これは、「体格も経験も能力もどちらかといえば人並みで、養わなければならない妻と生まれたばかりの子供がいる健康な若い男が、資本やこれといった財産、貯金、富、信用もなく学位もない状態からはじめて、宇宙船地球号に乗船している全ての人から不本意な束縛を取り除き、そして同時に、誰もがみんな納得のいく行き方ができるようにしながら全人類の生活の物資的保護と支えを永続的に向上させるために、国や大企業にはできないことで、一体何が効率的に行えるのかを見きわめるため」に自らを「モルモットB」と名づけ、一生をかけてその実験に参加した人物の記録のほんの一部である。
フラーに関する情報は非常に多い。本書はデザイン、建築、数学、科学、そして自然についてと、シンプルかつ包括的にまとめて書かれている。読みやすいが、そこから考えさせられることは多い。
自分の置かれた境遇や取り巻く社会情勢を嘆く人はいつの世でも存在する。バックミンスター・フラーも2度の落第、娘の死、社長を勤めていた企業の倒産を経験し、自称「落伍者」あるいは「消耗品」となってしまう。しかし、彼は身を投げるか、思考するのかのどちらかから思考を選んだ。
フラーはすべての生物が本能的にデザインされた役割を果たすかぎり、宇宙はすべての面倒を見ている、ということに気づく。魚が海に遊泳料を支払う必要がないように、人間も成功するようにデザインされているはずだと。自然には人間の生活に必要なものが十分用意されており、豊かに暮らす人は争いや破壊活動には関心を示さないだろうと。フラーは、確かな情報と効率の優れたデザインこそが、地球の資源を明らかにし、公平に分配し、すべての人間によりよい暮らしをもたらす、と判断した。
フラーは建築物の資材の削減や軽量化のためには、単位体積あたりの表面積が最も小さい幾何学構造の利用と多階層化が必要だという結論に至る。それが作業効率、熱効率、安全性、メンテナンス、リサイクルなどに同時にメリットをもたらす。「自然は常に最も経済的な方法で物事を成し遂げる」。フラーのジオデシック構造物の日本での例は、今では役目を終えて取り外されてしまったが、富士山頂レーダードームを思い浮かべればイメージがつかめるだろう。
デザイナーの伝記なのだが、おもしろく、哲学的でもあり、読めば自然について考えたり、勇気づけられたりすることが多いはずだ。
(デジタルハリウッド講師/染谷 昇)
現代での利用および人々に対する啓発を目的に、バックミンスター・フラーが残した主な思想と発明と発見の一部を紹介。彼の仕事の根本にある論理性と、概念を証明するアイデアから、彼がどのように発明を育んできたかを考える。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ボールドウィン,ジェイ
1933年生まれ。33年間にわたって、バックミンスター・フラーに学び、機会がある限り共に仕事をした。1958年以降から、ニュー・アルケミー研究所、ファラロンズ研究所、ロッキー・マウンテン研究所およびアメリカにある九校の大学を含め、世界中でエコロジカルデザインを実践し教授している。1968年以降、『ホールアース・レビュー』誌(『コエボリューション・クォータリー』より改名)と、『ホールアース・カタログ』の技術編集者であり、時として編集主任として携わり、現在も広範囲にわたる分野の雑誌に記事を書いている。10年間にわたってカリフォルニア科学アカデミーが所有する約十三平方キロメートルの月桂樹林保護区の管理責任者であり、後にカリフォルニア州で最大規模となった急流河川指導機関の共同創設者でもある。現在、ロッキー・マウンテン研究所のハイパーカー・プロジェクトで、フォード社の生産を前提とした、燃費に優れたRV車の開発に取り組んでいる。また、サンフランシスコにあるカリフォルニア工芸大学で工業デザインを教える傍ら、広範囲な環境破壊をもたらすテクノロジーの危機管理についての本を執筆中である
梶川/泰司
1951年、広島市生まれ。シナジェティクス研究所所長。1981年からフラーが亡くなるまでフィラデルフィアのバックミンスター・フラー研究所でシナジェティクスの共同研究に従事する。シナジェティクスとテンセグリティーの基礎研究によってフラーが他者に対して初めて認めたデザイン・サイエンティスト。1988年に現在の研究所を設立し、シナジェティクス理論を物理的な機能に変換する研究を継続している。また新たなテンセグリティー理論の開発とともに、1995年から次世代の移動可能な折りたためるテンセグリティー・シェルターを開発してきた。分解可能なジオデシック・シェルターで現在居住実験中である。インターネットを介したシナジェティクス講座とデザイン・サイエンス講座の非同時的実験教育から、フラー研究所やJ・ボールドウィンの協力でキャンパスのない教育システムとテンセグティー・シェルターの機能を統合させた移動型で分散型の研究・教育環境をアジアに構築中である(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)