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トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫) 文庫 – 1967/9/27

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商品の説明

内容紹介

精神と肉体、芸術と生活の相対立する二つの力の間を彷徨しつつ、そのどちらにも完全に屈服することなく創作活動を続けていた初期のマンの代表作2編。憂鬱で思索型の一面と、優美で感性的な一面をもつ青年を主人公に、孤立ゆえの苦悩とそれに耐えつつ芸術性をたよりに生をささえてゆく姿を描いた「トニオ・クレーゲル」、死に魅惑されて没落する初老の芸術家の悲劇「ヴェニスに死す」。

内容(「BOOK」データベースより)

精神と肉体、芸術と生活の相対立する二つの力の間を彷徨しつつ、そのどちらにも完全に屈服することなく創作活動を続けていた初期のマンの代表作2編。憂鬱で思索型の一面と、優美で感性的な一面をもつ青年を主人公に、孤立ゆえの苦悩とそれに耐えつつ芸術性をたよりに生をささえてゆく姿を描いた『トニオ・クレーゲル』、死に魅惑されて没落する初老の芸術家の悲劇『ヴェニスに死す』。

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登録情報

  • 文庫: 259ページ
  • 出版社: 新潮社; 改版 (1967/9/27)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4102022015
  • ISBN-13: 978-4102022016
  • 発売日: 1967/9/27
  • 商品パッケージの寸法: 15 x 10.6 x 1 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.6 22件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 79,076位 (本の売れ筋ランキングを見る)
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カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

投稿者 Tod 投稿日 2009/10/6
形式: 文庫
 トーマス・マン『トニオ・クレーゲル』の邦訳は複数あるが、初めて読んだのが高橋義孝訳だったという個人的理由により、思い入れは本書が最も強い。
 詩人にあこがれる少年トニオ・クレーゲルは、快活な友人ハンス・ハンゼンや金髪の美少女インゲボルグ・ホルムに一方的な想いを寄せるが、彼らから愛されることは決してない。やがてトニオは故郷を離れ詩人として成功するが、友人で画家のリザヴェーダ・イヴァーノヴナに「迷える俗人」というあまりありがたくない称号を与えられる。
 ある日トニオはもはやだれもいない故郷に帰る。かつての自分の邸宅は図書館になっており、あやしまれたトニオは警察につきだされそうになる。
 宿泊所でトニオはハンス・ハンゼンとインゲボルグ・ホルムのそっくりさんに出会う。物陰から二人を見つめながらトニオは郷愁に胸を押しつぶされそうになる。自分が仕事をしたのは君たち二人のためだったのだ。自分の部屋に戻ったトニオは、昔と同じ孤独な自分の姿にすすり泣く。
 学生時代に読んだとき不可解に思った「どうして本人ではなくそっくりさんとの再会なのか」という疑問は、しかし今となっては氷解している。歳を取ったかつての親友や恋人と会っても、待っているのは幻滅だけである。美しい思い出を壊さないためには、たとえ別人でも若い二人が必要だったのだろう。
 全ての文章が詩の
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形式: 文庫
トーマス・マン27歳の時の作品で、鬱屈した一面と情熱的な一面を持った若い文筆家の魂の遍歴を描いた『トニオ・クレーゲル』と、マン37歳での作品で、初老の芸術家が美しい少年に魅せられ朽ちていく『ヴェニスに死す』所収。
『トニオ・クレーゲル』には、ドストエフスキーの『罪と罰』の中で、金貸しの老婆とともに殺される白痴の女と同じ名前の芸術家リザヴェータ・イヴァーノヴナという登場人物が出てきます。マンは、彼女と主人公トニオのあいだで芸術家とは何かの議論させ、トニオは「迷える俗人」であると彼女に宣言させます。また、『ヴェニスに死す』においては、結果として死に至るとしても、美とともにあろうとする芸術家アシェンバハの姿を描きます。
つまり、両作品に通底するテーマとして、芸術家とは何か、美の源は何か、という問題に対するマンの真摯な思索があるように思います。美や芸術は理屈で理解するものではなく感性で感じとるものであるのに、それを産み出す芸術家は、時には苦痛をも伴う精神的作業や衒学性を要求されてしまう。特に、感性に冷や水を浴びせかねない言語という道具を使って芸術を創りだす作家にその傾向が強い。そんな二律背反に苦悩しながらも、芸術に生きるほか自分の途はないと確信するマンの姿が読み取れます。
訳文がかなり読みづらく、何度読み返しても意味が通じてこない部分があるのが残念です。
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形式: 文庫
 高貴で厳粛なアッシェンバッハは文筆家として世に名声を勝ちえて久しい初老のある日、斎場でいかにも旅人といった風采の不気味な男を目にする。この物語冒頭のシーンが、アッシェンバッハにとってヴェニスへの旅立ちの始まりと、彼の地にて死すことの暗示として描出されており、物語の終末を予感させるとともに全体の引き締めに一役買っている。
 
 このように最初に(というか小説のタイトルから一目瞭然なのだが)結末を示唆するという手法はよくみられるが、この作品が他の凡百と一線を画しているのは、そのカタストロフへの持ち込み方であって――思うにその部分が作家としての力量の見せ所なのだろうが――この場合実に上手く構成されているといえる。
 
 ヴェニスに向かう船上で、アッシェンバッハは若者に混じって騒ぎ立てる老人に遭遇する。年甲斐もなくはしゃぐ醜く卑しい老人をアッシェンバッハは不快に思い疎んずるのだが、これは後半でのアッシェンバッハの様子の暗示であり滑稽に思いもし哀しく思いもする。
 
 そしてアッシェンバッハが卑小にも若作りをする理由が彼がホテルで偶然目に留めるポーランド人の美少年タジュである。この作品の主題はまさしく、すべからく芸術家がその理性を放棄してまで追従しなければならない完璧なまでの美に出会うことで、情熱の虜となり、やがて破滅に陥る、とい
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形式: 文庫
北杜夫さん、辻邦生さんが仰るように 実吉捷郎先生の翻訳も良いのですが、この高橋義孝先生のトニオ・クレーゲルは勝るとも劣らず素晴らしいと思います。 「 北杜夫 」 というペンネームは、トニオクレーゲル から名付けたもの、ということです。

この小説に初めて出合ったのは18歳、大学1年の 紅顔の美少年のころ(・・・?)であったと思います。学校への往復にもカバンの中に入れて、肌身離さず繰り返し愛読したものでした。 結びの、トニオからリザヴェータ女史への書簡については、殆ど 「 暗誦 」 していました。

この小説は 「 ある種のひと 」 には強いインパクトがあるものだと思います。その 「 ある種 」 とは、うまく表現できませんが・ ・ ・認識の嘔吐というか、凡庸な快楽に身を委ねることが下手な人、とでもいうことなのです。

鴎外の nil admirari ほど悟り切ってもいないし、かといって 恋愛を中心とする俗世間的な悦楽にいそいそと身を委ねることに、なにか 「 気おくれ 」 や 「 場違いな違和感 」 を感じ、また、逆に甘んじてみたい と思って、意を決して 「 おずおず 」 と行動してみると、なんとも頓馬なヘマをしでかして、サマにならない人たちのこと・ ・ ・ なのです。

そして、そんな自分に、どこ
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