戦後70年近くおかしいおかしいと思いながら声を大きく出せなかったことが示してある。
資本主義経済を発展させるために従順な国民を作り、既得権益を守るために反抗できる生徒は排除してきたのかお荷物になる弱者を排除してきたのか、ヒトラーのやり口と何ら変わってないアメリカと日本が存在することがわかる本です。
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バカをつくる学校 単行本 – 2006/9/2
| ジョン・テイラー・ガット (著) 著者の作品一覧、著者略歴や口コミなどをご覧いただけます この著者の 検索結果 を表示 |
30年間公立校の教壇に立ち、ニューヨーク州最優秀教師賞にまで輝いたガット先生が「義務教育」が真に求めるものを見つけた。義務教育は子どもたちに「チャイムによる思考中断」「クラス分け」「無関心」「感情的な依存」「知的な依存」「条件付きの依存心」「監視」を強いている。そんな教育に順応した子どもは「大人の世界に無関心」「集中力が長続きしない」「未来に対する認識に乏しい」「歴史に関心がない」「他人に対して残酷になる」「親しさや正直さを拒絶する」「物質主義的になる」「依存的、受け身、新しい挑戦に臆病」といった人間になる。米国にフリースクール旋風を巻き起こしたベストセラー、待望の邦訳。
- 本の長さ192ページ
- 言語日本語
- 出版社成甲書房
- 発売日2006/9/2
- ISBN-104880862037
- ISBN-13978-4880862033
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
集中力を育てない「チャイム」、対立させる「クラス分け」、敗者だと自覚させる「競争」、階級を意識させる「成績評価」、自分の頭で考えない人間の生産工場…それが義務教育。日本の教育もまるで同じ惨状だ!!ニューヨーク州最優秀教師の全米覚醒のベストセラー。
著者について
ジョン・テイラー・ガット
アメリカの公立校教師。1990年ニューヨーク市最優秀教師、翌1991年にはニューヨーク州最優秀教師となる。教壇に立つかたわら現在の義務教育制度を正面から批判する論文、講演が高い評価を受けている。
アメリカの公立校教師。1990年ニューヨーク市最優秀教師、翌1991年にはニューヨーク州最優秀教師となる。教壇に立つかたわら現在の義務教育制度を正面から批判する論文、講演が高い評価を受けている。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ガット,ジョン・テイラー
アメリカの公立校教師。1990年ニューヨーク市最優秀教師、翌1991年にはニューヨーク州最優秀教師となる。教壇に立つかたわら現在の義務教育制度を正面から批判する論文、講演が高い評価を受けている
高尾/菜つこ
1973年生まれ。南山大学外国語学部英米科卒業。翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
アメリカの公立校教師。1990年ニューヨーク市最優秀教師、翌1991年にはニューヨーク州最優秀教師となる。教壇に立つかたわら現在の義務教育制度を正面から批判する論文、講演が高い評価を受けている
高尾/菜つこ
1973年生まれ。南山大学外国語学部英米科卒業。翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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著者について
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年3月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本の著者はアメリカ人の方で、日本と状況は多少違うところはあるけれど、義務教育がどのような人間を生み出すか、ということに対しての答えのようなものが載っている。
政府にとって、企業にとって、都合の良い人間。それは思考停止に陥った人間。
「上の人間の言うことは絶対だ」「ルールは守るもの」といった常識のように見せかけてコントロールする側の思うように操れる様に。
年間3万人と言われる日本の自殺者数の異常さの根本は「義務教育」にあると思う。
確実に存在する学校内でのヒエラルキーやスクールカーストといったどう考えてもおかしい「空気」を生み出しているのは誰だ?と考えた時、教師でもなく、生徒でもなく、親でもなく、「学校」という制度そのものに目を向けたほうがいい。
「タブー」とか「聖域」とか言わずに。学校なんて行かなくても生きることはできる。(但し今の日本の現状では中学は卒業しておいたほうがいい。全く行かないとなると生きるのが難しくなると思う。行かなくても卒業は出来るし。)
行きたくなければ行かなければいいのだ。極端かもしれないが、自分の子供を守るのは「親」しかいない。教育の基本はあくまで「家庭」であると思う。
政府にとって、企業にとって、都合の良い人間。それは思考停止に陥った人間。
「上の人間の言うことは絶対だ」「ルールは守るもの」といった常識のように見せかけてコントロールする側の思うように操れる様に。
年間3万人と言われる日本の自殺者数の異常さの根本は「義務教育」にあると思う。
確実に存在する学校内でのヒエラルキーやスクールカーストといったどう考えてもおかしい「空気」を生み出しているのは誰だ?と考えた時、教師でもなく、生徒でもなく、親でもなく、「学校」という制度そのものに目を向けたほうがいい。
「タブー」とか「聖域」とか言わずに。学校なんて行かなくても生きることはできる。(但し今の日本の現状では中学は卒業しておいたほうがいい。全く行かないとなると生きるのが難しくなると思う。行かなくても卒業は出来るし。)
行きたくなければ行かなければいいのだ。極端かもしれないが、自分の子供を守るのは「親」しかいない。教育の基本はあくまで「家庭」であると思う。
2018年2月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
おい、学校に騙されてたわ、、、。
気づいたら大学に入って一年経とうとしていた19の冬。
随分と古い本だけど、投資家であるMr.popo氏(@popo_money)のTwitterで紹介していた一冊だ。
まず集中力のない僕は本が一気に読めない。だからちょっとずつ、見出しだけ確認や、数ページずつ、ときには知ってる単語だけ眺めるという、とても読んでいるとはいえない酷い様だが、それでも著者の強いメッセージが、ひとことが、心に刻まれ染みる。
『僕は知らぬ間に洗脳されてたんだ。』
そんな所感を最初に抱いた。
教育学部の僕はこの本を心の軸として、教育の本質を深めていこうと思う。
気づいたら大学に入って一年経とうとしていた19の冬。
随分と古い本だけど、投資家であるMr.popo氏(@popo_money)のTwitterで紹介していた一冊だ。
まず集中力のない僕は本が一気に読めない。だからちょっとずつ、見出しだけ確認や、数ページずつ、ときには知ってる単語だけ眺めるという、とても読んでいるとはいえない酷い様だが、それでも著者の強いメッセージが、ひとことが、心に刻まれ染みる。
『僕は知らぬ間に洗脳されてたんだ。』
そんな所感を最初に抱いた。
教育学部の僕はこの本を心の軸として、教育の本質を深めていこうと思う。
2015年8月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
公立学校で三十年間勤め、ニューヨーク州最優秀賞に輝く著者の爆弾的、啓発的な目覚めの書!
集団的義務教育の目的は、子供たちをマインドコントロールし、企業や政府のために奉仕するよう、学校を消費拡大のための精神的訓練場にすること。
学校は非人間的な「工場」、「牢獄」であり、大企業の要望に合わせて、規格化された消費者や従業員を育成している。子供たちは、人的資源とみなされ、大企業や政府機関の組織の歯車として、ひたすら働くよう、単純な仕様に設計された管理しやすい働き手、消費者になるべく訓練される。
学校は企業と政府のための行動訓練センターであり、実験施設。学校生活は懲役そのもの。
義務教育の背後にある目的は、企業経済の中央集権化、金融システムの国際化、中央集権国家の強大化。子供たちは「服従」という理想を押しつけられ、経営者、管理側に気に入られようと競争する「従業員」としての自覚を叩き込まれる。
「不適当な人間を排除するための」公教育。
わが子が不登校なのは、きわめて当たり前の正常な反応なのだと気づかされました。学校が嫌いな子や若者は、これを読んだら元気と勇気が出ると思います。
集団的義務教育の目的は、子供たちをマインドコントロールし、企業や政府のために奉仕するよう、学校を消費拡大のための精神的訓練場にすること。
学校は非人間的な「工場」、「牢獄」であり、大企業の要望に合わせて、規格化された消費者や従業員を育成している。子供たちは、人的資源とみなされ、大企業や政府機関の組織の歯車として、ひたすら働くよう、単純な仕様に設計された管理しやすい働き手、消費者になるべく訓練される。
学校は企業と政府のための行動訓練センターであり、実験施設。学校生活は懲役そのもの。
義務教育の背後にある目的は、企業経済の中央集権化、金融システムの国際化、中央集権国家の強大化。子供たちは「服従」という理想を押しつけられ、経営者、管理側に気に入られようと競争する「従業員」としての自覚を叩き込まれる。
「不適当な人間を排除するための」公教育。
わが子が不登校なのは、きわめて当たり前の正常な反応なのだと気づかされました。学校が嫌いな子や若者は、これを読んだら元気と勇気が出ると思います。
2013年10月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
歴史的にいっても近代の義務教育は従順な労働者を作り出すためのものであって
表向きに言われているような健全な精神とか創造性や自発性といったものを育む場所ではないことが分かりました。
やはりここでもロックフェラーが登場します。
近代医学、医薬とワクチン、化学肥料と農薬、遺伝子組み換え、フェミニズム運動、そして義務教育。
すべてロックフェラーが資金援助して作り上げたことが分かっています。
不登校でも全然いいってことですね。
表向きに言われているような健全な精神とか創造性や自発性といったものを育む場所ではないことが分かりました。
やはりここでもロックフェラーが登場します。
近代医学、医薬とワクチン、化学肥料と農薬、遺伝子組み換え、フェミニズム運動、そして義務教育。
すべてロックフェラーが資金援助して作り上げたことが分かっています。
不登校でも全然いいってことですね。
2019年3月15日に日本でレビュー済み
小学校教師として30年働き、最優秀教師賞に選ばれた著者による革命的な内容の本であった!
かなりラディカルな内容であるが、ほぼほぼ著者の主張には賛成だ。
学校教育というのは、企業や政府が、経済活動や近代的な軍隊を発展せしめるために、画一的で管理しやすい人間を養成する為の機関に他ならないとのことだ。
中央集権国家を維持させるためには、全国の隅々まで管理を行き届かせる必要があるわけだが、国家の要請する規格外の人物などが出てきたら、やはり国家は困るのだ。
なので、「規則」に従わない人間が出てきたら「劣等生」の烙印を押して、生涯消えない劣等感を植え付ける。
我々はロボットではなく、生き物であり人間である。自由を愛し、強制や管理などはごめんだというのが当たり前ではなかろうか。なのに我々は幼い頃から、学校という閉鎖された場所で朝から夕方まで、座って授業を聞くことを強制され、あるルールに沿った生活をしいられる。
ある一定の決まった行動を強いられるということは、どこか自分の何かを抑圧しなければならない。その抑圧は必ず何処かにむかって暴発を起こす。昨今の子供の凶悪事件や日常の「いじめ」なども、その反動が原因ではないだろうか。
というのも、私自身が、学校生活で刷り込まれた未だに拭いがたい劣等感をしばしば感じるし(というより殆どの人間がそうであるとおもう)、それによって性格が少し歪んでしまったという実感があるからだ。そしてその影響は未だに私の実生活を支配しているし、変えようと思ってもなかなか容易に変わらないのを実感している。
また鬱屈していた学生時代のころの自分の頭の悪さのことを思うと、著者がいう、「バカをつくる学校」という主張も納得がいく。 私がこうして本を何冊も読むようになったのも、学生を終えても尚お自分がバカだという認識があり少しでも世の中のことを知りたいという欲求からくるものであるし、というよりもそれのみがモチベーションの源泉であるのだが、学校生活で強制的に読めといわれても全く読む気にもならなかったのだ。
強制されてやることは楽しくないので、自発的に何かをやる時に比べると全くはかどり方が違うのは、多くの人が実感していることだろうが、この著作にもかかれているが、アメリカでは義務教育が始める前とあとでは、その後の方が識字率も悪く、教科書の内容も低レベルなものになっていったそうな。
アメリカという国は、ヨーロッパの政府や王国の支配に嫌気がさした人たちが移住してきてできた国で、本来は統制されることを忌むべきこととする自由主義者達の自治の国だったのである。こういう人たちのことを現代思想ではリバタリアンというが、アメリカはかつてはそのリバタリアン的なやり方で社会はまわっていたのである。なので、本来教育は家族や地域社会が担当し、国家が教育に介入することなどなかったのである。
ところが、次第にアメリカでも、ある特権を得た人たちが政府や企業と結託し、その特権を維持させるためと、中央集権による国家の発展のために教育に介入してきた。それも「画一的」な人間を創るために。アメリカはそれ以来変わってしまった。
近年よくインターネットなどでみるが、学校に通わない天才的な子供達が増えてきており、注目されるようになっている。好奇心を刺激する事さえできれば、子供は自ら学んで行くことができるのだと思う。 こういう子供達は、彼らが特に天才だったというよりも、その能力を伸び伸びと育むことができた良い好例なのではないだろうか、と本書を読みながら思た。
そして自発的な学習ほど身につくものはないし、 逆に、強制されればされるほど、興ざめするものもない。 多くの子供が無気力で、残虐なのも、そもそも義務教育に原因があったのではないか!?
自分も含めて、日本でも幼稚な大人が増えたのも、徹底された管理教育のために、大人になりきれないからではないだろうか。
しかし、(著者も本書で言っているように)義務教育を解体するなんて土台無理なことだろう(著者は30年間にわたる教師生活とその体制への闘いの末そう結論づけている)。 教育産業とその特権で食っている人たちはたくさんいるし、義務教育は不要だとする考え方はあまりに突拍子もない意見なので、徹底的に無視するか、徹底的に叩いて来るだろう。
ただ本書を読んでいただけると、それが突拍子もないものではなく、むしろこの本は世の中に絶望している私やあなたにとって希望の一冊となるとおもう。
世の中には管理するのが好きな人も、管理されるのが好きな人もいることもわかっている。
私は管理されることがどうも性に合わず、またアメリカのリバタリアン的な思想に親近感を覚えることから本書にはとても共感することができた。また大げさにいうと「革命」を起こせるような内容なのではないかと思った。
かなりラディカルな内容であるが、ほぼほぼ著者の主張には賛成だ。
学校教育というのは、企業や政府が、経済活動や近代的な軍隊を発展せしめるために、画一的で管理しやすい人間を養成する為の機関に他ならないとのことだ。
中央集権国家を維持させるためには、全国の隅々まで管理を行き届かせる必要があるわけだが、国家の要請する規格外の人物などが出てきたら、やはり国家は困るのだ。
なので、「規則」に従わない人間が出てきたら「劣等生」の烙印を押して、生涯消えない劣等感を植え付ける。
我々はロボットではなく、生き物であり人間である。自由を愛し、強制や管理などはごめんだというのが当たり前ではなかろうか。なのに我々は幼い頃から、学校という閉鎖された場所で朝から夕方まで、座って授業を聞くことを強制され、あるルールに沿った生活をしいられる。
ある一定の決まった行動を強いられるということは、どこか自分の何かを抑圧しなければならない。その抑圧は必ず何処かにむかって暴発を起こす。昨今の子供の凶悪事件や日常の「いじめ」なども、その反動が原因ではないだろうか。
というのも、私自身が、学校生活で刷り込まれた未だに拭いがたい劣等感をしばしば感じるし(というより殆どの人間がそうであるとおもう)、それによって性格が少し歪んでしまったという実感があるからだ。そしてその影響は未だに私の実生活を支配しているし、変えようと思ってもなかなか容易に変わらないのを実感している。
また鬱屈していた学生時代のころの自分の頭の悪さのことを思うと、著者がいう、「バカをつくる学校」という主張も納得がいく。 私がこうして本を何冊も読むようになったのも、学生を終えても尚お自分がバカだという認識があり少しでも世の中のことを知りたいという欲求からくるものであるし、というよりもそれのみがモチベーションの源泉であるのだが、学校生活で強制的に読めといわれても全く読む気にもならなかったのだ。
強制されてやることは楽しくないので、自発的に何かをやる時に比べると全くはかどり方が違うのは、多くの人が実感していることだろうが、この著作にもかかれているが、アメリカでは義務教育が始める前とあとでは、その後の方が識字率も悪く、教科書の内容も低レベルなものになっていったそうな。
アメリカという国は、ヨーロッパの政府や王国の支配に嫌気がさした人たちが移住してきてできた国で、本来は統制されることを忌むべきこととする自由主義者達の自治の国だったのである。こういう人たちのことを現代思想ではリバタリアンというが、アメリカはかつてはそのリバタリアン的なやり方で社会はまわっていたのである。なので、本来教育は家族や地域社会が担当し、国家が教育に介入することなどなかったのである。
ところが、次第にアメリカでも、ある特権を得た人たちが政府や企業と結託し、その特権を維持させるためと、中央集権による国家の発展のために教育に介入してきた。それも「画一的」な人間を創るために。アメリカはそれ以来変わってしまった。
近年よくインターネットなどでみるが、学校に通わない天才的な子供達が増えてきており、注目されるようになっている。好奇心を刺激する事さえできれば、子供は自ら学んで行くことができるのだと思う。 こういう子供達は、彼らが特に天才だったというよりも、その能力を伸び伸びと育むことができた良い好例なのではないだろうか、と本書を読みながら思た。
そして自発的な学習ほど身につくものはないし、 逆に、強制されればされるほど、興ざめするものもない。 多くの子供が無気力で、残虐なのも、そもそも義務教育に原因があったのではないか!?
自分も含めて、日本でも幼稚な大人が増えたのも、徹底された管理教育のために、大人になりきれないからではないだろうか。
しかし、(著者も本書で言っているように)義務教育を解体するなんて土台無理なことだろう(著者は30年間にわたる教師生活とその体制への闘いの末そう結論づけている)。 教育産業とその特権で食っている人たちはたくさんいるし、義務教育は不要だとする考え方はあまりに突拍子もない意見なので、徹底的に無視するか、徹底的に叩いて来るだろう。
ただ本書を読んでいただけると、それが突拍子もないものではなく、むしろこの本は世の中に絶望している私やあなたにとって希望の一冊となるとおもう。
世の中には管理するのが好きな人も、管理されるのが好きな人もいることもわかっている。
私は管理されることがどうも性に合わず、またアメリカのリバタリアン的な思想に親近感を覚えることから本書にはとても共感することができた。また大げさにいうと「革命」を起こせるような内容なのではないかと思った。





