるのだ、ということになる。
▶利己心を超越する能力は、おそらく人間の意識の新しい能力であり、物質的組織がある複雑さの段階に達した人間の神経システムの結果そのものである。…物質的組織がどうにかして他の存在に手を伸ばし、自身を宇宙という存在の一部としてみることができるようになったという事実は、進化の驚くべき一段階である。[P.184]
▶ビジョンとはいまだ存在しないものの行く手の表現であり、それは組織の未来の状態を予期することである。現在のシステムを新しく、望ましい形に変えるために、ビジョンにはエネルギー(すなわち財務的、社会的、そして精神的な資本)の投入が必要である。このようにビジョンとは、自身の潜在能力を意識し始めた組織がたどりつくと思われる進化である、と定義できる。[P.186]
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