フロイト全集第9巻は、1906年から09年の間にフロイトが書いた論文を収めている。
比較的短い15編の論考のほかに、1907年の「W.イェンゼン著グラディーヴァにおける妄想と夢」と、1909年の「精神分析について」という、フロイトを知るための最良のテクストが入っている。
「精神分析について」は専門家以外の聴衆も混じる講演だったこともあり、たとえ話などもとてもわかりやすく、その意味で精神分析への最良の入門書と言える。
精神分析についてのこの講演は5回に分かれて行われ、1回はだいたい1時間30分ぐらいだったろうと想像できる分量だ。その意味でも1回1回が読みやすい分量となっている。
最良の文献の一つと言える理由のもう一つは、この講演も含め第9巻の時期が、フロイト自身のちに言うように、精神分析にとってひとつの節目となる時期だからである。
それは精神分析が治療技術としてだけでなく、理論としてもほぼ完成する時期だという意味だ。
つまり「精神分析について」は、精神分析の全体像を素人にもわかりやすい表現で示してくれている。
「W.イェンゼン著グラディーヴァにおける妄想と夢」は、精神分析の「応用」を知るための最良の文献と言える。
この論文が最初の「応用」であるのは、ここでフロイトは、文芸を彼の理論の裏付けとしてではなく、分析対象としてはじめて取り上げているからだ。
それも、その分析はかなり徹底したものなので、精神分析による文芸批評の詳細を知るにはスタンダードなテクストと言える。
つまり夢や妄想などの病理的テクストの精神分析的な読解方法を、文芸のテクストを読むのに応用する現場を、私たちは見ることが出来る。
はたしてフロイトは両者の相違をどの程度に認めるのか、あるいは認めないのか。こうした問題も「妄想と夢」は答えてくれる。
ただフロイト全集という形態上、ヴィルヘルム・イェンゼンの「グラディーヴァ」が読めないのは仕方ないとは言え、残念だ。
この巻には「詩人と空想」も収められている。精神分析の文芸論としては、上記のグラディーヴァ論と合わせて読まれてきたものだが、それ以外に「舞台上の精神病質的人物」が入っていて、合わせて参考にできるのが嬉しい。これまでの全集には入っていなかった論文だ。
「応用」のもう一つの例が、「強迫行為と宗教儀礼」。のちに「トーテムとタブー」で大々的に取り上げられる儀礼行為の強迫的性格を、精神分析の見方で(眼鏡で)見たもので、やはりこの領域での最初の試みのひとつである。
追記(2014/7)
「妄想と夢」に関してはわたし自身2014年の「グラディーヴァ」(松柏社)中の「グラディーヴァとフロイト」で、フロイトの問題点を指摘し異なる解釈を提示したので参考にしていただければうれしい。
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