生命(生細胞・平衡的循環的生化学反応)にとってその誕生以来の「目的」は、「個体と種の永続的生存維持」だと思われます。生化学反応はすべて、化学物質への物理的刺激や変化への反応ですが、生命もまた外界の刺激に対して生命システムを永続させる反応を行っています(刺激反応性)。生命状態を維持しようとする生化学反応や活動は、無限の多様な内外環境の変化に応じた多様な生存形態(種)をもっています(約870万種)。それでは人類という種の特徴は何でしょうか。著者は生物学者として、「人間の本性について」研究してきましたが、その結論は正しかったのでしょうか。
私は彼が問い続けた三つの問いについて、次のような考えをもっています。①「私たちは何者なのか」という問いには「人間とは言葉を獲得した生命である」、②「何が私たちを創り出したのか」については「言語による創造性が人間の社会と文化・文明を創り出した」、③「私たちは最終的に何になりたいのか」については「自己と自然環境の本質を理解し、自己のコントロール下に調和させ、すべての人類の永続的幸福を確立すること」です。さらにそれら三点に加えて、④人類への進化の説明は、ダーウィンによる「自然選択説」では説明できない、と考えています(人間存在研究所)。
まず著者の支持する自然選択説の問題点は、「きまぐれ(偶然的)」と見える突然変異を、"the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life"により「自然が」結果的に選択する(適者生存)とみなし、内外環境の変化の中で「生命自体が」主体的に選択(適応)することを排除し、「生命の生存目的と主体的適応選択」を無視することです。そこから、人間言語が、動物の刺激反応性(認知と行動)の高度化(神経系の発達)を目ざして主体的に獲得されたものである(定向性の主体的選択)ということを、著者が見抜けないままに、「人間の社会性の起源」の議論を始めてしまうのです。生命には、「個体と種の存続」という目的があり、その目的を実現するために無限の環境変化に適応しなければなりません。適応方法は無限ですが、その形態は有限(約870万形態)です。
特に社会に関しては、種の保存は、両性と親子関係の結合(家族・血縁社会の形成)であり、基本的には種の存続を目指して多数の卵を放出するか、少数の受精卵や胎児を「子育て」します。「受精卵を養育して種の存続を図る」ことは適応的な社会性(分業を含む家族や血縁集団)存続の条件になります。社会(集団)内では、個体維持(利己性)と種族維持(利他性)は多様な形態で両立するように適応進化します。これは決して、自然選択が著者の言うような「進化の名人」ではなく、生命に本来的に種族維持という目的があるからです。「真社会性」と呼べるような生存形態は、「個体と種の保存」のための適応的な進化の一つの形態としてあるということです。
「かくして私たち人間は現在、立ち、歩き、興奮すれば走る。三十八億年の進化系統の末に、でたらめにたどり着き、気まぐれな変異と自然選択をさらに進める以外にこれといった目的もなく、『爬虫類の時代』に設計された指針となるシステムに導かれた、直立し、二足歩行する、背骨があって塩水の詰まった袋が人間だ。」(p33)
著者は、人類進化における言語の重要性を「進化の大いなる遷移」の最終第六段階に位置づけつつも、言語の持つ社会秩序維持機能を理解していません。言語的に秩序づけられた人間社会は、決して「気まぐれな変異と自然選択」によって形成されたものではありません。言語は誤った知識も創造するので、過去の社会秩序(奴隷制や封建制、等価交換の正当化や環境破壊など)が、多くの矛盾や犠牲(大量殺戮や搾取、環境破壊など)をもたらしたことは事実ですが、それらの多くは創造的に改善され、意識的に帰ることができるのです。
「単独性のハチ同士を無理やり一緒にすると、真社会性のハチと同じように行動する傾向がある・・・。強制的に一緒にされたハチたちは、エサ集めや枯れ木のトンネル掘りや巣の見張りなどの役割を担い、さまざまな形で分業するようになる。さらに、メスはリーダーシップをとり、一匹の指揮に全員が従う。これに全員が従う。これは真社会性のハナバチに見られる行動だ。この初歩的な分業は、あらかじめ決められた基本的な行動の結果らしい。」(p90)
この例に見られる分業は果たして、「利他性altruism」によるのでしょうか? むしろ、養育期のシステムチェックによって生殖性を失い、労働による個体保存のみに適応し、結果として種の保存に貢献しているのではないのかという疑問が起こります。真社会性のハチの場合、卵の受精や生育過程においても、分業は種の保存のために適応的に生理的な変化を加えられたものではないでしょうか。人間的な表現である「利他性」は、むしろ「個体と種の保存の両立」のためであって、「利己性」と対立させるべきものではないと思われます。人間の社会(的結合・紐帯・分業)の起源と、昆虫の真社会性(生理的結合)は、言語抜きでは同列に論じられないのです。結論としては、ヒトの社会の起源は、ヒトの言語の解明によってしかわからず、動物はそのことを知り得ないのです。
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ヒトの社会の起源は動物たちが知っている: 「利他心」の進化論 単行本 – 2020/7/30
Edward O. Wilson
(原著),
エドワード・O. ウィルソン
(著),
小林 由香利
(翻訳)
&
0
その他
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進化はなぜ、社会を生んだのか?
生物学の世界的権威の思想をコンパクトに凝縮した1冊!
仲間を作り、分業し、時に誰かを思いやる私たちの「社会」の起源は、狩りバチやアリなど、
人類が生まれるはるか昔から存在していた「真社会性」を持つ生物たちの、進化の過程が教えてくれる。
社会性を持つ生物は多く存在する一方で、高度な社会性(真社会性)を持つ種が進化史上、
ほとんど存在してこなかったのはなぜか。
生物が社会をつくる条件としての、利他主義や分業といった行動はいかなる要因によって生まれるのか?
人類の進化を他生物の進化と比較しながら明らかにする社会生物学の創始者であり、
ピューリッツァー賞など数々の輝かしい受賞歴を誇る世界的権威が、いま最も伝えたい人類進化のエッセンス。
吉川浩満氏による解説も収載。
■目次
第1章 人類のルーツを探るヒント
第2章 進化の六段階
第3章 進化をめぐるジレンマと謎
第4章 「社会」はいかに進化するのか
第5章 真社会性へと至る最終段階
第6章 分業と利他主義を生みだすもの
第7章 ヒトの社会性の起源
■著者略歴
エドワード・O・ウィルソン
1929年生まれ。ハーバード大学比較動物学博物館名誉教授。アリ研究の第一人者にして、社会生物学、進化生物学分野の創設者。米国科学栄誉賞、クラフォード賞、ピューリッツァー賞など多数の栄誉ある受賞歴を誇る。著書に『人間の本性について』『The ANTS』(ともにピューリッツァー賞)『人類はどこから来て、どこへ行くのか』「生命多様性』『ヒトはどこまで進化するのか』など多数。野外調査や著述活動、自然保護などの取り組みも今なお現役で続けている。
生物学の世界的権威の思想をコンパクトに凝縮した1冊!
仲間を作り、分業し、時に誰かを思いやる私たちの「社会」の起源は、狩りバチやアリなど、
人類が生まれるはるか昔から存在していた「真社会性」を持つ生物たちの、進化の過程が教えてくれる。
社会性を持つ生物は多く存在する一方で、高度な社会性(真社会性)を持つ種が進化史上、
ほとんど存在してこなかったのはなぜか。
生物が社会をつくる条件としての、利他主義や分業といった行動はいかなる要因によって生まれるのか?
人類の進化を他生物の進化と比較しながら明らかにする社会生物学の創始者であり、
ピューリッツァー賞など数々の輝かしい受賞歴を誇る世界的権威が、いま最も伝えたい人類進化のエッセンス。
吉川浩満氏による解説も収載。
■目次
第1章 人類のルーツを探るヒント
第2章 進化の六段階
第3章 進化をめぐるジレンマと謎
第4章 「社会」はいかに進化するのか
第5章 真社会性へと至る最終段階
第6章 分業と利他主義を生みだすもの
第7章 ヒトの社会性の起源
■著者略歴
エドワード・O・ウィルソン
1929年生まれ。ハーバード大学比較動物学博物館名誉教授。アリ研究の第一人者にして、社会生物学、進化生物学分野の創設者。米国科学栄誉賞、クラフォード賞、ピューリッツァー賞など多数の栄誉ある受賞歴を誇る。著書に『人間の本性について』『The ANTS』(ともにピューリッツァー賞)『人類はどこから来て、どこへ行くのか』「生命多様性』『ヒトはどこまで進化するのか』など多数。野外調査や著述活動、自然保護などの取り組みも今なお現役で続けている。
- 本の長さ190ページ
- 言語日本語
- 出版社NHK出版
- 発売日2020/7/30
- ISBN-104140818255
- ISBN-13978-4140818251
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
私たちはなぜ、仲間を作り、分業し、時に誰かを思いやるのだろうか―社会生物学の巨匠の思想を1冊に凝縮。
著者について
1929年生まれ。ハーバード大学比較動物学博物館名誉教授。アリ研究の第一人者にして、社会生物学、進化生物学分野の創設者。米国科学栄誉賞、クラフォード賞、ピューリッツァー賞など多数の栄誉ある受賞歴を誇る。著書に『人間の本性について』『The ANTS』(ともにピューリッツァー賞)『人類はどこから来て、どこへ行くのか』「生命多様性』『ヒトはどこまで進化するのか』など多数。野外調査や著述活動、自然保護などの取り組みも今なお現役で続けている。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ウィルソン,エドワード・O.
世界有数の生物学者。ハーバード大学名誉教授および同大学自然史博物館名誉学芸員(昆虫学)。社会生物学と島嶼生物学の創始者として知られ、自然科学と人文科学を融合する3つの概念(バイオフィリア、生物多様性、コンシリエンス)をつくり上げた。2度のピューリッツァー賞の受賞をはじめ、アメリカ国家科学賞、スウェーデン王立科学アカデミーが授与するクラフォード賞など、科学や文芸での受賞歴は100を超える。著書に『社会生物学』(新思索社)、『人間の本性について』(1979年ピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門受賞、筑摩書房)など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
世界有数の生物学者。ハーバード大学名誉教授および同大学自然史博物館名誉学芸員(昆虫学)。社会生物学と島嶼生物学の創始者として知られ、自然科学と人文科学を融合する3つの概念(バイオフィリア、生物多様性、コンシリエンス)をつくり上げた。2度のピューリッツァー賞の受賞をはじめ、アメリカ国家科学賞、スウェーデン王立科学アカデミーが授与するクラフォード賞など、科学や文芸での受賞歴は100を超える。著書に『社会生物学』(新思索社)、『人間の本性について』(1979年ピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門受賞、筑摩書房)など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : NHK出版 (2020/7/30)
- 発売日 : 2020/7/30
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 190ページ
- ISBN-10 : 4140818255
- ISBN-13 : 978-4140818251
- Amazon 売れ筋ランキング: - 14,308位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 23位生物学 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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上位レビュー、対象国: 日本
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2022年2月11日に日本でレビュー済み
エドワード・O・ウィルソンは、米国の著名な昆虫学者、社会生物学者、そしてバイオフィリアという用語を提唱したナチュラリストとして知られているが、つい先日の2021年12月26日に92歳で亡くなられた。日本では、小3国語の教科書に出てくる、ウィルソンの研究を紹介したエッセイ「ありの行列」でご存知の方もいらっしゃるかもしれない。ウィルソンはたくさん本を出しているが、古いものは絶版していて、中古も価格が跳ね上がっていて簡単には買えない。そんななかで出た新版で読める本だったので貴重だと思い購入したら、当人が亡くなられてしまった。新書版くらいの大きさで、実質155ページの短い本だが、ウィルソンが人生で探求してきた研究と思索の集大成のようなものかもしれない。
利他的行動の進化は、血縁選択説という学説で説明することが現在主流になっている。それに対して、ウィルソンは集団選択説が重要であるという非主流の主張をしているため、若干評判はよくないようである。吉川浩満氏が本書の最後に、そのあたりも含めてていねいな解説を書いているので参考になる。その集団選択説によってヒトのような社会がどうして作られたかを説明しているのが本書である。ウィルソンが本書で主張する内容は次のようなものだ。
著者は、社会が生物学的に組織される際、自然選択は常にマルチレベルでー個体レベル、集団レベルで同時にー行われてきたとしている(本書の後半のほうでは個体レベルでの選択を否定している)。そして、生物体も社会も利他的抑制によって成り立っている。ある細胞は一定の時間で死滅して他の細胞が生き続けられるようにプログラムされている(アポトーシス)。様々な種類の細胞のうち、一つだけが利己的に再生産することを選択すると、その細胞はところ構わず増殖して大量の娘細胞を生み出し、がん化する。
著者は、真社会性をとくに成功した社会として捉え、次のように説明している。「真社会性とは、集団を繁殖カーストと不妊カーストに組織化する性質で、発生する割合は進化系統のごくわずか、時期も地質年代的には比較的遅く、場所はほとんどが陸上だ。それでもこれらのわずかな例がアリ、シロアリ、ヒトの誕生につながり、陸生動物の世界で優勢になっている。」真社会性はまれであり、すべての動物のうちわずか十数の独立した系統から生まれている。哺乳類では、ハダカデバネズミとヒトだけである。ヒトが真社会性であることの論拠は、不妊カーストの存在である。祖母つまり更年期以後の女性、同性愛者、世界各地の組織宗教の修道院的な秩序、男が女の役割をする初期のプレーンズ・インディアンのなかで確立されているバーダッチというシステムの存在、などをそうした根拠としてあげている(こうした人たちが繁殖カーストの役に立っているのか、つまり集団内の個体数の増加に寄与しているのか疑問には感じるが)。
実験的に、単独性のハチ同士を無理やり一緒にすると、真社会性のハチと同じように行動する傾向があることが報告されている(自然にこういうことが起きうるのかどうかは不明だ)。これを前適応といって真社会性への移行の準備ができている状態だとしている。集団選択がそうした変化を支持すれば、バネ仕掛けで真社会性に一気に移行するのだという。
集団選択説では、集団内の一部のメンバーが自身の寿命や繁殖の成功、あるいはその両方を犠牲にすれば、集団が競合するほかの集団より優位に立てる場合、寿命を縮めたり、自信の繁殖の成功度を減らしたり、あるいはその両方を行う可能性があるというものだ。すると、変異と選択によって利他主義の遺伝子が集団内に広がる。利他主義が広がった結果、メンバー間の近縁度は高まるが、その逆はないとしている。
ウィルソンは利他性が現れる理由を説明する主流の説である血縁選択説を否定する。1964年、イギリスの遺伝学者ウィリアム・D・ハミルトンが真社会性の発生の鍵を握るのではないかと、血縁選択を示した。血縁選択の公式は「BRーC>0」で示される。ここで、B(集団内のほかの個体に対するメリット)にR(近縁度)を掛けた数値がC(自分の損害)を上回る場合、利他主義が進化することの閾値を示したものであり、ハミルトンの一般法則(HRG)とよばれる。これに対して、2013年のウィルソンらによる論文では、BやCは予測できないことなど、HRGは論理的に成り立たないと主張している(たしかにHRGが自然界で観察されたという研究結果を聞いたことはない)。
真社会性の定義のポイントは集団内の分業である。ヒトにおける分業のきっかけとして、火の使用を挙げている。すでに集団内に支配ヒエラルキーへと自己組織化する素因があり、オスとメス、若者と高齢者とのさも存在し、集団内で指導力と野営地にとどまる傾向にもばらつきがあり、火の使用がきっかけとなって、バネ仕掛けで複雑な分業が生じたとしている。
チンパンジーは世間で思われているほど凶暴ではないという主張もあるが(「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドゥ・ヴァール)。一方、ウィルソンによると、チンパンジーのコニュニティーは不気味なほど人間そっくりで、戦争によって縄張りを拡大しようとしているという。集団で敵の縄張りを定期的にパトロールし、劣勢の敵のオスを見つけると情け容赦なくかみ殺すのだという(例えば中国の現状などを考えると、個体レベルというよりは集団レベルでの内側を向いた利他性のように見えなくもない)。
以上のようなウィルソンの主張であるが、利他性の進化がどのように起きたのかは、集団選択説や血縁選択説以外にも様々な説がある(「なぜ心はこんなに脆いのか 不安や抑うつの進化心理学」ランドルフ・M・ネシー」)。現時点では、一つの理論に決めつけるのは早計なのではと感じた。
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著者は、社会が生物学的に組織される際、自然選択は常にマルチレベルでー個体レベル、集団レベルで同時にー行われてきたとしている(本書の後半のほうでは個体レベルでの選択を否定している)。そして、生物体も社会も利他的抑制によって成り立っている。ある細胞は一定の時間で死滅して他の細胞が生き続けられるようにプログラムされている(アポトーシス)。様々な種類の細胞のうち、一つだけが利己的に再生産することを選択すると、その細胞はところ構わず増殖して大量の娘細胞を生み出し、がん化する。
著者は、真社会性をとくに成功した社会として捉え、次のように説明している。「真社会性とは、集団を繁殖カーストと不妊カーストに組織化する性質で、発生する割合は進化系統のごくわずか、時期も地質年代的には比較的遅く、場所はほとんどが陸上だ。それでもこれらのわずかな例がアリ、シロアリ、ヒトの誕生につながり、陸生動物の世界で優勢になっている。」真社会性はまれであり、すべての動物のうちわずか十数の独立した系統から生まれている。哺乳類では、ハダカデバネズミとヒトだけである。ヒトが真社会性であることの論拠は、不妊カーストの存在である。祖母つまり更年期以後の女性、同性愛者、世界各地の組織宗教の修道院的な秩序、男が女の役割をする初期のプレーンズ・インディアンのなかで確立されているバーダッチというシステムの存在、などをそうした根拠としてあげている(こうした人たちが繁殖カーストの役に立っているのか、つまり集団内の個体数の増加に寄与しているのか疑問には感じるが)。
実験的に、単独性のハチ同士を無理やり一緒にすると、真社会性のハチと同じように行動する傾向があることが報告されている(自然にこういうことが起きうるのかどうかは不明だ)。これを前適応といって真社会性への移行の準備ができている状態だとしている。集団選択がそうした変化を支持すれば、バネ仕掛けで真社会性に一気に移行するのだという。
集団選択説では、集団内の一部のメンバーが自身の寿命や繁殖の成功、あるいはその両方を犠牲にすれば、集団が競合するほかの集団より優位に立てる場合、寿命を縮めたり、自信の繁殖の成功度を減らしたり、あるいはその両方を行う可能性があるというものだ。すると、変異と選択によって利他主義の遺伝子が集団内に広がる。利他主義が広がった結果、メンバー間の近縁度は高まるが、その逆はないとしている。
ウィルソンは利他性が現れる理由を説明する主流の説である血縁選択説を否定する。1964年、イギリスの遺伝学者ウィリアム・D・ハミルトンが真社会性の発生の鍵を握るのではないかと、血縁選択を示した。血縁選択の公式は「BRーC>0」で示される。ここで、B(集団内のほかの個体に対するメリット)にR(近縁度)を掛けた数値がC(自分の損害)を上回る場合、利他主義が進化することの閾値を示したものであり、ハミルトンの一般法則(HRG)とよばれる。これに対して、2013年のウィルソンらによる論文では、BやCは予測できないことなど、HRGは論理的に成り立たないと主張している(たしかにHRGが自然界で観察されたという研究結果を聞いたことはない)。
真社会性の定義のポイントは集団内の分業である。ヒトにおける分業のきっかけとして、火の使用を挙げている。すでに集団内に支配ヒエラルキーへと自己組織化する素因があり、オスとメス、若者と高齢者とのさも存在し、集団内で指導力と野営地にとどまる傾向にもばらつきがあり、火の使用がきっかけとなって、バネ仕掛けで複雑な分業が生じたとしている。
チンパンジーは世間で思われているほど凶暴ではないという主張もあるが(「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドゥ・ヴァール)。一方、ウィルソンによると、チンパンジーのコニュニティーは不気味なほど人間そっくりで、戦争によって縄張りを拡大しようとしているという。集団で敵の縄張りを定期的にパトロールし、劣勢の敵のオスを見つけると情け容赦なくかみ殺すのだという(例えば中国の現状などを考えると、個体レベルというよりは集団レベルでの内側を向いた利他性のように見えなくもない)。
以上のようなウィルソンの主張であるが、利他性の進化がどのように起きたのかは、集団選択説や血縁選択説以外にも様々な説がある(「なぜ心はこんなに脆いのか 不安や抑うつの進化心理学」ランドルフ・M・ネシー」)。現時点では、一つの理論に決めつけるのは早計なのではと感じた。









