作者本人があとがきで言っているように、本作は「ガラスの仮面」へのオマージュである。全く対照的な背景を持つ2人の女性が、演劇の世界で火花を散らすところなど、そのままだと言ってよい。また、作者自身が指摘するように、「ガラスの仮面」の面白さの大半は芝居、あるいはオーディション場面にあるが、この作品の面白さもまさにそこにある。
とはいえ、違いも決して少なくない。まず、大きな違いはこの作品には悪人が1人も登場しないことである。本作はあと2作続編があるそうなので、いずれ出てくるかもしれないが、主人公を虐める人間には事欠かない「ガラスの仮面」とはずいぶんテイストが異なる。努力と根性で主人公が数々の障害を乗り越えるスポ根的な「ガラスの仮面」に対して、主人公の人間性は本作では大きなウェイトを占めない。もっとも、その主人公の個性の弱さもまた、本作のキーになのではあるが…。
さらに、この作品は「演じるということは如何なることか」という、内面的・哲学的な要素を「ガラスの仮面」に比べると、より深く追求している。だから、それぞれのオーディションの場面でも、読者はこのテーゼを常に念頭に置いて読むので、各人が演じる場面がより興味深いのである。特に、クライマックスの「欲望という名の電車」では、読んでいてぞくぞくするぐらい興奮し、一度読み始めたらなかなか本から離れられない。
これだけ魅力にあふれた続編が楽しみな作品だが、☆を5つにしなかった理由は、主人公・佐々木飛鳥の人間的背景を説明する一章が、明らかに話の流れを壊しているからである。話を進めながら、徐々に彼女の人間性やその背景を描き出すことは、恩田陸ほどの手練れであれば容易になしえたはずなのに、この点が残念でならない。特に、オーディションの場面で、芝居の流れを壊すということに対して極めて敏感だった著者が、自分自身の小説でその流れを壊してしまったのでなおさらである。とはいえ、非常に魅力のある作品なので、演劇好きにはぜひぜひおすすめの作品である。もちろん、続編が出れば、即買いすることは言うまでもない。
チョコレートコスモス (角川文庫) 文庫 – 2011/6/23
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恩田 陸
(著)
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本の長さ562ページ
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言語日本語
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出版社角川書店(角川グループパブリッシング)
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発売日2011/6/23
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ISBN-104043710038
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ISBN-13978-4043710034
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
芝居の面白さには果てがない。一生かけても味わい尽くせない。華やかなオーラを身にまとい、天才の名をほしいままにする響子。大学で芝居を始めたばかりの華奢で地味な少女、飛鳥。二人の女優が挑んだのは、伝説の映画プロデューサー・芹澤が開く異色のオーディションだった。これは戦いなのだ。知りたい、あの舞台の暗がりの向こうに何があるのかを―。少女たちの才能が、熱となってぶつかりあう!興奮と感動の演劇ロマン。
著者について
1964年、宮城県生まれ。91年、第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞、『中庭の出来事』で山本周五郎賞。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
恩田/陸
1964年、宮城県生まれ。91年、第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、『六番目の小夜子』でデビュー。2005年、『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞。06年、『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門。07年、『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1964年、宮城県生まれ。91年、第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、『六番目の小夜子』でデビュー。2005年、『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞、第2回本屋大賞。06年、『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門。07年、『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 角川書店(角川グループパブリッシング) (2011/6/23)
- 発売日 : 2011/6/23
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 562ページ
- ISBN-10 : 4043710038
- ISBN-13 : 978-4043710034
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2014年1月3日に日本でレビュー済み
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2019年3月9日に日本でレビュー済み
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演劇の小説ですが演劇を全く知らなくても楽しめます。
登場人物に感情移入しやすく描写も丁寧なのですぐに物語に入り込めます。
そして恩田陸は天才を書くのが上手い。
天才描写に凄く説得力があります。
嫌味がなくただレベルの違いを思い知らされる感じです。
要の演劇シーンも凄くいい。
特に最後のオーディションはとても熱く読んでてハラハラします。
ただ一つの欠点は飛鳥が好き嫌い別れるキャラなのでそこで躓く人がいるかも知れないところですね。
登場人物に感情移入しやすく描写も丁寧なのですぐに物語に入り込めます。
そして恩田陸は天才を書くのが上手い。
天才描写に凄く説得力があります。
嫌味がなくただレベルの違いを思い知らされる感じです。
要の演劇シーンも凄くいい。
特に最後のオーディションはとても熱く読んでてハラハラします。
ただ一つの欠点は飛鳥が好き嫌い別れるキャラなのでそこで躓く人がいるかも知れないところですね。
2011年6月1日に日本でレビュー済み
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演劇を巡る物語であるのと同時に、
小説を巡る物語なのかもしれないと思った。
「迫真の演技」という表現がある。
「真に迫る」、つまり何もないところに何かあるように見せかけることは、
演劇だけでなく、小説にも言えることだろう。
リアリティとは、「現実である」ことではなく「現実であると思い込ませる」ことだ。
昔、小説はたまねぎの皮だという人がいた。
皮をむききると何も残らない。だが、たまねぎはあった。
フィクションのフィクションたる所以がここにある。
この作品を読んで、小説と演劇の親和性を非常に強く感じた。
飛鳥の才能も頷ける話だ。
模倣の限界や天才の脆さ・危うさを良く表している。
演技は、人間が演じるからこそ演技となる。
小説もまた同じ。
模倣は演技=小説の完成度を上げはするだろう。ただ、そこに人間はいない。
完成度が高いことは必ずしも演技=小説の豊穣さを語りはしない。
悩み、壊れ、逡巡し、苦しみながら演技=小説は構築される。
完全なる模倣は、その一連の営みが欠落しているのだ。
「あんたは分析するけど、見ていない。分析するんだけど、客観視はできない、
だけど、あんたは本当は客観的な人なんだって。」
飛鳥だけに向けられた台詞だろうか。
創作物に対する考え方を端的に現した痛烈な一文。
演劇シーンはまさに緊迫感あふれる筆致で、
私たち読者はオーディションでのクライマックスの瞬間、
登場人物が感じた「ヒナギク」を目の当たりにするだろう。
無から有へ、まさにそこにあるがごとく、小説が演劇を体現する。
小説を巡る物語なのかもしれないと思った。
「迫真の演技」という表現がある。
「真に迫る」、つまり何もないところに何かあるように見せかけることは、
演劇だけでなく、小説にも言えることだろう。
リアリティとは、「現実である」ことではなく「現実であると思い込ませる」ことだ。
昔、小説はたまねぎの皮だという人がいた。
皮をむききると何も残らない。だが、たまねぎはあった。
フィクションのフィクションたる所以がここにある。
この作品を読んで、小説と演劇の親和性を非常に強く感じた。
飛鳥の才能も頷ける話だ。
模倣の限界や天才の脆さ・危うさを良く表している。
演技は、人間が演じるからこそ演技となる。
小説もまた同じ。
模倣は演技=小説の完成度を上げはするだろう。ただ、そこに人間はいない。
完成度が高いことは必ずしも演技=小説の豊穣さを語りはしない。
悩み、壊れ、逡巡し、苦しみながら演技=小説は構築される。
完全なる模倣は、その一連の営みが欠落しているのだ。
「あんたは分析するけど、見ていない。分析するんだけど、客観視はできない、
だけど、あんたは本当は客観的な人なんだって。」
飛鳥だけに向けられた台詞だろうか。
創作物に対する考え方を端的に現した痛烈な一文。
演劇シーンはまさに緊迫感あふれる筆致で、
私たち読者はオーディションでのクライマックスの瞬間、
登場人物が感じた「ヒナギク」を目の当たりにするだろう。
無から有へ、まさにそこにあるがごとく、小説が演劇を体現する。





