人間の自然な往来を人為的に妨げる鉄のカーテンやベルリンの壁に人々はどのように耐えてきたのか、1956年のハンガリー動乱指導者の一人であったワグナー・ナンドール(1922〜97)の波乱に満ちた人生を『ドナウの叫び』(下村徹著)で知り、追体験してみたくなった。実話ながらサスペンスのようではらはらさせられる場面が多い。また、日本人女性と結婚し、日本で後半生を送った点でも親近感が持てる。
ナンドールは、ハンガリーの誇る彫刻家であったが、動乱時に文化人代表の指導者に選ばれたことから、本国に居ることが難しくなりスウェーデンに亡命する。そこで、オーストリー・ハンガリー帝国皇帝であったフランツ・ヨーゼフ'T世の侍従武官長を永年務めた祖父から聞いていた「武士道」の国の女性、秋山千代さんと巡り会う。幾多の苦難を乗り越えて結婚し、栃木県益子町に移住、後に帰化して、彫刻・絵画・作陶などに没頭し、同町にワグナー・ナンドール・アートギャラリーを開いた。
鉄のカーテンが無くなって20年後(2010年)の中欧を訪れ、ナンドールの作品「哲学の庭」を是非見たいとツアーに参加し、最終日の早朝、ドナウ川を見下ろすゲレルトの丘を一人散歩しながら「哲学の庭」を訪ねた。散歩中の現地の老婦人に会い、手伝ってもらい探し当てた。
平和を希求するナンドールの意思を強く示して、地球を囲んだリング上に仏教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の開祖と、彼の両親から生きる規範と教えられた老子の等身大像が置かれている。その横には個々に配されていたガンジー・達磨・聖フランシス像が置かれている。
『ドナウの叫び』の巻頭には、ハンガリーの詩人マライ・シャンドール(1900〜89)の「自由の国に生まれた者には理解出来るまい。私たちが繰り返し噛みしめる自由は全てに勝る贈り物であることを」と詠った詩が書いてある。
現地人ガイドに、行く先々で片言英語であるが冷戦時代のことを聞くことが出来た。東ベルリン、プラハ(チェコ)、ブラチスラバ(スロバキア)、ブタペスト(ハンガリー)などの旧共産圏に住んでいたガイドたちは一様に「家族にだけは本当のことを言えたが、親族や学友といえども決して本音は言えなかった。この状態が40年も続いたのです。日本人に想像できますか」と、当時を回顧しながら話してくれた。また、オーストリアのガイドはウイーンとブラチスラバの間は1時間足らずで毎日往来していたが、鉄のカーテンで不可能になっていた。共産圏崩壊の89年からまた往来できるようになり、とても嬉しいと言っていた。
これらの国々は周囲が7ヶ国にも8ヶ国にも接しており、ハプスブルグ帝国やオスマン・トルコ帝国の興亡、20世紀の2度の大戦で帝国は崩壊し、領土は著しい変更を余儀なくされた。日本人には彼らが言う「平和」や「自由」など想像もつかない。
ブタペストの英雄広場では、共産圏時代はハンガリーのために戦った「ソ連兵士」が慰霊されていると聞かされたが、解放後は慰霊の対象が「ハンガリー兵士」に変わりましたとガイドが笑いながら話してくれた。ハンガリーは、あるときは国土の3分の2、人口の半分を失い、首都をブラチスラバに移したことさえある。中欧は領土や国主の変遷が頻繁で、「自由」が弄ばれたことを知る。ナンドールの願いやシャンドールの詩が現地に立つと真に迫って感じられる。
同じ「哲学の庭」が中野区(東京都)の哲学堂公園にも展示されている。
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