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ダライ・ラマ自伝 (文春文庫) 文庫 – 2001/6/8
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ダライ・ラマしか語りえない、たぐい稀な世界観と人間観。
チベットの宗教的、政治的最高指導者として精力的に平和活動をつづけ、ノーベル平和賞を受賞した第14世ダライ・ラマが、観音菩薩の生れ変わりとしての生い立ちから、長きにわたる亡命生活の苦悩、宗教指導者たちとの交流、世界平和への願いなどを、波乱の半生を振り返りつつ語る。
「わたしにとって〝ダライ・ラマ〟とは、わたしが占めている職務を意味する称号である。わたし自身は一箇の人間にすぎず、たまたま、仏教僧たらんとする一チベット人なのだ。この書物は決して仏教に関するものではないが、一僧侶としてわたしのこれまで辿ってきた人生をみなさんに知っていただこうと思い上梓した次第である」(「はしがき」より)。
チベットとダライ・ラマを知る恰好の入門書。
チベットの宗教的、政治的最高指導者として精力的に平和活動をつづけ、ノーベル平和賞を受賞した第14世ダライ・ラマが、観音菩薩の生れ変わりとしての生い立ちから、長きにわたる亡命生活の苦悩、宗教指導者たちとの交流、世界平和への願いなどを、波乱の半生を振り返りつつ語る。
「わたしにとって〝ダライ・ラマ〟とは、わたしが占めている職務を意味する称号である。わたし自身は一箇の人間にすぎず、たまたま、仏教僧たらんとする一チベット人なのだ。この書物は決して仏教に関するものではないが、一僧侶としてわたしのこれまで辿ってきた人生をみなさんに知っていただこうと思い上梓した次第である」(「はしがき」より)。
チベットとダライ・ラマを知る恰好の入門書。
- 本の長さ436ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2001/6/8
- ISBN-104167651092
- ISBN-13978-4167651091
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
チベットの宗教的、政治的最高指導者として精力的に平和活動をつづけ、ノーベル平和賞を受賞した第14世ダライ・ラマが、観音菩薩の生れ変わりとしての生い立ちから、長きにわたる亡命生活の苦悩、宗教指導者たちとの交流、世界平和への願いなどを、波乱の半生を振り返りつつ語る。チベットとダライ・ラマを知る恰好の入門書。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ダライ・ラマ
1935年、チベット北東部のタクツェルで生れる。38年に第13世ダライ・ラマの生れ変わりと認定され、40年に第14世ダライ・ラマとして即位する。中国当局との関係悪化により、59年にインドへ亡命、現在もダラムサラに亡命政府をおき、平和活動をつづけている。89年にノーベル平和賞を受賞
山際/素男
1929年、三重県生れ。法政大学卒。98年、古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ全9巻」(三一書房)の翻訳で第34回日本翻訳出版文化賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1935年、チベット北東部のタクツェルで生れる。38年に第13世ダライ・ラマの生れ変わりと認定され、40年に第14世ダライ・ラマとして即位する。中国当局との関係悪化により、59年にインドへ亡命、現在もダラムサラに亡命政府をおき、平和活動をつづけている。89年にノーベル平和賞を受賞
山際/素男
1929年、三重県生れ。法政大学卒。98年、古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ全9巻」(三一書房)の翻訳で第34回日本翻訳出版文化賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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カスタマーレビュー
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ベスト500レビュアー
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1991年の刊行。今から28年前。当時、ダライ・ラマは56歳。自伝を出すには年齢的にまだ早いと思われるが、1989年のノーベル平和賞受賞などが縁となって、人生の一つの区切りをつける意味で自伝を刊行したのだろうか。ノーベル平和賞のみならず、1989年という年は激動の年であった。天安門事件(6月4日)。ベルリンの壁崩壊(11月)。チベットに目を向ければ1月にパンチェン・ラマが亡くなり、三月にはラサで暴動が発生し戒厳令がしかれた。自伝は幼少期の思い出から始まる。やんちゃなポタラ宮、ノルブリンカ離宮での幼少年期から一転、人民解放軍がチベットに侵攻したときはまだ15歳。そして20歳そこそこで毛沢東、周恩来、ネール(ネルー)などと渡り合うこととなる。インド亡命後の労苦はまさに計り知れない。しかし自伝から感じられるのは、率直さ、謙虚さ、旺盛な好奇心、そして何よりも忍耐と寛容の心である。脅し、騙しを常套手段とする敵(中国・中国人)に対しても冷静な観察、分析はあるもののそこに敵意は感じられない。「周恩来は狡い」と言っても、それによって敵愾心を燃やすわけではない。深く仏教に帰依した者のみが持つ敵味方の二元論を超越した世界観がくっきりと文面から浮かび上がってくるのである。ただ一読者としてはそんなダライ・ラマの態度はもどかしく、時に生温くさえ感じられる。1991年時点ではまだチベットの未来に対して明るい希望が持てたかもしれない。しかしその後の中国経済の躍進とますます独裁の度が強める政治体制を目の当たりにすると、チベットの独立(あるいは完全自治)はますます遠のいていくような気がしてならない。何よりもダライ・ラマその人がすでに84歳の高齢であることを考えると、本書の読後感には重い、やりきれない気持ちが残る。
8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2020年7月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
若い頃にこの本を読んだ。
この本のおかげで、笑顔で友好的な態度の中国を決して信じてはいけないということがよくわかった。笑顔で近づき油断させて平然と裏切る。
チベットはどうなった?ウイグルはどうなった?香港はどうなった?
現在中国はなにをしている?尖閣、沖ノ鳥島、南沙諸島。沖縄は中国だったとまで言い始めている。北海道は膨大な土地、水源まで買われている。将来の日本を中国の自治区にさせないためにも、彼らがどうやってチベットを侵略したのか知り、現在の日本の状況に危機感を持つべきだ。チベットのように、将来日本が自治区にならないことを願ってやまない。
この本のおかげで、笑顔で友好的な態度の中国を決して信じてはいけないということがよくわかった。笑顔で近づき油断させて平然と裏切る。
チベットはどうなった?ウイグルはどうなった?香港はどうなった?
現在中国はなにをしている?尖閣、沖ノ鳥島、南沙諸島。沖縄は中国だったとまで言い始めている。北海道は膨大な土地、水源まで買われている。将来の日本を中国の自治区にさせないためにも、彼らがどうやってチベットを侵略したのか知り、現在の日本の状況に危機感を持つべきだ。チベットのように、将来日本が自治区にならないことを願ってやまない。
2016年7月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本と「チベットわが祖国」の両方を読みました。「チベットわが祖国」のほうが古い出版です。
内容は自伝なので両者ともよく似ています。なぜ2度も自伝を出版したのでしょうか?
私が思うに「ダライ・ラマ自伝」のほうが自由に過去を語っているように思います。
「チベットわが祖国」では中国とインドとの政治的駆け引きがやんわりしています。
「ダライ・ラマ自伝」でも悪辣な批判はありません。より事実に即した叙述があるのみです。
二冊とも原著は英語です。「チベットわが祖国」の時は英語堪能なライターに口述筆記してもらい、
ライターの政治的意図が露骨なのかもしれません。
なので後日、英語堪能になってから自分の文章で再出版したのかも。
ダライ・ラマの子供時代に外国人として多大な影響を与えたと思われるハインリッヒ・ハラーへの著述も「チベットわが祖国」では
まったくありません。
「ダライ・ラマ自伝」ではハラーへの著述が各所で現れます。
大筋はどちらの著作も同じですが、私は「ダライ・ラマ自伝」のほうをを勧めます。
内容は自伝なので両者ともよく似ています。なぜ2度も自伝を出版したのでしょうか?
私が思うに「ダライ・ラマ自伝」のほうが自由に過去を語っているように思います。
「チベットわが祖国」では中国とインドとの政治的駆け引きがやんわりしています。
「ダライ・ラマ自伝」でも悪辣な批判はありません。より事実に即した叙述があるのみです。
二冊とも原著は英語です。「チベットわが祖国」の時は英語堪能なライターに口述筆記してもらい、
ライターの政治的意図が露骨なのかもしれません。
なので後日、英語堪能になってから自分の文章で再出版したのかも。
ダライ・ラマの子供時代に外国人として多大な影響を与えたと思われるハインリッヒ・ハラーへの著述も「チベットわが祖国」では
まったくありません。
「ダライ・ラマ自伝」ではハラーへの著述が各所で現れます。
大筋はどちらの著作も同じですが、私は「ダライ・ラマ自伝」のほうをを勧めます。
2015年1月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ダライ・ラマ、チベット、そして中国を知るにはとても良い本だと思います。訳も良く、難しいニュアンスを苦労して表してあると感じます。ぜひ一読をお勧めします。
ここまでは星5つです。
大変残念なことに、訳者「あとがき」が良くない。
これを評価に入れて良いかどうか迷いましたが、読み手は「あとがき」まで読んで感想を持つだろうと考えて、星をひとつ減らしました。
せっかくの名著が、残念です。
でも、是非とも読んで頂くことをお勧めします。
ここまでは星5つです。
大変残念なことに、訳者「あとがき」が良くない。
これを評価に入れて良いかどうか迷いましたが、読み手は「あとがき」まで読んで感想を持つだろうと考えて、星をひとつ減らしました。
せっかくの名著が、残念です。
でも、是非とも読んで頂くことをお勧めします。
2014年9月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本人として、仏教に興味があったのと、チベットの歴史にも興味があったので購入。大学の先生に勧められたのが知ったきっかけでした。
ダライ・ラマの半生を、ダライ・ラマ本人の言葉で読むことができ、数奇な人生を追体験できるような内容になっていました。生まれた瞬間一国の主になるという到底体験しようのないストーリーが本人によるリアルな言葉で描かれており、小説のような面白さがありました。もちろん、同時にチベット史や中国との関係も、教養として習得できるので、オススメの一冊です。迷ったら買いです。
ダライ・ラマの半生を、ダライ・ラマ本人の言葉で読むことができ、数奇な人生を追体験できるような内容になっていました。生まれた瞬間一国の主になるという到底体験しようのないストーリーが本人によるリアルな言葉で描かれており、小説のような面白さがありました。もちろん、同時にチベット史や中国との関係も、教養として習得できるので、オススメの一冊です。迷ったら買いです。
2011年9月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
大変な苦難の多い人生を大きな慈しみを持って生き抜いていらっしゃる
なんと大きな方なのだろうと何度も涙が溢れる思いで拝読させていただきました。
(私の様な者には言葉では上手く言い表せないのが正直な気持ちです。)
自分の周りにある数々の安全と平和に感謝すると共に、チベットやチベットの人々に
何か自分にもできることは無いものだろうかとも考えずにはいられませんでした。
周囲や社会や世界に無関心でいる事の恐ろしさも感じました。
テレビや報道では殆ど報じられる事のない出来事を知ることができました。
また「抱くことば」も読ませて頂き、こちらには大変、心が癒されました。
なんと大きな方なのだろうと何度も涙が溢れる思いで拝読させていただきました。
(私の様な者には言葉では上手く言い表せないのが正直な気持ちです。)
自分の周りにある数々の安全と平和に感謝すると共に、チベットやチベットの人々に
何か自分にもできることは無いものだろうかとも考えずにはいられませんでした。
周囲や社会や世界に無関心でいる事の恐ろしさも感じました。
テレビや報道では殆ど報じられる事のない出来事を知ることができました。
また「抱くことば」も読ませて頂き、こちらには大変、心が癒されました。
2009年3月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
最近ダライラマが新聞に取り上げられていて気になってこの本を読んでみた。
神聖なチベットを抑圧し続ける中国に激しい嫌悪と憤りを覚えた。
どれだけ中国が自分本位で残酷かという事が具合が悪くなる位わかり何か企んでそうで怖い国だと思った。ゆくゆくは中国というものは自らのカルマによりとんでもない事になるだろう。
どんな想いで長い間チベット人は生きてきたのだろう私たちに力になれる事はないか?
今世界全体が高次元へ移ろうとしているらしい。それによって様々な問題が摩擦し浮上している。
ダライラマを始めとするチベット人達は物凄い人生を生きハンパじゃない魂の修行を積んでいると思った。
生易しい与えられた私たちには到底耐えられないだろう。
チベットの完全なる独立と自由、世界の平和を祈る。
神聖なチベットを抑圧し続ける中国に激しい嫌悪と憤りを覚えた。
どれだけ中国が自分本位で残酷かという事が具合が悪くなる位わかり何か企んでそうで怖い国だと思った。ゆくゆくは中国というものは自らのカルマによりとんでもない事になるだろう。
どんな想いで長い間チベット人は生きてきたのだろう私たちに力になれる事はないか?
今世界全体が高次元へ移ろうとしているらしい。それによって様々な問題が摩擦し浮上している。
ダライラマを始めとするチベット人達は物凄い人生を生きハンパじゃない魂の修行を積んでいると思った。
生易しい与えられた私たちには到底耐えられないだろう。
チベットの完全なる独立と自由、世界の平和を祈る。
2011年11月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
朗らかで穏やかな著者は一僧侶として、人々と会うときはいつもその人々に何ができるかを知ろうとし、その人たちから何かを学ぼうと心がけてきた。人のために尽くすのが宗教の義務だからである。逆に、いくら寺院や教会に通って祈っても利他の善意がなければ、それは宗教行事ではないと考える。
イデオロギーに限らず、宗教も民衆から搾り取るような有害なことをしでかす。これは教義そのものに誤りがあるのではなく、それを行なう人間の誤りだ。そして、過ちは人間自体というより、むしろ人間の行為にある。行為が変化すればその同じ人間が良き友に十分なりうる。敵は友人よりも価値がある。敵のほうが忍耐や自制心などといった友人なら教えてくれないことをいろいろ教えてくれるではないか。
強欲に駆られた侵略者から受けた艱難辛苦、拉致、百万人の虐殺。文化・宗教・大地の破壊者たち。無知・無慈悲な敵こそがわが最大の反面教師なり、との思いがダライ・ラマであることを支えてきた。
幸い日本はチベットとは違い、有力なウラニウム産出国ではない。しかし、過去にチベットで起きたことが将来の日本で起きないとは言い切れない。全ては無常だ。昨日ダライ・ラマの身に起きたことは、明日の天皇家のどなたかに起きるかもしれない、のだろうか?
イデオロギーに限らず、宗教も民衆から搾り取るような有害なことをしでかす。これは教義そのものに誤りがあるのではなく、それを行なう人間の誤りだ。そして、過ちは人間自体というより、むしろ人間の行為にある。行為が変化すればその同じ人間が良き友に十分なりうる。敵は友人よりも価値がある。敵のほうが忍耐や自制心などといった友人なら教えてくれないことをいろいろ教えてくれるではないか。
強欲に駆られた侵略者から受けた艱難辛苦、拉致、百万人の虐殺。文化・宗教・大地の破壊者たち。無知・無慈悲な敵こそがわが最大の反面教師なり、との思いがダライ・ラマであることを支えてきた。
幸い日本はチベットとは違い、有力なウラニウム産出国ではない。しかし、過去にチベットで起きたことが将来の日本で起きないとは言い切れない。全ては無常だ。昨日ダライ・ラマの身に起きたことは、明日の天皇家のどなたかに起きるかもしれない、のだろうか?






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