外れの少ない中公新書。本書もそれに漏れず、特に理論的な部分はとても内容の濃いものになっています。
さて、うつを扱う本書は、まえがきに記されている通り、いわゆる社会心理学的な切り口で 鬱のメカニズムを紐解いていきます。それがまず類書と少し違うところで、筆者は、私たちの心理すなわち一人称的なものと、本書の知見で得られる客観的で三人称的な視点でネガティブ・マインドについて考察していきます。ここには、筆者のひとつの姿勢が表れており、より本書の読者がネガティブ・マインドに冷静かつ柔軟に対処していけることを想定しているのだと思います。
全体を俯瞰すると4部に分かれています。
一部は本書のテーマであるネガティブマインドとうつについての概説を扱っています。感情・認知・身体・行動という相互的関係が鬱的心理を増強させ、そのがんじがらめを解いてやることが必要だと筆者は主張します。以降本書は特に「認知」に焦点を当てて考察していきます。鬱の概説については、他の類書を既に読んでいる方は知っている内容かもしれませんが、うつ病に因る社会における深刻な損失については押さえておくべき事項だと思います。
二部は「自己注目」が主題です。自己注目、すなわち自分に注意を向けることで、自分がとるべき行動の基準が意識され、それが不達成に終わって諦めたとき、鬱的な気分が発生するとあります。これは公的な場面に多くあることで、私的な場面ではそれとは別に、自分に対する様々なことを知覚しやすくなるそうです。問題は前者の、自己注目の際に行動の適切さが意識される場合で、これが過度に意識されることになると、鬱を発生させ、増悪・悪化させる可能性があると指摘します。そして筆者はこの「自己注目」こそがうつに大きく関与していると考察しています。ここは特に理論的な説明が多い部ですが、初学者でも十分に理解できる内容で、自分の心理面の偏りを知ることのできる簡易的なテストも盛り込まれており、意外とすんなり頭に入ってくることと思います。
三部はまず二部の内容についてより踏み込み、新たな知見を提示しながら四部の具体的なネガティブマインドへの対策に繋げていきます。三部の中心であった、行動の基準が意識される状況は、なにも他者が実際に自分の周りにいる場合だけでなく、他者の視線が自分の中に内在化された場合でも当てはまるのだと筆者は言います。そしてこの内在化された他者は、必ずしも現実の他者というわけでなく、むしろ人それぞれ度合いが異なるのだそうです。勿論これには功罪の側面があり、またその人自身のパーソナリティが関与するとあります。そして終盤には、鬱的な気分やネガティブな考え方が結果的に更なるウツを呼びこんでしまう可能性を指摘しています。個人的な考えですが、この部分で紹介されている理論は、下手な自己啓発本よりも内容が濃くて有用だと思いました。
そして最後の第四部。ここでは主に具体的なネガティブマインドに対する対処の仕方が載っています。大きく分けると、偏りのある考え方に気付き、それを適宜ゆっくりと客観的な視点で変えていく必要性と、鬱的な気分を発散させる気晴らしについてが書かれています。そして全ては、本書で一貫されている「認知」と言う側面から、自分の偏った心理的認知をさらに認知する「メタ認知」から対策は始まると文中にあります。これは筆者の言う通り、口で言うより何倍も難しいことですが、時には紹介されている気晴らしと合わせながら、少しずつ取り組んでいくといいのではないでしょうか。鬱という心理は、人間が進化の過程で備えてきた、ある意味必要があるものでもあります。最後に筆者は、その心理をこの不透明な社会情勢の中で、いかに使いこなしていくかが、私たちが生きて行く上での一つのカギになるだろうと結んでいます。
内容がただ濃いだけでなく、読みやすい文章、そして明快な論理展開で内容が書かれています。具体的な鬱への対処についてはもう一歩踏み込んでも良かったのかなと思いましたが、そこは筆者が意図したところであり、それについては他の多くの類書に任せることで万全になるだろうと思います。難しい個所には適所に具体例が書かれていたり、簡単なおさらいとしても使えるコラムなどが添えられていたりしてかなり読みやすい本でした。べた褒めになってしまいましたが(決して出版社の回し者などでは無い)、現在鬱で悩んでいるがなんとか本は読めるという方に、是非とも手に取っていただきたい内容でした。もちろん、単にネガティブな考え方をしがちだという方でも十分満足のいく内容になっていると思います。
以上、長年軽度の鬱を患っている一読者のレビューでした。皆さんの購入の参考になれば幸いです。
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