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ダーク・スター・サファリ ―― カイロからケープタウンへ、アフリカ縦断の旅 (series on the move) 単行本 – 2012/1/18
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それは旅というより、姿を消しつづける行為であり、
〈暗黒星の彷徨=ダーク・スター・サファリ〉にほかならない。
チャトウィン『ソングライン』、ブーヴィエ『世界の使い方』に続く、
「オン・ザ・ムーブ」シリーズ第3弾。
アフリカの光と闇の奥をめざして、サファリをつづける。
スワヒリ語の「サファリ」とは「旅」を、 そして「音信不通になること」を意味する。
ハイエナ、象牙の密輸、ゴミ溜め、酷使されるロバ、
丸石敷きの路地にある剥き出しの汚水溝、
薄暗い小屋へ客を誘いこむ暗い目をした女……
セローがアフリカの地で見出した、西洋近代とはちがった 「世界のあり方」とは?
原著 Dark Star Safari: Overland from Cairo to Cape Town
- 本の長さ696ページ
- 言語日本語
- 出版社英治出版
- 発売日2012/1/18
- ISBN-104862760686
- ISBN-13978-4862760685
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
著者について
[著者]
ポール・セロー Paul Theroux
1941年4月10日、アメリカ合衆国マサチューセッツ州メドフォード生まれ。1963年、大学を卒業。平和部隊の訓練を受けたのち、イタリアのウルビノ大学でしばらく講師を勤め、その後マラウイへ赴く。マラウイでは教師として、ウガンダではマケレレ大学の講師として勤めた。1968年、シンガポール大学へ移り、3年間英語を教えた。この時期に短篇小説と新聞雑誌の記事のほか、Fong and the Indians やGirls at play、Jungle Lovers など多数の長篇小説を書く。1970 年代はじめに、妻とふたりの子供とともに英国のドーセットへ赴き、そこでSaint Jack を執筆、その後ロンドンへ移り住んだ。イギリスに居を構えていた17年のあいだに多くの小説と旅行記を上梓し、高い評価と支持を受ける。その後アメリカへ戻ったものの、いまなお広く旅をつづけている。著書に『ワールズ・エンド』(村上春樹訳、中央公論新社)、『ポール・セローの大地中海旅行』(中野恵津子訳、NTT出版)、『ゴースト・トレインは東の星へ』(西田英恵訳、講談社)がある。
[訳者)]
北田絵里子 Eriko Kitada
大阪府生まれ。関西学院大学文学部フランス文学科卒。英米文学翻訳家。訳書にブルース・チャトウィン著『ソングライン』 、ウォーレン・セント・ジョン著『フージーズ』(以上、英治出版)、ロバート・ゴダード著『遠き面影』、ロバート・ゴダード著『封印された系譜』(以上、講談社文庫)がある。
下村純子 Junko Shimomura
岐阜県生まれ。南山大学外国語学部英米科卒。損害保険会社勤務を経て、翻訳の道へ進む。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1941年4月10日、アメリカ合衆国マサチューセッツ州メドフォード生まれ。1963年、大学を卒業。平和部隊の訓練を受けたのち、イタリアのウルビノ大学でしばらく講師を勤め、その後マラウイへ赴く。マラウイでは教師として、ウガンダではマケレレ大学の講師として勤めた。1968年、シンガポール大学へ移り、3年間英語を教えた。この時期に短篇小説と新聞雑誌の記事のほか、Fong and the IndiansやGirls at play、Jungle Loversなど多数の長篇小説を書く
北田/絵里子
大阪府生まれ。関西学院大学文学部フランス文学科卒。英米文学翻訳家
下村/純子
岐阜県生まれ。南山大学外国語学部英米科卒。損害保険会社勤務を経て、翻訳の道へ進む(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 英治出版 (2012/1/18)
- 発売日 : 2012/1/18
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 696ページ
- ISBN-10 : 4862760686
- ISBN-13 : 978-4862760685
- Amazon 売れ筋ランキング: - 565,382位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 142位英米文学(日記・書簡)
- - 2,855位紀行文・旅行記
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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村上春樹さんのエッセイ集(村上ラジオ3)でも「唖然とするほど面白い本」として、ひとつのエピソードが紹介されます。
「ポールは東アフリカのある国を旅していた。
実に殺伐とした地域で、娯楽もなく見どころもなく、街には英語をしゃべる人間が一人も見つからなかった。
暇と持て余してうんざりしているときに、一人の日本人に巡り合った。
日本の企業から単身派遣されている技術者で、かなりうまく英語を話す。
ポールはうれしくなって会話を始めるのだが、相手がとんでもなく退屈な人間であることにすぐに気づく。
話が紋切り型というか、ちっとも深みがないのだ。」
その日本人の技術者は「流ちょうに話して、意味が通じればそれでいい」という人でした。
ポール・セローは、「これなら一人で壁でも眺めていたほうがまだましだった」と後悔を感じています。
村上春樹さんはエッセイの中で、英語を「社用語」とするのも大事だが、同時に「自分の意見」を持てる人を育成することはもっと大切だ、と書いてます。
知識や蘊蓄だけをインプットしても
「また世界のどこかでセローさんのような気の毒な犠牲者が生まれること」になります。
自分の意見の不足したビジネスパーソンとは話していても面白くない。
かなり分厚いポール・セローの「ダーク・スター・サファリ」。
スワヒリ語で「サファリ」とは「旅」を意味するそうです。
アフリカ9カ国を旅することは難しいですが、彼の書籍に触れると「自分の意見」が育まれるかもしれませんね。
それは筆者がカイロからケープタウンまで、その土地を、バスで、舟で、連続して移動し、危険な土地も、醜い都市も、動物の保護地域も、すべて自らがその中で感じてきたからである.
旅は2001年であり、その後スーダンが南北に分れるなどの変化はあるが、土地や人々は同じなのであり、いささかも価値を減じるものではない.
筆者は先進国の援助や慈善活動に厳しい目を向けている.日本の現状と併せ考え込んでしまった.
現在、地方に多額の補助金が投入されている.しかしアフリカへの援助と同じく、住民の自助努力を失わせないだろうか? 補助が多くなればなるほど無気力を誘わないだろうか?
さらに、補助が途絶えた途端に援助による施設や農場は廃墟になり、アフリカと同じく換金作物栽培は破綻し、原始的自給自足経済に戻るのではないか?
厚くても一気に読破したくなり、ともに旅をしている気持ちにさせられるのであるが、極めて奥の深い内容である.
気になったフレーズをいくつか引用。
P132.「弱者との接し方が、人を判断する規準になるんです。文明人らしさの尺度は、思いやりなんですよ」(アル・マフディーの曾孫の言葉)
P304.「この国の政治討論のレベルにはほんとうに失望します」(ウガンダ人ジョンの発言)
P442.「政府はまともな学校を増やしたくないんでしょう。無知な国民の方が御しやすいですからね」(マラウイでのポールの言葉)
P457.「(この国に政治的な暴力がないというのは)ほんとうかもしれません。しかし、非常に陰湿な政治的圧力はあります」(マラウイでのポールの問いに対するジョナサンの答え)
P677.「人は、みな自分の習慣にないものを野蛮と呼ぶ」(モンテーニュ『人喰いについて』からの引用のようだ)
P682.「私の出会ったもっとも教養ある文明人たちは、文明という言葉を決して口にしなかった。最もあくどい人々は自分たちを聖なる指導者だと信じこみ、妄想を手放そうとはしなかった。最も悪い人々は、外国の寄贈者やアフリカ人の同胞からくすねていた―教会の救貧箱を盗む最も卑しい盗人のように。最も親切なアフリカ人たちは昔と少しも変わらず、中でも最も善良な者たちは、これだけの時を経たいまも尻をまる出しにしている。」(ポールの結びの言葉)
著者が訪れた数年後には、アフリカは経済発展が著しいともてはやされていたけれど、実際どうだったんだろうか。今はどうなんだろうか。
慈善団体への寄付やボランティア活動を考えている人も読んでみるといいかもしれない。長いけれども、引き込まれるし、この先どうなるのか知りたくなる小説を読んでいるような気分ですんなり読めてしまうと思う。本の重さは難点だけれども。
あと、読んでいると忘れてしまうが、著者は60歳でこの旅を実行したという事実には、ほんとに驚かされる。
カイロからケープタウンへ、アフリカ縦断の分厚い旅行記だ。時期は2001年1月から5月までの5ヶ月間。まだ読み始めたばかりだ。普通に順を追って最初から読んでいるわけではない。最も身近である途中のマラウイの部分から始めたが、もう夢中になっている。マラウイの空気、臭いが諸に伝わってくる。私自身が実際に肌で感じたようなことが、これでもか、これでもかと執拗に繰り返される。半分罵詈雑言に近い感想は、辛辣だが的を得ている。マラウイ人に対する、あせり、怒り、歯がゆさなどが手に取るようにわかる。一見、傲慢にも見えるが、それだけ若かりし日に教師として過ごした「マラウイ」という風土、人々に対する愛着から発して言葉ではないかと思う。
続いてマラウイ南部からからモザンビークへ南下して国境を越えるのだが、どれだけタフな旅行をしているのかと、ちょっと想像しても空恐ろしくなる。1000m以上の高原からモザンビークの海抜0mに近い地域まで下がることになる。マラウイの首都リロングウェからわずか100kmしか離れていないマラウイ湖近くの町サリマまでちょっと高度を下げてさえ、十分暑いと感じるくらいのに、快適な高原から高温多湿地帯まで一気に高度を下げていくことになるからだ。季節にもよるが、比較的涼しい時期と言われる時期に、知り合いがマラウイ南部の低地の町ンサンジェ(Nsanje)まで出張したが、あまりにも暑くてほうほうのていで首都リロングウェまで逃げ帰ってきたことがあった。またンサンジェに住んで病気になってしまった人も知っている。
とにかくポール・セローの行動力には舌をまく。こんな人間もいるのだなと思う。他人から指示されて行動するのではなく、自分の好奇心で全て決定できるのは、精神的でなく肉体的にもかなり強い証拠だ。
少しでも現地の空気を知っていれば、「ダークスターサファリ」の内容が伝えるイメージに色をつけていくことができる。想像の中で改めて自分自身の旅を楽しみ直すことができるかもしれない。
本の最後まで行き着いたが、今度は巻頭のカイロから読み始める。楽しみは続く。「大地中海紀行」「ゴースト・トレインは東の星へ」よりもずっと胸わくわくする。翻訳がいい。
とあるように啓示を得た著者は歪曲なしに
淡々と事実のアフリカ諸問題・貧困・自然・窃盗・破壊・同性愛・信仰等を描く。
読了後は不快感無く、ふと、どこか遠い国の話でもないのでは?
と、そんな気分へと錯覚させられる。
TOTOのAfricaをBGMに、ブラックコーヒーでも飲みながら「ダークスターサファリ」
・・・とでもいうべきか。
少なくとも悲観も客観もサファリには不必要ということか。
サファリとは必要な知恵なのであろう。
繋がることへの閉塞感を感じる人であれ、常に繋がっておりたい人であれサファリは必要だ。
Naturalなサファリは暗黒から星を探す―というmessageを与えてくれる。





