この文庫版の21ページから26ページまでに中沢氏のフィールドワークでの体験を基にした文章がまとめられています。
この文章にはリアリティとマーヤに関するラマ僧との会話が本書の中で最も注目すべきところです。
まずこの章の意義をつかむことを中心にしたほうがいいでしょう。
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チベットのモーツァルト (講談社学術文庫) 文庫 – 2003/4/10
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密教の実践的研究を通して、チベット高原の仏教思想と現代思想が幸福な邂逅をとげる――。 物質に対する執着に眼を曇らされた闇を抜け、いまだ顕れ出ることのない純粋な未発の光に満ちたもう一つの夜を渡る旅へ。 <精神の考古学>を駆使して新たな知の時代を切り拓き、思想の大海を軽やかに横断し続ける著者の代表作、待望の文庫化。
日本に新たな知の時代を切り拓いた一冊
<精神の考古学>の冒険
密教の実践的研究を通して、チベット高原の仏教思想と現代思想が幸福な邂逅をとげる――。
物質に対する執着に眼を曇らされた闇を抜け、いまだ顕れ出ることのない純粋な未発の光に満ちたもう一つの夜を渡る旅へ。
<精神の考古学>を駆使して新たな知の時代を切り拓き、思想の大海を軽やかに横断し続ける著者の代表作、待望の文庫化。〔解説/吉本隆明〕
日本に新たな知の時代を切り拓いた一冊
<精神の考古学>の冒険
密教の実践的研究を通して、チベット高原の仏教思想と現代思想が幸福な邂逅をとげる――。
物質に対する執着に眼を曇らされた闇を抜け、いまだ顕れ出ることのない純粋な未発の光に満ちたもう一つの夜を渡る旅へ。
<精神の考古学>を駆使して新たな知の時代を切り拓き、思想の大海を軽やかに横断し続ける著者の代表作、待望の文庫化。〔解説/吉本隆明〕
- 本の長さ336ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2003/4/10
- 寸法10.8 x 1.4 x 14.8 cm
- ISBN-104061595911
- ISBN-13978-4061595910
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
密教の実践的研究を通して、チベット高原の仏教思想と現代思想が幸福な邂逅をとげる―。物質に対する執着に眼を曇らされた闇を抜け、いまだ顕れ出ることのない純粋な未発の光に満ちたもう一つの夜を渡る旅へ。“精神の考古学”を駆使して新たな知の時代を切り拓き、思想の大海を軽やかに横断し続ける著者の代表作、待望の文庫化。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中沢/新一
1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、中央大学教授。宗教学者、思想家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、中央大学教授。宗教学者、思想家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (2003/4/10)
- 発売日 : 2003/4/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 336ページ
- ISBN-10 : 4061595911
- ISBN-13 : 978-4061595910
- 寸法 : 10.8 x 1.4 x 14.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 233,160位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 739位講談社学術文庫
- - 762位文化人類学一般関連書籍
- - 1,214位哲学 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。現在、多摩美術大学芸術人類学研究所所長。思想家。著書に『チベットのモーツァルト』(サ ントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞)など多数ある(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『カイエ・ソバージュ』(ISBN-10:4062159104)が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年6月21日に日本でレビュー済み
異分野を軽やかに論じつなぎ合わせている風だが体系立っておらず, ジャーゴン並べて読者をケムに巻き, なんか頭良さげ〜って言わそうとしている、とか、普通アカデミックがメインにあつかわなさそうなトピックスを扱ってるのもあざとさ満点!とかしか読めなかった俺..。多分、修行が足りんのだろう。そういえば、著者はオウムを支持してたとかゴーマニズムの人が書いてたな。
浅田彰の逃走論と並んで, まさに日本のポストモダンを象徴する天才の代表作なので、常人がこの本読んで何か得られるなんて考えちゃダメなんだろうな。
凡人の理系学生は、真面目に線形代数とか勉強した方が良いと思うよ。
浅田彰の逃走論と並んで, まさに日本のポストモダンを象徴する天才の代表作なので、常人がこの本読んで何か得られるなんて考えちゃダメなんだろうな。
凡人の理系学生は、真面目に線形代数とか勉強した方が良いと思うよ。
2021年7月26日に日本でレビュー済み
この本は基本ポストモダン評論プラス作者の感想みたいな作りになってます。
ただ評論部分はあらかじめ扱っている題材を知ってないと意味がわからないです。正直ポストモダンに今まで触れてなかったら、別の本から入るのをお勧めしたいくらいあります。高校生が読む倫理の教科書と参考書の近代部分でもいいかもですが、それより少し深く勉強しているとなおよしです。
まあ一時ブームになったくらい読みやすい文体をして、知らなかったら新しい目を獲得できたり、こういうのがインテリに流行ったのかとわかるいい本なので、星四つ。
読んだら読んだで色々あると思いますが、微分とか人文系で使うとうーんと頭を抱えてしまう表現に一旦目を瞑るべきですね。
ただ評論部分はあらかじめ扱っている題材を知ってないと意味がわからないです。正直ポストモダンに今まで触れてなかったら、別の本から入るのをお勧めしたいくらいあります。高校生が読む倫理の教科書と参考書の近代部分でもいいかもですが、それより少し深く勉強しているとなおよしです。
まあ一時ブームになったくらい読みやすい文体をして、知らなかったら新しい目を獲得できたり、こういうのがインテリに流行ったのかとわかるいい本なので、星四つ。
読んだら読んだで色々あると思いますが、微分とか人文系で使うとうーんと頭を抱えてしまう表現に一旦目を瞑るべきですね。
2001年11月6日に日本でレビュー済み
80年代初頭の『現代思想』誌には二人の若い学者が
競い合うようによく投稿し、いずれも視線が新鮮で、読者
に非常に人気があったために、よく掲載されていた。
その一人が当時東京外語大の山口昌男の下で助手を務めて
いた中沢新一であり、もう一人は京大の佐和隆光の下で
助手を務めていた浅田彰であった。
それまでにも翻訳本を発表していた中沢だったが、彼独自
の論文集はこの本がはじめてだったので、実質的には
彼の処女作である。
前書きを数行だけでも一読すれば気がつくことだが、
その文体はとてもおしゃれで美文である。
誰もが簡単にまねできるような代物ではない。
この処女本ではチベット仏教や文化人類学などを中心に
独特な美文と独特な言い回しで論理を展開しているが、
その後の著作と比較するならば、まだまだ思考が若々し
くて未熟な部分も多々見受けられるが、十分秀才の域に
は達しているレベルである。
今もなお人気の高い中沢新一の思考と文体を知る上では
格好の入門書であることに変わりはない名著である。
競い合うようによく投稿し、いずれも視線が新鮮で、読者
に非常に人気があったために、よく掲載されていた。
その一人が当時東京外語大の山口昌男の下で助手を務めて
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助手を務めていた浅田彰であった。
それまでにも翻訳本を発表していた中沢だったが、彼独自
の論文集はこの本がはじめてだったので、実質的には
彼の処女作である。
前書きを数行だけでも一読すれば気がつくことだが、
その文体はとてもおしゃれで美文である。
誰もが簡単にまねできるような代物ではない。
この処女本ではチベット仏教や文化人類学などを中心に
独特な美文と独特な言い回しで論理を展開しているが、
その後の著作と比較するならば、まだまだ思考が若々し
くて未熟な部分も多々見受けられるが、十分秀才の域に
は達しているレベルである。
今もなお人気の高い中沢新一の思考と文体を知る上では
格好の入門書であることに変わりはない名著である。
2011年6月28日に日本でレビュー済み
中沢新一は、チベット密教僧に弟子入りし深い瞑想を体験した。
20世紀の西欧で発展した構造主義のコンテクストを用い、現代的にその世界を解明しようとしている。
解説の吉本隆明はこれを「精神(心)の考古学」と評した。
西洋の知は無意識は発見したが、無意識の無意識までは到達しえなかった。
メキシコの呪術師やチベット密教僧たちは「内的沈黙」として、その領域に踏み込む知を伝承している。
言語では記述できない感覚を言語で表現しようとするのだから内容は伝わりづらい、しかし読みすすむうちにこんな感じだろうと想像することにより、疑似的な「内的沈黙」を味わえる。
これらのことは西洋の近代知からみると非科学的で妄想的であるが、自分の深層から得るものの大きさは、近代になりより重くなっているのは間違いない。
以下本文抜粋
呪術師は「ふつうでは跡切れることのない解釈の流れが、その流れとは質のちがう状況によって止められてしまう、そうした意識状態」にたどりつくことをめざしている。
中略
呪術師はこう言うだろう。
「堅固な人の世界の現実から呪術師の世界を見てそこを奇怪だと思ったり、その反対に呪術師の世界におぼれちまってそれこそ絶対的な現実だなどと思いこんで人の世界に御託宣をたれたりする、そのどっちも真実の『見ること』からは遠い。『見ること』のない呪術師にかぎって、自分は人の世界と呪術師の世界の中間領域に生きてるなどと言うものだが、彼は人の世界というものを頭でこね上げる悪い癖がぬけきっておらんのだ。」(P51)
20世紀の西欧で発展した構造主義のコンテクストを用い、現代的にその世界を解明しようとしている。
解説の吉本隆明はこれを「精神(心)の考古学」と評した。
西洋の知は無意識は発見したが、無意識の無意識までは到達しえなかった。
メキシコの呪術師やチベット密教僧たちは「内的沈黙」として、その領域に踏み込む知を伝承している。
言語では記述できない感覚を言語で表現しようとするのだから内容は伝わりづらい、しかし読みすすむうちにこんな感じだろうと想像することにより、疑似的な「内的沈黙」を味わえる。
これらのことは西洋の近代知からみると非科学的で妄想的であるが、自分の深層から得るものの大きさは、近代になりより重くなっているのは間違いない。
以下本文抜粋
呪術師は「ふつうでは跡切れることのない解釈の流れが、その流れとは質のちがう状況によって止められてしまう、そうした意識状態」にたどりつくことをめざしている。
中略
呪術師はこう言うだろう。
「堅固な人の世界の現実から呪術師の世界を見てそこを奇怪だと思ったり、その反対に呪術師の世界におぼれちまってそれこそ絶対的な現実だなどと思いこんで人の世界に御託宣をたれたりする、そのどっちも真実の『見ること』からは遠い。『見ること』のない呪術師にかぎって、自分は人の世界と呪術師の世界の中間領域に生きてるなどと言うものだが、彼は人の世界というものを頭でこね上げる悪い癖がぬけきっておらんのだ。」(P51)
VINEメンバー
この方の文章はとても専門的で難しいと感じることもありますが、
この本は最初の数行を読んだだけでトリップできます。
題名を聞いただけでまだ聞いたことのないホーミーの音色が
聞こえてくるようです。
「中沢新一さんは素敵だけど文章の意味がわからないわ」
といって敬遠されている人も一度手にとってみてください。
詩のようにお経のようにあるいは美しい音楽のように
心に直接しみいってくる かもしれません。
野ウサギの走り 虹の理論 もおすすめです。
この本は最初の数行を読んだだけでトリップできます。
題名を聞いただけでまだ聞いたことのないホーミーの音色が
聞こえてくるようです。
「中沢新一さんは素敵だけど文章の意味がわからないわ」
といって敬遠されている人も一度手にとってみてください。
詩のようにお経のようにあるいは美しい音楽のように
心に直接しみいってくる かもしれません。
野ウサギの走り 虹の理論 もおすすめです。
2006年9月26日に日本でレビュー済み
大学2年の時にこの本を一通り眺めて、なんだか最先端の思想に触れている気になっていい気持ちになって、でも心のどこかでちゃんと理解できてないんじゃないかというルサンチマンがくすぶっていて、20年の時を経て吉本隆明と糸井重里の対談の「悪人正機」で吉本隆明がこの本を再評価しているのを見て、「もう一度取り組んでみよう」と思い、「アースダイバー」と同時に発注したが、「アースダイバー」は読めてもこちらの本は構えてしまってきょうまでかかってしまった。
今回読んでみて、20年前よりも理解できたように思った。無論、本の内容を自分の言葉で説明しろ、と言われたら多分5分の1ほどしか説明できないだろう。あとの5分の4は解った気にはなったが、結局はさらさらと指の間から砂がこぼれ落ちるように僕をすり抜けてしまった。
吉本隆明はこの本を再読して「精神(心)の考古学」だと評した。ヘーゲル的な西洋中心的社会進化論的文明・文化観の底の浅さを突き抜けて、もっと大きな括りでの太古を探る知的営みなのだ。「はじめに言葉(ロゴス)ありき」のその前の、言葉が生成されて精神も時間も空間も分節される前の、いわば夜明け前の曙光の予感を感じる「時」を心で体感して生まれたのがこの本だろう。だから、この本で使われる言葉はイメージ喚起的な言葉ばかりなのだ。元々言葉では表現しようのないこと、それこそ太古の人間の精神をそのまま継承しているかもしれないチベットの行者に弟子入りして体感しなければ理解できないことを言葉で表現しようというのだから、並の言葉使いではダメだ。
その面で中沢新一の言葉使いはすごい。なんとなく理解できる気がする。言葉を通じて体感できる気がする。
今回読んでみて、20年前よりも理解できたように思った。無論、本の内容を自分の言葉で説明しろ、と言われたら多分5分の1ほどしか説明できないだろう。あとの5分の4は解った気にはなったが、結局はさらさらと指の間から砂がこぼれ落ちるように僕をすり抜けてしまった。
吉本隆明はこの本を再読して「精神(心)の考古学」だと評した。ヘーゲル的な西洋中心的社会進化論的文明・文化観の底の浅さを突き抜けて、もっと大きな括りでの太古を探る知的営みなのだ。「はじめに言葉(ロゴス)ありき」のその前の、言葉が生成されて精神も時間も空間も分節される前の、いわば夜明け前の曙光の予感を感じる「時」を心で体感して生まれたのがこの本だろう。だから、この本で使われる言葉はイメージ喚起的な言葉ばかりなのだ。元々言葉では表現しようのないこと、それこそ太古の人間の精神をそのまま継承しているかもしれないチベットの行者に弟子入りして体感しなければ理解できないことを言葉で表現しようというのだから、並の言葉使いではダメだ。
その面で中沢新一の言葉使いはすごい。なんとなく理解できる気がする。言葉を通じて体感できる気がする。






